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2006年2月17日 (金曜日)

仮面ライダーカブト 01

そういう次第で、オレ的にはカブトに大きな期待を寄せている。これはもう、去年響鬼に期待したのと同じくらい期待しているのだから、とても不吉な話である(木亥火暴!!)。

まあ、オレは響鬼の失敗もマクロな視点でいえば功罪含めて大きな意義を持っていると考えているので、カブトが響鬼同様の失敗を喫しても、同じくらい意義深い作品になることを期待してはいる。早い話が、成功しても失敗してもどちらでもオレ的にはOKなのであるから、これはもう、仏契りの勝ち組である(木亥火暴!!)。

すでにこれまで三話が放映されているわけだが、実際に観た感触としては、期待できる半面不安要素も多々あるというところである。ことにパイロットの二話に関しては、それぞれ少なからぬ批判点があって、おそらく今後の課題として浮上してくる問題はその辺りに内在しているのだろうと思う。

第一話に関しては、やはりゼクトルーパーの見せ方に大きな問題があるといえるだろう。この種の組織における実行部隊を描くのであれば、対象とする敵に対する典型的な作戦プロセスをまず真っ先に提示するのが常道である。大前提として物語世界の「常態」を最初に提起するのが、この種のイベント物の約束事である。

つまり、カブトの世界は虚構の大変事によって世界の大枠がオレたちの住む現実世界と異なっている虚構世界である。このドラマの舞台は七年前に渋谷に隕石が落下して、社会構造自体が変容した世界なのである。

第一話の時点では視聴者のだれもカブト世界の一般的な在り様がどのようなものであるのかを知らないのであるから、そこで問われるのは見せ方のテクニックだろう。過去のイベントによる世界の変容がどのようなものであるのか、この劇中世界の「常態」がどのように成り立っているのかを、明示的であれ暗示的であれ、受け手に説明する必要があるのである。

ワームの存在が広く周知されているのか、一般には秘匿されているのか。周知されているとしたら、日常生活にどの程度の脅威を与えているのか。秘匿されているとしたら、ワームのもたらす怪事件が日常生活にどのように零れ出しているのか。人類の対抗能力はどの程度に設定されているのか。今現在、人類対ワームの勢力地図はどのようなバランスになっているのか。

そして、人類のワームに対する対抗能力は、その尖兵であるゼクトによって表現されているのだから、ティピシャルな戦闘のモデルケースを端的に冒頭に提示することが、人類とワームが同居する世界の置かれた脅威レベルをわかりやすく表現することになる。

このような意味での世界提示のテクニックでいえば、ウルトラマンネクサス序盤が出色の出来だったといえるだろう。

自前の兵装で怪獣を倒し得るナイトレイダーは、ウルトラ防衛チーム史上最強のユニットであり、普通ならやられ役である防衛チームが第一話冒頭で独力で鮮やかにビーストを殲滅した際の驚きは、古参の特ヲタなら容易に共感していただけることだろう。

この番組では、人類とスペースビーストの同居する世界がどのように成り立っているかという物語世界の「常態」を、開始時点で効果的に提示できていた。加えて、映画「ULTRAMAN」の世界設定を継承する必要からとはいえ、上部組織TLTやメモリーポリスの設定など、虚構世界の提示の仕方に説得力があった。

隕石落下後のイベント物という性格、秘匿性の高い組織によって演じられる暗闘等々、巷間いわれるとおり、カブトの世界設定はネクサスからの影響を否定できないと思うのだが、ナイトレイダーの颯爽たるイントロデュースとは違って、カブト第一話冒頭におけるゼクトルーパーの作戦行動は、ワームを一体も抹殺することなく、甚大な被害を伴う総崩れの惨状を呈している。

この作戦行動の個別プロセス自体の是非については後で細かく視ていくが、まず第一に、この失敗がゼクトルーパーの常態において一般的なケースなのか特異なケースなのかが、劇中の映像によってはいっさい意味附けられていないというのが大きな問題点として挙げられるだろう。

一般的なケースだとすれば、ゼクトルーパーは一回の出動ごとに過半数の被害を蒙る悲愴な挺身隊であり、抹殺対象を毎度取り逃がしている役立たず集団だということになるのだし、特異なケースだとすればそれを真っ先に描くのは語りの手順が違う。

一年五〇話前後の幅を持っているのだから、一回くらいは成功裏に終わったゼクトルーパーの作戦行動のモデルケースを見せておく余裕はあるはずだし、そうしないと劇中世界でどういう位置附けの組織なのかがイマイチわからない。また、マスクドライダーシステムがどの程度の必要性に基づいて開発されたものなのかが直観的にわからない。

もしもゼクトルーパーがサナギ状態のワーム一匹倒せない弱い軍隊なのだとしたら、マスクドライダーシステムはワーム全般に対して唯一効果的な攻撃手段であり、ワームに侵攻された世界の唯一の救世主ということになる。しかし、雑魚のゼクトルーパーでもサナギ状態なら何とか倒せるというのなら、マスクドライダーは成虫のクロックアップという従来のゼクトルーパーのウィークポイントを補完する戦術的切り札という位置附けになる。雑誌や公式サイトの設定紹介を読む限り、一応公式には後者と位置附けられているらしいが、映像だけを見る限りそのようには受け取れない。

今のところ、三話を過ぎてもゼクトルーパーは一体もワームを撃滅できていないが、やられ役として描くにせよ、天道が変身した組織外のライダーを追い詰める影の勢力として描くにせよ、実際の映像面で軍事的な存在意義が稀薄であるのは大きなマイナスである。

この問題点に関しては、現時点では米村脚本の責任なのか石田演出の責任なのかがよくわからない。というのは、作戦行動を中継するオペレーターのセリフだけを視るなら、それなりにストーリーラインが成立するからで、或いは脚本段階ではそれなりの筋道が……と想像できないこともない。

まず、今回の出動はワームに襲われた警備員が押した警報ベルによって発令されたらしいが、ごく普通の警報ベルをどのようにしてワームの仕業と特定したのかは描かれていない。その辺は有耶無耶に考えるとして、その時点では敵ワームは一体だけだと認識されていたのかもしれない。

実際の戦闘描写を視ると、索敵しながら侵入する部隊員の意表を突いてサナギワームが一体天井から襲い掛かってきたものの、直後の指示で何とか体勢を立て直し、ブレードを用いた白兵戦を経てマシンガンの斉射となる。この辺はまあ、トルーパーの一般装備を見せるという意味で、それほどおかしな描き方ではない。

ここで何とか一体くらい倒しておけば不自然ではなかったのだが、そこへ突然二体の新手が現れ、トルーパー総崩れとなる。しかしまだこの時点までなら、想定外の新手が現れたことによる混乱ととることも可能だし、サナギ状態で仕留めることができなかったためにクロックアップした敵に甚大な被害を蒙ったというストーリーを描くことも可能だろう。

しかし、すでに多大な被害を蒙って十分な戦闘力を温存していない部隊に対して、想定外の数体のワームが脱皮した状況においてなお田所が「クロックアップする前に仕留めろ」という指示を出すのは理解できない。サナギから脱皮する所期条件も不明なら、脱皮からクロックアップに移行するタイムラグも不明なのだから、田所の指示が無謀なものに見えてしまうのである。普通に考えれば、ここは即時撤退を指示すべきだ。

結果、やられ放題にやられた挙げ句の撤退となり、一体のワームも撃滅できなかったうえに死亡者が二一名にも上る大惨敗という結果に終わる。このシーケンスを通して印象附けられるのは、トルーパーの兵装がワームにまったく歯が立たないということのみであり、現場指揮官も無能に見えるうえに、想定外の事態ゆえの敗北であるという個別事情がまったく印象に残らない。

何より田所があそこで特攻めいた無謀な指示を出したために、こういう負け戦が「いつものパターン」であるという印象が強調されてしまう。今回の戦闘が情報不足による不時の事態であるなら、無理な特攻を命ずるより一旦退いて戦力を温存し、追撃に充てるほうが常識的な判断だからである。「カラダで止めろ」的な無茶な命令があるから、死んで当たり前、負けて当たり前的な悲愴なニュアンスが出てしまうのである。

翻って、ゼクトルーパーの命がそれほど安いものならば、おそらく個々の隊員の教育訓練に費やすコストも必然的に安いだろう、すなわちゼクトルーパーというのは練度の低い戦闘集団だろう、という印象にも繋がる。

意図的に雑魚集団として描いてはいるのだろうが、一応カブト世界の成り立ちを考えるなら、ゼクトルーパーというのは警察や自衛隊よりもワーム追撃に特化したプロ集団のはずだ。この三話におけるゼクト組織の描き方から視ても、窮めて秘匿性の高いゼクトの戦闘部隊であるなら、練度の高い選抜された特命集団であって徴用にも困難が伴うはず、国民皆兵制度下の一兵卒のような損耗性の高い運用はできないはずである。

この辺のニュアンスは、セリフと殺陣や映像の組み合わせによって多少変わってくるので、脚本がおかしいのか演出がおかしいのか、実際の映像を観ただけでは特定できないが、ゼクトルーパー初お目見えの描写としてはやはり間違っているといわざるを得ないだろう。

いずれにせよ、こうした問題はゼクトルーパーが本当にワームを倒せるのか否かという一点に収斂するので、一体だけだった時点でそいつだけでも倒しておけばそれで済んだ話である。一体撃滅してホッと一息吐いた呼吸で新手が現れていたとしてもそれほど尺は変わらないのだし、話の大筋にも影響はない。

ワームが自分の殺した人間にしか擬態できないという縛りでもあればちょっと後半で不都合が出てくるが、そんなことはないのだから、やはり最初にトルーパーの攻撃力をきちんと見せておかなかったのがよくないのである。

こういう理に落ちるべき描写において、詰めているようでいてその実不徹底であるという現状は、今後に対する不安要素ではある。リアリティの匙加減が拙いというのか、「なんちゃって特殊部隊物」「雰囲気だけあればよし」的な中途半端さを感じるのである。緻密に描写するのか、雰囲気だけいただくのか、その辺のリアリティの設定が中途半端で気持ち悪い。

この辺は平成ライダー一般の想定視聴層の曖昧さに伴う困難ではあるのだろうが、幼児向け特撮という表向きの看板はあるものの、実際には平成ライダーという番組はもっと高い年齢層や大人の視聴層も視野に入れて作られている。かなりレンジを広くとった番組枠であるだけに、リアリティの設定レベルに関しては、どの視聴層にとっても不満なものとならざるを得ない。

幼児層にとってはどうでもいい高度な拘りも採り入れなければ大人の視聴者にはアピールしないし、その拘りが難解に過ぎると幼児層は退屈する。結果的に最大公約数的なヌルいレベルで手を打たざるを得ないのだろうが、雑魚は雑魚としても「犬死に」「雑兵」的なニュアンスだけでも排すれば、それだけで大人も納得するリアリティが得られるのだから、やはりこの辺は少々惜しい。

たとえば「エイリアン2」や「プレデター」のような「正体不明のモンスターに遭遇して一部隊全滅」的なストーリーラインのものを除き(元々この種のストーリーは、古典的な怪奇小説を根に持つ『軍隊遭難物』とでもいうべき物語類型なのである)、既知の敵を相手にする特殊部隊物の映像作品において、プロの戦闘員がこれだけバタバタ犬死にする作品をオレは識らない。

また、第一話に関してはクライマックスにおいて、天道がマスクドフォームで一体仕留める際の作戦の意図や理屈がよくわからない、透明怪人と間違えているのではないか、という指摘も耳にするが、まあこの辺はご愛敬というところだろうと思う。人間の知覚を超える猛スピードで動く物体を、なにゆえレーザー光線の反射で捕捉できたのかは不明だが、絵面的に一瞬ビカッと光っているので、その辺で大雑把に見当を附けたのだろうと好意的に解釈するよりないだろう(笑)。

とにかく、明示的に理屈が説明されているならともかく、理屈のわからないものに対しては理詰めで批判しようがないのだし、その前提では、映像に説得力があるかどうかで判断するしかない。現状、説得力があるかないかと問われると微妙だが、実際の映像でワームが一瞬ビカッと光った位置から真っ直ぐライダーに突っ込んできているので、納得するしかないだろうとは思う(笑)。

実際の映像として曖昧に描写されている以上、いくらでも理屈は附くからである。たとえばレーザー光線があのような入射角で反射したら、通常の光線よりも網膜に残像が灼き附くのかもしれないし、その一瞬における位置と体勢が把握できればワームの攻撃コースが予測できるとか……いや、オレだって本気で言ってるわけではないが(木亥火暴!!)。

まあ、要するにあれだけ微妙だとたしかに描写としてわかりにくいが、その分正面から科学的に考証するのも難しいということだ。この辺を過剰に問題視するのはちょっと酷だろうと思う。

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