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2007年10月29日 (月曜日)

人間は大概偶然で生きている

処もあろうに新宿は大久保で、コンクリート板が数枚路上に落下してあわや大惨事になりかけたそうな。僅か数歩の違いで下敷きになりかけた女性はTVのインタビューに応えて、

目の前にスローモーションで落ちてきた」「死んだ、と思った

…と恐怖の体験を語っていたが、まあ、何らかの形でこれに類する経験というのは誰でも一度くらいしているものではないかというのは言い過ぎだろうか、いや、言い過ぎだろうな(笑)。とりあえず、オレには命に関わる「あわや」が何度かある。

最古の記憶は中学時代、かれこれ三〇年以上前の七〇年代半ばのことである。前後の脈絡は覚えていないが、何でも体育の授業中だったかと思う。グラウンドでぼーっとしていたら、突然数人の声で名前を呼ばれて、振り向いた鼻先を風を切って何かが通り過ぎたと思ったら、前のほうで「どすっ」という音がした。

何心なく見ると、目の前の地べたに鈍く光る砲丸が一個転がっている。後ろからそれを投げた奴がヘラヘラ笑いながら近附いてきて、一言も謝らずにそんな処でウロウロするなとオレを詰った。たしかにその集団が砲丸投げの練習をしていたのはたしかなようなので、投げる方向にいたオレのほうが悪いということになるかもしれないが、殺されかけた上に責められるのでは割に合わない。

前述の通り前後の脈絡は覚えていないので、細かいところでどちらに非があるのかは定かではないし、その中学校は数年前に落成したばかりとは言え、グラウンドは珪藻土を撒いたなりの雑なつくりで、投擲競技のマーキングがしてあったわけでも何でもない。それに、幾ら砲丸の初速が遅いとは言え、投擲から落下までの数瞬の間にオレが安全地帯から入ってきて放物線上に重なったという想定にも無理があるだろう。

それやこれやを考え併せると、その辺をオレがウロウロしているのを識っていながら大丈夫だろうと思って投げたということになるんじゃないかと思うが、投げてから声をかけるくらいなら投げる前に言えという話である。その場にいた奴等のことは卒業まで腹に据えかねていて、就中投げた本人がヘラヘラ笑って謝りもしなかったのが不愉快だったが、まあ大人になって考えたら、ヘラヘラ笑うより外にやりようがなかっただろうし謝るどころの心境ではなかっただろう。

自分の不注意からとは言え、こいつがウロウロしていたせいで危うく大事に巻き込まれるところだった、と腹立たしく思っていたんだろう。まあ、厨房なんてそのくらい身勝手で自己中心的な生き物だということである。

ほんの鼻差でオレはこの通り生きているわけだが、もう一歩踏み出していたらこの場でこんなことを暢気たらしく回顧していなかっただろう。そんな昔の田舎でも授業中に生徒が一人死んでいたら大騒ぎになったとは思うが、オレの記憶では担当教諭はその場に居合わせなかった。多分、自分の授業中にそんなことがあったなんて今でも識らない儘だろう。ことによったらもう疾っくに物故しているかもしれない。

人間というのは、大概偶然で生きているものである。

いろんな意味でな(笑)。

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