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2007年4月13日 (金曜日)

Father and the bride

キモい

オレは嫁入り前の若い女ではないが、他人事ながらこの親父はキモい。善人イメージの強い時任三郎が演じればごまけると思っているのかもしれないが、これを渡部篤郎や三上博史が演じていたら単なるサイコホラーである。言うまでもなく、CXの「花嫁とパパ」の話だが。

そもそも相手が自分の娘であろうが、如何に頼りなかろうが、いい歳をした成人女性を思い通りにしようと独善的な行動に出る中年男というのは、基本的に性犯罪者にしか見えない。殊に今時は父娘と雖も安心出来ない世の中なので、愛するが故の行き過ぎた干渉というのが笑い事とは思えない。

普通、一般的に過干渉な親は子供に甘いものだし、厳しい親は敢えてわが子を突き放すだろうから、過干渉な上に指図がましい親というのは最悪の部類に入るだろう。そういうのはストーカーというのではないのか(笑)。

さらにキモいのは、父親が娘に干渉する動機が感情的な執着だとされている部分で、要するに親父の側が娘を大好きで、娘と関わっていたいから四六時中附き纏っているわけである。それは娘だって気持ち悪いのが当たり前だし、親だから、愛しているからというだけの理由しかない異常な執着ぶりを微笑ましい笑い事のように描かれたら観ているこちらだって気持ち悪い。

少しだけ仄めかされた「立派に育て上げる」という亡き妻との約束に伴う責任感が動機なら、このような無節操な過干渉ぶりではなくもう少しキリッと厳しい突き放した態度になるだろうし、大体亡妻との約束というのは父親の側の気持ちの問題に過ぎないのだから、それで非常識な行動に出るというのは理由にも何もなっていない。

このドラマを観ていて感じる気持ち悪さや苛立ちというのは、やはりストーカー物のサイコホラーを観ている感覚に近いだろう。この親父の話の通じなさ加減たるや、たとえばその手の作品で「莫迦だなぁ、そんなにボクのコトを心配してお芝居までしなくてもいいのに」とかほざくキ○ガイを視るような苛立ちを感じてしまう。

劇中の宇崎親子の関係というのは、昔風の厳しい親子関係でもないし、今現在常識的なリベラルな親子関係でもない。自分勝手な思い込みに固着して相手を思い通りにしようと束縛するというのは、たとえ親子の間柄であろうが薄気味の悪い異常な人間関係にしか見えないということである。

おそらくこのドラマは、昔テレ朝でドラマ化された「お父さんは心配性!」辺りを下敷きにして「曲がり角の彼女」の道具立てを組み合わせたものと言えるだろうが、父親の押しが異様に強いので「心配性」のように笑い飛ばせない。携帯を買って上げると言いながらGPS附きのキッズケータイを勧めたときには、マジでゾッとした。この親父なら娘の部屋に盗聴器や盗撮カメラまで仕掛けかねないだろう。

普通はこの種のストーカー的な父親は娘の逆ギレに弱いものと相場が決まっていて、それでコメディとしてのパワーバランスがとれるもので、父親の非常識な過干渉に対して娘が激昂すると父親がしおたれる、言い過ぎたと思って慰めればつけ上がる、そんな対等な遣り取りの反復で軽妙なコミカルさが出るものである。

しかしこのドラマの場合、父親が娘の言い分をまったく聞き容れず、まったく娘の気持ちを理解することなく最終的に自分の我を通してしまうので、コミカルさより気持ち悪さのほうが勝ってしまう。

普通の呼吸なら、娘が自分の気持ちを爆発させることで父親にもその真情の一端が通じて一歩退いたところに、娘の側も相応に感じるところあって歩み寄るから情感のドラマが成立するのであって、このドラマのように娘が爆発しても一歩も退かずにへらへら笑いながら尚もぐいぐい押してきて、愛してるんだとか心配なんだとかオレは親なんだとか一方的な気持ちばかり圧し附けられると、病的な圧迫感を感じてしまう。

どんな形であれ、やはり一方的な支配関係というのは観ていて気持ちの好いものではないのである。これで製作側が「今の親子は互いに遠慮しすぎています、もっと互いのエゴをぶつけ合うことで深い交流が生まれるのではと思ってこのドラマを作りました」とか耳触りの好い寝言を言い出すようなら、一瞬でキレる

最低限父親の言い分にも納得可能な客観的説得力があればまだマシなのだが、その主張は悉く何処かピントが外れていて独善的であり、本音の部分では娘を思い通りにするのに不都合だからという自己中心的な動機なのがバレバレな辺り、娘と密な関係を保っていたいという動機に基づく口実にしか見えないのがまた妙に不純でキモい。

劇中の描写で理解出来るのは彼の娘を思う気持ちに嘘偽りがないという点だけだが、愛していれば何をしても好いのか、相手の気持ちは何うでも好いのか、という不快感が先に立って、コメディとしては完全に失敗していると思う。

これは父親を演じる時任三郎が、なまじ善良そうないい男だからよけい気持ち悪いという部分もあるのではないかと思う。大地康夫がさほど気持ち悪くなかったのは、中年男の見苦しい我儘であるという認識が前提にある為に、それがファースであるという相互認識が共有されるからで、善良そうないい男が同じような醜態を演じたら妙にマジに見えて気持ち悪いのである。

普通の善良そうないい男というのは、娘が自分の言いつけに背いたら「勝手にしろ」と激昂して突き放すものであって、飽くまでネチネチ附き纏って脅したり賺したりして是が非でも言うことを聞かせようと画策する善良そうないい男というのは、普通のドラマの呼吸で言うならマジモンの変質者である。

女性キャストが割合好みなので観てしまったが、今後このキモい関係性が徐々に変化していくにせよ、それまで耐えられるか何うかかなり不安である。

まあ、ここまで番組コンセプトに文句を附けるのは、会社を舞台にした至極他愛ないオフィスラブコメの部分に関しては、それほど難もなく楽しめるからである。その部分だけをずっとやってくれれば肩の凝らない娯楽なのに、そこに親父のシーケンスが絡んでくると途端に不愉快な話になるから邪魔くさいのである。

オレは元々石原さとみはそれほど好きな女優ではなかったのだが、この人は真面目な顔をすると華のない顔立ちなので、シリアスな役をやるより悪ガキ的なコメディエンヌをやったほうが面白いのではないかと思う。

デビュー時の優等生キャラから考えると意外なのだが、石原さとみは「にやり」というイヤな笑い方をすると妙に憎めないこすからそうな顔になるのが面白い。単に笑っているだけで嘘を吐いているような胡散臭い顔になるというのは、同世代では他に似たキャラのいない美味しいポジションではないかと思う。多分女性視聴者にはウザがられるのではないかと思うが、このドラマの石原さとみはオレ的には嫌いではない。

もう少し年嵩のグループでその種の生態的地位を占めていた白石美帆が、今回は有能な女上司を演じるというのもちょっと面白い取り合わせで、言ってみればこのオフィスの人材配置は釈由美子が「ヒミツの花園」の月山夏世になった「曲がり角の彼女」という喩えになるかもしれない。白石美帆が一番の常識人などという異様なオフィスで働きたいとはちっとも思わないけどな(笑)。

要潤に相当する厭味な色男役が「ハケンの品格」で馬鹿正直な人情上司を演じた小泉孝太郎というのもシャレの効いたキャスティングだし、滝沢沙織や西原亜紀というのもベタなOLキャスティングで好いのではないかと思う。殊に、あの妙に地味な西原亜紀がムチムチな体型でエロい服装センスなのが変なギャップがあって面白い。

親父パートの人脈ではあるが、「ギャルサー」でドジっ娘を演じた佐津川愛美が原型を留めないほど作った役柄なのも意外性があって面白いし、王様のブランチを毎週観ている人間としては、金田美香がプライムタイムのドラマでちゃんと台詞のある役を貰っているのを視ると、ヒトゴトながら何となく感動する(笑)。

影の薄い若手男性俳優にしたところで、田口淳之介というのは他のジャニタレに比べれば一般ドラマで使いでのある人材だと思うし、忍成修吾もあれだけの出番だと考えると結構贅沢なキャスティングである。

これで変質者の親父さえ出てこなければ結構楽しめるドラマなのにと思うと、時任三郎の歯ばっかり皓いへらへらした顔を視る度にイヤな気分になる。

つか、考えてみればこのドラマって親父パートがなくても無問題で成立しないか?

つかつか、これまでこの局って親父パートのないこの番組みたいなドラマを散々作っていたんじゃなかったのか?

前季の今妻もそうだったが、新味を出そうとするトライアルも大事なのだろうが、ゲルショッカーやデストロン方式でもあるまいに、アリモンに何かを混ぜるという単純な遣り方は大概上手く行かないのだから、もうちょっと根本的なところから新しいことを考えたほうがいいのではないかと思う。

ともあれ、今季のCXについては、キャスティングに関してはかなり頑張っているがコンセプトや脚本がダメダメなんではないかという予断を持っていたのだが、今週スタートのドラマに関しては概ねその予断の範囲内だったということである。

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コメント

未見の僕が言うのもなんですが……記事を読むかぎり、親父パート、なんか凄い面白そうなんですけど??

投稿: マサキ | 2007年4月13日 (金曜日) 午後 04時11分

マサキさんだとどうだろうなー、わかんないなー、なんか不快な苛立ちとか好きそうだし(木亥火暴!!)。とりあえず、来週も同じようなノリだと思いますんで、一度ご覧になってはどうですか?

投稿: 黒猫亭 | 2007年4月13日 (金曜日) 午後 05時43分

ちょっと考えてみたのだが、今回親父の挙動を何故それほど不快に感じたのかと言えば、結局このエピソードにおける親父の行動はすべて自分が「何をしたいか」に基づくもので、「何をすべきか」という部分や、可愛い娘と共に過ごす為に払った犠牲のようなものが一切描かれていないのが不愉快なのだと思う。

同じ非常識な行動で他人に迷惑をかけるのでも、父親として我が身を擲ってでも娘を庇うような一本筋の通った動機があれば理解出来るのだが、この親父はひたすら「娘が可愛い」「娘と一緒にいたい」という自分にとって気持ちの好い動機だけで、自分自身は何のリスクも負わずに好き勝手に行動していて、それを「娘が心配だから」「娘の為を思って」と正当化している辺りが気持ち悪いのである。

クライマックスの演説も、結局自分にとって快い想い出の正当化という自己中心的な性格があり、しかも娘の職場で娘の会社の取引先のトップに向かって啖呵を切っているわけだから、自分自身は何のリスクも負わずに言いたいことを言っただけである。それで娘が困ろうが、娘の勤め先の会社が困ろうがおかまいなし、そういう身勝手さが、親子愛の名目で正当化されるようなロジックが窮めて不快である。

この場面で、熱弁を揮う父親の姿にホロリとする石原さとみを視ると、こういうことだからこの子はまだまだダメなんだよなぁと思ってしまうわけで、父親がどれだけ自分を大事に想っていようとも、個人的な親子関係のせいで会社に多大なリスクをもたらしたという意識がない。下手をすれば提携がパーになったことも彼女の責任になるわけで、上司に怒られてオシマイとかいう話ではないだろうし、馘になるかならないかという本人視点の話では毛頭ない。

翻ってそれが父親自身の職業人としてのダメさにも見えてくるわけで、普通のマトモに働いている成人男性なら、職場に家族が出入りすることそれ自体を忌避する感情が大前提としてあるはずである。娘を想うが故とかそれ以前に、当たり前のように「他人の」職場に出入りしている時点で、この父親自身も非常識な職業観の持ち主であるように見えてしまう。まあ、アパレル企業の広報部門ならそもそもセキュリティ上部外者は入れない体制になっているはずだというツッコミはさておくが。

せっかく時任三郎という男臭い柄の役者を起用しているのだから、初回のエピソードでまず、娘のピンチに身体を張ってでも立ち向かう男気のような部分を描いていれば、ああこの父親はウザいところもあるけどこうやって我が身を犠牲にしてでも娘を守ってきたんだなぁ、男手一つで立派に娘を育ててきたんだなぁ、そういう連想が働くわけで、まずそういう父親としての役割の部分を強調しておくのが作法というものではないかと思う。

ベタに言うなら、それはたとえばプリミティブな暴力という形のトラブルで描くのが常套的だと思うのだが、暴力的なトラブルに巻き込まれた娘の為に自分が替わって暴行を受けるとか、まずそういう「やっぱりお父さんなんだなぁ」という部分をガツンと見せておくのが定石なのではないかと思う。そういうバランスも何もなくひたすら非常識な附き纏いとウザさばかりを強調して、娘の結婚へのモチベーションを提示する手際が妙に素人臭い。

現状の描写だと、父親は何のリスクも冒さずに自分が気持ち好いことだけを周囲の迷惑を顧みずに貫き通しているようにしか見えず、その非常識さが、たとえば世に遍く存在する、我が子だけ良ければいいというような自分勝手な莫迦親に対する腹立たしさとオーバーラップする、その辺りが不愉快なのである。

投稿: 黒猫亭 | 2007年4月14日 (土曜日) 午前 11時41分

この番組を不快に思った点はおんなじですが、最近似たような不快感を味わったなあ、というのは先週の電王のキンタロスですね。他人に非常識な迷惑をかけても根は良いやつなんだよ、善意の行動なんだよ、と作劇がその非常識さを肯定してる。そしてカスミにしてもこの石原さとみの娘にしても、心の底からそのうっとおしさを否定しているわけではない(というはなしにどうせなるでしょう。あのキャスティングなら)、いわば未熟さからその善意とか愛情に甘えているだけだ、というオチに持っていくんだろうなと見当が付くのがまた不快というか……。
うちの父親はあの父親と似たタイプなのでよけい不快感がリアルなのかも知れませんが、今石原さとみ世代の女の子ならああいう描写は作劇の嘘と笑ってみられるんですかね。なんかいろいろドラマを見ていて、ああいう「掛け値なしの愛情」というのがそれだけであらゆる常識や他の迷惑を超越して存在を許されるおとぎばなしレベルになっているのが世の中歪んでいるなあ、と感じます。

投稿: quon | 2007年4月14日 (土曜日) 午後 03時17分

どうもです。お返事遅れてすいません。

オレも多寡がコメディドラマの人物描写にこれほど反応するからには、やはり個人的に引っ懸かるものがあるから気持ち悪いんじゃないかと思います。おそらく「子供の為」と言えば非常識なことでも通ると思っている世の中の莫迦親に不快感を持っているからだと思います。

キンタの場合も、愛すべき動機なら実際の行動の迷惑さは大きな要素ではないという甘えがあるような気はしますね。あの場合はカスミの描き方との相乗効果でウザさが倍増しているところはありますが。

時任三郎の役は、たしかに今時の女の子にとってあんまりリアルじゃないと思います。このくらい娘に関心のある父親ってのは大概娘を溺愛していて甘いですから、普通は母親より「チョロい」と思われているのが大多数だろうし、厳しいお父さんなら常識を振りかざすだろうからそもそもこういう非常識な附き纏いはしないでしょう。その辺が「今時の物わかりの良い親子関係に物申す」的なニュアンスを感じて鬱陶しいというところもありますね。

そもそも普通に考えたら、この二つのパターンがまぜこぜになるとは考えにくいんですが、あり得るとすれば不潔な印象になることは否めません。そもそも今回のエピソードで迷惑しているのは娘の石原さとみだけじゃなくて、寧ろ筋合い的には無関係な会社の人々の迷惑をこそ慮るべきはずなんですが、そこの視点がスッポリ欠けている収め方なのが腹立たしいんですね、父と子の気持ちが通い合ってよかったよかったみたいな。

そこからのオチや次週への引きとして描かれた、勝手に娘の名義で辞表を書くくだりがまた妙に不愉快ですね。自分の決めたこととして口頭で上司に「娘は退職させていただきます」とか言うのならまだ「強引な父親」の描写として許容範囲ですが、娘の名義を騙るってのは完全に犯罪ですし、妙にやり口に知恵があってあくどい印象ですね。

なんか、全体にこの脚本書いてる人の良識や社会的センスを疑ってしまうような、イヤなところに引っ懸かりが多々ある話でした。

投稿: 黒猫亭 | 2007年4月15日 (日曜日) 午前 05時23分

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