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2007年11月10日 (土曜日)

友だちの友だち考

今日も今日とてめざどやブランチを観ながらしょーもないことを考えていた。そういえば鳩山由紀夫の弟は邦夫だったなあとか、あの男も毀れた自動販売機のように叩かれても叩かれても懲りずに暴言を垂れ流しているが、マジで脳の病気なんじゃないかとか、何故か心に浮かぶのは鳩山弟のことばかりであった(笑)。

普通なら、こういうアンニュイな雨の土曜の午後、思わず識らず胸に去来する面影というのは、それはもう恋だったりするはずなのだが、断じてオレは鳩山弟に恋をしているわけではない(笑)。

気持ちの悪いマクラはこのくらいにすると、たとえば「死刑を自動的に執行出来ないものか」とか「ペンタゴンからうなぎや天ぷらを奢って貰った」とか、何を意図したものかサッパリわからない譫言のような妄言には事欠かない鳩山法相であるが、就中物凄いのはやはり「友だちの友だちはアルカイダ」発言だろう。

もう二週間近くも前の話になるから今更採り上げるのも間抜けなのだが、談話中で触れられた爆弾テロ事件の被害者遺族から報道直後に猛抗議を受けて、暫くほっぱらかしにしていたのが一昨日になって漸く釈明文書を返したらしい。

まあこれが本当なら、たしかに直接関係者ならずとも無碍に聞き捨てには出来ない発言である。「わたしの友人の友人がアルカイダだ。会ったことはないが、二、三年前は何度も日本に来ていたようだ」というようなことを言って、談話中ではバリ島の爆破テロについても自分が事前に予告を受けていたとハッキリ言っちゃったらしいんだが、直後に「あれは自分のことではなく友人の話だ」と訂正したそうな。

世間には「友だちの友だちは友だちだ」という言葉があるが(笑)、直接面識があろうがなかろうが、アルカイダに繋がりのある人物と友人関係にあるというのは、一国の閣僚としてはかなり拙いだろう。世間的にもそういう文脈で追及されているのだろうが、誰しも内心は「んなはずねーだろ」と半ば以上思っているんじゃないだろうか。

そもそも都市伝説の分野では、怖い話の語り手の情報源となる「友だちの友だち」というのは、まず実在しないことになっている。日本外国特派員協会の記者会見の席上において語った時点では、鳩山法相自身がテロ予告を受けてバリ島へ行くなと注意されたという話になっている、つまり語り手自身が当事者となっているところが異質だが、直後に「テロ予告をされたのは友人だ」と訂正しているのだから、挿話構造としては完全に都市伝説である。

不謹慎な喩えだが「アタシの友だちの友だちの話なんだけど、なんかその子予知能力とかあって、地震とか事故とかあるのがわかるんだって。で、友だちがバリに旅行するはずだったんだけど、なんかヤバい気がするからやめとけやめとけってしつこくその子に言われてさぁ。その子に予知能力あるの識ってるから、気持ち悪くなって止めたんだけど、したらあの事件が起こったんだって」みたいな他愛ない与汰話と同工異曲である。

こういう話が、実際には「友だちの友だちの友だち×n」で伝播した作り話であることはよく識られている。「友だちの友だち」ならまだしも、「友だちの友だちのそのまた友だち」くらいになると嘘臭いから、誰でも「友だちの友だちの話」だということにするのだが、これは何処まで遡っても「友だちの友だちの話」なのである。

本当にそれがあったことだとして、このお話の登場人物としては、バリ島に旅行するはずだったのが「友だち」でやめろと言った予知能力少女が「友だちの友だち」である。だから、本来は「友だちの友だちの話」である以上、その「友だち」と語り手は直接的な友人関係でなければならないが、実際にはそうではない。

語り手が直接誰かから聞いた話であると仮定すると、その時点ですでに「友だちの友だちの話」なのである。もし仮に「友だちの友だちの話」を聞かされたとして、それを他人に伝える場合に、律儀にもう一個「友だち」を附け加えて「友だちの友だちの友だちの話」として伝えるような莫迦正直な人間はそうそういない。

普通の感覚だと、「友だちの友だちの話」と「友だちの友だちの友だちの話」とは質的にそんなに変わらないと感じるものである。だから意図的に嘘を吐くつもりなどはなくても、面倒臭いから語りの場面で何心なく「友だちの友だちの話」というふうに聞いたまんまの話を直接繰り返すものである。

しかし、実は「友だちの友だちの話」と「友だちの友だちの友だちの話」の間には質的に大きな違いがあるわけで、前者の場合は語り手の「友だち」というのは直接当事者だから直接当事者からの聞き取りという形になるが、後者になると語り手の「友だち」はすでに当事者ではないから直接当事者がいなくなり完全な伝聞となる。

だから、表向きは「友だちの友だちの話」として伝播するこのお話は、実は伝播の経路を何処まで遡っても本当は「友だちの友だちの友だち×nの話」なのであって、完全な伝聞なのである。伝播の過程で誰も意図的に嘘を吐いていないのが始末に終えないところだが、噂というのはこういう形でまことしやかに伝わるものである。

聞けば、法相はこの話を趣味の蝶研究の国際的なグループの仲間から聞いた話だというのだが、まあ普通に考えれば流言飛語というか、ちょっとした怪談の類である。

この場合には「国際グループ」というのが味噌で、何処の国のどんな人間がどれだけ加入していてもおかしくはないし、名簿のようなものがあるとしても個々のメンバーはそのグループの全員と面識があって詳しく識っているわけでもないだろう。

そこに「ムスリム系」の人間が加入しているのも極々自然なので、そういう「ムスリム系」のハッサン何たらとかムハマド何たらという名前のメンバーが、もしかしたらアルカイダじゃねーのか的な無責任な妄想というのは誰でも思い附くだろう。アラブ人によるテロが起こればヒステリックなアラブ人差別が活発になるようなもので、アラブ人やムスリム系に対する猜疑心は国際社会で過敏になっているだろう。

そういう状況において「実はグループの一員にアルカイダがいてさぁ、こないだのバリのテロん時、三日くらい前にあの辺に行くなって忠告されたんだよ」的なジョークというか、無責任な流言飛語が流れるのも自然である。日本人を相手に語る際に「そいつ日本にも何度か行ってるらしいぜ、その都度変装とかしててパスポートも勿論闇ルートのプロが偽造してるから絶対見破れないわけよ」みたいなオマケを、面白可笑しく附け加えるというのもお約束である。

まあ、おそらく本当のところはそんなモンじゃないのかというのがオレの意見だが、一国の閣僚が、ガイジンさんの記者たちの前で、何う考えても与汰話か都市伝説に過ぎない話を真に受けて、外国人の指紋押捺を正当化する為にそんな妄言を語るというのは、かなり困った国辱であることは間違いないだろう。

何だか「友だち」当人に事実関係を確認するとか言っているみたいだけど、一〇のうち一〇までその当人は「ジョークですが何か?」と答えるか、鳩山法相にそんな話をしたことなど覚えてすらいないという脱力系のオチなのではないかと思う。多分、鳩山法相がその話を聞いたのは、一〇のうち一〇〇までお酒が出るような場所だったんではないかと思う。

ああそれから、「友だち」で想い出した序での無駄口だが、どうやら日本における新自由主義の夜明けを記念する記念館が出来たそうで、大変結構なことである。たとえば原爆ドームとかひめゆりの塔とか、そういうのを忘れないように記念するというのは大変有意義な志ではないかと思う(笑)。

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