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2006年9月 1日 (金曜日)

或るブンガク的修辞

これは飽くまで事実無根の喩え話であり、品の良いブンガク的レトリックである。

さる高級料理店に、ある日ふらりと見知らぬ客が入店した。その客はその店で最も高級な料理を次々と注文し、驚くべき健啖ぶりですべて平らげた後、いざ支払いの段になると、おもむろにズボンのポケットから汗ばんだ一〇円硬貨を二枚と五円硬貨を一枚掴み出し、会計係に彼が支払った金額とはたっぷり四桁違う釣銭を要求した。

会計係は鄭重な言葉遣いで客を待たせて内線電話で支配人を呼び、急ぎ足でその場に到着した支配人は客のユーモアを一頻り褒め称えた後、更めて「本当の」勘定の清算を鄭重な口調で切り出した。

しかし、その客と少し遣り取りを交わした後、残念ながら支配人はこの客が本気で伝票に記載された価格とは無関係な
ユニークな基準に基づいて支払いを済ませるつもりであることを理解した。

その客は、それがごく当たり前の常識ででもあるかのようにこのように主張した。

「私は今現在失業中で収入がない。この二五円は暑い最中に一生懸命この町中の自動販売機や路上のちょっとした隙間を探り歩いてようやく手にした金である。私は前職で約一五〇〇万円の年俸を得ていたから、その基準でこの二五円を得るために私が費やした労力を時給換算すれば、おおよそ一五万円程度の労働価値となる。この勘定書に記載されている金額は五万八千円であるから、差し引き九万二千円の釣銭を戴く権利が私にはあるはずだ」

支配人はさらに鄭重な口調でこのように指摘した。

「失礼ですが、お客様のほうで一五万円に相当する金額をお支払いになったのが事実だとしても、私共のほうでは一五万円のお金をお預かりした事実はないのですが」

客はこのように言い募って尚も強硬に釣銭を要求した。

「そちらが預かっていなくても、こちらはたしかに一五万円に相当する金銭を支払ったのである。事実そこに私が支払った貨幣があるではないか。それには一五万円に相当する私なりの価値があるのだから、それをそちらが受け取っていないのはそちらの都合や価値観にすぎない。私は私の個人的な権利として九万二千円の釣銭を要求する。さらに言えば現在無収入の私にとって五万八千円の食事は大変な負担なのに、その上釣銭がもらえないのは大変不当である、と、そのように私の心が叫ぶのである

支配人は無言でにこやかに一礼すると、受話器を取って外線ボタンを押し、彼が個人的な価値基準において正しいと信ずるところを行った。

そういう小粋なアメリカンジョークを思い附いた。

※飽くまでブンガク的修辞に過ぎないので、釣銭の概念が成立していないとか野暮を言ってはいけない(w

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