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2008年1月27日 (日曜日)

バトン其の壱(セラムン)

そろそろ通常営業のほうにも目を配っておかないと、日頃ご贔屓に与っている方から見捨てられるので、トクサツ関係のエントリーを上げようと思い、余所様と交わした約束の履行から始めようと思う。実はよくルールを把握していないのだが、例によって例の如しの安請け合いから【セーラームーン】というお題でquonさんからバトンを受け取ってしまった

黒猫亭さんに【セーラームーン】……電王が終わる今、あえて今どう思うかを聞いてみたい。

更めて事情をご存じない方の為に註釈すると、ここで謂う「セーラームーン」とは四年前の二〇〇四年から一年間CBCで放映していた実写版セーラームーンというトクサツ番組のことである。

左の柱にある「失はれた週末」というのはオレがニフの同アカウントで公開している第二ブログだが、これは単に放映当時HTML形式で連載していた同番組のエピソードレビューのサイトが諸般の都合で閉鎖された為に、ブログのシステムによって再構築したもので、それ故にコメントやTBなどのブログ的機能はすべて停めている。

まあ、番組をご存じない方や、そもそもこの分野に興味のない方にはお笑い種でしかないのだが、今でもオレは映像作品を読み解くという観点においてこれに優るプラクティスはなかったと確信している。

受け取ったのが丸々一週間以上前ということで、お約束通り電王最終回を踏まえて実写版セーラームーンを語ってみようという趣向である。こちらは比較的質問数も少ないので実直に今の心境を語ってみたいと思う。


1.最近思う【セーラームーン】

今にして思うなら、あれは料理の鉄人とかビストロスマップみたいなものだったんではないかと思う。「あんた、何が好きですか、つくってあげますよ」と言われて、何心なく不図今喰いたいと思った中華焼きそばを挙げたら、何だか無闇に贅沢な素材を使い細心の手際で調理された焼きそばが出て来たとする。

こちらはとにかくどんなものであれ中華焼きそばが出て来たら、それを腹一杯喰えたなら、とりあえず満足して鼓腹撃壌というような心づもりで口にしたわけであるが、それがもう今まで喰ったことがないほど美味いものであったなら、焼きそばってこんなに美味いんじゃんとか思い込んでしまうわけである(笑)。

普通に美味いと言われている店で同じものを喰ったとしても、それは日常の営みとしての喰い物商売の範疇で、本来の五〜七割の素材と力量でつくっているわけである。それで商売というのは成り立つものであって、常に一〇割の素材と力でつくっていたら商売が成り立たないだろう。

しかし、たとえば料理の鉄人のような場面では、商売度外視で最上級の素材を使い、料理人もここが正念場と視て食に関する知識と技術と創造力のすべてを尽くし、舌の肥えた審査員を唸らせようと全力を発揮するわけである。それは最早食の領域の商売ではなく、料理人の誇りを賭けた「もてなし」である。

多分オレにとってセーラームーンとは、不図中華焼きそばが喰いたくなって町場の小汚いラーメン屋に入ったら、料理の鉄人で陳健民が作るような最高の素材と技術で作られた焼きそばが出て来て、しかもそれに「辛子」が附いてこなかったようなものだろう。

オレは美味い中華焼きそばを喰う時は必ずたっぷり辛子を添えて貰うので、辛子のない焼きそばはどれだけ美味くても何だかとても味気なく感じてしまう。そういう次第で、今以てオレは、あの焼きそばに辛子が附いてこなかった理由について、ああでもないこうでもないと考察を巡らせている次第である。

そして、それ以降オレが中華焼きそばを喰う場面では、どうしてももう二度と喰うことが叶わないあの幻の焼きそばを基準にして美味さを計るということになる。まあ一種の呪いのようなものである。


2.この【セーラームーン】には感動

左のリンクから「失はれた週末」をご一読戴ければわかるが、従来的なトクサツの基準を軽く突き抜けた良エピソードには事欠かないセーラームーンの中で、今の時点でオレ個人にとって最も大きな感動体験を挙げれば、やはりAct.5 の舞原演出に遭遇したことになるだろうか。

映像作品としてのレベルではもっと完成度の高いエピソードや興味深い試みもあるのだが、すべてはこのエピソードにおける小林脚本と舞原演出の出逢いによってもたらされたものだと思うと、メタ的次元における大きな感動を覚える。

勿論、この出逢いとそこから繋がる舞原賢三の起用が、中盤において生温い「いつもの白倉ライダー」になりかけた電王に喝を入れ、「いつものライダー演出者」の演出に緊張感をもたらし、それが「いつものライダー脚本」になりかけた小林脚本に張りを取り戻したということも、今この時点におけるトピックスとして触れておきたい。


3.直感的【セーラームーン】

直感的というのは難しいなぁ。セーラームーンという番組の面白さは窮めて分析的な視点において立ち上がってくるものなので、直感で、ということになると一言に言い表すのが難しい。まあ、無難なところで、

「白倉、やっちゃったな」


4.この世に【セーラームーン】が無かったら

おそらく白倉伸一郎という人は、変なストーカーがネチネチと書いた陰湿なツッコミエントリーへのTBを私的なブログに送られたり、自身の思想性や個人的な心性をとことんまで勘繰られた長大なテクストを書かれることもなく、窮めて平穏無事なトクサツプロデューサー人生を送ることが出来たのではないかと思う。

そういう意味では、セーラームーンで「やっちゃった」ことは、平成ライダー三部作で一応自身の思想性に区切りを附けた白倉伸一郎にとっても「呪い」だろうと思う。

あと、オレ個人の話で言うなら、「キューティーハニーTHE LIVE」とか「ヴェッカーシグナ」程度の作品で結構満足して喜んでいたかもしれない。


5.【セーラームーン】を友達に譲り渡すとしたら誰にする?

…ここに来て個人名じゃないことがネックになってきたなぁ、「セーラームーンを譲り渡す」ってどんなことなんだろう?(笑) バトンの質問には意地でも答えるというのがポリシーなので無茶な定義を試みると、オレの物であるセーラームーンを誰かに譲り渡すということだから、そうすると、そうか「失はれた週末」のFinal Act のレビューの執筆を友だちの誰かに譲り渡すということか、そうなのか、そうなんだな?

それじゃあ、勿論Leo16さんに。一応オレ風に書いてくださいね(笑)。


6.回してくれた人について何か書いて。

こんなんでよかったですか? 次のバトンもそのうち上げますので(笑)。


7.次に回す10人を【指定】付きで。

前回廻した男性のネット知人は、みんな一度限りでバトン謝絶のポリシーということなので、前回廻して喜んで戴いた604さんに(笑)。

お題は…そうだなぁ、「漢(をとこ)」ではどうだろうか?(笑)

勿論、廻す相手がいなければ置いちゃってOKです。

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コメント

ああっ、早くもバトンパート2が!
しかもお題が「漢」!

……頑張りますので、しばしのご猶予を……。

投稿: 604 | 2008年1月27日 (日曜日) 午後 04時31分

おつかれさまでしたー。毎度毎度のお付き合い感謝致します。
しかしこんなもんで良いんですか? しゃべり足りないんじゃないんですかw?
創作物との運命的な出会いは嗜好に呪いをかけますね。でも呪われた人生も楽しいもんだと思いますよv。

投稿: quon@旅先 | 2008年1月27日 (日曜日) 午後 09時11分

>604さん

まあ、オレも一週間以上サボっていたので、お時間のあるときでけっこうですよ(笑)。もう少し気の利いたお題を考えたかったんですが、何となく604さんなら「漢」かなぁ、というかなり失礼な脊髄反射で(笑)。

楽しみにしていますので、よろしくお願いいたします。

くどいようですが、誰にも廻さなくても大丈夫なルールですので、その点はご安心ください(笑)。以前のLeo16さんのご解説によると、マジで廻したら何回転目かで地球上の全人類に行き渡ってしまうらしいので(木亥火暴!!)。

>quonさん

某イベント、お疲れ様です。呪われてイベント上京というのもなかなか楽しそうですね(笑)、暫定レポを拝見して、オレが病膏肓でセラミュまで観に行った時の気分を想い出しました。

>>しゃべり足りないんじゃないんですかw?

いやいや、セラムンを語り出すと長くなるので、意図的に内容面には触れない方向性で書きました(笑)。Final Actの件については、エントリーを上げた瞬間にしっかり識り合いに怒られましたので、ちゃんと自分で書くことにします(木亥火暴!!)。

投稿: 黒猫亭 | 2008年1月28日 (月曜日) 午前 03時59分

わわわ私も何かコメントしなくてはいけないでしょうか(別に名古屋章のモノマネではない)。
というわけで、聞かれてもいないのに、電王が終わった今、私があえて思うことをひとつ書きますが、ミルクディッパーの場面などにおける、石田秀範監督のエキセントリックな演出ぶりを想い起こすにつれ、もしこの巨匠がセーラームーンに参加していたら、どんな作品になっていたんだろうな……なんて想像したりします。

投稿: Leo16 | 2008年1月29日 (火曜日) 午前 12時19分

>Leo16さん

お呼び立てしてすいません、早速識り合いに怒られましたので、牛縄のレビューは自分で書くことにしました(木亥火暴!!)。

>>もしこの巨匠がセーラームーンに参加していたら、どんな作品になっていたんだろうな……なんて想像したりします

なんか電王も巨匠向きのドラマじゃなかったと思うので、竹光的なKY視をされていたんではないですかねぇ(笑)。まあそれ以前に、巨匠演出で女の子が可愛いと思ったことはないので、ガールズ物には不向きな人材だと判断されると思いますが、もしかしたら後半の美奈子絡みの話なんてそれなりに格好良く撮っていて意外に観られたかもしれないですね。あの辺の話は中身がないので、巨匠演出でもイケたかもしれません。

しかし、オレ的に巨匠と言えば、なんでクウガの頃は割合実直にオーセンティックなドラマ演出術に徹していたのに、白倉ライダーになってからああなったのか、理解に苦しむところがあります。

寧ろオレ的には、ライダー演出者から一人選ぶとしたら巨匠よりも長石のお爺ちゃんのほうかな、と思いますね。割とリリカルなテイストの監督なので、エピソードの内容によってはそんなに違和感はなかったかな、とか、あの雰囲気の中なら割と真剣に心情描写に打ち込んだかもしれないな、とか。

全然違う観点で言えば、金田社長なんかも面白いですね、アクション面では今ひとつ歩留まりの悪い番組だったので、ガールズ物で金田社長の肉弾アクションというのも面白かったかもしれません。まあ、一番来て欲しくないのは坂本監督で、不思議少女になってしまったらパンシャーヌみたいな微妙な感じだったでしょうねぇ(笑)。

何にせよ、小林靖子も多分監督が違っていたら違う傾向の話を書いていただろうと思うので、一概に想像出来ないところではあります。

投稿: 黒猫亭 | 2008年1月29日 (火曜日) 午前 03時07分

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