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2007年4月12日 (木曜日)

Die Silvermaske-01

昨年相次いで世を去った佐々木守と実相寺昭雄の最後のコラボレーション作品ということで、「シルバー假面」は割合特撮シーンの話題となったが、大方の実相寺作品の常として、リリース後はみな一様に口数が少なくなるようだ。

実際、オレもレンタルで一巻目を視ることは出来たのだが、続き物ということもあってこれだけで何か書くというのはかなり厳しいものがある。「いつもの実相寺調」という言い方も出来るが、それだと話が終わってしまう

この後、オムニバス映画「ユメ十夜」の第一話を白鳥の歌として、実相寺昭雄は永遠に映画を撮れなくなってしまったのだから、実相寺昭雄の仕事を同時代性において語り得る機会はそうそう残されてはいない。このタイミングでそれなりに何事かを語っておくのが特ヲタとしての嗜みというものだろう。

なので、今回のエントリーでは「いつもの実相寺調」で話が終わるまでの間の話をさせて戴いて間を繋ごうかと思う次第である。

相変わらずワケわかんねー御託を言う奴だ

と思われたあなた、しょうがないじゃないか、実相寺昭雄の話なんだから。正直、実相寺関係のエントリーは甚だ人気薄でPVが少ないのだが、オレ自身が語りたいんだから遠慮なく語っちゃうのである(笑)。

まず、全体的なイメージとしては丸尾末広の世界その儘と表現して好いだろう。前半は明智小五郎シリーズのようなエログロナンセンスの大正浪漫のテイストで描かれ、後半のクライマックスはかなり外した大衆演芸の趣向で虚実の混淆を描いている。

活人画やキノドラマ、コントやストリップなど、大衆芸能のイメージがふんだんに盛り込まれていて、この種の大衆芸能史に興味のある受け手にとっては面白い映像なのだろうが、惜しむらくは、というか予想通りというか、何が語られているのか映像を視てもまったくわからない

比較的シルバー假面のスーツデザインが好いので、その方面で期待する方もいるかもしれないが、少なくとも実相寺演出のこの回に限っては、立ち回りの爽快感を求めても無駄である。敵怪人の蜘蛛男がデザイン的にカニ頭系でマノン星人に似ているからということでもなかろうが、嘗てウルトラマンティガ第三七話「花」で物議を醸した様式的戦闘シーンを拡大再生産したものになっている。

しかも、ティガの場合のように歌舞伎の見立てで統一するならまだしも、キレの悪い具象的な乱闘や吊り天井のようなプロレス技、ミラーハウスでの隠れん坊など、とにかくアクションをつまらなく撮ることに命を賭けている辺り、実相寺イズム全開というところである。そのようなやる気のない立ち回りの描写のせいもあって、シルバー假面という存在が、「そういう衣裳を着た人」にしか見えない描き方になっていて、ニーベルンゲンの指輪によって得られた超パワーなど一切表現されていない。

クライマックスの場面などは、普通に映像化するならCGだらけのアニメ的な烈しいアクションになるはずのところを、狭い舞台上の安っぽい所作事としてせせこましく描いている上に、人質を取られたシルバー假面が変身アイテムである指輪を外して敵に渡そうとするという間抜けな絵面も描かれている。普通の変身ヒーロー物なら変身アイテムを外す場合は変身解除してからの話になるだろうが、この場面は舞台上の所作事として描かれているので普通に変身した儘指輪を外してしまうのである(笑)。

また、前半の乱歩小説的な雰囲気から予想されるような謎解きの展開にもならず、カリガリ博士の犯罪計画やX線機械の意味は最後まで観てもまったく理解出来ない。これは文字通り意味がわからないということで、描写に込められた象徴や含意がわからないということではない。何となく耳触りの好い講釈は語られるが、普通に筋立てを解釈しようとしても整合する絵が描けないのである。

物凄く単純化して言えば、劇中で起こったことにはすべて意味がないし何処から何処までが現実に起こったことかも定かではなく、観客がこれまで観ていた映像(これまで起こった劇中事件ではないところが味噌だ)は、すべてカリガリ博士がザビーネをおびき寄せる為の罠だったということなのだが、そこまで思い切った虚実の無秩序なシャッフルとナンセンスぶりが突き抜けている。

普通に観ていたら、具体的にカリガリ博士にはどのようなことが出来てどのようなことをしたのか、その結果どのようなことが起こったのか、何処から何処までカリガリ博士の術中にはまっていたのか、何処から何処までが具体的な劇中現実で、何処から何処までがその様式化された映像表現なのかがサッパリわからない。伊達に悪役をカリガリ博士と眠り男チェザーレに仕立てたわけではないということである。

この第一話で描かれているのは、登場人物の紹介とカリガリ博士が何を欲しがっていてそれにザビーネと森鴎外が何う関係しているのかという「状況説明」だけで、一本のエピソードを構成するような整合的な物語性は殆どない。クライマックスの飛行船の出現で何うやら大掛かりな屋台崩しが起こったようだが、誰が何うなったのかは絵面だけ視てもサッパリわからない。辻褄の合わない夢をみていたような割り切れない気分にさせられる仕掛けである。

カリガリ博士の野望やザビーネの宿命、世界の命運に関しては、続巻で詳しく叙述的に描かれるようであるし、以降の監督が話をベタにする名人の北浦嗣巳や整合的な物語性に疑問を持たない服部光則なら、此処までわかりにくい話にはならないだろうとは思うが、全体のセールスに最も影響する発端編の第一話で、これほど突き抜けたナンセンスを追求するというのは流石に実相寺昭雄である。

元々佐々木守の遺稿を元に実相寺昭雄が手を加え中野貴雄が脚本を書いた作品だが、そもそも虚実の混淆を骨子としたわかりにくい話を、実相寺演出独特の調子で描いている為にさらにわかりにくくなっている印象である。

おそらく、この脚本を書いた中野貴雄に、このエピソードが具体的にどのような筋立てを語った物語なのかを聞けば、たしかに混乱した物語ではあるものの書き手自身はわかりやすいアイディアを持っているはずである。

この種の虚実の混淆を描く場合には、普通の書き手なら何処かで理路を通そうとするのが当たり前で、そうでなければそもそもそういうややこしい話を書くことは出来ない。そして、書き手は具体的な執筆の過程においてその物語がどんなややこしい筋道を語っているのかを可能な限り受け手に伝えようと努めるものである。

ところが、実相寺演出はそもそもそのような形で受け手に意味を伝えようと努める意識とは逆のベクトルの情熱を秘めているのだから、ややこしいメタフィクションが本来具えているはずの虚実を隔てる条理が見えてこないのである。自身が主導的立場を演じる企画ということで、場合によっては脚本段階から意味破壊の容喙が加えられている可能性もあるだろう。実相寺昭雄が「総監修」としてクレジットされている以上は、やれる限り自分のやりたいようにやったことは間違いないからである。

たとえば、この作品で描かれたような混乱した物語でも、意味的に整合するように語ることは幾らでも可能だし、叙述要素だけを取り出して補完を加えるなら、この映画がどんな筋立てを語る「はず」だったのかはある程度想像出来る。しかし、実相寺昭雄の映画は、本来の物語性を最適に「伝える」ことを目的とするのではなく、そこから意味的に逸脱することに全力を尽くすのである。

そのような意味否定もしくは意味拒絶の情熱は、この作品では職人芸と言えるほど理想的な形で実現していると言えるだろう。この作品が途轍もない傑作だというつもりなど毛頭ないし事実においてそんな大層なものでは決してないのだが、意味があるようでいてまったく整合的な意味のとれないこのテイストは、本来実相寺昭雄がイメージしている(「目指す」という言い方は違うと思うので)映画の姿にかなり近いのではないかと思う。

嘗て「姑獲鳥の夏」に関するインタビューで、実相寺昭雄は「すべての場面演出で肩の力を抜くように心がけている」と語っているが、力瘤を入れた大作映画を遺作として遺すのではなく、ビデオスルー前提の映像作品のエピソード監督という形で、このような平常心において実相寺調の理想的な実現形を遺すというのが、何ともこの映画監督らしいではないか。おそらく実相寺昭雄が撮りたいと思う映画というのは、目指して成し遂げるような何かではないのではないかと思う。

この域になるとほぼ鈴木清順と同レベルと言って好いだろうが、元々鈴木清順と実相寺昭雄は肌触りの違いを除けばかなり似ている映画監督であるし、何らかの影響関係もないではないだろうと思う。

世間的にわかりやすいのは前衛的な作風や様式性という括りだろうが、おそらくこの二人は、映画の面白さというのは物語的な意味を語る境地から一歩踏み込んだ、或いは踏み外したところにあるのだし、寧ろ物語的な意味性は映画的面白さを成立させる為の口実に過ぎないということに気附いてしまった、そしてその発見に強く呪縛されてしまったという一点において似ているのではないかと思う。

今では誰もが識るようなこのような実相寺調は、そもそもの最初からそのようなアンチ的な異端として在ったのだろうか。それは違うと思う。実相寺調が映画の文法を意識的に悉く踏み外すものである以上、実相寺昭雄自身は一般的な映画の文法に習熟するプロセスを必ず経験しているはずである。そうでなければ、意識的に文法を踏み外すという芸当が出来るはずがない、これはオレの基本的な実相寺観である。

過日、実相寺昭雄の訃報に接した際は当ブログでもコメントを上げてその辺の機微について触れさせて戴いたが、近々に提示された最も興味深い実相寺昭雄論と謂えば、特撮ニュータイプ誌三月号に掲載された氷川竜介の追悼記事「実相寺昭雄監督とその映像言語」に留めを刺すだろう。この論考がある意味でオレの実相寺論の足許を地固めするような内容となっていて、なかなか面白く読ませてもらった。

当該記事では、一般的に前衛的な作風で識られる実相寺昭雄のウルトラ初期の演出作の具体的な描写を詳細に分析して、当時の実相寺演出が実は映画の文法に忠実な意味的表現であったことを解き明かしていて、読み応えのある実相寺論になっている。

オレとしても、芸風の被る書き手だけにこれまでも気にはなっていたのだが、彼がニフティサーブの特撮・アニメ関連のフォーラムで活躍したロト氏その人だったということは、最近になって初めて識って大いに驚かされた。以下、少しこの氷川竜介を中心とした話題に大幅に寄り道したいので、暫くお附き合いを願いたい。

嘗てオレがニフティサーブのフォーラムスタッフの末席を穢す身であった当時は、ロト氏と間接的に接点がなかったわけでもなかったが、彼とオレはフォーラムグループの上位スタッフと一フォーラムスタッフという関係だったし、夫々が日常的に書き込んでいた会議室が違ったので直接コメントを遣り取りした記憶はない。

元々学生時代にてれびくん別冊の編集に携わっていたということで、長いマニア活動と一次資料を渉猟した豊富な経験に基づく蘊蓄には定評があり、フォーラム運営の場面でも良識的な考え方の持ち主という印象があって、オレ個人としては格別に悪い印象を抱いていない。特乳誌で氷川竜介の記事を読む度に、何だかオレとアプローチが似ていると不可解に感じていたのだが、彼の詳しい経歴を読んで漸く納得が入った。

元々当ブログの芸風やアプローチツールそのものが、あの当時の特撮関連フォーラムの雰囲気を濃厚に反映したものなのだが、同時期に当該フォーラムの空気をまざまざと呼吸しスタッフとしてリードしていたロト氏が氷川竜介の正体ならば、芸風が被るのもある意味当然である。

ここで「あの当時」というのは、要するに平成ガメラの第一作が公開されてから平成ウルトラ三部作が完結するまでのスパンの時代を指し、個人的には近年において最も特撮シーンが熱かった時代だと考えている。

当節では普通一般のブロガーでも「作劇術」とか「劇的構造」というようなタームを口にするのが当たり前だが、そのような批評ツールが一般のファンに根附いたについてはあの頃のフォーラムの盛り上がりが浸透の契機だったのではないかと思う。

従来の特撮ファンダムにおけるネットの用法が、蘊蓄や情報の共有化と濃ゆいジャンルネタの応酬、ファン同士の交流という性格だったのに対して、平成ガメラ辺りを起爆点として批評的議論という性格をも具えるようになった、それに連れて従来的な見識批評や印象批評的な読みの方法論では、認識共有のツールとして充分ではなくなったということが、現代的批評ツールの普及に繋がったというのが経緯ではなかったかと思う。

従来のファンダムにおける作品論というのは、作品を文芸的意味性の総体として感想を述べ合うというものだったが、平成ガメラや平成ウルトラを論じる場面において、作家性や作劇術の具体の側面の重要性が浮上してきたわけで、それにはネットのインフラが整備され、長文の遣り取りを要する突っ込んだ議論が可能になったことも大きかっただろうと思う。

オレは常々ネットの議論は当事者同士の口喧嘩ではなく、沈黙の第三者としてROMしているギャラリーが、議論当事者の意見相互の妥当性をジャッジするものだと考えているのだが、そのような第三者の納得を得る為には、客観的に共有可能な規範に基づく論理的な論考を構築する必要がある。

その点で、見識批評というのはその意見を陳べているのが誰であるのかに説得力が左右される側面が大きく、同時に個々の読者のリテラシーや情報量にも判断を左右される部分があるので、ネットの議論が活発化するに連れて客観的に共有可能な批評ツールの規範が必要とされてきたのだと考えている。

また、「トクサツというサブカル」を一本の映像作品として詳細解析するという視点自体は、遠く「怪獣宝島」の時代以前からあったわけだが、以前映画史について論じたエントリーで触れたように、映画批評の技術的な敷居の高さから一般的なアマチュアの能くするところではないという気分があった。

イヤな言い方をすれば、サブカルというもの一般が主流的なカルチャーに対する劣等感を根に持つ心情的側面があるということで、すべてとは言わないが多くの特ヲタ自身の意識として、トクサツというのは一般映画より気楽に語り得る卑近な映像文芸であるという認識があったと思う。

従来的な特撮ファンダムの論壇というのは、一種サブカルという位置附けに安住する意識が蔓延していて、具体的映像技術論というのは一般的な話題ではなかった。それはつまりそれまでのトクサツとは特ヲタしか観ないものだったからであり、一般的な特ヲタはトクサツしか観ないものだったからである。映画ファンと特撮ファンの間には大きな垣根があると認識されていたのだし、その母集団は決して交わらないものだという漠然とした認識があったのである。

ところが、平成ガメラ辺りを起爆点とするムーブメントによって非ヲタの大人もトクサツを観ることに抵抗を持たない風潮が根附いてきた為、偏見なく特撮作品を一本の映像作品として解析する論調が次第に一般化していった。そこで新規流入層と従来のマニア層の間で若干の軋轢もあったのだが、ネットコミュニティ自体が一部のPCヲタだけのものではなくなってしまった為に、マジョリティは逆転してしまった。

当初は特撮映画を一本の映画として技術的に論じようとすると「何処のお偉い批評家様ですか?」的な冷ややかな空気があったのだが、そのように映画を視る訓練を積んでいる一般映画のファンが特撮ファンダムに流入してくるに連れて、徐々にそのような議論が一般化していった。そのような論壇においては、従来的な知識集積型のマニア的思考は何ほどの強みも持たず、議論の中核を担う人材層ではなくなっていった。

当該ジャンルに対して幅広い知識を持つことで敬意を払われていた人物が、いざ作品を巡る批評的議論の場面になると、中学生と変わらないような幼稚な映画観の持ち主であることが暴露されるというような事態が頻発し、この時期に特撮を巡る議論の性格は一変したのだと思う。

おそらく、このような特撮シーンの変動の経緯をつぶさに視てきたロト氏としては、従来のサブカル系ライターのように「たくさん物を識っている第一人者のオレがこう言ってるんだからこうなんだ」という上から目線の論調では、最早多くの読者の賛同は得られないということに気附いたのだろう。

どうやらロト氏は、ニフティサーブのフォーラムシステムが終焉した頃にフルタイムライターとして立たれたようで、年齢の割には遅い専業デビューだが、同時代の会議室の白熱した議論の空気に触れていたのであれば、プロとして立つ場面において従来のサブカル系ライターのように「これくらい蘊蓄並べりゃ恐れ入るだろ」的な鈍感なスタンスでいられたはずがない。その意味で、年齢とは別に意識的には新世代のライターであるということは言えるだろう。

評論家としての氷川竜介が、取材的実態論や技術論的な観点で論拠を並べ、論理的に考察を重ねていくような客観的手法を重視しているのは、見識や知識量に対する信頼や敬意だけが自説の説得材料になることを信用出来ないからではないかと思う。おそらく彼は現時点で著名なプロライターの中で、素人である読者の眼を最もナメていない書き手の一人ではないだろうか。

彼は、ベテランマニアとしての豊富な知識に奢って素人相手にヌルい粗論を漏らし、グウの音も出ないほど袋叩きにされた論客を大勢その眼で視ているから(笑)、人より物を識っているというだけでは他人を説得出来ないということは、イヤというほど理解しているはずである。

殊にウィキなどの登場によって情報の共有がスピーディー化され、アクセシビリティが整備されてきた現状においては、個人が生身の脳内に知識や情報を蓄積していることの意義が益々稀薄になってきている。いつのどんな場合でもそうだが、道具立てではなくその道具を使って何をするかが重要なのである。

その意味で、深い蘊蓄や博覧強記で定評のあった一マニアのロト氏が、緻密な客観批評を得手とするライター氷川竜介となるに当たっては、フォーラムの経験から大いに得るところがあったのだと思いたい。

彼の立論が、たとえば世代的直接体験やマニア的情報量に依拠せずに、汎読者的な想定において客観的説得力を規範にして論考を重ねるようなものであるのは、まず出発点において情報の送り手の側に属していながら、そこから素人論客の立場を経て相応の年齢になってから再び送り手の立場に立った経歴と無縁ではないだろう。

そういうわけで、昔話の懐かしさについつい逸脱が過ぎたが、実相寺昭雄の話題に戻るなら、特乳に掲載された氷川竜介の追悼記事の立論にオレが大いに説得力を感じたことは事実で、前衛的な様式性としてしか語られることのなかった実相寺論に、出発点となるべき基本的認識を提示した意義は大きいと思う。

正直言って最初にこの記事を一読した際には「いやまあ、それはそうなんだけどね」と苦笑したのだが(笑)、二読三読するうちに「そういえば、こういう論点で実相寺が語られたことはないのだから、この種の評論にも存在価値はあるのかもな」と思い直した。

且つはタイミング的に実相寺昭雄個人の追悼記事的側面が主眼ということでは、実相寺作品の出発点となった初期ウルトラ演出作をクローズアップした論考になるのも仕方がないだろう。

実相寺が出発点において、表現的意味性の強調を意図してあのようなテイストの演出を採用したという氷川竜介の主張自体は、オレにもまったく異論はない。オレが実相寺昭雄本人とそのエピゴーネンの違いと目しているのは、このような映画の文法を知悉しているか否か、拘りがあるか否かという部分だと考えているので、出発点における実相寺演出の異様さが過剰に表現的意味性を追求した故の突出であることは、その通りだろうと思う。

凡百の実相寺フォロワーたちはその表現的意味性の強調という模索のプロセスをすっ飛ばして、すでに確立された実相寺調を様式として目的的に追求している、物語的意味性などに対しては何の拘りもないし関心もない、そのような違いがある。このように悩みなきスタンスで実相寺調をカジュアルに借用する演出者には、たとえば実相寺昭雄が晩年に語っていた「舞台演劇は人間を突き詰めていくものだから息苦しい」というような感覚は共有されていない。

ここからはまるっきりオレの想像になるが、実相寺が出発点において表現的意味性を過剰に追求したのだとしても、おそらくそれ以後の実相寺はその追求に息苦しさを感じたからこそ逃走したのだろう。氷川竜介が解き明かしたような、文法に忠実過ぎる手法が映像の具える一義的な意味性を追い詰めていくようなものだからこそ、実相寺昭雄はその息苦しさに耐えられなくなったのだろう。

実相寺調を既存の様式として目的化したフォロワーたちには、意味性から逃走する動機が共有されていない。意味を突き詰めていく機械的な息苦しさに耐えきれず、映像の曖昧さに逃走する真剣さが共有されていない。映画の文法は、厳格に適用されることで意味を確定していくのだし、そのような映像が時系列に則って積み重ねられていくことで他の解釈をどんどん排除して一義的な読みを強制する、それでいてその法則性を識らない受け手にとってその意味性は普遍では在り得ない、その認識が息苦しいのである。

従来実相寺作品は「難解」のレッテルを貼られ続け、実相寺本人が「ちょっとアレな変人爺さん」であることが識られてからは、その「難解」というレッテルにも幾分揶揄的な親しみのニュアンスが混じるようになってきたわけだが、オレの意見では実相寺作品というのはそのような意味で「難解」でなくてはならない内的必然があるのだと思う。

一般的に「難解」というタームが「容易に意味が理解出来ない」という意味とされているならば、まさしく実相寺作品は難解である。映像が確定的な意味を語ることを徹底的に避けているのだから、わかりやすいわけがないのである。これはまあ、ざっくり言って、初期ウルトラを除く殆どの時期の実相寺作品に共通する特質だと思うのだが、実相寺追悼の場面でそれを論じることが適切か何うかというのは、また別の問題になる。

何故なら、実相寺昭雄は纏まった著書においては初期ウルトラの追憶をロマンティックに語ることに特化していて、それ以降の映像作家としての内的な葛藤については剰り饒舌に語ってはいないからである。つまり、どの時期においても今現在どんな仕事をしているかではなく、過去にウルトラでどんな仕事をしたかという観点で論じられる自己像を肯定していたということである。

普通なら、ウルトラ以外で活発な活動をしている現役の映像作家が、過去の駆け出しの頃の仕事の話ばかりされるのは鬱陶しいものではないかと思う。それが世間的にどんなに評価されている仕事であったとしても、昔の仕事は昔終わっているのであり、今現在手掛けている仕事のほうが大事なのは、クリエイターとして当たり前である。だとすれば、初期ウルトラの仕事は、実相寺昭雄個人にとって今現在の仕事とは別次元の特権的な追憶なのである。

今現在手掛けている作品のわかりにくさとは対照的に、初期ウルトラの自作を語る実相寺の言葉は至極わかりやすい。細かい技術論の類もあるが、概ねそれは難解なブンガク的内実の要請ではなくわかりやすい表現的意味性の文脈で説明されている。氷川竜介の論考と同様に、実相寺が自著で解説する自身の演出術は、ロマンティックな物語を効果的に表現する為の現実的一便法として語られている。

その一方で、一般的に実相寺調と解されているワケのわからない撮影法や脈絡のない編集術については殆ど触れられていないし、ウルトラ以後の実相寺が何故そのような前衛的な手法に特化するに至ったのか、その間の機微について実相寺自身がどのように語っているのか、そのような観点の実相寺論はついぞ目にしたことはない。まあ、オレはそれほど熱心に実相寺を研究しているわけではないので、すでに散々論じられているのを識らないだけだったら物識らずでごめんなさいという話だが(笑)。

ともあれ、初期ウルトラの仕事を通じて実相寺昭雄が直面したのは、映画の文法というのは約束事でしかないという事実だったのではないかとオレは思っている。平たく言えば、どれだけ文法に忠実な映像を語っても、何れ普遍的な「伝わらなさ」という問題と直面せざるを得ないのである。

初期ウルトラの放映当時から実相寺演出は「変なこと」「異色作」という評価に附き纏われていただろうし、その「変なこと」の真意が至極文法に忠実な表現的意味性の強調を意図したものであったなら、その過剰によってグロテスクに変容した実相寺演出の真意は殆ど受け手の誰にも伝わらなかったことになる。

初期ウルトラを愛好するファンは夥しい数に上るだろうし、全話ビデオのリリースやリピートが常態化した現在、数限りなくモニター上で再生されているにも関わらず、氷川竜介が論じたようなオーセンティックな意味性に則った実相寺作品の読解を誰一人試みなかったからこそ、更めてこのような意見を表明する必要があったのではないのか。

そしてオレの意見では、如何にそれが厳密に文法に則っていようとも、実相寺方式に誇張された演出法では意味や効果が伝わらなくて当たり前なのである。初期ウルトラの実相寺作品が実は映画の文法に忠実だったという事実は、半世紀近く経った今でも赤の他人の批評家がその表現意図を客観的に指摘し得るというだけの意味しかないのである。

つまらない言い方をするなら、物事には在り得べき程度というものがあるのだが、出発点における実相寺演出は不幸にしてその程度を踏み外しすぎていたのだし、その誇張が普遍的な意味性として効果を発揮するには映画の文法というものが制度的な「約束事」でありすぎた。

映画の文法というのは、たしかに鑑賞者のアプリオリな現実認識システムを淵源的な根拠として持っているのだが、映画が映画という独立した表現システムとして確立する経緯に伴って「そのように決められているからそのような意味になる」という機械的規則としての性格が浮上してきたのである。それが機械的規則でしかない以上、その規則を共有していない受け手にはその意味を十全に理解することが出来ない。

初期ウルトラの主要視聴者であったお茶の間の親子たちは、別段ディープなシネフィルではなかったはずだから、ここまでグロテスクに展延された映画の文法が表現する意味などは誰にも通じなかった、誰もが「変な絵」だとしか思わなかった、それが今に続くような「異色作家・実相寺昭雄の伝説」の原点だったわけであり、氷川竜介が間接的に解き明かしたのは、そのような不幸な歴史的事実である。

初期ウルトラの実相寺昭雄はこの間の機微を理解していなかったのだろうし、ウルトラの仕事やその評価を通じて、映像作品における意味決定の機械性を識ってしまったことが映像作家としてのトラウマとなったのではないか、とオレは想像を続ける。

その後のTV版シルバー仮面やATG時代の仕事については細かく追い掛けていないのでアバウトな言い方になるが(笑)、何処かの過程で実相寺昭雄は物語的意味性を不特定多数に伝えるという方向性に息苦しさを感じたのではないかと思う。

映画の文法の機械性に無自覚であった頃には、映像作品とは豊穣な想像力の羽ばたきを提供してくれるものだったはずだが、それを識ってしまった以上、映像作品の演出が不特定多数に向けて機械的に意味を言い切っていく段取りに他ならないことに気附いてしまったのではないかと思うのである。

映画の文法というのは、ルールを識らない者にとっては異国の言葉のように機械的な決め事でしかないのである。勿論、映画を十全に観る為には訓練が必要なのだし、所詮映画というのはそのような約束事に基づく不自由な芸術でしかない。異国の言葉であるような文法を自然に体得することで、その文法が活きている範囲内で共有されている意味性に則ったゲームに初めて参加出来るのである。しかし、それがそのようなものでしかないという事実に痍附くクリエイターもいるのかもしれない。

オレには、ウルトラ以降の実相寺作品の方向性とは、決して意味を言い切らない映像物語の追求過程に見えてしまう。文法という機械的決め事に拠らない直観的な映像の快楽とはどんなものなのか、それを表現する過程において整合的物語という意味性はどのような役割を果たすのか、その狭間で葛藤を繰り広げたように見えてしまう。

オーセンティックな訓練を受けた一人の映画監督として、そんな試みが後ろ暗くないはずはない。映画一〇〇年の歴史の直中において、劇映画という表現システムそのものに対する幻滅を根に持つそんな試みは、映画監督の自己否定である。

実相寺昭雄がその肉声としては物語的意味性の範疇におけるロマンティシズムしか語らなかったのは、映像作家としてのそんな後ろ暗い試みは明確な言語において語るべき事柄ではないからなのかもしれないし、自身のそのような試みを言語化することは「意味を言い切らないという意味を言い切ること」に他ならないというウロボロス的な理由に拠るものなのかもしれない。

だとすれば、ある意味ではウルトラ以後の実相寺昭雄の仕事をウルトラの余録とかウルトラ関係者の余生と視るのは逆説的な意味で正しいのかもしれない。

実相寺昭雄の正統的な意味における映画監督としての人生は、ウルトラだけで終わってしまったのだろうし、残ったのは劇映画を語るという行為を信じられなくなった映画監督でしかないのであり、それ以降の実相寺昭雄の仕事はそんな人間が映画監督で在り続けられるか何うかを問う為の個人的な試みでしかなかったのかもしれない。

先ほど実相寺昭雄と鈴木清順を非常に似通った映画監督と言ったが、違うところがあるとすれば、鈴木清順は映画が意味性を逸脱していくことを映画の楽しさと解しているのだろうが、実相寺昭雄は映画が意味を断定していくことを苦しいことだと感じているという違いになるのかもしれない。清順は映画を撮ることで楽しくなれるから映画を撮るのだろうが、実相寺昭雄は普通一般に謂う劇映画を撮ることの苦しさから楽になる為に自分の映画を撮っていたような気がする。

殊更にシルバー假面のレビューの体裁でこのような内容を語ったのは、ある種この作品における実相寺昭雄のスタンスがかなり楽なものに感じられたからである。多分、彼の晩年において所謂実相寺調が俗化し、多数のフォロワーが出現したことで、実相寺昭雄は映画監督として楽になれたのではないかと想像する。

実相寺昭雄的な様式が確立され、実相寺を識る者たちから「いつもの実相寺調」という認識で視られるようになったことで、最早実相寺昭雄は意味性から意識的に逃走する必要がなくなったのではないかと想像するのである。実相寺調が実相寺調である限り、誰も実相寺作品の語る物語的意味性をまともに探ろうなどとは考えない。

誰もが「ああ、いつもの実相寺調だね」で済ませてしまい、特定の物語的意味性を語る場面で最適な選択肢であるか否かという判断基準を無効化してしまう。ならば、実相寺調というのは何ら高踏なものである必要はなく、寧ろ俗化し対象化されることで機能するような何ものかではないかと思う。

実相寺調というのは実相寺昭雄という個人の感性にとって快い映像の在り方の様式でしかなく、何の物語的意味性も言い切らないし誰もそれを求めないからである。意味性から逃走し続けたこの映画監督が確立した独自の様式は、意味を言い切らないことが快いから言い切らないという無根拠性を肯定する境地まで辿り着いたのではないかと思う。

まあ、オレ的にはそんなことを考えていたりするわけだが、こんなのは飽くまでオレ個人のロマンティックな想像に過ぎないことは再々断るまでもない。今目の前に在る大多数の実相寺作品を視て、そのグロテスクで異様な作品群の陰にどのような個人史や精神史が横たわっているのかを憶測し推理した空想に過ぎないのである。

その推理や空想自体はオレにとって面白い観念遊戯ではあるのだが、その真贋を検証する手段を持たない以上、映画監督・実相寺昭雄の真実を識りたいと望む欲求に応えてくれる試みでは到底ない。

オレが氷川竜介のような検証手段を持つプロの書き手に期待するのは、実相寺ウルトラという静的な据え物がどんなものであったのかを解明することではなく、そのような出発点からどのようにして所謂実相寺調が成立したのかという歴史性や心情性のような動的な実態を解明する仕事である。

実相寺昭雄の世代が続々と滅びつつある現在、それを実現する為の時間は剰り遺されていないはずだが、可能ならば、そしてその意欲があるならば、今後の実相寺論の典拠となるような仕事をしていただけると、大いに楽が出来て嬉しい(笑)。

その記述を信用するなら、氷川竜介は今回の追悼記事の元となった講演の準備を進める過程で、従来意識せざる実相寺昭雄の出発点を初めて再発見したと語っていることになるわけだが、だとすれば、実相寺昭雄という映画監督の生涯の大半に亘って生み出された作品群と初期ウルトラ演出作の間に横たわる大いなるギャップをも意識せざるを得なかったはずである。

初期ウルトラ演出作の読解で得られた知見が、その後の実相寺昭雄の大半の仕事を読み解く有効なツールとは成り得ないことは明らかである。再発見されたその知見は、映画監督・実相寺昭雄の真実に迫る出発点となるに過ぎないのである。嘗て表現的意味性を行き過ぎた遣り方で追求した一人の映画監督は、何処かの時点でその意味性から踵を返して逃走を始めたのであり、その逃走の道筋は遠く「シルバー假面」の現在にまで続いているのである。

オレが氷川竜介なら、是非その先が識りたくなると思う。実相寺昭雄を識る殆どの者は実相寺昭雄が最初から実相寺昭雄であったと考えているし、殆どの論者は最初から実相寺昭雄であった実相寺昭雄についてしか語っていない。実相寺昭雄が物した著書を通読していながら、その純心な言葉と実際に実相寺昭雄がつくりつつある映像作品の間に横たわるギャップを明確に論じた論者を、浅学にしてオレは一人も識らない。

実相寺昭雄は果たして最初から今このように在る実相寺昭雄であったのか。オレは決してそうではないと思っているし、氷川竜介もそうではないことを識っている。何処かの時点で今現在オレたちが識っているような実相寺昭雄は「生まれた」のである。その動的な実態を明らかにすることは、実相寺作品それ自体と同じくらい面白そうな物語を読み解くことだとは思わないだろうか。

あるかなきかの微かな縁に免じて、そんな仕事をしてくれませんかね、ロトさん。

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更めて確認したところ、公開は「ユメ十夜」のほうが後だが、撮影は本作のほうが後だから、実質的な遺作は「シルバー假面」ということになるようだ。このような場合に、撮影と公開のどちらを重視するかというのは微妙な話なので、一応コメントの形で脚注を施すに留める。

それから、作品自体に関してもう少し附け加えるとするなら、本作撮影の時点で実相寺昭雄に「そろそろお迎えかな」という意識があったのは明らかだろうと思う。意識的にこれまでの自作を総括するような、セルフパロディ的なイメージの集大成となっているからである。

実相寺ファンならおそらくこの作品を目にして、帝都物語や明智小五郎シリーズ、姑獲鳥の夏等の劇場作品や、それこそマックスやティガやセブンの記憶を刺激されるだろう。おそらくウルトラの頃よりは大人になってから手がけた「シルバー仮面」の名に基づく企画で、畏友佐々木守が遺してくれた枠組みに則って、懐かしい過去の作品群のイメージの無秩序なコラージュと戯れてみせたのがこの作品であるという言い方も出来るかもしれない。

詳しい時系列上の関係を識らないので確たることは言えないが、佐々木守が嘗て実相寺と組んだ「シルバー仮面」のリメイク企画を遺して世を去ったことにも、何某か感じるところがあったのではないかと思う。撮影中はかなり病状が進行していたようだが、おそらく自身の人生もまたもうすぐ終わりを迎えるということを実感したのではないだろうか。

実相寺監督自身には「もうすぐ死ぬから、実相寺昭雄の映画はこんなものですよというのを整理しておこう」というくらいの気持ちがあったのではないかと思う。要するにこの作品は、実相寺昭雄自身による実相寺映画の焼き直しなのだし、「集大成」というほどの気負いもなく「焼き直し」という程度の意識で撮ったのではないかと思う。

クリエイターが自身の死に際して「自作の焼き直し」を最後の挨拶として遺そうと思う気持ち、それは窮めて洒脱だと思う。

投稿: 黒猫亭 | 2007年4月12日 (木曜日) 午後 04時46分

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