« 散切り頭が刈り上がるまで | トップページ | 新個人主義政治の不気味 »

2007年8月12日 (日曜日)

寿司太夫亜米利加乃道行

如何な床屋政談の放言とは謂え、匹夫野人が俄仕込みの附け焼き刃で心得顔に天下国家を語るのも笑止なばかりだろうからあのくらいにしておくが、今回はオマケということで政治家個人の醜態をからかって笑い話のサゲにしよう(笑)。

タイトルで想像が附いたことと思うが、期間限定の大スター・小池百合子防衛大臣がやらかした例の噴飯物の「スシ発言」に纏わるお粗末な一席である。一般論でも、したり顔でカマしたネタが滑るコトほど恥ずかしい話はないが、一国の閣僚が外国でそれをやると個人の恥に留まらず国民全体を巻き込んだ「国辱」となる。

誰が最初に言い出した洒落なのかは識らないが、ネット発の地口にも気の利いた秀逸なものがあるようで、「私は『日本のライス』と呼ばれているようですが」という小池防相の夜郎自大な放言を皮肉って「日本のシラミ」と揶揄するネタがネットのあちこちに流布している。

学校の英語教育では習わない単語なのでここで一応の註釈を加えると、「ライス」と片仮名で表記した場合に、日本語の発音だと「rice」なのか「lice」なのかは区別が附かないが、前者なら「米」という意味で後者なら「louse」の複数形の「シラミ」という意味になるということである。

得意顔で披露した英語のスピーチがRとLの弁別も思束ないお粗末な発音であったことや、IQ二〇〇の天才に自身をなぞらえる図々しさと国際舞台の有名人の虎の威を借る卑屈さが綯い交ぜになった態度、さらには「政界渡り鳥」の異名をとる権力者への取り入りという右顧左眄の政治姿勢に対する反撥から、宿主に寄生して我が身を肥やすシラミに喩えて、「自分から『シラミ』を名乗ってりゃ世話はないや」という皮肉になっているわけである。

さらにそれには、シラミはシラミでも、性交を媒介にして伝染するケジラミという侮蔑的なニュアンスもあるんではないかと思う。実はシラミ自体はノミのように宿主を簡単に乗り換えたりしないらしいのだが、俗に「ケジラミは人にうつせば治る」と言われているからねぇ(笑)。因みに、宿主を離れても活動出来るノミとは違い、シラミは宿主の体表上でしか生きられないそうである。

一方、米国務長官のコンドリーザ・ライスのファミリーネームはそのまんま「Rice」と綴るらしく、耳慣れないファーストネームが「甘美に柔らかく演奏する」という音楽用語に由来するというのは此国の奉ずる神様もかなり洒落が効いていると思うのだが、それを謂うなら大統領が「林」で国務長官が「米」という名前なのも何処の国の話だと思うほど出来すぎた洒落だし、アメリカ超人テリーマンのデコに刻まれている文字も「亜利加」の「米」の字で、此処までくると洒落が効きすぎである。

ネットで謂われているように、小池百合子を「日本のライス」に擬した評判というのは寡聞にしてオレも耳にしたことはないが、別に「誰から呼ばれている」とは一言も特定していないんだから、仲間内でそう呼ばれているだけなのかもしれないし、ならばそれはそれで嘘ではないのだろう(笑)。単に一国の大臣が私的な仲間内の評判を外国で公のスピーチのネタにするのは内輪ウケじゃないのかな〜と生温い気分になるというだけのことである(笑)。

また「ジャパニーズ・ライス」が「スシ」の意味だと決め附けられると、炊き込みご飯や焼き飯や何より飯の王様の白飯の立場がないと思うのだが、それ以前に一般的なアメちゃんなら、「ライス」と聞いて主食としての「炊いた飯」をイメージするよりも「生の米」をイメージするだろうと思うので、「日本米」が「スシ」という意味になるなんて言われてもピンと来ないんじゃないだろうか(笑)。

「日本米」と「スシ」と来れば、九〇年代にガット・ウルグアイラウンド協定に絡んで外米の輸入自由化問題が論じられた際に、一部の食品会社が「加工食品なら文句はないだろう」としてカリフォルニア米を使った冷凍スシを輸入した話などを想い出すが、わざわざ防相がアメリカまで出向いてそういう刺々しい昔話をしたかったわけではないのは明らかである(笑)。

小池防相の「つもり」で言えば、自慢の英語力で気の利いたアメリカン・ジョークを飛ばして大向こうのウケをとり国際人としての姿をアピールしたかったのだろうが、如何にも「日本人が考えた英語ネタ」臭い辺りがお里が知れるというものである。

マダム・スシと呼んでね」というのも、「マダム」というのは英語的用法ではフランス人の既婚女性に限らず外国人の女性一般に対する敬称として用いるようだから語義的にはおかしくはないんだが、ニュアンス的には「マダム・バタフライ」の「マダム」なんだろうから、あんまり日本人の独身女性が自分から言い出すというのも何うかと思われるタームである(笑)。

元ネタの「マダム・バタフライ」は邦題を「蝶々夫人」として識られるが、「夫人」というのは日本語では字義的に何うしても既婚者の意味が強くなってしまうから、アカラサマに謂うなら「お蝶太夫」とでも訳するのが本当のところである。

まあ原文においては「蝶々さん」は「チョーチョーサン」と音写されているのだが、この蝶々さんは年若い芸妓なのだし日本人の名前らしくないから、黒岩涙香や坪内逍遙辺りの感覚なら迷わず「お蝶太夫」や「蝶子」に翻案しちゃってるところである。小池防相がこのマダム・バタフライのエキゾチズムを念頭においてマダム・スシと自称したのなら、差し詰め「寿司太夫」とでも意訳するのが適当ではないかと思う。

2ちゃん風にサベツ的な言い方をすれば、米の言いなりにご機嫌伺いに出た寿司太夫が黒光りする上等な浅草海苔に丸め込まれてご満悦、ご丁寧に芝生のバランに乗る約束まで取り附けてきたというちょっと出来すぎの不謹慎なギャグになるわけで、この辺もまあ、「名うての尻軽太夫が国会サボって何処のピンカートンに会いに行ったのやら」的に揶揄されるわけだが、何うもこの人の話には下品でサベツ的なニュアンスが常に附き纏うのが困りものである。

ネットでは早々に前述の「シラミ」に加えて「スシ婆」という尊称を奉られて人気を博しているようだが、今般スシと言えばやっぱり堂本光一の「スシ王子」である。

おまえなんか   握ってやる!

が決めゼリフのスシ王子だが、シラミのスシ婆が握りたいのは権力だけというのが専らの評判である。読者諸兄姉はおそらく「男性的権力」という意味で「ファルス」というタームが用いられているテクストを目にしたことがあると思うが、それが元々何ういう意味であるかは勿論ご存じのことだろう(笑)。

その意味で、このマダムの決めゼリフまで「握ってやる!」だとちょっと男性にとっては容易ならん事態になってしまうわけだが、なんかいろいろ美味しすぎる旬のネタをお任せで次々提供してくれる辺り、寿司太夫の面目躍如たるところである。

不本意ではあるのだが、この人に関するネタである限り、サゲはやっぱり下ネタでないと辻褄が合わないようである。

|

« 散切り頭が刈り上がるまで | トップページ | 新個人主義政治の不気味 »

コメント

今晩は。お邪魔致します。
所謂見立てオチでしょうか、お見事です。
新聞で「マダム・スシ」の文字を見た瞬間、脳内で「ギョ!」という叫びが谺しました。ギャグの寒さが余りにもあのドラマに似ていたもので(マダムも見ているのかと思いました)。絆創膏王子が消えた今、閣内で一番調子に乗っちゃってる防衛大臣、殿の側室から随分出世したものです。侮れません。
国際的にすべったこの出来事、案外何かの目くらましだったり……?

投稿: 604 | 2007年8月16日 (木曜日) 午前 01時41分

>604さん

どうもです。軟派ブロガーにとって政治ネタというのは大の鬼門、ハマるとそればっかりに偏してしまうところがあるし、文面が荒む元なんで常日ごろは自重してるんですが、ちょっと今回の安倍ちゃん自爆については、小泉政権時代からの鬱憤が溜まっていて、一言なりとも言わずにおれませんでしたねぇ。

バブル崩壊この方、良いこと尽くめの世の中でなかったことはたしかですが、ささやかながら心が慰められるような楽しいこともたくさんありました。ここ数年のように、夢も希望もなく周りの誰もが口を開けば愚痴ばかり言っていて、しばらくぶりに知人の消息を聞くと大概前より非道い目に遭っていて、気が付けば自分自身も最下層の暮らしぶりって世の中は、いったいどうなんでしょう。

マダム・スシ周りの茶番劇も何やら胡散臭いですね。普天間基地絡みのかけひきとか防衛利権のスキャンダルとか防諜体制の主導権争いとか塩崎だの山拓だのとの政争とか小池防相自身の事務所費問題とか果てはネタ半分の小沢のスパイ説まで、もう諸説ありすぎて何が何だかよーわかりません(笑)。まあ、門外漢から視ると、よくまあこれだけ胡散臭いネタに事欠かないものだと感心しますが、その辺がマダム回転寿司たる所以ですかねぇ(木亥火暴!!)。

投稿: 黒猫亭 | 2007年8月16日 (木曜日) 午前 02時32分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/136645/16087432

この記事へのトラックバック一覧です: 寿司太夫亜米利加乃道行:

« 散切り頭が刈り上がるまで | トップページ | 新個人主義政治の不気味 »