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2006年3月12日 (日曜日)

時効警察終了に都築道夫を想ふ

オレ的には、全般に内容面では不調な今期のTVドラマの中でも、成功作といえるのは「白夜行」と「時効警察」の二本ではないかと踏んでいたのだが、オリコンの満足度調査ではこの二本を制して「アンフェア」がトップになったらしい。

煩雑なプロットが二転三転して、最早何でもアリ感すら漂う「アンフェア」がトップというのは意外だったが、考えてみれば、三本中最もTV的な性格なのが「アンフェア」だということになるのだろう。原作がそもそも「小京都ミステリー」や「ドラゴン桜」の脚本家だしな。

いわばミステリドラマ三本が表彰台を独占したかたちになるが、原作附きの「白夜行」「アンフェア」とは違い、「時効警察」はオリジナルで頑張っているところが評価できるだろう。むしろ、一応本格推理としての体裁を具えている原作を犯人視点の純愛ドラマ寄りに振った「白夜行」や、早々にネタをバラしてジェットコースタードラマ化した「アンフェア」よりも、よほど短編ミステリ集らしい骨格を具えている。

いってみれば、「古畑任三郎」を三倍くらいに煮詰めたような濃さというのか、貧乏性にさえ感じるほどに息継ぎもなく手の込んだシュールなギャグが連続するキャラクタードラマであり、紛れもなく古畑の系統に連なるミステリドラマである。

このドラマが短編ミステリらしさを感じさせるのは、ミステリ的なトリックや謎解きの部分というより、その濃さの部分である。都築道夫の連作短編集の在り方に近縁性を感じるのだ。都築道夫が奇抜な設定の名探偵物で狙ったのは、おそらくこのような濃さだとオレは思うのである。

もちろんこのドラマのユルい謎解きの感興は、ミステリ研究の泰斗であった都築道夫の諸作品よりは二時間サスペンスのそれに近い。

ミステリ的な見地でいえば、ちょっとした小ネタをTVドラマのテンポで解明可能な程度の難易度の事件に仕立て、トリックの斬新さではなく、伏せられた真相へアプローチする謎解きのプロセス、即ち探偵役の「気附き」のプロセスに重点を置く叙述は、当然二時間サスペンスの骨法を踏襲している。

この点で、犯人側の仕掛けたトリックと一騎打ちの勝負をする古畑よりはカジュアルなスタイルのミステリと位置附けられるだろう。そのカジュアルなスタイルを構造的に保証する要諦とは、「趣味」という言葉に象徴されるような意図的な難易度の引き下げ、言ってみれば「ヌルさ」の感覚である。

このドラマで扱われている事件は、時効を迎えて初めて捜査対象となる。犯人のその後の人生を左右しないという保証が得られて初めて「趣味で捜査」する不真面目さを許容する倫理上の最低要件が成立するのである。また、それが時効案件であり趣味の捜査であるという初期条件のゆえに、主人公の霧山修一郎は警察官でありながら真犯人を逮捕すべき義務から解放され、真相を究明し得ても失敗しても誰からも咎められないというヌルい「趣味」の領域を獲得する。

これはつまり、一般的な意味での素人探偵の「趣味性」を制度面から下支えする仕掛けだろう。時効という制度はゆえなく存在するのではない。タイムリミットを設けて逃げ切ったら勝ちというゲームでもない。時効の年限を超えて追求するのは刑罰として過酷であろう、その間容疑者は十分に罰を蒙っているのであるという思想の許に成り立っている制度である。その意味で、時効を迎えた事件を専門に捜査するという設定は、悪を罰するための追求ではない、現在進行形の深刻な脅威を阻むための戦いでもない、あくまで純粋に真相を識りたいという好奇心を満たすための「趣味」であることの、倫理面での留保である。

倫理面における保証、結果の成否を問われない保証、このような二重の保証によって、時効事件の捜査という「趣味」のヌルさが成立する。さらに、刑事罰を伴わないことによって、証拠の有無というミステリ的な要件の重要性が無効化される上、真犯人の「好意」による自白というヌルい真相開示が可能となる。つまり、証拠を突き附けても無意味なのだし、法的に有効な証拠などなくても構わないのである。真犯人が霧山の推理を認めるのは、突き詰めていえばその場のノリであり、犯人の側にそうしたいという隠微な動機があるからでしかない。

霧山が相手取る人間はすでに時間によって制裁を蒙った市井人なのである。事実として警察官である霧山が遺留品の引き渡しという限度を超えて相手と接触すること自体、真犯人の「好意」に基づく「お附き合い」であり、それを突き詰めれば、時効を迎えたからこそ誰かに真相を開示して心の重荷を下ろしたい、という真犯人の切実な深層心理がそこにあるのだ。

不真面目な変人探偵の純粋な好奇心が許容されるのは、このような心理的欲求が犯人側にあるからである。思い附きのきっかけで始めた時効捜査ではあるが、霧山は真犯人にとって一種の懺悔聴聞僧の役割を果たし、「誰にも言いませんよカード」の儀式によって告白の秘密まで保証する。

あらためて考えれば「誰にも言いませんよカード」に署名捺印したところで法的な拘束力などないのだし、それは時効後にいくら証拠を突き附けても、犯人が降参するかどうかというその場のノリという以外に無意味なのと同じである。時効捜査というのは、それが時効事件である以上、真相開示も含めて徹底的に真似事の「趣味」でしかないのだし、証拠の発見も真犯人との対決も推理の開陳も「誰にも言いませんよ」カードの提示さえも、すべて時効を迎えた事件の当事者が心の重荷を下ろすための儀式でしかない。

つまり、不真面目な変人探偵の純粋好奇心は、結果として真犯人が潜在的に求めている倫理面での慰藉を得る手助けとなるのである。そういう意味では、時効警察の基本設定はかなりよく出来ているし、その設定が構成する要件について無自覚なのでは決してないだろう。それを狙ってすべてのフォーマットが練られているのである。

このようにカッチリと押さえられた設定のキャラクタードラマである辺りが、都築道夫のミステリシリーズを思わせるのである。先にミステリとしての結構をいうなら、このドラマと都築作品は比較にならないというようなことをいったが、逆にいうと都築道夫のシリーズ物には、キャラクタードラマを目指していながらキャラクターが希薄化し、ミステリとしてのトリックやプロットのほうが際立っているという弱点がある。そこの部分の長所と弱点が逆転したのが「時効警察」であるといえるだろう。

都築道夫という作家は、ミステリ全般に一見識を持つその道の碩学であり、今日の叙述トリック全盛時代の前駆となった長編群よりも奇抜な設定に基づく異色探偵による多彩な短編シリーズで識られる人で、名探偵にはキャラクターがないとダメ、というような持論の持ち主であったようだ。これはつまり、探偵シリーズというのは一種のキャラクタードラマであるという卓見だが、肝心の実践の部分では成功した長寿シリーズというものがない。たいていのシリーズは、極薄い短編集が一、二冊出てそれっきり途絶するパターンが多い。

本人は「飽きっぽいから、続かない」というようなことを言っていたようだが、オレの視たところでは、キャラクタードラマを書くための資質に、決定的に欠けていたのではないかと思う。シリーズが進むにしたがって、探偵を奇人とあらしめていた設定要素がどんどん邪魔になってきているように見える。

都築作品の本質とは普通に難易度の高い晦渋な本格推理短編であって、奇人探偵は真相開示の添え物でしかない。シリーズが進むにしたがって探偵が抱えている奇抜な設定が有名無実化し、ただの滑稽な「縛り」でしかなくなって、明らかに浮いてくるのだ。

たとえばそれは、京極夏彦の巷説シリーズと、それとほぼ同様の設定に基づく「なめくじ長屋捕り物騒ぎ」シリーズを比べて視れば明らかだろう。後者のほうがよりミステリ短編としての骨法を守っているという違いはあるが、犯人捕縛を直接の目的とせずに、非人たちが独自の倫理観と目的意識に基づいた連携プレーで事件を解決する、あるいはトリックを仕掛けるという大枠の構造は共通している。

だが、巷説シリーズのほうはプロットがどうこうという以前に又市以下のキャラクターが生彩に満ちているのに比べ、なめくじ長屋の非人たちには、砂絵のセンセーをはじめとしてどこか作り物めいたぎこちなさを感じる。

また、たとえば、変な外人キリオン・スレイなどは、日本語が流暢になるに連れて普通のヒトに成り下がったことを作者自ら認めているくらいだし、比較的地味な設定の退職刑事シリーズに至っては、父子そろって生きた人間らしい息遣いをまったく感じない。安楽椅子探偵物を成立させるための叙述の都合で作られた人物であることがあまりにもアカラサマである。

さらに、作者の遺族の諒解を得て都築道夫がパスティーシュを物した「顎十郎捕物帖」については、原作シリーズ自体、奇想天外なトリックで識られる本格推理の傑作を何本も含んでいるが、基本的には演劇人である久生十蘭の名調子で綴られた良質のキャラクタードラマである。それが都築道夫の手にかかると、やっぱりミステリとしてのプロットが突出した肌合いの冷たいものになってしまうのは、これはもう資質としか言い様がない。

現に、あれだけたくさんのシリーズのうち、映像化されたのは「なめくじ長屋」の一度きりである。これはビートたけし及びたけし軍団総出演に向く題材として選択されたのだろうが、同年の最終クールでは同様のテイストの「浮浪雲」がビートたけし主演で放映され、なめくじ長屋は直接継承されなかった(「浮浪雲」原作について詳細を識らないから明言は避けるが、その設定が前述の「顎十郎捕物帖」に似ていることも奇縁といえば奇縁である)。

さらにいえば、都築道夫という個人はどうも人間観が狷介固陋なところがあって、読後感がどうにもうそ寒いという特徴がある。数ある都築キャラの中にはアモラルな半悪人もいるのだが、都築道夫の筆致になると酷薄な面ばかり際立って魅力を感じない。あえて踏み込んで言うなら、人間嫌いが書いたようなギスギスした触感を感じるのである。これは基本的にキャラクタードラマには向かない語り口である。

だから、ある意味で、都築道夫が連作短編集で目指したのはまさに「時効警察」のようなノリの探偵物だったのだろうと想像する。研究者・批評家として優れていたために、完成度の高い本格推理小説は書けたが、作家的資質として生き生きとした人物描写を不得手としていた都築道夫が目指していたのは、こういうふうな名探偵の在り方だったのではないかと想像するのである。

たしかにこのドラマはミステリとして視るなら、間違いなくユルい。いくつかの事件には謎すら存在しないし、普通なら捜査するようなことをしていない場合も多いのだからそれは単に初動捜査のミスでしかない。それはミステリ的な意味では謎ではない。

このドラマにおける事件は、たまたま警察がポカをして犯人検挙に至らなかった事件を一私人がこつこつと再チェックしてミスを補完するという形式になっている。真面目に考えれば、事件発生当時に警察が組織力を発揮して関係者の動向を抜かりなく張っていれば、いずれ真相が露見したレベルの犯罪ばかりだからである。

だが、ミステリ的な設問の難易度の低さに合わせてさらに探偵のレベルを下げることによって、ミステリとしての全体的なレベルは符合している。探偵の捜査の動機は個人的な趣味にすぎないのだし、鑑識の協力は得られるとしても警察の組織力はまったくアテにできない。桐山修一郎は天才型の探偵ではなく、何となくウロウロしているうちに思い当たるべくして真相に思い当たるという、言ってみれば低レベルの探偵である。

つまり、事件の核となるのが大したアイディアでなくてもミステリとして成立するのだし、そのように意図的に難易度を下げた空隙に、探偵役を中心とするキャラクタードラマがギッシリ詰め込まれ、探偵の気附きのプロセスと開示の手順というフォーマットが毎回きちんと成立している。トリックやプロットというものの重要性をあえて無視していうなら、そのプロセスとフォーマットそのものがミステリ的な感興の重要な一部なのである。まさに、軽ミステリとはこういうものなのだ。

都築道夫が想定していたのも、おそらくはそのレベルのミステリなのだろう。ただし、TVドラマなら成立しても小説では成立しないミステリというのもある。ほとんど謎が存在しないこのドラマのプロットで短編ミステリを一本書けといわれたら、ベテラン作家でもかなり辛いのではないかと思う。

だから、本来的な都築道夫的な方向性では、ある意味どうでもいいミステリ的な部分の空隙を、どのようなキャラクタードラマで埋められるかという部分が最も問われるのであるが、結局都築道夫には奇抜な設定に相応しい生き生きとしたキャラクタードラマが描けなかった。生真面目なミステリとして及第点という、ある意味どうでもいい部分しか評価されなかった。何を描くかというコンセプチュアルな面では一定の評価を得ながらも、それをどのように描くかという作家の肉体性の部分では、彼が積極的に評価していた綺堂や十蘭のような、いわゆる「上手い作家」として評価されなかったのである。

都築道夫がパスティーシュまで書くほど評価していた「顎十郎捕物帖」や、岡本綺堂の「半七捕物帖」は、トリックをそらでいえるほど繰り返し読んでも飽きがこない希有なミステリである。短編推理小説シリーズのお手本としてこれらの作家を評価していた都築道夫は、おそらくパズラーとして優れているだけのバサバサなミステリなど本気で評価してはいなかったのだろう。彼が憧れていたのは「小説としておもしろいミステリ」「上手い小説としてのミステリ」だったのだろうと思う。

おそらく、綺堂や十蘭の在り方とは違った意味で都築道夫の憧れを実現したのは京極夏彦だろうし、それをミステリドラマとして開拓したのは古畑任三郎ということになるのではないかと思う。

そして時効警察は、古畑がイメージソースとしているコロンボの呪縛ゆえに、正統派倒叙ミステリとしての生真面目さを棄てるに棄てられない現状において、最初の最初からそのようなものを振り捨てている。

かなりまとまりには欠けるが、時効警察ひとまずの終了に際して、以上のような感想を覚えた次第である。

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