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2009年1月 7日 (水曜日)

えてものとクヂラ

正月から、懐かしい人の便りを目にした。

…と謂うのは他でもない、東映東京撮影所の所次長に栄転を果たした我らが白倉伸一郎PDのことであるが、昨年のキバは古い仲間の武部直美PDに任せていたので、少なくとももうライダーの現場には戻らないのかと思っていたら、今年のディケイドでは三度ライダーの現場を踏むそうな。まあ、世間にはいろいろ大人の事情と謂うものがあると謂うことでしょう(笑)。

漏れ聞くディケイドの世界設定を視るに、オレなんか「とうとうクウガの語り直しまでやっちゃって平成ライダー総取りですか」と悪意にとってしまう(笑)のだが、今回のエントリは残念ながらライダーの話ではない。

久しぶりにブログを更新したらしいので、今度はどんなトンデモをカマしてくれるのだろうとwktkしながら覗きに行ったら、果たして美味しそうな餌を附けた釣り針が目の前にぶら下がっているではありませんか(笑)。

クジラとwhale とはまた好いところに目を附けたもので、たしかにこの両者の指し示す対象には微妙にズレがある。予告編を読んだところでオレがいろんな意味で期待したのも無理はあるまい。

従来のこの人の知一般に対する姿勢と謂うのは、一種某アルファブロガー氏のそれに通じるものがあって、耳学問の無邪気な恣意性から脱却出来ないところがあった。こちらで嘗て叩いた「日本豚食文化幻想」など、アルファブロガー氏の衝心性脚気の話と気味が悪いほどロジックの似通った大与汰話なのであるが、今回もそれに迫るような壮大な法螺話が聞けるものと大いに期待した。

しかし、期待して本題のエントリを読んでみたら、内容が至極マトモだったので、或る意味非常にがっかりした。やっぱりこの人は、大変ご尤もな一般論の出発点から穴ぼこだらけのコジツケの論理を展開して、叩き甲斐のあるトンデモをカマしてくれないといじりようがない。今回の話なんてのは、脚注の留保まで含めて考えると「そうですか」としか言い様のない話で、たしかに英語圏の人々が「whale 」と一口に謂う場合、イルカもシャチも含めたクジラ目全体を指す一般概念としてイメージしているところがあるだろう。

たとえば日米間の捕鯨問題を考える場合、この二つの言葉の指し示す対象のズレに留意しなければ、思わぬ誤解を招く可能性がある、そこに注意を喚起する全体的な論旨自体にはさほどの異論もない。

ただまあ、白倉語録を肴にツッコミ漫談を楽しむと謂うのは当ブログ開設以来の吉例ではあるし、せっかく久しぶりに社会問題に言及して纏まったテクストを書いてくれたのだから、このまま素通りと謂うのも義理が悪いだろうと謂うことで、例によってツッコミの能書きを漫然と開陳させて戴くことにする。

まず、クジラ目はムカシクジラ亜目とヒゲクジラ亜目、そしてハクジラ亜目の三系統に大別され、現存しているのはヒゲクジラ亜目とハクジラ亜目の二系統である。イルカと謂うのはこのうちのハクジラ亜目に属し、大略四メートル以下の小型のものを謂う。つまり、イルカとクジラの一般概念上の違いは大きさしかない

白倉PDが指摘するように、英語にもwhale とdolphin と謂う二種の言葉があるが、後者は前者の下位概念で、whale の一部にdolphin と謂う小型種のグループが存在すると謂う階層構造になっている。

つまり、分類学的にはイルカと謂うのは「小型のハクジラ」だが、英語の概念は比較的この学問的な分類の構造に近い。大型乃至中型のクジラらしいクジラには種レベルで言葉が対応しているが、小型のハクジラを総称する中間的な概念としてdolphin と謂う言葉があるという形になるだろう。

また一方、ちょっと調べてみたら、シャチにはorcaとかkiller whaleと謂う呼び方があるのだが、キラーホエールと謂うからにはクジラだし、orcaと謂う名称は学名から採ったものだが、何のことはない、ラテン語で「クジラ」と謂う意味であるからやっぱりクジラ扱いなのである。

ただし分類上の近縁関係では、中型のクジラと謂うより大型のイルカと呼ぶべきものだそうである。英語的な感覚ではシャチもまたdolphin よりはかなり大きくてクジラらしい見掛け(主に白黒の体色だろう。体型はよく視るとイルカそのものである)をしているのでdolphin ではなくクジラとして扱うと謂うことになる。

纏めて謂うと、英語ではクジラもシャチもイルカも一纏めに「whale 」だが、そのうち大きくなくて近海沿岸で頻繁に見られるものだけを特別に「dolphin 」と呼んでいると謂うわけである。そう謂う意味では、今回白倉PDが語っている内容は別段牽強付会の与汰話とは謂えないだろう。

ただ、ちょっとサルとの比較には無理があって、ちょっと調べればわかる話だが、日本には古来よりサルが生息していたけれど、英語文化圏の内地(主に北半球でサルの生息限界以北である)には歴史的にサルが存在しなかった。この「サル」と謂う日本語はつまりニホンザルのことで、ニホンザルと謂うのはオナガザル科マカク属の一種で、分類上はmonkeyであり、ニホンザルの北限がすなわちサルの北限である。

それ故に、日本語に「monkey」と同義の「サル」と謂う言葉しかないのは当たり前のことで、「サル」と謂う言葉とニホンザルと謂う実体が結び附いて存在していたからそれに近い生き物の総称として「サル」と謂う言葉を遣っているわけである。

その証拠に、中国大陸にはmonkeyもape も存在したから、ちゃんと別の生き物として別の言葉で表現されている。たとえば、wikiには以下の通り記述されている。

字義としては、「猿」は尾の長いサル、つまりモンキー(ニホンザルのような尾の短いモンキーは極めて例外的であり古代中国では知られていない)を、「猴」は尾の短い(しかし腕の長くない)サル、つまり大型類人猿を、「?」は腕の長いサル、つまりテナガザルを指す。(黒猫亭注:テナガザルはけものへん+爰

現代中国語ではテナガザルを「長臂猿」(手足の長い猿)と呼ぶ以外、全て「猴」と呼んでいる。日本語では動物としてのサルを指す際の漢字は専ら「猿」である。

つまり、古代中国では外見的特徴によってサルを三種類の動物として視ていたわけであるが、日本にはこの分類中のどれにも当てはまらないニホンザル一種しか存在していなかったので、一番近い概念である「猿」の漢字と大和言葉の「サル」の音を遣っているわけである(「サル」の語源自体にはさまざまな異説があって確定していないが、在来種の和名が外来語起源と謂うのは少し不自然だと思うので、個人的な意見では大和言葉由来だろうと思う)。

ここでまったりと余談だが、サルと謂えば何と謂っても孫悟空である(笑)。この孫悟空の「孫」姓と謂うのは、「けものへん+胡」+「けものへん+孫」で「コソン」と読む言葉から来ており、このうち「胡」と謂うのは「古は老なり、月は陰なり」でどちらも陰の気だから宜しくないが、「孫」ならば「子は児男(男子)なり、系は嬰細(女子)なり」で陰陽相和して大変宜しい、と謂う理由で仙道の老師である須菩提祖師が賜ったものである。そもそも「胡」と謂うのは「あごひげ」と謂う意味で、具体的には西方の蛮夷である匈奴のことであるから、「胡」と謂う姓を貰っても有り難くはないだろう。

では、この「コソン」、けものへんをとって「胡孫」とは何かと謂えば「猴」の俗語だそうである。「胡」の「孫」と謂う字義を考えれば、それにけものへんを附けて類人猿の俗称とすると謂うのは、普通に考えてかなり辺境差別的なニュアンスの言葉だろうと推測出来る。つまり、「胡孫」と謂うのは人間のなり損ないみたいな野蛮な類人猿のことで、それがすなわち「猴」と謂うサルなのだと謂うことである。

さらに、水簾堂時代の悟空の称号は「美猴王」で、実名敬避俗に則った孫行者と謂う呼称に落ち着く前の文献上の通称は「猴行者」なのであるから、孫悟空と謂うのは、サルはサルでも「猴」であって、実は大型類人猿のような人間にかなり近い体型のサルだったと謂うことになる。そう謂うふうに考えると、美猴王の悟空が南贍部州に到着した際に人間の衣服を剥いで纏ったら「サルに似た不格好な人間」に見えたと謂うのも理解出来るだろう。

現代人の目で普通にこのくだりを読むと、元々本物のサルである悟空に対して須菩提祖師が「おまえはサルに似ているのう」とか言うのがネタ臭く感じるが(笑)、かなり人間に近い体型のサルがサルっぽくヨロヨロ歩きながら衣服を着て人語を口にしているのだから、リアルに考えたら相当不気味なルックスだったのだろうと想像出来る。要するに漢人である須菩提祖師は、美猴王のことを「何処か辺境の亜人類」だと思っていたと謂うことになるが、これはたとえば「オランウータンの猿回し」とか「例の動物虐待番組のキャスター役のチンパンジー」みたいなものを想像すると、かなりリアルに気色悪いだろう。

山海経なんかを読むと、これは昔の中国人の普通の感じ方のようで、中原を離れて文化果つるド田舎のほうに行くとサルだか人間だかよくわからん野蛮な亜人類が仰山棲んでいる、と謂う世界観が、古代中国では普通に受け止められていたらしい。

この山海経と謂うのは、幾ら古代の書物とは謂え「地誌」としての扱いなので、西洋で謂えばプリニウスの「博物誌」的な代物で、「博物誌」同様に辺境のほうに生息する人間よりもサルや化け物に近い生き物を平然と人間の一部族として列挙しているのであるから、古代には人間と謂う概念がかなり緩いものだったわけで、その分だけ同じ人間様の間でも極端な序列と差別が存在したわけであり、類人猿を高等なサルではなく最下等の人間と見做す見方も一部には存在したわけである。

中華の蛮夷は一口に「南蛮北狄東夷西戎」と謂うのだが、蛮も狄も夷も戎も全部「ゑびす」と読んで、文明圏の四方の周辺に生息して中央権力に敵対する人間以下の下等な生物と目されていた。本邦における土蜘蛛同様に、人間だかサルだか妖怪だかわからん不気味な生き物として認識されていたわけである。

閑話休題、無駄話が過ぎたが、対するに英語文化圏では、基本的にmonkeyもape も外来の生物なので、それらを総称する言葉がないのも自然であり、この両者は最初から別々の生物概念として発生したわけである。つまり、内地にサルのスタンダードとなる生き物が一種類だけ存在して、サルに類する生き物を「サル」と総称している日本の場合のほうが特殊な例なのであって、ロリスもゴリラも「サル」と謂う言葉で括れるほうが寧ろおかしいだろう。

クジラの場合は逆に、シロナガスクジラとマッコウクジラの違いのほうが、マッコウクジラとハンドウイルカの違いよりも大きいと謂えるのだから、シロナガスクジラもマッコウクジラも「クジラ」の一言で括れるなら、イルカだってクジラであるのが一般的な考え方として当たり前である。

これはつまり、日本語ではあまり複雑な概念の階層構造は形成されないと謂うことだと思うのだが、クジラとイルカを別の生き物として認識していると謂うより、クジラの下位概念としてイルカが位置附けられると謂う階層的な考え方を剰りしないと謂うことなのではないかと思う。これは生物名を一字の文字記号で表して並列的に分類する中国語などもそうなんではないかと思うが、別段中国語一般に詳しいわけではないし、「中国語」と一括りにするのも窮めて乱暴な話なので深入りは避ける。

整理して謂うと、日本人はクジラもイルカも識っていたから、形も大きさも違うその二つの生物を二つの呼び名で呼んで別の生き物として認識していたが、サルは一種類しかいなかったから、「サル」と謂う言葉とニホンザルと謂う生物は一対一対応していて、それ以外の言葉が必要なかった。

ちなみに、サルに近い存在として猩猩や狒狒と謂うのが在るが、それらは半ば伝説中の妖怪のような存在で実在の生き物ではなかったから、「なんでもでかいサルのようなものだろう」と謂う漠然としたイメージはあっただろうが、サルとイコールの存在ではなかった。猩猩は猩猩なのだし狒狒は狒狒なのであって「サルと謂う生き物」ではなかったのである。

またまたさらに余談だが(笑)、日本語ではサルのことを「えて公」とも呼ぶが、これは「サル=去る」と謂う語感を嫌って「得手」と読み替えた忌み言葉の類らしい。一方では「えてもの」と謂う山怪を指す言葉があって、オレはこれを最初「えて公のようなモノ」と謂う意味に解して「サルみたいな妖怪」のことなんだろうと思っていたのだが、調べてみるとどうやらそうではないらしい。

普通に「得意」と謂う意味の「得手」と謂う言葉の派生語として「得手物」と謂う言葉が「えて公」的な意味とは別にあって、これは読んで字の如く「得意な物」と謂う意味なのだが、剰り遣われない用法として「例の物・事」を暗示する意味がある。

それで「えてもの」と謂う言葉が出てくる岡本綺堂の「木曽の怪物(えてもの)」と謂う実録怪談を読んでみたら、この言葉は「例の怪物」と謂う言葉の「怪物」の上にルビとして振られていて、これは作中で徹底されている規則性なので、「えてもの」とは妖怪の固有名詞と謂うよりは、山中で化け物のことをハッキリ明示するのを憚って「例の物」と言い換えたに過ぎないのではないかと思うようになった。

猟師曰く、私(わし)は何十年来この商売を為(し)ていますが、この信州の山奥では時々に不思議な事があります、私共の仲間では此れを一口に『怪物(えてもの)』と云いまして、猿の所為(しわざ)とも云い、木霊(こだま)とも云い、魔とも云い、その正体は何だか解りませんが、兎にかく怪しい魔物が住んでいるに相違ありません

真っ先に「猿の所為」と謂う言葉が出てくるので「えて公のえて」だと思ってしまいがちなのだが、結局「何だかわからないもの」なので、サルを指定する言葉だとも考えにくい。山中では「怪を語れば怪至る」で、化け物の話をしてはいけないと謂う禁忌があるそうなので、「例のアレ」と謂うほどの言い換えの意味の言葉として「得手物」と謂う言葉が機能していたのではないかと思う。

つまり「えてものが出た」と謂うのは、「例のアレが出たよ」と謂う程度の意味ではないかと思う。化け物それ自体の名前なのだとしたら、山の中で妄りに口にしてはいけないはずなのである。「猿の所為」と謂うのは、逆に「えて」からの連想で謂われたことであって、「えて公」から「えて」が由来しているのではないだろうと思う。

そう謂う次第ですっかり話題が逸れてしまったが(笑)、日本語において「サルと謂う生物」はまさしくニホンザルのことなのであって、それ以外は「サルのような妖怪や化け物」のことだったのである。

したがって、近代に至って生物としてのサルの近縁種が世界中に山ほど存在することを識って、これらは皆「サルの仲間」なんだから「サル」で好かろうと謂うことで、人間以外の霊長類を総称する言葉として、従来の日本でニホンザルと謂う特定生物と一対一対応していた「サル」と謂う言葉が機能していると謂うことになる。

白倉PDの話は、要するに日本語と英語の分類概念の構造の違いに由来するのではないかと思うのだが、日本人は中国の本草学の文脈で生物の分類を考えるから、基本的にその分類は並列的で、一般にそれほど複雑な階層性はない。

たとえば、マグロと謂う生き物があって、その下にホンマグロとかキハダマグロと謂う区別があり、クマと謂う生き物があって、その下にツキノワグマとかヒグマと謂う区別がある。このレベルの階層性はあるが、形態的に別の生き物と考えられるものが複構造の階層性によって系統樹的な序列関係に位置附けられると謂うような、高度な階層性を想定することは苦手である。

クジラとイルカは見た目と大きさが違うから別の生き物であり、サルと謂うのは本来的にはニホンザルそのもののことである。その意味で、日本語における生物分類概念と謂うのは窮めて並列的であり、名称概念と実体は一対一対応が原則である。

クジラと謂う上位グループの中にイルカと謂う下位グループが位置附けられ、イルカはイルカであると同時にクジラでもある、と謂うような考え方は元々しないのだし、「サル」と謂う言葉を人間以外の霊長類の総称に充てる用法は近代以降の概念で、現代における一般概念としても「サル」の直下に種レベルの概念が来て、非常に単純な階層性しか形成されていない。

クジラの直下にはシロナガスクジラとかマッコウクジラのレベルの概念が来て、イルカの直下にはハンドウイルカとかヨウスコウカワイルカのレベルの概念が来るし、サルの直下にはニホンザルやチンパンジーやマーモセットのレベルの概念が来る、これが日本語的な分類概念であり、総称と個別名称のたった二階層であり、それらの相互の関係性は飽くまで並列的なものであり、立体的なものではない。

そこまで考えていけば、何故日本語においては「人以外の霊長類一般」を指す言葉として「サル」が機能するようになったのか、と謂うことにヒントが得られる。人と類人猿は似て非なるものだ、これは洋の東西を問わず、人間一般が自然に感じるイメージだろうが、英語的な分類概念では、人と類人猿を峻別することが困難である。チンパンジーもゴリラもapeなら、分類上の距離感から謂って人間だってapeでなくては論理的な辻褄が合わないからである。その意味で、英語圏の多くの人々は、類人猿と人間は何処かが決定的に違う「はずだ」と謂う結論から遡ってその違いを血眼で探していたと謂う経緯があり、現代に至ってもその努力を継続している人々が存在する。

しかし、日本語には明らかに人間とは異なるニホンザルと謂う生き物を一対一対応で指す「サル」と謂う便利な言葉が存在したわけで、内地にニホンザル一種しか生息していない以上は、「サル」と謂う言葉は総称と個別名称を兼ねている。つまり、「サル」と謂う日本語には、最も人に似ているが人ではない生き物の総称に繰り上がるべき種々の歴史的根拠があるわけである。

近代以前は「サル=ニホンザル」なのだから、「ニホンザル」なんて言葉は元々存在しなかったわけだが、グローバルな観点で謂えば当然日本における特定の「サル」を分類的に位置附ける為の「ニホンザル」と謂う個別名称としての言葉が必要になってくる。

そうすると、サル>ニホンザルと謂うふうに、それまで存在しなかった総称と個別名称の分離が起こるわけで、だとすれば、総称と個別名称の二階層しか存在しない日本語の分類概念においては、「ニホンザル」と同一階層にあるゴリラやキツネザルやマントヒヒの上位に位置する総称は「サル」でなければならなくなるのである。

さらに具合の好いことに、ニホンザルを含むマカク類は原猿類とも類人猿ともイメージ上の断絶がない中間的な生物イメージを持っている。それ故に、メガネザルもゴリラも「サル」と謂う言葉で括ってもイメージ的な不自然さはあまりない。これがアフリカ大陸のように、ロリスもオナガザルも類人猿も生息していたら、普通ならそれらを全部同一の分類名称で括ろうとは自然発想しないはずである。

ちなみに、白倉PDはイルカとシャチを同階層にグルーピングしているが、これも実は日本語の概念では、イルカとシャチは別の生き物だと考えられている、と謂うのが正確だろう。シャチの生息域は非常に広範囲に亘るが、冷水を好み海獣類を好物にしているから、歴史的に北海道以北のアイヌ文化圏とより密接に関係していて、本州のほうではそれほど認知されていた生き物ではなかったようである。

その意味で、比較的最近になって広く認知された生き物だと謂うこともあるし、現代日本人も、イルカとシャチを同一グループの生き物とは認識していないだろう。少なくとも、クジラとイルカを別の生き物と見做すレベルなら、イルカとシャチも別の生き物と見做されているはずである。水族館でイルカとシャチが同列に扱われていると謂うのなら、アシカやゴマフアザラシやペンギンも同じ生物グループなのかと謂う話になる。

今回の白倉PDの論旨はそれなりに整合していると思うが、日本語の分類概念については若干不正確な認識なのではないかと思う。日本人は、クジラもイルカもシャチも別の生き物だと思っているし、ape とmonkeyに相当する分類概念がないのは、クジラやイルカと同じ分類規範の延長上で考えるのなら、「サル」と謂う言葉しか必要がなかったからである。

つまり、ape もmonkeyも区別せずに「サル」と呼んでいるのは、古来日本には「サルと謂う言葉」とそれに対応する「サルと謂う生き物」しか存在しなかったからであって、言葉も実体もない以上分類概念もないのが当たり前なのだが、言葉と謂うアリモノを遣わない限り自然科学的な分類体系の訳語概念が成立しないので、或る種の語義的な転倒が起こるのは仕方がないからである。

…とまあ、時間の許す限り漫然とツッコミの漫談を展開してきたが、これは「きちんと調べるとこう謂う異論も在り得る」と謂うレベルの話で、まあ彼の問題提起の範疇では過不足のないレベルで根拠と理路を提示していると言い得るだろう。本筋の主張内容となる論旨があって、そう考えた理由を語っていて、必要十分な程度の材料を公平に提示しているのだから、文句を附ける筋合いのことは語っていないのである。

なので、今回の漫談は従来の白倉語録に対するツッコミのように「牽強付会を暴き立てる」「知的不誠実を追及する」と謂うような性格の上から目線的な批判ではない。そう謂う意味では、今回のような性格の言及が可能な過去発言と謂うのはこれまで見たことがないわけで、こう謂う言い方もアレだが、「稀代の釣り師」と謳われた悪戯小僧も本当に大人になってしまったのだなぁとか、一種の感慨に耽ってしまう(笑)。

多分、従来的な白倉PDの発話姿勢の胡散臭さとか、騙す気マソマソな屁理屈と謂うのは、彼個人の「受け手不信」の顕れで、厳しい言い方をすれば文芸の送り手として未成熟な部分でもあったと思う。

勿論、受け手一般と謂うのはアテにならないもので、とても信頼に足る存在ではないんだが、腹を括ってそこを呑むくらいの度量がなければ、文芸の送り手なんてやってられないところがあるだろう。

今回のエントリのように、受け手をコントロールしようと謂う助平心の視られない素直な意見発信を視ると、やはりそう謂う部分で白倉伸一郎と謂う個人の内面に変化があったんではないか、と思ってしまう。

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コメント

>>漢人である須菩提祖師

つるっと書いてしまったが、須菩提は釈迦の十大弟子の一人なので、漢人ではなく天竺の人だと謂うことになる。しかし、悟空の師としての須菩提祖師を釈迦の十大弟子の須菩提と同一人物だと考えると、話の展開上いろいろ矛盾が出てくるので、「そう謂う名前の仙人」くらいに解しておくのが妥当だろう(笑)。

投稿: 黒猫亭 | 2009年1月 9日 (金曜日) 午前 01時32分

はじめまして。

 今回のライダーって、秋口までというリリーフ的なシリーズだとの風の噂です。※オトナの事情で
 たとえ3クールでも充実したモノであればいいです。
 

投稿: 下郎 | 2009年1月15日 (木曜日) 午後 10時50分

>下郎さん

いらっしゃいませ。

>>今回のライダーって、秋口までというリリーフ的なシリーズだとの風の噂です。※オトナの事情で

まあ、「風の噂」と謂うことであれば、信憑性については各自が自己責任で判断すると謂うことで。しかし、いきなり疑うわけでもないですが、秋口までと謂うのはえらい半端な気がしますね。シーズンビジネス的に考えると、クリスマス商戦を棄てていると謂うことになりますから。

聞くところによると、玩具市場の最大の書き入れ時がクリスマスで、しかも放映を終えた番組の玩具は速やかに売れなくなるそうですから、秋口までだと完全に売り時を外していることになりますね。ディケイドの玩具を売る気がまったくないと謂うことになります。とは謂え、ディケイドに関してはどうもいろいろと裏面事情がありそうな気もしますし、どう判断したものか迷うところです。

>>たとえ3クールでも充実したモノであればいいです。

元々白倉PDの作品は、「玩具を売る」こととお話作りに剰り関係のない場合が多いですし、大人の事情絡みでも基本的に手を抜くようなことはしない人ですから、善かれ悪しかれいつもの白倉節なんじゃないかと予想しています。

投稿: 黒猫亭 | 2009年1月16日 (金曜日) 午前 02時48分

こんにちは。
猿猴やエテの話おもしろかったです。

エンペラーを皇帝(帝)と訳したのは相当に大きな(変な)影響を多くの日本人に与えたようですね。私は最近まで知りませんでしたが、インペラトールは凱旋将軍~戦勝司令官程度の原義で、ローマ皇帝にしても元老院筆頭(+護民官特権プラスアルファ)に過ぎないそうですね。

日本的には(おそらく中国的にも)どう考えても帝(格上)>王>貴族(格下)じゃないですか。
ところがイギリス国王はたかが王風情なのに英領インド帝国の君主も兼ねるし、ローマの皇帝は選帝侯に選ばれたりする。

概念と言語のぶれ、時代による変遷というのに興味がありますので、また色々読ませていただければと思います。

投稿: TXJ | 2009年1月25日 (日曜日) 午前 09時04分

>TXJさん

>>私は最近まで知りませんでしたが、インペラトールは凱旋将軍〜戦勝司令官程度の原義で、ローマ皇帝にしても元老院筆頭(+護民官特権プラスアルファ)に過ぎないそうですね。

そうですね、オレは一時期古代ローマ史に浅〜く凝ったことがありまして、タキトゥスの「年代記」やスエトニウスの「皇帝列伝」、ギボンの「ローマ帝国衰亡史」なんかを斜め読みして悦に入っていたと謂う恥ずかしい過去があるんですが(笑)、岩波文庫版の「年代記」では「皇帝」と謂う訳語は用いられておらず、インペラトールは「最高司令官」で、プリンケプスは「元首」と謂う訳語になっていましたね。

それだけで全然印象が違うので、やっぱり「ローマ皇帝」と謂う訳語には強いイメージがあったと思います。「皇帝」と表記すると、やっぱり中華文化圏の皇帝のイメージに引きずられて頽廃的で淫靡なイメージになりますから、カリグラとかネロとかあの辺のエロビザールな逸話が念頭に浮かびますが、「最高司令官」や「元首」だともう少し客観的にローマ帝国の軍事独裁制の政治原理を意識させると思います。

元々「皇帝」と謂う称号は、教科書でも説明されている通り中国の神話時代の支配者である三皇五帝から来ていて、秦の始皇帝が最初に用いた称号ですね。それ以前の春秋戦国時代には「王」と「帝」の称号がゴチャゴチャに用いられていて、本来はどちらも天下に一人しかいない絶対支配者の意味だったんですが、無闇にそこら中で王だの帝だのと言い出す奴が出て来たので、大分有り難みが薄れてきた。

それで、じゃあ王や帝を超えるウルトラスーパーデラックスな絶対支配者の称号を新たに制定する必要があると謂うことで「皇帝」と謂う称号が生まれたわけで、これはまあ卑俗な喩えで謂えば「ウルトラスーパーキング」みたいなダサい成り立ちの称号ではあるわけです(笑)。

ただ、戦国春秋の頃までの中国大陸における文明圏は小規模な城郭都市群が各地に割拠すると謂う国家規模だったのが、秦の始皇帝の時代になって漸く城郭都市国家群全体に及ぶ中央集権的な権力が成立したと謂うことで、デフレした王や帝に変わる唯一絶対の中央集権的支配者の称号が必要だったことはたしかです。「天下」の意味性がインフレしたので、相対的に支配者の称号がデフレしたわけですね(笑)。

御存知の通り秦の支配期間は極短期に終わり、すぐに秦が滅亡し楚漢戦争が起こって漢王朝と謂うものが成立し、そこで皇帝と謂う称号の実質的な権威が確立されたと謂う経緯になるでしょう。そう謂う成り立ちを視ていくと、「皇帝」と謂う言葉の由来には、天が下に一人しか存在しない神秘的な権力の正統と謂うイメージがあるわけですね。

しかし、エンペラーとかインペラトールと謂う言葉の由来は仰る通り最高司令官と謂う意味ですから、権力を成り立たせるリソースが軍事力であり、軍事独裁によって権力が維持されていることを端的に示す言葉であって、支配権を神話的に正当化する意味性はないわけですね。それに少し近いのがカエサルと謂う称号で、これは勿論ユリウス・カエサルの家名から来ているわけですが、この称号がカイザーとかツァーリと謂う形で後世に遺ったわけで、カエサルの正統と謂うような正統性のニュアンスが少しだけありますね。

細かいことを言うと、帝政ローマ前期はプリンキパトゥス、つまり元首制で、名目的には共和制を維持していたわけで、プリンケプス=元首は共和制の守護者だったわけですが、軍人皇帝時代の混乱を経てディオクレティアヌスの頃からの帝政ローマ後期にはドミナートゥスに移行して本格的な専制君主制に移行するわけです。

つまり、初期のローマ帝国では、ローマ「共和国」全体の軍事力を総攬する立場のインペラトールが共和制の守護者=プリンケプス=市民の第一人者として軍事力をバックに絶対の権力を行使していたと謂う重層的な権力構造になっていたのが、軍事独裁の性格から何処の馬の骨だかわからない軍人が入れ替わり立ち替わりプリンケプスの地位に就くと謂う混乱が起こった、その混乱から専制君主制への揺り戻しが起こったと謂うことになりますね。

タキトゥスの年代記で面白いのは、個人的にはアウグストゥスの頃からティベリウスの頃までで、この頃は共和制の雰囲気が濃厚に残っていますから、公的な発言は二枚舌のオンパレードなんですね(笑)。みんな相当理も非もないひどいことをやらかしているんですが公的には綺麗事の理屈で納めていて、その間のギャップが大変面白い。それをタキトゥスは淡々と叙述しているんですが、そのしんねりむっつりした陰鬱な時代の雰囲気が、見方を変えるとギャグかと思うくらい滑稽に感じます。

大分話がとっちらかってしまいましたが(笑)、そもそも制度や歴史性に纏わる言葉と謂うのは、一種翻訳可能性に限界を抱えているのは当然で、卑近な例だとミステリで用いられる警察官の階級と職名の、国内外における混乱などもありますね。軍隊の階級なんかも国によって微妙に制度が違うので訳語が混乱していると謂うことがありますね。

投稿: 黒猫亭 | 2009年1月25日 (日曜日) 午後 07時37分

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