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2008年11月21日 (金曜日)

「ブーム」だそうで

以前にも某所でココログニュースネタが紹介されたことはあるが、今回は正面からニセ科学批判の論争を採り上げたもよい。最近ホットだったあの話題が影響しているらしくて、TAKESANさんのところの名前も(笑)。

ブロガーの間で「科学論争」がブーム!?

まあ、一般向けだとこう謂う書き方になるんだろうなぁ、と謂う内容。水伝と謂うのはニセ科学言説の象徴的な存在ではあるけれど、水伝批判がニセ科学批判の発端ではないだろうから、まあそれほど突っ込んだ内容ではない。

ココログニュースと謂うのは、ココログを中心としてブロゴスフィアのトピックスを紹介する性格のニュースなのだから、細かいところに噛み附くのも野暮だが、「エンドレスゲーム」と謂う表現はちょっとアレかな、と思った。「ブーム」と謂う表現も一過性のトレンドを思わせて好ましくないとは思う。

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コメント

できればFAQを読んでいただいてから参入していただきたいものです。

投稿: pooh | 2008年11月21日 (金曜日) 午前 07時37分

>poohさん

仰る通りですね。新規参入者による議論の活性化よりも、寧ろそれをきっかけとしてより多くの方々に前提となる知識を共有して戴くことのほうに、「ブーム」が周期的に起こることの総体的な意義はあるでしょう。

外側から視れば、たしかにネット界隈では定期的に科学論の議論が沸騰しているように見えますが、よく議論の内容を視ると、前提となる積み重ねられた知見を共有しないままに為された放言が波紋を呼んでいるだけ、と謂うことが多いわけで。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月21日 (金曜日) 午前 07時57分

黒猫さん。
こんにちは(o^-^o)

寒くなりましたね。
お酒のおいしい季節ですぅ。
でも飲み過ぎは駄目ですよ!

さてさて。
今回の討論・議論は私もしばらくROMしていたのですが、そろそろ終息にむかいましたね。
それにしても毎度変わらず議論の中心が批判内容ではなく、態度や書き方に多くの時間がさかれるのは実にもったいない事ですね、、、
ふぅ〜〜〜〜む。
どうしたらいいか?
私個人は「批判のありかた」がテーマだったりするんですが。
それはさておき、今回、私もエントリーを挙げたのですが、黒猫さんのコメントを引用いたしましたので、もし不都合ならお申し出ください。
これからもエントリー楽しく拝見させていただきますよ!!!


では、またね。

投稿: せとともこ | 2008年11月21日 (金曜日) 午後 02時16分

>せとともこさん

>>寒くなりましたね。
>>お酒のおいしい季節ですぅ。
>>でも飲み過ぎは駄目ですよ!

…順調に呑みすぎております(笑)。意外とオレは担ぎ屋なので、自分に因んだものが大好きな恥ずかしい奴ですが、先日は気紛れにZELLER SCHWARZE KATZのSEKTを呑んでみました。ちょっと味は好みではなかったですが、一応縁起物なので(笑)サイドボードに瓶を飾っております。

一体にオレはワインは体質に合わなくて、とくに赤ワインは味自体は嫌いではないのに葡萄の皮のタンニンがダメらしく呑むと覿面に悪心を覚えるのですが、白ワイン、就中シャンパン等のスパークリングワインの類は好きです。まあ、普段呑んでいるのは夏冬問わず圧倒的にヱビスビールが多いですが。

因みに、自分に因んだ恥ずかしいものの筆頭は、1/72スケールのF-14A ダイキャストモデルですかね(笑)。第4試験評価飛行隊のVANDY1という機体ですが、これは真っ黒な塗装で垂直尾翼にプレイボーイ誌マスコットのバニーが塗装されていると謂う人気の高いモデルです。

…と、ここまでが、今回のマクラとなる「自分語り」です(笑)。

>>今回の討論・議論は私もしばらくROMしていたのですが、そろそろ終息にむかいましたね。

別口でfinalvent さんとの議論が沸騰していますが、あれもちょっと何だかなぁと謂う性格のものですね。想定される落とし所が、「ニセ科学批判を批判している割りにはニセ科学批判の言説を殆どチェキしていない」と謂うベタな地点になりそうで、少し落胆しました。アルファブロガーの代表みたいなfinalvent さんにしてからが、ご自分の批判対象の言説を殆どチェックしていないと謂うのでは、一般的なブロガーにおいてをやと謂うところでしょう。

>>それにしても毎度変わらず議論の中心が批判内容ではなく、態度や書き方に多くの時間がさかれるのは実にもったいない事ですね、、、

それと、論者固有の立場みたいなものですよね。上でコメントされたpoohさんがよく仰ることなんですが。

ブロガーってやっぱり「自分はこうなんだ」ってことを表通りで大きな声で言いたいと謂う動機の人が多いわけですよね。で、未知の読み手はそのブロガーがどう謂う人なのかと謂うこと自体には大して関心がないわけで、何を語っているのかと謂う関心で視るわけですが、その辺で少しすれ違いがあるのかもしれません。

ニセ科学問題について好き勝手に「自分流」の放言を語る人がけっこういますけど、よくよく視ると「そう謂うことを考えるオレ・あたし」を語っているだけ、つまり一種の自分語り、と謂う動機も多いのではないでしょうかね。なまじテクスト上の意味としては社会的領域の問題性への言及になっているから面倒なんですが、つまるところは自分語りと謂うのは割合多いんではないでしょうか。

せとさんもココログなのでご存じでしょうけれど、ココログでは「コネタマ」とか謂うサービスを開始したらしくて、ブログネタを提供するサービスらしいんですけど、オレみたいな物臭な人間から視たら、「ネタがないなら書かなきゃいいじゃん」としか思わないんですよねぇ(笑)。日記と割り切るなら日々雑感で好いわけだし、なんでわざわざブログに書くネタを探すんだかよくわかりません。

無理してネタを拾ってきてまでブログの更新頻度を上げようとするから、不案内な対象についてろくに調べもしないでつまんないことを放言して袋叩きに遭う、と謂うこともあるんじゃないでしょうかね。

今回の「ブーム」を概観してみても、どうも個人性とか自分語りと謂う部分がチラチラしてくるわけで、何だかfinalvent さん絡みの議論もそっちの方向に振れてくると謂うことになると、これはもう目も当てられない。

>>私個人は「批判のありかた」がテーマだったりするんですが。

これも重要でありながらデリケートなテーマですよね。随分前に語ったことですが、批判を批判批判する、さらにその批判批判を批判批判批判する、と謂うふうにどんどんメタに振っていくと、原批判が相手取っていた現実の対象からの距離がどんどん離れていくわけで、今その場にあるテクストだけが問題になったりします。

で、今その場にあるテクストだけを問題にすると謂うのは非常に簡単で、現実の対象に対する知識や情報は殆ど必要なくなってきます。これはつまるところ、発話者同士の関係性に関する一般論に還元されたりして、その時点で、現実の領域を対象としていた時点におけるような客観的−具体的−第三者的な意義が消失してしまうと謂う問題性があると思います。

常に現実の対象との適切な距離を取りながら言説の問題を論じると謂うのは、割合に難しいことではあると思いますし、逆にそれを意識することで、批判的言説が関係的言説一般に還元されてしまうことを抑止する効果はあるだろうと思います。せとさんが指摘されたように、「態度や書き方」の問題になっちゃうと、議論の意味が特定の発話者にしか意味のないものになってしまったりするんですよね。

せとさんの仰る「批判のありかた」がテーマだと謂うのは、まさにそう謂う問題をお考えになると謂う意味なのだと思いますが、難しいことは難しいですよね。批判の在り方を検証する言説とは、それ自体が「批判についての言及」ですから、無限に重層するメタ的言及の関係性に絡め取られるおそれがあると謂う困難があります。

それでも、それは難しいことではあってもやっていく必要自体はあるわけで、せとさんの論にも期待しています。こう謂うふうに、誰もが「オレにも、あたしにも意見を言わせろ」と謂う世の中になってくると、「意見を言う」為には一定のコストが必要だと謂う意識が低くなってくるわけで、コストをかけずにお手軽にフィーリングで所感を述べると謂う類の言説が増えてきます。

ニセ科学のFAQなんてのは、そう謂う一般的なコストを削減する為にいろいろな方がすでに払ったコストなんですが、それすら読まないと謂うのでは、前提を共有した議論が成立するわけがないだろう、とちょっと悲観的になりますよね。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月22日 (土曜日) 午前 06時06分

どうもです。
 批判内容を議論する、にも関わるかと思いまして。finalventさんのところの件です。
 そろそろ議論も出たし、元のテスト内容を考えようかと思って、finalventさんがぐぐって後からみつけた回答についてソースの開示を求めたら、謝罪もどきでごまかさたまま止まってます。まあ、ちょっと様子を見ますけど。
 回答まで見れば、そもそもの問題で何が想定されていたかはっきりすると思ったのですが……。

投稿: apj | 2008年11月22日 (土曜日) 午後 03時21分

>apjさん

お疲れ様でした。こう謂う問題について、決して筋論を外さないapj さんの言論姿勢が読み手にとってそれこそ最良の「補助線」となっているよなぁ、と思いつつ。

>> そろそろ議論も出たし、元のテスト内容を考えようかと思って、finalventさんがぐぐって後からみつけた回答についてソースの開示を求めたら、謝罪もどきでごまかさたまま止まってます。まあ、ちょっと様子を見ますけど。

あの話もおそらく方便にすぎないんだろうなぁ、と。そもそも、ネットの限界云々に関する考察と謂うなら、少し前のhietaro さんの「『ネット上にない』ということ」のほうがよほど的確な考察になっています。

TAKESAN さんのところにも書きましたけど、結局論なんてなかったと謂うのが真相ではないかとオレは思いかけています。まさしく今回の問題は、せとさんが仰るような「態度や書き方」、それに加えて「論者固有の立場」が主要な問題だったんだな、と謂う辺りに認識が落ち着きそうです。

ニセ科学批判の側の反論が熾烈になってくると、finalvent さん個人に対する批判だと解釈すると謂うのは、それこそ「そんなにあなた個人に関心も悪意もないよ」と謂うのが本音のところで、ご自分でご自分の仕掛けが個人性から発したものであることを吐露されたようにしか見えませんでした。

finalvent さんがオカルティズムに言及されたエントリーは、随分以前に拝読した覚えがあって、或る意味でそれほど誠実ではない読者の誤解を招く論ではあるだろうと思っていました。勿論、世間にはオカルトやスピリチュアリズムを安直に受け容れる側面がある一方で、とくにネット論壇一般にはそれらを肯定的に扱った論を感情的且つ反射的に「非科学的だ」として反撥する傾向も当然存在するでしょう。一種の大衆的な傾向として、と謂う意味ですが。

ただ、オレ個人はfinalvent さんのご関心が科学啓蒙ではなく生の哲学に在るのであれば、別段オカルティズムやスピリチュアリズムを肯定的に語ったからと謂って、無条件に批判されるべきではないだろうとも思いましたし、その論自体もけっこう面白く読ませて戴いた記憶があります。或る種、finalvent さんが現代の理知的な論者として科学性とオカルティズムの間で引き裂かれて非常に屈折しておられることも見て取れましたので、思想のある人ではあるんだろうな、と。

そして、そう謂う断片的な思想の吐露と謂うのは当然無理解故の攻撃を避けられないわけですし、そのような実情も勘案しながら「身振り」を考えると謂うのも、現代における思想においては重要なことではあるんでしょう。哲学や思想においては、世界に対する言論者の身振り、つまり、態度や書き方や立場、それを導き出す言論上の戦略と謂うのもけっこう重要な課題だったりするんですよ。

つまり、哲学者や思想家ってのは、科学者のように率直にモノを言わない傾向自体はあるし、それにはそれ相応の理由はあるんですね。で、多分finalvent さんの言論の立ち位置って、どちらかと謂うとこっち寄りだと思うんですよ。

科学は世界を客体化し外部の実在として考え、内部と外部の境界を所与の前提に措定するけれど、哲学や思想においては、まず自身を世界に投げ込まれた存在として捉えるわけですから、思想の言葉と謂うのは元々必ずしも明示的ではなくて、何か隠し事をしながらその一方でメッセージを発信するような、世界と言論を介して駆け引きをするような、窮めて隠微な性質があると思うんです。

ただ、今回はその「身振り」としてもダメダメだったな、と謂う印象を持っていて、たとえばオカルトやスピリチュアリズムそれ自体を撲滅の対象だと断ずるほどナイーブなニセ科学批判なんて謂うのは、少なくとも論の総体に連なるマトモな論者の間には存在しないと思うんですよね。

TAKESAN さん辺りは、観点こそ異なりますが「『気』を脊髄反射でニセ科学と断じるのは間違いだ」と仰っていますし、poohさん辺りも呪術を重要な考察対象として捉えておられるわけです。本来、ニセ科学問題について、考察対象として関心がおありなら、この辺を糸口としてニセ科学批判の言論と合流することは幾らでも可能なはずなんです。

問題は、そう謂うふうに「オカルト=非科学的」として機械的に反撥する階層と謂うのは、本当に「ニセ科学批判」と謂う論の総体に連なる言論者なのか、と謂うことなんだと思いますが、今回は名指しで回答を要求しているのが一層始末に終えない。

実在の論者を特定したは好いのですが、それらの人々がfinalvent 定義の「ぎかがくひはんしゃ」として括られ、その科学的資質を問うと謂う設問を設けていながら、肝心要のその「オレ定義」を最初に明示していないんですから、何だかわからない括りで特定人物を指名して、何だかわからないものについて、何だかわからない理由に基づいて科学的資質を問うと謂う「因縁を吹っ掛けた」形になってしまったわけで、これはもう他者を交える仕掛けとして破綻しているわけです。

結果的に頓珍漢な方向に頓珍漢な手段で突っ込んで見事に自滅した、と謂うのがオレの印象で、時々拝見するfinalvent さんの論の傾向から考えても「間違った科学を間違っていると批判する教条的批判者の科学的資質」なんて、寸鉄を以て冷笑しこそすれ考察の対象としては使用済みの洟紙ほどの関心もないと思うんです。

だから、ホントは論じることなく冷笑していればそれで好いんです。そして、冷笑するご自身の姿勢を批判されるがままに放置していれば好いんです。思想のある方が世界と対峙する方便として特定の身振りを採用されるのであれば、「finalvent はニセ科学批判の言論がついに理解出来なかった」で好いはずなんですよ。

だってあなた、それに関心なんかないんだし、ご自身が相手取る考察対象だなんて露ほども思っておられないんでしょう、無関心な領域に対する態度なんて無限に未決のまま留保していれば好いだろうし、それについては無知や誤認識を指摘されても好いんじゃないですか、と謂うのがオレの意見です。

ところが、或る時点からfinalvent さんは、どうもニセ科学批判の言説がご自身の言論には邪魔だと考えるようになったんではないか、ニセ科学批判の言説の存在がご自身の別の領域に対する考察を嘲笑するようなものと感じられるようになったのではないか、と謂うふうにオレは想像していて、そう謂う個人性に繋がってくる思い込みって傍迷惑だなあ、と思うんですね。

それがどんな「身振り」であれ、ご自身の思想的な立脚点においてどうでも好い対象に対する無知や怠慢や認識不足を指摘されたのなら、どうでも好いから論じないしそれをどう解釈されても結構、と謂う倨傲を貫けば、いっそ思想者としては窮めて清潔な身振りだったと思うんですね。

この方がもしもニセ科学問題に関心をお持ちでないのであれば、それを理解する絶対的な必要性なんてないんだし、無理解や認識不足に基づいて冷笑しているんだとすれば、それはそう謂うものとして批判させておけば好いことなのであって、問題なのは恰も理解しているような「かたち」を取り繕うことであり、そのような前提において尤もらしく言及し、剰え相手を論破しようと試みる行為だと思うんですよ。

そして、議論の収拾に際して、相手が勝ちに拘るから勝ちを譲ったと謂うように見える余裕を演出すること、これは思想者の身振りとしてどんな名分もない、個人の体面もしくは直截には快・不快の問題にしかならないわけです。

それはやっぱり、普通の意味で見苦しいし、傍迷惑であり、思想上の身振りと謂う名分も立たないわけですから、つまり「finalvent さんは個人的な感じ方としてニセ科学批判が不快なんですね」でオシマイの話なんだと思います。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月22日 (土曜日) 午後 05時36分

今晩は。両方に関わっていた人です。

私が今回finalventさんのエントリーを採り上げたのは、やはりこれがあったからですね⇒http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_7a05.html

コメント欄も含めて改めて読んでみましたが、なんの事は無い、ほぼ同じ話の繰り返しだった訳ですね。

今回、lets_skepticさんとのやり取りによって、ある程度でも「ニセ科学」については理解して頂けたようですが、私が指摘してから1年近く経っているのですよね。長かったなあ、と。恐らく私は論者として見られていなかったのでしょうが、それ自体はどうでも良い事で、せめて「違う意味で使われている」という所くらいは押さえて欲しかったですね。

apjさんはすごいなあ、と思いました。ああいう簡潔で明確なものは、なかなか書けるものでは無いですよね。

▼▼▼引用▼▼▼
ニセ科学のFAQなんてのは、そう謂う一般的なコストを削減する為にいろいろな方がすでに払ったコストなんですが、それすら読まないと謂うのでは、前提を共有した議論が成立するわけがないだろう、とちょっと悲観的になりますよね。
▲▲引用終了▲▲
全く同意です。
説明のコストを押さえて経済的に進めるために作ったFAQも、読まれなければ意味が無いし、それが「マニュアル的」と取られる事すらある訳ですね。

投稿: TAKESAN | 2008年11月22日 (土曜日) 午後 07時43分

>TAKESANさん

すいません、基本全レスの方針なんですが、単純に見落としておりました。申し訳ありません。

すでに一週間が経過してしまい、オレの意見も粗方そちらで語り尽くしてしまった感があるので、今更ここで繰り返すのもアレなんですが(笑)、とにかく一番失望が大きかったのは、finalvent さんのニセ科学批判への忌避感情に、彼なりの論があるだろうと謂う期待が裏切られたことですね。

それが妥当かどうかはさて措いて、これほどの方が反撥を感じておいでなのだから、とにもかくにも一通りの論はあるのだろう、彼の姿勢について是非を判断するのはそれが開示されてからの話だ、と思っていたし、あちらのニセ科学批判に対する言及について唯一興味を持っていた部分だったのですが、結局のところ、彼のありふれた知的不誠実や対人的不誠実に基づく感情論以上のものではなくて、論としての中身は何もなかったと謂うことでFAですよね。

あれだけ言っといて「実はよく知らんかった」って、きみぃ、って感じです。

これまでの議論の展開でも、そこだけはすでに確定していると思いますので、再掲されたエントリの※欄で皆さんが張り附けるのを躊躇していた「論宅並シール」の裏紙は、もう剥がしてしまっても構わないと思います。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月29日 (土曜日) 午後 06時04分

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