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2006年12月 5日 (火曜日)

実相寺監督を悼む

先月二九日、享年六九歳で実相寺昭雄監督が亡くなった。慎んでご冥福を祈る次第であるが、突然のことで驚きを禁じ得ないというのが本当のところである。先頃手掛けた劇場作品である京極夏彦原作「姑獲鳥の夏」のメイキング映像では、特段に具合の悪そうな様子も見えなかっただけに、まさか「シルバー假面」が遺作になるとは思いも寄らなかった

しかしながら、後述するようないつもの実相寺監督の作風から考えると、姑獲鳥の夏に用いられている技法が剰りにもマトモに叙述的と感じられたことも事実で、当初はこの大人しさを有名原作に対する敬意やセールスに対する配慮かとも考えたのだが、今から考えるとそれほど体力的に粘れなかったということなのかもしれない。

そういうわけで今回は、空々しい美辞麗句の追悼文を掲げても当ブログには似合わないだろうから、手向けの意味で少し突っ込んで実相寺昭雄とその作品を論じることでせめてもの見窄らしい香華としたい。

まず最初に断っておくが、オレは格別実相寺作品のファンではないし、嘗て実相寺信者だった過去もない。だが、実相寺昭雄が何か撮ったと聞けば、無理のない範囲で観ようと心懸けるくらいには興味がある。最近では今ほど名を挙げた姑獲鳥の夏を小屋まで観に行ったし、どちらかと謂えば京極贔屓の故が勝っているとはいえDVDも桐箱の豪華版を買ったくらいだから、まあ嫌いではないのだろう。

だが、サブカル的に実相寺作品が持てはやされたオレの学生時代には実相寺作品が全然理解出来なかったし、何となくオレ流に理解出来るようになった昨今では特段映像作家として注目すべき位置附けにあるわけでもなく、結局オレにとって実相寺昭雄という映画監督は、可もなく不可もなく他人行儀な距離感の儘である。

当ブログでも何度か実相寺作品に言及しているが、オレ個人の実相寺観というのは要するに「絵面だけの人」というものである。ただ、亡くなったから取り繕って言うわけではないが、それはさほど否定的な意味ではない。そう在るべくそう在った人なのだからその反骨の徹底にはある程度の敬意を覚えている。

実相寺昭雄という人物は、著書やインタビューでの発言を読む限りかなり度の過ぎたロマンチストで、円谷時代の回顧譚では無意識の裡に記憶を美化した空想や脚色を交えてしまうという嫌いがあるようだが、実作の上ではロマンから逃避し続けた人であったように思う。

少し前に姑獲鳥絡みのインタビュー記事を読んで久しぶりに実相寺監督の肉声に触れたのだが、嘗て彼が演出を手掛けた舞台について触れたくだりがとくに興味深く感じられた。何うも彼は舞台演出には剰り興味を惹かれなかった―――というか寧ろ苦痛を感じたらしく、「演劇は人物を突き詰めていくものだから辛かった」「自分には映画が合っていると思う」というようなことを語っていた。

急なことで今手許にその記事の原本がないのだが、映画についてはたしか「人物を突き詰めなくても、その間隙を映像が埋めてくれるから気が楽だ」というようなことを語っていたと思う。オレはこの記事を読んで、それまでオレが常々実相寺作品に感じていた印象の裏が取れたように思ったものだ。

一般論で言うなら、映像作品というものにはルールや文法というものがある。それ故にオーセンティックな劇映画というものは、多分に意味指向の芸術である。それを逆に言えば、特定の叙述要素の具体的表現として個々の映像パーツがあるということである。但し、活字文芸でもそうだが、意味というのは通じてしまったらそこで終わってしまう筋合いのものであり、特定の意味性の代替でしかない映像作品というのは芸術的拡がりがない。

だから普通一般の劇映画というのは、具体的叙述要素を映像によって語りながら、その映像自体の肉体性が醸し出す視覚的連想の振れ幅とその綜合によって、意味性を超える芸術的感興を生み出そうと努めるものである。さらにこれを映像作品の上位概念である物語性の文脈にまで展張して言うなら、特定の具体的な物語を語ることに付随して観念的な感興や五官のイメージの戯れをも触発するよう努めるものである。

この場合、物語の語りは具体的な叙述要素を的確に語ることを第一義として、そこからの余剰や逸脱として芸術的な感興が派生するという順序になるわけで、映像作品の場合にはこの具体的な叙述要素を的確に語る側面でルールや文法が意味を持つのである。

実相寺監督の話題に戻るが、彼の作品においてはこのルールや文法が「必ず」破綻しているという顕著な特徴がある。たとえば実相寺作品の視覚的インデックスとして機能している斜めの画角やワセリンを塗ったガラス越しのショット、前景と後景の間の極端な明度の落差、フィルムに映るギリギリまで暗く潰した照明等の誰もが識る「実相寺調」の手法には、映像の文法としての意味性が徹底的に剥奪されている。

普通、ワセリンを塗ったガラスをカメラ前に置いて四隅を暈かす手法は夢幻的な雰囲気を醸し出すためのものだろうし、そのシーンが叙述要素の具体性のレベルでは虚実のあわいに属するものであるサインと解するのが自然だろう。幻想境の表現や魔魅の蠱惑、過度の歪曲を蒙った幻惑的な回想等の表現に用いられるのが一般的である。ところが実相寺作品においては、この手法には叙述的意味性が確定されていない。

夢幻的な場面で使うと「同時に」「必ず」そうでない場面でも使うために、この手法の叙述のレベルにおける規則性が無効化されているのである。映像の文法が生起させる具体的意味性というのは規則性に則ってこそ生起するのであるから、規則性が破綻している以上は具体的意味性の脈絡でこの手法を解釈してはいけないのである。

嘗て世間が実相寺昭雄の何者であるかを未だ識らなかった頃に実相寺作品がスキャンダラスだったのは、「変なことをする」からではなく「無意味なことをする」からだとオレは解釈している。

カメラを斜めに倒したり妙なところに据えたり照明を暗く潰したりというのは、実相寺監督でなくても普通に誰でもやることである。そして、普通の映画監督がそのような手法を採用するのは、その手法によって叙述的な意味を語らせるためである。しかし、実相寺監督はそうではない。実相寺作品においては、カメラはただ単に斜めに倒れていたり変な隙間に突っ込まれていたりするだけなのであって、そこに何らかの意味性を読み取ろうという試みは必ず裏切られる。

通常の劇映画では具体的意味性を語るための不文律として採用されている文法を偏執的に踏み外すその作法が、オーセンティックな映画監督やシネフィルたちにとっては意味破壊的な反骨の相貌を帯びて受け取られていたから、実相寺作品は衝撃的だったのであるとオレは考える。

この映像作品の文法というのは、実は劇映画一〇〇年の歴史の中でほぼ変わることなく受け継がれてきた映画の言葉である。実相寺作品で頻出する斜めの構図や傾斜したカメラワークは、この文法の中では「不安」や「不自然」を顕わしている。映画の文法においては「斜め」の視覚的モチーフは「不安定」を意味する「具体的な言葉」なのであって、これは本格的な劇映画が成立してこの方一貫してそのように意味附けられている。

また、鏡や水面に映った人物や風景を撮影することをミラーショットと呼ぶが、これは普通一般の映画の文法においては「虚偽」や「幻影」を意味している。たとえば二人の人物の会話を描く場面なら、ミラーショットで人物が映ったらそれは「必ず」その人物が嘘を吐いているか本心を隠しているか不本意なことをしようとしているか、もしくは何らかの意味でその人物が「紛い物」であることを暗喩している。

撮影機材やスタッフの見切れを避けるという面倒な手間のあるミラーショットをわざわざ撮るのは、絵面的に面白いからというだけではなく、そのように一般に共有された具体的な意味性のルールがあるからである。これは、一〇一の裡一〇〇までそうなっている具体的な決め事で、一般的な劇映画ではそのように解釈することでしか意味が通らない使い方になっているはずなので、興味があったら今後映画を観るときに確認してみていただきたい。

そういう意味では、映画の文法というのは多分に象徴主義的なものであり、一般的に多くの人々が考えている以上に機械的なルールが不文律として存在する。たしかに特定の視覚的表象がほぼ万人に共通する普遍的な生理的感興を与えるというのは事実かもしれないが、それが叙述の文法として整理されたことについては、勝手に決められたルールだという言い方も出来るだろう。

たとえば、図形的な観点で言えば、画面を構成する線的な要素が垂直か水平になっているのが最も安定して感じられる構図であり、斜めの線的要素を主眼に据えた構図は一般的な受け手に不安定感を与えるだろう。だが、その図形的な不安定さを心理的な不安要素と結び附けて意味附けるというのは、別々の事柄を共通点を軸に意図的にスライドして関連附けているわけであって、恣意的なルール附けと謂えばそれまでである。

また、鏡に映るものは左右が反転した現物とは似て非なる不気味な映像であり、見かけ上の位置には実在しない虚像であるに過ぎないが、それを「幻影」「虚偽」と意味附けるのも同様に恣意的なルール附けである。

勿論これは映画学校や撮影所で「斜めの構図は不安の象徴である」「ミラーショットは幻影の象徴である」と具体的な言葉で教えているという意味ではない。大昔の劇映画でそのような象徴的表現が用いられ、それを観た観客がその映像を特定の意味性の象徴として読み解き、その観客が偶々映画監督であった場合には自作において反復的に用いるという事態の繰り返しが起こることで、気の利いた個別のアイディアとしての象徴的手法が「言葉」としての一般的意味性を獲得するわけであり、結果的にその種の手法の集積が映画の文法や慣用的表現手法として暗黙裡に制度化されてきたわけである。

今日では映画の基本的な叙述原理と目されているモンタージュの手法が、嘗てはエイゼンシュタイという特定の映画監督の作品を特徴附ける個別のアイディア的なものであったことを考えれば、この間の事情を理解しやすいだろう。

その意味では、映画を十全に味読するためにはある程度の訓練とオーセンティックな読み解きの手筋を学ぶ必要がある。それは、個々の映像パーツの撮り方や繋ぎ方には歴史の積み重ねにおいて結果的に成立した決め事が存在するからで、それは一義的に特定の意味を志向しているからであり、映画というのは撮る側も観る側もその決め事を共有していることが前提となっている芸術形態だからである。

映像作品というのは、活字文芸に比べて視聴覚のレベルにおける現実の再現性が高いために、七面倒くさい勉強や訓練を経ずとも普通に眼で視て意味がわかるものと解されがちではあるが、それは厳然として間違いだし、将来的にもそんなフールプルーフな文芸形態が成立し得るとはオレは思わない。

言葉というのはそもそもこのようにして一義的にルール附けられているからこそ、そのルールを共有する者の間で具体的に意味を通じることが出来るのだし、意味が通じるためには、語る側と受け取る側の双方がそのルールを学ぶプロセスが必須なのである。

映画という個別のジャンルで定まっている個別のルールを学ぶことが面倒だという風潮が一般的になれば、個別的ではない「5W1H」的な一般的な叙述のルール以外は使えないことになるが、それで語り得る内容が今より貧しくなることは当然であり、それは最早芸術でも文芸でもないだろう。

大分お話が取り散らかったが、実相寺作品の異様性を言語のレベルに喩えれば、犬を視て「いぬ」と呼ぶとき、必ず猫や猿や油虫も「いぬ」と呼ぶことで「いぬ」という言葉の具体的意味性を殺しているということである。逆説的に謂うなら、実相寺作品における文法とはこのような「反意味性」の手続の徹底であるとオレは考えている。

たとえば斜めの構図というのは、斜めでない構図が一般的な映像作品においてはじめて叙述要素としての「不安」の表象という具体的な意味性を持つ。斜めでない構図が支配的な映像的意味構造において、叙述上劇中人物の不安を表象すべき場面や観客に不安感を与えたい場面においてのみ用いるという規則性が遵守されるからこそ、その手法は意味的具体性を持つのである。

だが、実相寺作品においては「必ず」この規則性に例外を設けるために、個別の手法の一義的な意味性が解体されてしまう。つまり所謂「実相寺調」の絵面は、物語が語る具体的な叙述要素に最適化された手法ではなく、寧ろそれとは無関係に成立している異様な現実の見え方なのである。

これが無知や不勉強故のナイーブさでないことは、オーセンティックな意味合いにおいて妥当な場面「でも」同じ手法を使っていることからわかるだろう。その意味で、最初から徹底して無意味な技法の戯れを描いた初期の大林作品のトリガーハッピー的な技法の暴走とは少し意味合いが違う。

実相寺の場合は手法が規則性に基づいて意味を語ることを拒むために規則性を外すのであって、逆に謂えば規則性と意味性の関連を必要十分に認識しているからこそそのアンチとして例外を設けるのである。

初期の大林作品が「無意味でただそこにあるだけの楽しい映像の肉体性」のようなものをラディカルに志向していたとすれば、実相寺作品の在り方は「反意味的」で、意味性を前提としてそれに抗い、そこから自由であるような映像の肉体性を志向していたのではないかと思う。

その意味ではたしかに実相寺作品というのは反骨的な存在だと思うのだが、冒頭で挙げた発言から伺えるのは、意味とそれに基づくドラマの突き詰めに対峙した場面で感じる語り手の苦痛という個人的資質の要素である。

この苦痛の存在と著書や発言から受け取れる度の過ぎたロマンティストという資質を組み合わせて考えると、興味深い想像が可能になる。おそらく、実相寺昭雄という個人は筋立てを一義的に意味附けどんどん決め込んで確固たる結論に到達するような集中的なドラマ性が苦痛なのである。

特定の映像パーツにおいて、特定の意味性が強烈且つ効果的に決定され、その連なりがさらに大きな特定の意味性を強固に決定していくプロセスが苦痛なのだろう。つまり実相寺作品の反意味性とは、意味決定プロセスの進行に対する頑強な拒絶感に基づくものなのではないのか。規則性の破綻による反意味性とは、物語が一義的な意味を語ることに対する偏執的な留保の手続ではないのか。

一義的な意味性が柔らかな曖昧性(決して多義性ではなく曖昧な決定留保)に拡散することを望む逃走的嗜好の顕れなのではないのか。そのような想像をしてしまう。

たとえば舞台演劇というのは、非常にデジタルにその場その場で役者の肉体性が意味性や情動を一義的に決定していく文芸形態である。小劇団演劇などにとくに顕著な傾向だが、観客が注視する役者の演技が、劇場という場を共有する観客の情動を一義的に支配するものであり、全体的な流れよりも今この場に確固として存在する役者の肉体が強烈に意味を訴えることで、映像作品よりも圧倒的且つ体験的なドラマ性を突き附ける。

実相寺昭雄は、おそらく舞台演劇が本質的に具えているその圧倒的な強い断定性が苦痛だったのではないかとオレは想像してみる。舞台演劇というのは決定留保の曖昧性とは相性の悪い容れ物なのであり、今この瞬間に意味を言い切る芸能なのである。それは、舞台演劇というものが、演者と観客に共有されている「場」や「間」を保たせることが必須の芸能の形態だからである。

本来的には観客が魅力的な役者の動きや発声を目の当たりにすることで官能する芸能であって、「物語」という語るべき具体的意味性があるのであれば、その場その場で截然と言い切っていかねば「間」が保たない。これを演出者の視点で謂えば、その場その場で言い切るべき意味性を截然と決定し指示してください、役者の演技がそれを言い切っているか何うかをきちんと判断し決定してください、ということになる。

もしも実相寺監督がオレの想像に近いような資質の持ち主であれば、この演出のプロセスは絶えざる意味決定の連続であって、苦痛でないはずがない。その意味で、映画の演技指導と舞台のそれはまったく勝手が違うのである。

映画においては、役者がその演技によってどれだけ截然と意味性を切り取ってみせてもそのショットの撮り方や映像全体の肉体性がその決定に留保を附けることが可能なのだから、役者の肉体という断定的な意味装置に対して気楽に演技を附けることが出来る。

以前「失はれた週末」で語ったことであるが、映像作品というのは観客に先駆けて映像を視てその見方まで操作することが可能な表現ジャンルなのである。だが、舞台演劇の場合は、観客は舞台上で演じられる役者の演技をどこからどのような画角で視ることも可能であり、それ故にドラマにおける意味性を決定する一義的な装置は役者の演技そのものなのである。

舞台装置や照明によって幾らか見え方の操作が可能だとはいえ、それは役者の演技を見せるための「作り物」の道具立てにすぎず、映画のようにショットの中で役者の肉体と等価な力を持ち得ない。それは、狭い劇場の中に「本物の」お城や草原や雑踏の巷があるわけがないし、物語の都合で急に明るくなったり暗くなったりピンスポが当たったりするのは、誰かが灯りを調節しているからであることが剰りにも自明だからである。

それ故に、意味決定のアスペクトにおいては役者の肉体の圧倒的な特権性が突出しているのが舞台演劇というものである。舞台演劇においては、観客が視ることが出来る「本物の実体」とは役者の肉体しかないからであり、それ以外はそれを見せるための嘘事の見立てであるという前提の虚構度の高い芸術だからである。

だが、映画というのはそもそも動く写真なのだから、そこに映っているのは実景であるという前提の芸術である。勿論演劇同様セットを用いて舞台を用意した撮影も多いのだが、基本的に映画に映っているものはすべて実景と視るという決まり事がある。その意味で、映画に映っているものは人であろうが物体であろうが風景であろうが、それはすべて「本物」であるし、「本物」に見えることが期待される。

それが「本物」である以上、たとえば一個の薬缶や茶碗にも一人の役者に匹敵するだけの意味決定の力があるし、建物や風景、一点の壁の染みに至るまで役者と対等の意味決定装置と成り得るのであり、最終的に特権性を持つのはその「撮り方」と「繋ぎ方」という語り手の「眼差し」と「語り口」である。

舞台演劇においては、作り物の舞台に立つ唯一つの「本物」である役者の肉体が、舞台上で演じられる事件が「本物」であることを常に保証する、つまり「間」を保たせる必要があるのに対して、映画の場合はそこに映っているのがすべて「本物」であるという約束事によって、間を保たせるために明確な意味的断定を行う必要は必ずしもなくなってくる。

実相寺作品の場合、劇中で演じられる役者の芝居や物語そのものを意味的なアスペクトで偏執的に決定留保する手続によって、観客が視る映像が醸し出す意味以前の漠然とした視覚的ムードの異様性だけが最終的な実感として残るようになっている。

これを受け手の情動面で謂うなら、実相寺作品は普通一般の観客が観た場合、具体的な物語性によって感動が生起する意味構造ではないのである。実相寺昭雄の映像作品は、ただそのように「実相寺らしい」映像の総体として意味性から離れた視覚的感興としか観客に意識されないのである。

これはたとえば、大多数の実相寺フリークが実相寺作品を主に手法面の特異性や独特のムードの側面でのみ語り、物語性の文脈では語らないことでも明らかだろう。実相寺作品においては、物語というのは普通に映像に映っている「5W1H」が説明していればいいのであって、その事実性の次元から映像の肉体性の次元にまで踏み込んで物語性が表現されないのである。

それは、普通一般の時系列の叙述のレベルを超えて手法的に効果的に内実を語るということは、語り手が劇中の事実に対して特定の意味性を強く断定しているということになるからである。つまり、実相寺作品においては、物語というのは時系列上の事実性の儘に放置されているのであって、映像の肉体によって効果的に強調して表現されていないのである。

だから、それが所謂実相寺調の絵面でなければ、実相寺作品の多くは劇映画や物語映画としては凡庸且つ退屈なもので、何ら心理的感興を喚起しない。オーセンティックな映画の文脈で謂えば「ガラクタ」と表現しても差し支えないだろう。

きちんとした物語は一応あるのだし、それが一応は過不足なく語られているが、その物語を効果的に語るために最適化された容れ物として映画が機能していない。映画が語るのは実相寺昭雄という個人の嗜好に基づいた漠然とした視聴覚的ムードであり、それを型通りの意味で「映像美」という言葉で括るのも躊躇われる。「美しい」という価値観はやはり決定された意味性だからである。

しかし、実相寺作品を愛好する層がそれなりのマッスを形成するのは、この漠然とした視覚的ムードに接することには紛れもなく実感的な官能が伴うからである。物語という具体的な意味性は、この視覚的ムードを二時間近く保たせるための口実、つまり舞台演劇における役者の演技による意味断定に近いものでしかない。

つまり、わかりやすい言い方をすれば、実相寺昭雄という映画監督は実相寺昭雄という個人にとって心地よい無前提な視覚的現実の捉え方を「実相寺調」という「芸」として確立した映画監督なのである。

だから、「本物の」実相寺調というのは実相寺昭雄個人が積極的に関与することでしか生起しないのが当たり前なのであって、これは徹頭徹尾相伝不能な個人芸なのである。ロマンティストである個人としての実相寺昭雄がその著書や発言において幾ら物語的なロマンを語ったとしても、それは職能的な意味では空想癖のある子どもの無責任な戯れ言とそれほど違わない。映画監督としての実相寺昭雄は、実相寺調の唯一の体現者としてのみ存在価値があるのである。

以前語ったように、実相寺昭雄はコダイという集団を率いていて、実質的には実相寺作品というのはコダイという職能者集団のアンサンブルによって成立している映像作品であるのだが、そこの大番頭格に当たる服部光則監督の劇映画観は実相寺昭雄という個人とはまるで似ていない。

嘗て服部監督や実相寺監督と直に仕事をした職能者の話を何度か聴く機会に恵まれたのだが、とにかく服部監督は興味のないエピソードには格別の拘りもなく、全般に早撮りの人らしいのだが、その劇映画観は紛れもなく映画の叙述性を信じている。実相寺作品の実態的には、実相寺監督個人が現場であれこれ仕切ったり演技指導を附けるというより、この大番頭の服部光則がファースト以上監督未満という位置附けで具体的に撮影を仕切っていたらしい。

実相寺監督は、作品によっては現場に来てあれこれ口や手を動かすこともあれば、ほとんど服部光則に任せきりで事前に打ち合わせで指示を出したり、後でラッシュを視てダメ出しをするだけのこともあるようである。それ故に、誰が現場で仕切ろうとも最終的に実相寺監督の意志が相当量反映されれば、それは実相寺監督作品になるのである。

しかしながら、アウトプットとして実相寺昭雄がクレジットされた作品とそうでない作品には、歴然と違いがある。このどちらのパターンであっても、実相寺作品と言える程度の関与度のものには実相寺昭雄のクレジットが冠せられるようだが、諸般の事情でほとんど実相寺監督が現実的にタッチ出来ず、実際に手を動かした服部監督の名義になった作品の場合、その見え方は歴然と違ってくる。

それはおそらく、服部光則監督がどれだけ実相寺昭雄に私淑していようとも、物語の意味性や一義的な断定性に対して実相寺監督のような忌避感を共有していないからであろうとオレは考えている。つまり、最終的に服部監督名義になった作品は、見た目のテイストや撮り方がどれだけ実相寺作品に近似していようと、手法と叙述の適合性が実相寺作品とは全然違うのである。

実相寺ライクな手法で遊ぶ場面では余剰の遊びと割り切ってやっているし、具体的な叙述が必要な場面ではその叙述要素に最適な効果として手法を扱っている。この部分が実相寺作品とは極性がまったく逆なのであり、服部作品と実相寺作品の似て非なる部分である。

そして、冒頭で少し触れたように、姑獲鳥の夏の技法のマトモさはどちらかと言うと服部作品的であり、実相寺演出で予定されていたものが最終的に服部演出でクレジットされたものに肌合いが近い。それ故にメイキング映像で視るほどには実相寺監督の関与度は高くないのではないかと邪推する次第である。

また、服部監督個人の文体にはたしかに実相寺作品に影響を受けている部分も見受けられるのだが、実相寺調そのものは服部監督の芸風として受け継がれていないのではないかと思う。実相寺調というのは実相寺昭雄個人の嗜好から生起した極私的な映像表現の工夫であり、実相寺監督の晩年において実際にそれを現場で仕切った服部監督がその表現手法を自家薬篭中のものとして駆使出来るのは当然だが、飽くまでそれは技術スタッフとしての熟練にすぎない。

それ故に「本当は大多数の実相寺作品を服部監督が撮っていた」という言い方も本当は妥当ではないと思う。実相寺作品における服部光則の役割は、実相寺監督が自身の映画を撮影する場面において、現場で手を動かす部分を理想的に代替していたというだけではないかと思う。映画監督というのは、必ずしも現場に顔を出さなくても成立する職能なのである。

作家性の側面で言えば、服部光則には服部光則なりの自分の映画があって、現実の生業として実相寺昭雄という別の映画監督の良き女房役を務めていたが故に不可避的に影響を受けた部分もある、というのが精々正確な表現と言えるだろう。おそらく、今後それがビジネス的に求められるのでもない限り、服部監督が実相寺芸の後継者として実相寺調を披露する場面もないのではないかと思う。

実相寺昭雄の死と共に実相寺調も滅びるのだし、それはそう在るべきものである。

ある意味で、「人間を突き詰める」というのはあらゆるドラマの基本である。それに苦痛を感じるということは、たとえばオレたちが生の演劇を鑑賞する際に感じるような迫真のドラマ性を語ることは出来ないということである。

演出を生業とする者にとって、それは大きなハンディだろうが、実相寺監督は単なる力不足や無知の然らしめるところではなく、意志的にそのようなオーセンティックなロマンから逃避してきたのであり、その代替として、独自の映像によって曖昧に拡散していく物語の「間」を埋めることに専心してきた。

この実相寺調の淫靡なムードや、思わせぶりでいながらその実無意味な頽廃の雰囲気は他に得難いものではあるし、「帝都物語」や乱歩原作物、京極堂シリーズをあのような絵面で撮れる監督は実相寺監督を措いていないだろう。それがたとえ空疎で無内容なガラクタでしかなかったとしても、容れ物の特異性のみによっても肉体性が成立してしまうのが映画という芸術形式なのであり、実相寺作品を観ることでそれを実感出来る。

その一方、今日たとえば「魔弾戦記リュウケンドー」の清水厚監督のように上っ面ばかり実相寺調を真似るプチ実相寺を視ると、ロマンからの逃避が生み出した実相寺の反意味性の様式が「何でもアリ」の安易な口実として使われているような不快感を感じる。

繰り返しになるが、実相寺は二人も三人も要らないのだから、実相寺昭雄個人の死と共に実相寺調も滅びるべきである。実相寺調を構成する手法の総体は、窮めて個人的な視聴覚表現に過ぎないのであり、誰かが実相寺調を受け継ぐとしたら、それは単なる実相寺昭雄という個人の亡霊である。

せめてその特異な映像の肉体を故人と共に手篤く葬るのが、実相寺作品に魅せられた者の誠意ではないかと思う次第である。

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