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2007年8月 1日 (水曜日)

orbit correction?

前回「萌え物理学の完遂を見届ける」と宣言した「牛に願いを」だが、今週の香里奈メインのエピソードは普通に良い話で拍子抜けである。何うしちゃったんだ金子ありさ、玉鉄様に萌えるのはもうお腹一杯だとでも言うのか、浮気な奴だなぁ(笑)。

いつものパターンなら、たとえ香里奈を巡るエピソードでも強引に玉鉄讃歌に持っていくのが常道だったわけだが、流石にP辺りからツッコミでも入ったのか、今回はとくに玉鉄一人にウェイトのかかった描写にもなっておらず、香里奈を前面に立てて他の五人を均等に描いていた。丸々一カ月を玉鉄マンセーに費やしたロスは番組デザインとして挽回不能だろうが、最初からこの程度のバランスで書いてくれていれば群像劇としてさほど悪くはなかっただろうと思わせる。

つか、今週のエピソードにおいては、脚本家が変わったかのように香里奈以外のキャラがトーンダウンして描かれていて、冒頭でNRを担当した中田敦彦に至っては、まるっきり別人のような描き方になっている。今までの描写では、北の大地で感窮まって大声を張り上げるようなストレートなキャラには見えなかったのだが、今回からはハッキリ莫迦キャラとしてのキャラ附けが施されているように見える。

さらに、妹への想いを打ち明けた中田敦彦をヘッドロックしたりトラクターの運転を実演してみせる玉鉄も、前回までの異様にスカした不自然なキャラではなく、普通のローテンションな青年に見える。最初からこのくらいの描き方で十分玉鉄のキャラは格好良く見えるのに、異様に力んで絵空事のクールなカリスマキャラとして描いていたのが逆に玉鉄の魅力を殺していたと思う。

さらに、あろうことか後半のひつじ祭りのくだりでは、民族衣装のコスプレを拒む玉鉄に対して濱田マリが「二枚目気取りかい」とツッコミを入れていて、これまで散々視聴者が入れていたツッコミを漸く劇中人物が代弁してくれたわけである(笑)。

香里奈以外の女子二人のキャラも、今回くらいの描き方なら莫迦さ加減が鼻に附かないし、たとえば相武紗季が香里奈の指輪を填めてみて抜けなくなるくだりも、石鹸を塗って抜こうと試みて排水管に落としてしまう辺りはいつもの不愉快莫迦キャラなのだが、そこで視聴者が「『何うしよう…』じゃなくて、とっとと謝れよ」と苛つくタイミングでスッパリ謝らせているのがキャラの可愛げとして感じられる。

ここで視聴者がなんで苛立つのかと言えば、これまでの相武紗季のキャラ描写にいい加減でルーズなところがあるのが鼻に附いていたからで、そのルーズさに語りの視点が一切ツッコミを入れずにスルーするのがもっと不愉快だったのだが、今回のお話では他人の指輪を勝手に身に着けた挙げ句にそれを胡麻化そうとジタバタして紛失してしまう辺りの間抜けさ加減はいつも通りとは言え、常日頃反感を感じている香里奈にあっさり謝れてしまう辺りの素直さで、その不愉快さがちょうど帳消しのバランスに見える。

さらに、その一件の繋がりで相武紗季が最初に香里奈にカウベル演奏への参加を呼びかけるというのも人情としては自然で、相武紗季は自分が香里奈に反感を持っている以上は香里奈のほうでも自分に反感を持っているはずだし、その香里奈の持ち物を自分が紛失してしまったのだから、ここぞとばかりに責め立てられると予期していたのだろう。

それをアッサリ勘弁してくれたことで、自分の香里奈に対する反感が一人相撲の思い込みだったことに気附いたという流れになるのではないかと思う。そのような相武紗季の香里奈に対する一方的な反撥と接近を、具体的なセリフではなく芝居の間で表現する演出も抑制が効いていてドラマらしい。

その後のストーリーで、相武紗季が率先して仲間たちと香里奈の橋渡しに努めるというのも、これまでの二人の関係性においても今回のエピソードの流れにおいても自然であり、こういうハプニングの設け方は、香里奈のキャラ附けにおいても相武紗季のキャラ附けにおいても有効で、終盤の香里奈の長ゼリフでちゃんとそれに触れさせている辺りにもそれなりに知恵が感じられる。

そういう次第で、今回のエピソードはこれまでの気持ち悪さが嘘のように普通の良い話になっていて、メインの香里奈の側のドラマの設け方も、これまでのキャラ廻しで描かれた誰のエピソードよりも筋が通っている。元々このドラマでは玉鉄以外では比較的香里奈にウェイトのかかった描き方になっていたわけだが、その香里奈の身勝手で気紛れな態度の真意の在処を描く流れには、論理性に基づく自然な説得力がある。

予告映像を視た限りでは、母性の象徴的な扱いの田中圭の母ちゃんが香里奈をひっぱたくというガンダム方式でひねくれ者の回心を描くのは安っぽい猿知恵だと思っていたのだが、そこで落とすのではなく、きちんとした洞察の言葉で堅い心を解きほぐしていく辺りに好感を持った。

香里奈のようなキャラが、親の決めた婚約者との結婚を受け容れながらも実習生の前では「奪って欲しい」と思わせぶりな態度を取り投げ遣りな言動を弄しているのは、普通に考えれば「醒めている」「人生投げてる」というふうに見えるのだが、それを「良い子すぎる」と意味附ける市毛良枝の言葉は、意外ではあるが一面の真実を語ってもいるわけで、それは表面的には突っ張っていて母親を邪険に扱っているように見える香里奈の優しさでもあり、親の気持ちを無碍に撥ね附けられない優しさや愛して欲しいという気持ちがあるからこそ悩むのだし痛みを感じるのである。

そこを到達点に据えて香里奈の突っ張りを解きほぐしていくドラマとして、今回の作劇には不純な無駄がない。玉鉄との会話や相武紗季との確執と和解、実の母親と市毛良枝の対比、終盤の対話に向けて市毛良枝と香里奈に接点を設ける段取り、赤の他人が自分を視ていてくれることの証しとしてほつれたボタンを使うアイディア、これらの要素が落とし所からの逆算としてブレずに良いバランスで配置されている。

実の母親の面前で市毛良枝が香里奈をひっぱたくのは、アリガチな「ついつい自分の子供のつもりで」という人情劇なのだが、香里奈の突っ張りを「良い子だから」と解して全面的に受け容れ「そんな良い子にならなくても悪ぶらなくてもみんな受け容れてくれる、自信を持ちなさい」と諭すことで、そのアリガチなお題目に説得力を与えている。

口先ばかりのお為ごかしではなく、ちゃんと香里奈を視ていたからこそ相手の心に響く言葉が言えたわけであり、今回の説得のロジックは、前回までとは打って替わって香里奈の真情に沿ったものであるからこそ、その頑なな心を動かすのである。

他人様の母親が実の子のように自分をしっかりと視ていてくれたことに対する気附きがきっかけで堅い心が解きほぐされ、市毛良枝の言葉を信じて実の母親に対して自分の気持ちを素直に吐露し、仲間たちと心を通わせるという流れになるわけで、玉鉄との会話や相武紗季との絡みは、そんな彼女を受け容れる仲間たちの気持ちを予め用意する布石としてロジカルに効いている。

実習の継続を告げ遠回しに結婚を拒み仲間たちの気持ちに応える香里奈に対して、あの口うるさい母親が一言も反駁せずに笑顔を見せてあっさり車中の人となる流れはご都合主義的にも見えるが、これまでの作劇に視られた本物のご都合主義とは違い、市毛良枝の優しい予言の成就として見える辺り、まるで別の番組であるかのようにさえ思える。

正直言って、今回ばかりはこれまでこの番組を見続けてきて初めて感動した。これまでは男女を問わず誰にも感情移入出来ない不愉快なドラマと感じていたのだが、今回のエピソードでは素直に香里奈に感情移入が可能で、それを救済する市毛良枝の描写や仲間たちの心理の流れにも嘘臭さを感じなかった。

それを意地悪く言えば、玉鉄と釣り合う美人女優である香里奈に対しては他のカジュアルな柄のファニーフェイスな小娘女優に対するよりも書き手が感情移入しているのだろうという言い方も出来るのだが(笑)、わざわざそんなアヤを附ける必要も感じないくらい素直に良い話だと思った。

折角好いキャストを揃えているのだから、このレベルの完成度でなくても好いから、せめて普通の群像劇として各人のキャラをバランス好く描く気構えを持っていてほしかったのだが、今更言っても取り返しが附くものではない。そもそも今回のお話の出来がフロックでない保証など何もないのだが、とりあえずこのエピソードを踏まえることで無碍に女優陣に対する反感を覚えなくなっただけでも拾い物である(笑)。

実を言うと、この番組の視聴で深刻な危機感を覚えたオレは、ついつい出来心からコンビニで「Ray」誌を買い「ビジュアルクイーンオブザイヤー2002」のDVDを押入から発掘してしまったのだが(笑)、脚本家が偶々心を入れ替えて書いてくれたお陰で何とか視聴モチベーションをキープ出来た(笑)。

これがたとえば、これまでのエピソードの描き方がタメとして活きていて、その故の感動だったのなら「いろいろ言ってごめんなさい」ということになるのだが、まあそこまで行っていないとは思う。片意地なようだが、これまでのエピソードの描き方はやっぱり普通に考えてダメダメであって、今回の書き方に好感を覚えたとしても、それは「心を入れ替えた」ようにしか見えないことは事実である(笑)。

これはつまり、これまでと今回のエピソードが自然に繋がっているように見えないということでもあり、仕切り直して別の語り口のドラマが始まったような違和感があるということでもあって、前述のようにキャラ描写にも微妙な違いがあるように感じられる。飽くまで玉鉄を二枚目として描こうとする作為も影を潜めて、コミカルで三枚目的な面を積極的に描こうとしているところも見える。

今回の雰囲気だけで視れば、たとえばひょんなきっかけで仲間たちの間に母親の話題が出て、そこに屈託なく玉鉄が加わっている辺りの空気や、ひつじ祭りの会場で照れ臭そうに父親にビールを渡す玉鉄という小ネタなどは好いのだが、やはりその辺りの雰囲気がこれまでのドラマに視られた玉鉄マンセーの異様な雰囲気とまるで繋がっていないという感は否めない。

今回のエピソードだけいきなり突出して雰囲気が好いわけで、「最初からこうだったら文句なかったのに」という繰り言に繋がって、なんでこれまでの四話があれだけ気持ち悪い偏った書き方になっていたのかという不審に繋がってしまう。

普通に考えれば、北海道ロケということもあって早い時期にクランクインしているドラマの第五話という早期の段階でこれだけ書き方に違いがあるのだから、世間の反応を視たわけではなくスタッフ内部で反省や軌道修正があったとしか思えないのだが、どうせ手を入れるならもっと早い段階で突っ込めよと思ってしまう。

とまれ、ヲチ対象の異様な玉鉄物理学がナリを潜めてしまった以上、普通に好みの女優が大勢出演している青春群像ドラマになってしまったわけで、次回以降もこの雰囲気の儘に推移するなら格別に毎回採り上げる必要もなかろうと、内心ちょっと安堵している次第である(笑)。

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