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2009年2月 6日 (金曜日)

赤壁はなぜ赫い 最終夜

最終回は、虎狩りからサカー(笑)まで。虎狩り以降の流れは活劇だから若干端折らせて戴いて、これにてレビューは一巻の終わり。皆さん、お疲れ様でした。オレも疲れたけどな(笑)。


●虎よ!虎よ!明々と燃える

その夜は明けて、視点は孫権に移る。諸葛亮の言葉通り、「秘めたる宝剣」を抜いたかと思えばまた鞘に納めたりして逡巡している辺り、どんだけベタに素直なんだこの男とツッコミを入れたくなるが(笑)、これがこの映画の語り口である。

このショットで、鞘から抜かれた剣の峰に沿って反射光が孫剣の目許を照らしているのは、言うまでもなく黒澤の「赤ひげ」からの映画的引用と謂うやつだろう。

黒澤はどうも、てんかん患者の白目は光っているものだと謂う俗信を真に受けていたらしく、二木てるみ演じるおとよの登場シーンで、彼女の白目を光らせる為に壁に小さな穴を開けてその向こうから一灯当てた。これがピンスポのような効果で白目だけを光らせることに成功したわけだが、孫権の目許に剣の反射が映り込む絵面は、直接この描写と意味的関連を持たない。映画的エコーと謂うのはそう謂うもので、イメージは引き継ぐがまったく別の意味性を負わされる、そこがまた面白いのである。

このショットの語る意味性は剰りに明晰で見誤りようがない。諸葛亮は秘めたる才能は顕れねばならないのだし、秘めたる宝剣は抜かれねばならないと語った。これは、レトリックの観点から視れば巧妙な誘導である。このレトリックにおいては、すでに抗戦の正義が前提視されていることには注意が必要である。

孫権が領地を安堵する為に圧し殺してきた英雄としての穎才は、今こそ発揮されねばならないのだし、それを鞘に収められた秘剣に喩える以上、一度抜かれれば敵を屠る以外の途はない。つまり、為政者としてのさまざまなしがらみの故に胸の裡に秘めてきた自己実現の渇望は、抗戦を以てしか為し得ないと暗示を掛けたことになる。

その言葉通り、鞘を払った宝剣の光は孫権の目を目映く射るが、彼はその眩しさに耐え得ず目を逸らし、刃を鞘に戻してしまう。これを何度繰り返したのだろう。そのような行きつ戻りつの逡巡の果てに、空しく一夜を明かしてしまったのだろう。

そこへ妹の孫尚香(つまり後に劉備に嫁す孫夫人)が現れ、長兄である孫策の遺した言葉を更めて語るわけだが、オレの記憶では彼女の初登場場面はここだったと記憶しているのだが、どうもその辺は記憶が曖昧である。直後の虎狩りの一連ではすでに同行しているのだから、ファーストアピアランスはここ以外ないはずだと謂う理屈で漸く想い出した程度である。

最初に彼女が登場したときは、「なんでまた、小雪を差し措いて山本紗衣が出ているのか」と一瞬思ったと謂う記憶があるのみだが、よく視ると「小林サッカー」などで日本でも有名な趙薇の見間違いだった。それに、まあ小雪のほうは或る意味ではもうすでに出演しているしな(笑)。

ここで尚香が語る孫策の言葉は、字幕では何だか翻訳のニュアンスがアヤシイが、実際には死に際して実弟に遺した遺言である。字幕を読むと「あいつはこう謂う奴だ」と第三者に語った人物評のように思えるが、これは「他の英雄に伍して覇権を競うことにかけてはおまえは俺には及ばないだろうが、巧みに人材を用いて内政を治めることにかけては俺はおまえに及ばない」と直接孫権に語った言葉で、だからこの江東の地をしっかり護って治めていくのだぞ、と後事を託したと謂う意味である。

だから、父や兄に引き比べて自身を卑下する兄に尚香がこの言葉を挙げたのは「あなたは兄の遺言の通りに、誰愧ることなく立派にこの領地を治めてきたではありませんか」と謂う意味になる。

たしかに、低い身分から身を起こし猛将としての存在感を示した父孫堅や、袁術から借り受けた僅か一〇〇〇騎の手勢を振り出しに瞬く間に江東を制覇した兄孫策の大英雄としての華々しい活躍に引き比べれば、兄の遺した領土の安定に尽力し積極的に外征に乗り出さなかった孫権の実績は地味なものだが、それだって立派な英雄の仕事ではありませんかと慰めているのである。

そして、そのような内政重視の立場からすれば、夥しい犠牲を覚悟せねばならない英雄的な一大決戦は、孫権一個の自己実現の為に戦われて好いものか、と謂う逡巡に繋がるだろう。この堂々巡りの逡巡を打破すべく、この場に周瑜が現れるわけで、細かい理屈は一切口にせずに孫権を虎狩りへと誘い出す。

この虎狩りのくだりはたしか正史にも演義にもないはずだが、孫権の虎狩り好きについては民間伝承が幾つか残っていて、そのエピソードはこの映画に描かれたような筋道とは話が全然逆である。

どうも若い頃の孫権は、君子にもあるまじき乱暴な趣味として虎狩りを好んでいたらしく、この危険な道楽には家臣もつくづく手を焼いていた。事ある毎に諫言して諭してはみたものの、「危ないのがマズいならこれでどうだ」と木の箱のようなものを拵えてその中から虎を射る始末で、この道楽は已まなかった。劇中で描かれたように、周瑜が孫権を虎狩りに連れ出すようなことは多分なかっただろう。

中国人の抱いている孫権像には虎狩り好きと謂う要素があるわけで、この他にも孫一族共通の悪癖として酒癖の悪さがあるのだが、これはまた後述する(笑)。だから、この場面で周瑜が「大分使っていませんな」と言った弓は、それまで殆ど外征を経験していないのだから戦の武器ではなく虎狩りの道具と謂うことなる。それを大分使っていないと謂うことは、この映画では孫権も危ない道楽をきっぱり止めて真面目に政務に励んでいたと謂うことになるだろう(笑)。

こう謂うアレンジを視ると呉宇森も流石に中国の映画監督だなぁと思うのだが、どうも中国人は、西遊記にしろ水滸伝にしろこの三国志にしろ、大古典の映像化を今更原典に忠実に作る気などハナからないらしく、的確に原作の要素を押さえつつ大胆且つ奔放なアレンジを施すのが通例らしい。

とにかく周瑜はこの場面で、殆ど何も説明せずに昔の道楽に主君を誘ったわけで、孫権は訝しみつつも好き事だからこの誘いに乗ったと謂うことになるだろう(笑)。この場面は原典にも見当たらないようだし、不要論もあるようだが、或る種この映画の最も中国映画らしい部分でもあり、孫権が抗戦に踏み切る心理をわかりやすく端的に提示していると謂う意味で悪くない映画的アイディアである。

この映画の孫権は堅実で鬱屈した知的な青年として描かれているが、一般的な孫権像としては、たしかに堅実に内政を固め、三国鼎立の一角として孫呉を建国した賢君と謂うイメージもあるが、個人性の部分では容貌魁偉で無謀な冒険を好む武張った兄譲りのイメージも共有されていて、この映画はその一般的なイメージを踏まえた上で、在り得べき可能性として一つの人物像を提示しているわけだから、この虎狩りの場面はその連続上で解釈すべき描写と謂えるだろう。

この場面は奥行きのある移動撮影が多用されていて撮影も窮めて美しいが、肝心の虎の姿は殆ど明確に画面上に捉えられないし、孫権と虎を安定的に同一画面上に置く構図も採用していない。ほぼすべてのショットでは、画面を横切る黄色と黒の縞模様と人物の切り返しで処理していて、明確に虎の姿が映るのはクローズアップの顔面に曹操の貌がオーヴァーラップするベタなワンショットのみで、後は細かくカットを割って虎をじっくり見せていない。

それは描写上の意図なのか、はたまた虎と役者を同一画面に置けない現実的なしょっぱい事情があったものかは識らないが(笑)、おそらく前者だろうと推測する。この場面で久しぶりに孫権が相手取っている見えない脅威とは、虎と謂う猛獣それ自体ではなくそれに擬せられた乱世の奸雄なのだから、虎それ自体を見せないと謂う絵作りは抑制の効いたものと謂えるだろう。

周瑜に「狡い奴」と表現された虎は、画面上には決して姿を見せることなく、隙を衝いては襲い掛かり、狩り手である人間を嬲り物にするかのように少しずつ血肉を削っていく。曹操はこのような存在であって、襲い掛かる猛獣には降参しようが侘びを入れようが仁慈の心を期待するだけ無駄であり、最期は貪り尽くされるのみである。

このような強大で狡猾で貪婪な敵を前にしたとき、諦めるのか、それとも戦うのか、それを孫権は一人で決めなければならない。孫権が単身虎を追って藪に分け入り、虎の急襲で窮地に陥った瞬間、色めき立った護衛を周瑜は身振りで押しとどめるが、これはまあ、リアリズムで考えれば「ありえねー」の世界である。

何がどうあれ孫権が死んでしまったら決戦以前に孫呉は壊滅だから、ここでこんなリスクを冒すはずはないのだが、そこは芝居懸かりで解釈すべき事柄だろう。この辺が民間伝承の伝えるところとは真逆と表現した所以である。

この映画の中だけの情報だと、思慮深い知将のはずの周瑜がいきなり主君を危険に晒したように見えてワケがわからないが、元々虎狩りが孫権の道楽だったのだと謂う事実を踏まえれば、虎を狩る者である孫権が一対一で虎と対峙した瞬間に虎の慈悲を期待して弓矢を棄てるのか、戦わずして下るのか、己の未来を虎の思惑に委ねるのか、あなたは虎を狩る勇猛な英雄に憧れていたのではないのか、今こそがその英雄になるべきときなのですよ、それを想い出させているのだと解釈出来るだろう。

嘗て家臣に諫められた蛮勇の道楽である虎狩りをダシにして、畏敬する兄の断金であり盤石の信頼を置く側近中の側近である周瑜が、嘗て好んで虎を屠ったあなたなら虎を狩るように曹操を狩ってしまいなさい、それが正しいことなのです、と主君に献策しているのである。

そして、この場面で描かれるべきなのは、孫権が迷いを振り払って曹操に弓を引く覚悟を決めることであって、その結果ではないのだから、弓弦が切って放たれた瞬間にカットする繋ぎ方は窮めて潔い。そこでカットして有名な机を截って見栄を切るくだりに繋ぐわけだが、多くの人が指摘している通り、このくだりはオレも机を真っ向から一刀両断するような豪快な絵面を想像していたので、机の角っこを剣で斬り飛ばすと謂う絵面が若干しょっぱいように感じた(笑)。

この辺はこの映画だけの文脈で考えても判断は出来ないわけで、三国志の映像化一般においてどう謂うふうに表現されているのかを考える必要があるが、浅学にして他にこのくだりの映像化表現を視たことがないので何とも言えないところである。

それはそれとして、この場面の鮮やかな明晰さは褒められて然るべきだろう。この映画において呉宇森は、孫権の迷いを個人的な性格面の優柔不断や、戦略上の利の問題としては描いていないわけで、兄から領地を託された孫権が当然抱く家臣団に対する遠慮や領民に対する責任等のしがらみの問題として描いている。

そこで曹操を無慈悲な虎に擬して描くことで、曹操に下ることは滅亡へと続く途であることを強調し、悪と徹底的に戦って打倒することでしか存続の途はないと意味附けることで、堅実な為政者としてのさまざまなしがらみをゴルディアスの結び目として一刀両断し、今こそは父や兄と同じ英雄として起つべきときであると謂う信念の確立を描く。

すべての責任を一身に負う君主の決断が下されたのであり、それに逆らう者は斬り捨てるのみである。家臣団の意見を重んじることは、たしかに平時においては重要なことだろうが、一朝有事の際には最高責任者が一人で決断を下す必要があるのであり、一度決断が下されたら後戻りは許されない。

その結果のすべて、流された血のすべてと勝ち取られたものすべての責任は孫権一個がその身に負うのである。インタビューで呉宇森が強調した「孫権の君主としての成長」は、このように劇的に語られたのであり、ここには叙事詩的な感動がある。


●弓腰姫女傑傳

さて、最前孫尚香の初登場シーンにさしたる印象を覚えなかったと書いたが、それはおそらく当たり前のように普通に出て来て説明セリフを語っただけだからである。この時点では、三国志に明るくない観客は「ああ、孫権には妹がいたんだ」と感じるだけで、それが後に劉備に嫁いで呉蜀の板挟みになる悲劇的な役どころとは識らない。

また、この孫尚香が不幸なことに孫一族の血脈を色濃く受け継いだ男勝りの女傑であることも識らないわけだから、尚香のキャラは登場時点では殆ど立っていない。彼女の人物像は、劉備と孫権の同盟が成ってからじわじわと弾けてくるのだが、最初に強い印象を残すのはこの虎狩りのくだりである。

つまり、出て来た瞬間は孫権の妹と謂うだけで殆ど彼女についての説明はない(人物名と続柄を示した字幕がなければ殆ど誰だかわからない)のだが、続く虎狩りの場面では何故か当たり前のような顔で男衆に帯同している。これは相当異様なことで、何も識らなければ、侯領の君主とその実妹が、ちんけな弓矢だけで大型猛獣を狩ると謂う危険で野蛮な遊戯に参加していると謂う異様な見え方になる。

しかも、この場面の描き方からして、誰よりも目端が利いて虎の動きをいち早く察知しているのが尚香であるから、「なんだこの女」とさらに異様に感じる。この時点で尚香は、たとえば「射雕英雄伝」の黄蓉のような人物類型のキャラクターであることが暗黙裡に諒解されるわけで、殆ど内面を描かれない凡庸且つ虚構的な美女である小喬とは対照的に積極的にドラマに絡んでくる。

趙薇が演じたこの映画の尚香は、実はこの映画の一般的な人物造形のトーンからするとかなりギャップがあるわけで、一言で謂ってアニメっぽい。アニメと謂う表現が強すぎるなら、金庸の小説に出てくるお転婆なお嬢さんに近い。良家の令嬢でありながら武術を嗜み、気が強くて好き嫌いがはっきりしている現代的な女性、と謂うのがそのパターンで、これは中華武侠片には必ずと謂って好いほど出て来る人物類型の一つである。

そもそも尚香の得意技である点穴も後代の武侠小説なんかでポピュラーなガジェットなので、神代や古代を舞台にしたシリアスな映画ではあんまり出て来ない。一八〇〇年前の史実を割合リアルな語り口で描く映画において、この尚香だけが現代的なノリの武侠片の女侠に近いデフォルメの効いた人物像になっているわけである。

一方のヒロインである小喬が周瑜邸の奥向きに籠もって出て来ないキャラだから、美人と謂うよりファニーフェイスで可愛いタイプの女優である趙薇をもう一方の活発なタイプのヒロインに据えて画面に華を添えると謂うバランスだろうが、戦闘に参加させろとせがむ尚香を男たちが持て余す一連が、割合丁寧に段取りを踏んでいて微笑ましい。

三枚目役を振られた気の毒な魯粛が、尚香を女と侮って点穴で乗馬を倒されあたふたするくだりは、前哨戦の勝利の祝宴で劉備が点穴されるくだりでもきちんと魯粛のリアクションを押さえることで活きている。

尚香の思惑を識らない劉備が彼女の接近に当惑している間合いで、魯粛が何事かを想い出したように「あっ」と慌てる、その瞬間に劉備が点穴され伸びてしまう。また、何故か尚香と男たちの絡みの場面では必ず周瑜の困惑したようなリアクションを抜くのがお約束になっていて、尚香が絡んでくると周瑜が「あーあ」と謂う顔をして、最終的に彼女が何か突飛な悪戯で男たちを凹まし、男たちが逃げ出して幕となる。

さらに、同盟軍の軍議で何心ない一言を発して曹操の偽計を看破するヒントを与えるのも尚香だし、その功あってか遭遇戦で最初に敵兵を射殺し、敵主力を陽動する役回りを振られるのも彼女である。こう謂う丁寧な段取りが踏んであるので、尚香の存在感がかなり強く印象附けられている。

ラストの諸葛亮との対話を視るに、Part 2でも尚香が対岸の曹操軍幕営地で何某かの悪戯を企むことが予告されているわけで、女っ気のない三国志の筋立ての前面に上手く女性キャラを絡ませていると言えるだろう。

この孫尚香、つまり孫夫人は、正史上では武装した侍女を引き連れていたと謂う記述があるのみで、さほど詳細に人物像を伝えているわけではない。後は呉蜀の関係が悪化した際に劉禅を連れて呉に帰ろうとしたが途中で趙雲に奪還され(趙雲はよくよく劉禅奪還と縁があるようである)、一人で帰国したとあるのみである。

この場合、武装した侍女を連れていたと謂うのは夫の側近を信用せず身辺を警戒していたと謂うことだろうし、劉禅を連れて行こうとしたのは人質にする為だろうから、要するに嫁いだ後も孫夫人が完全に孫呉サイドの意識で動いていて、劉備との間には夫婦間の愛情などなかったことを示すと謂う意味しかないだろう。

演義ではこの人物像をかなり膨らませて、孫夫人自身も薙刀を操り腰に弓を帯びた女傑として脚色していて、劉備との関係も頗る良好だったことになっている。ただし、彼女が登場するのは赤壁直後のすでに蜀と呉の間に緊張が高まった頃で、劉備を罠に掛ける餌として使われている。呉への帰国のくだりはほぼ正史の記述をなぞっているが、孫呉の回し者的なニュアンスは削ぎ落とされていて、後に劉備が戦死したとの誤報を耳にして長江に身を投げたことになっている。

ここに更なる脚色の余地があるわけで、たしかにこれほど活発で時代に似合わぬ女傑が赤壁の同盟時にすでに劉備と面識があって、両者の間で縁談が検討されたと謂うのは、時間的な関係で考えても窮めて自然だし、現代の感覚なら彼女が赤壁の戦いで積極的な役割を果たしたとしても、さほどおかしくは感じないだろう。

この映画が演義の記述に準じるなら、尚香と劉備はいずれ相思相愛の関係にならねばならないのだが、Part 1の時点では一向にそんな気配はない。寧ろ年齢から謂っても諸葛亮とカップリングしたほうが相応しいが、残念ながら諸葛亮はこの時点ですでに所帯持ちのはずで、夫同様頭脳明晰だが不細工なことで有名な嫁がいる(笑)。

そもそも、正史でも演義でも助かったはずの甘夫人があっさり殺されているのは、後に尚香を劉備夫人に迎える段取りになっているので、劉備を鰥夫にする為の配慮だろう。これが欧米市場を意識した配慮かどうかはわからないが、そもそも劉備が二人も夫人を養っていたこと自体は乱戦のどさくさで剰り意識されないように配慮し、さらに旧夫人を二人とも戦闘中に死なせることで、剰り一夫多妻的なエキゾチズムを目立たせないように脚色しているわけである。

何故なら、元々嫁が二人もいて、劉備が妻子を置き去りにして逃げたせいでその一人が殺され、それでももう一人生き残っていると謂うのに、自分より三〇歳近く若いピチピチのお姉さんを新たに嫁に迎えると謂うことになったら、聖人君子面をしてどんだけ女好きなんだこのオッサンは、と謂う印象を避け得ないからである。

細かい説明をするなら、別段劉備が好き者だから嫁が二人いたわけではなく、それなりの事情はあったのだが、それを説明する余裕はないし、どうせその直後にすぐ死んで物語の前面には一切登場してこない古女房なんて、糜夫人共々あっさり死なせたほうが後腐れがない、そう謂う思惑だろう。なんか、字面だけ見るとかなり非道いことを言っているような気がするが(笑)。

Part 2の見どころの一つとして、この尚香と劉備の関係がどのように描かれるのかと謂う部分もあって、これは史実のロマンスを前倒しで語ることによって数少ない女性キャラを立たせると謂う意味合いもさりながら、赤壁の物語ではあんまり存在感のない劉備をドラマに噛ませる工夫でもあるかもしれない。

また、尚香と劉備の関係、つまり尚香の未来の命運は蜀と呉の関係に依拠するわけだから、やはりこの映画において赤壁の勝利のその後がどのように描かれるのか、史実との距離感をどの程度にとるのか、この問題と関連してくる問題ではあるだろう。


●男たちの旗、ふたたび

さて、ここまで語ったら人間ドラマはもうオシマイで、後は決戦あるのみだが、活劇のスペクタクルまでこのペースで語り尽くすのは幾ら何でも野暮だろう(笑)。そう謂う次第で、後半のクライマックスについては三月発売のDVDででも確認して戴くこととして、要点のみを幾つか語ってこの長いレビューを締め括りたい。

と謂うのも、ここまでの筋立ては、割合息の長い場面構成で同盟成立に至る一筋道のプロセスを描いているが、同盟成って曹操へ宣戦布告の使者を送るくだりから慌ただしく視点が往還して、曹操軍と同盟軍の現在進行形の状況を交互に語る呼吸へと転換するからでもあって、さすがに視点があちこちへ分散するとあまり細かく段取りや順序を記憶出来ていないからでもある。なので、その辺の叙述的なプロセスについては断片的に語りたいこともあるけれど、思い切って端折ることにしたいと思う。

さて、この映画を撮るに当たって呉宇森が黒澤映画を徹底研究してその骨法を盗んだと謂う意見はすでに語ったが、当然このクライマックスの戦闘に至るプロセスも「七人の侍」辺りの黒澤映画の手法に則っている。たとえば最前触れた軍議の場面だが、ここで諸葛亮たちは赤壁周辺の地図を拡げ、曹操軍を迎え撃つ戦略を検討している。

この辺の呼吸は、「七人の侍」で官兵衛たちが村の周辺の地図を前にして戦術を検討するくだりからヒントを得たものだろう。物語の舞台を俯瞰して予め計画を提示し、その実行の顛末を実際の映像によって語る、これが黒澤の好んだ話法である。

この軍議で周瑜が「時代遅れ」の一条を蒸し返すのもしつこいが(笑)、それに対して諸葛亮は「もっと古い手があります」として八卦の陣を提案する。それを周瑜は「なるほど、それは古い」と受けるのだが、どれくらい古いかと謂うと、八卦陣すなわち八門遁甲を含む奇門遁甲自体は黄帝の創案に成り呂尚が改編したと謂うから、その起源は神代にまで遡るほど古い(笑)

因みに、呂尚と謂うのは「封神演義」で有名なあの太公望姜子牙で、紀元前一一世紀の人だから三国時代よりざっと一二〇〇年以上昔の人である。とにかく、そのくらいの頃にはすでに存在した陣形だと謂うのだから無闇矢鱈と古い。

で、これが本当に劇中で映像化されたような陣形だったのかと謂うと、そんなわけはない。いや、何分昔の話なので断言は出来ないが、断言出来るのは、兵法としての正確な詳細が判明していてその通りに映像化したわけではないと謂うことである。仮に奇門遁甲の秘奥が現代まで正確に伝わっているとしたら、あの国の慣習的には国家機密になっているはずであって、娯楽映画で本物の陣形が映像化されるわけがない。

一説に拠れば、八卦「陣」と謂っても兵の展開法を意味するのではなく、陣地の設営法ではないかと謂う解釈もあるようで、いずれにせよ具体的な詳細は小説の類では描かれていないので、映像化作品におけるこの辺の視覚表現は幻術や妖術に近い現実離れした描写になるようだ。

なので、どんな活字文学作品においてもヴィジュアルに想像出来ない八卦の陣を、曲がりなりにも「ああ、こう謂う戦法なのか」と視覚的な説得力のある形で映像化したのは面白いアイディアだと謂えるだろう。楯の壁によって迷路を作り上げ、騎兵の機動力を封殺した上でじわじわと勢力を削いでいき、適宜一騎当千の猛将が打って出て手強い敵将に当たると謂うのは、見た目の印象では理に適っているように見える。

冷静に考えればそんなわけはないんだが(笑)、予め砂塵で煙幕を張って陣形を隠しておいて、敵軍がそれに気附いたときにはすでに馬首を返せないくらいスピードが出ていると謂う見せ方になっているので、まあ映画的には成立している描写だろう。

閑話休題、こんなことをダラダラ語っているからこんなに長くなったのだが(笑)、この場面で諸葛亮が提案する八卦の陣と謂うのは、赤壁の戦いの時点ですら考古学的に古い兵法だったわけで、まあそんだけ常識外れに古ければ何周かして逆に新しかろうと謂う論法だろうと思う。

ただこの映像化を視ると、この陣形を長江の水上に展開すると謂うのがどうもイメージ出来ないわけで、そこに張飛もツッコミを入れるわけだが、前述の通りそこで尚香が何心ない一言を附け加えることで、曹操軍の先鋒が陸上から背後を衝く狙いであることに気附く段取りになる。

ここで当初の予定通り、水上で八卦の陣を展開すると謂うことになれば、どう考えても荊州水軍に比べて圧倒的に船舶数に劣る孫呉の水軍が、満足な包囲網を形成出来たとは思えない。この辺、呉宇森が黒澤の話法に倣ったのだとすれば、そもそもの最初はどうする予定であったのかが語られていないのだから、少し中途半端ではあるだろう。ただまあ、ここはもうテンポで持っていって、亀のイメージで場面転換して後は激しい活劇に雪崩れ込むのだから、細かい話は好いだろう。

Part 2で語られる本格決戦は長江上の水上戦になるわけで、そこでは謀略劇のサスペンスや破壊工作のスペクタクル、船上での白兵戦がメインになるはずだから、主立った陸戦はこの前哨戦で一区切りになるはずだが、ここはもう思いっ切り黒澤リスペクト全開で、マルチカメラが捉えた膨大な素材の多角的なモンタージュ、時に引き時に寄り、お得意のハイスピードカメラのスローモーションで分析的な見せ方も交えながら、縦横無尽のカメラワークとテンポに緩急を附けた編集術で、絢爛たる合戦絵巻をパノラミックに展開している。

この合戦場面を視れば、更めて劉備軍の武将たちがドラマの主役ではないことが逆説的に判明するわけで、関趙張の三将の扱いなど完全にモビルスーツである。ガシャッと楯の壁が割れて、関帝廟の尊像そのまんまな美髯の武将が青龍偃月刀を掻い込んで登場する呼吸など、ハイメガキャノン砲を抱えてカタパルトから射出されるガンダムと何処も絵面的に変わらない(笑)。

一方周瑜は、これらの猛将の奮戦ぶりに武人の血が刺激されたのか、例によってのお茶目ぶりを発揮して、副将の黄蓋が振り向くと空の床机と羽根扇があると謂う前半の繰り返しを再演している。

急ぎ騎乗して激戦地に向かうわけだが、ここで周瑜が趙雲を狙う敵兵の矢に身を晒すのは、彼が赤壁後に流れ矢に当たって病を得たことを想起させるが、それはさすがに時期が合わないように思う。幾ら何でも、赤壁で周瑜を死なせてしまったら脚色が過ぎるだろうと思うが、向後の展開や如何に、と謂うところである(笑)。

またこのくだりで、周瑜が身を挺して趙雲に貸しを作る流れになるのは同じベテラン武人同士と謂うことで平仄が合っているように思う。どうも呉宇森は、強固な固定イメージがあり描写に自由度のない無敵超人の関張よりは、まだしも人間らしい程々の強さで解釈の幅がある趙雲のほうを気に入っているらしく、あまりドラマを振っていない劉備軍の猛将の中でも趙雲には若干ドラマパートとの掛かり合いを設けているように思う。

その間の事情は前半についての講釈で散々語ったが、就中この場で思い起こすべきなのは、趙雲こそが「旗の奪還」の運動性を最初に始めた人物だと謂うことである。

趙雲のファーストアピアランスにおいて描かれた旗棹を用いたアクションが、この場で趙雲を庇って矢に貫かれた周瑜によって再演され、しかもそれが敵軍である曹操の軍旗であり、敵将を破った後に戦場の泥中に逆向きに突き立てられることによって、前半で無惨に敗れた劉備軍の旗をまず趙雲が奪還し、関羽が再度泥中から救い出し誇らかに掲げて去ったこととの間に鮮やかな対照関係が生じ、不屈の希望を象徴する旗を巡る運動性が、このようにして朋友の周瑜にも受け継がれたことを窮めて明晰に訴えかける。

このくだりは、何度観ても胸に熱いものが込み上げる感動のプラトーである。

Part 1のクライマックスをこのような「旗を巡る運動性」で締め括ることによって、三国志に材を借りた呉宇森独自のドラマのテーマが力強く浮かび上がってくる。演義でも正史でも、赤壁の勝利をもたらしたのは、曹操軍の長征の疲労や疫病の蔓延、孫呉水軍の優れた軍事力、そして諸葛亮の縦横無尽の神機の兵法、その故であることになっている。それは史書や歴史に材を得た小説である以上そう謂うものだろう。

しかし、この映画ではそうではない。

強大な軍事力に蹂躙されながら、決して捨て去られることのなかった一旒の旗、それには男たちの信じたすべてが仮託されている。絶望的な敗北の直中でも、男たちは命懸けでそれを護り抜き、誇らかに掲げ続け、その旗が頭上高く翻り続ける限り、男たちの希望は決して滅びることはない。

思い起こせば、最初に趙雲に旗を渡すのは、落城する新野城で敵兵に斬り伏せられる名もなき雑兵なのであり、彼が最期の死力を振り絞って城外に旗を投ずる動きは俯瞰のロングで捉えられて顔すら映らない。曹操軍の出兵からの繋がりで最初に現れる劉備側の人物の動きがこのようなものとして描かれることで、その後に続く長坂のくだりで延々描かれる無名の劉備軍兵士たちの身を挺した血の犠牲の意味が明確に語られている。

一見して三国志における蜀漢の求心力は劉備個人の人格的魅力以外には何も見当たらないわけだから、それは一種のカリスマ支配だと視ることも出来るだろう。そう謂う視点でこれを視れば、たとえば劉備軍の兵士が身を楯にして主君の夫人を護ったり、劉備や難民を逃がす時間を稼ぐ為だけに押し寄せる曹操軍の槍に身を曝す場面の酸鼻を窮める血の雨の描写は、個人崇拝に基づく狂信にも見えようが、このドラマにおいてはそれは劉備に仮託した男たちの夢として読み替えられている。

より良い明日が来ることを願う希望、正義は貫かれねばならないと信じる信念、そのような夢を見せてくれるからこそ人々は劉備を慕うのだし、その夢を信じるが故に一人ひとりの男たちは、たとえ無為に血を流す結果に終わろうとも命を懸けて戦うのである。

この美しい理想が曹操の相互不信に基づく恐怖支配と対置され、その夢が利害を超えて多くの人々の間に共有され、それを信じる人の輪が拡がることで最終的な勝利が得られるのだと、ただ一旒の旗が語っている。

勿論、こんな美しい夢はこの現代においては到底成立しない。より良い明日は誰かの犠牲を礎として築かれるのだし、どんな正義も不寛容の代名詞でしかない。正義の闘争は常に「誰かにとっての正義」でしか在り得ない。地獄への道はいつだって善意で舗装されているのである。

だからこれは、今よりもっと世界が狭くてシンプルだった一八〇〇年の昔を舞台にした古代の雄壮な叙事詩なのである。一八〇〇年の後には、誰の涙も誰の血も流れない理想の未来が掴めるはずだと信じて戦い抜き、夥しい血を流した人々の勲を不朽に留める為の美しい詩なのである。

赤壁は何故赫いのか、それを語るにはすでにもう多くの言葉を費やす必要はない。それは明日を信じて戦った名もなき人々の流した血の色であり、悪を焼き尽くす炎が照り映えた灼熱の色である。その赫は長江の岸に焼き附いて、一八〇〇年もの悠久の時を経た今もなお鮮やかに赫い。


●終わりに

さて、もう二カ月もすればPart 2の公開である。この先の決戦は活劇やドラマよりもスペクタクル要素のほうが前面に出るのではないかと謂う気がするし、このPart 1でかなり満足してしまったので、個人的には、今すぐに観たいと謂うほどの気持ちでもない。最初のほうで語った通り、オレは基本的にCGのスペクタクルと謂うのがあんまり好きではないのである。

また、史実上の向後を考えると、Part 1で描かれた希望や信頼が無惨に潰えると謂う悲愴な展開も予想の範疇だし、ちらほら出始めた事前情報を視る限り、かなり正史や演義を大胆に脚色した独自展開が多そうなので、ちょっと予断を許さない。

何度も語った通り、原典においてはいずれにしろ呉蜀は決裂するのだし、天下三分とは曹魏と同様に孫呉とも対立すると謂う意味なのだから、みんなで一致協力して強敵に勝ちました、目出度し目出度し、と謂う話ではそもそもないのである。

すでにPart 1の時点で諸葛亮の口から、周瑜とはいずれ敵味方に分かれるかもしれないと謂う予告が為されている。この映画の設定では開始時点ですでに劉備軍を一個の独立勢力として描いているから、必ずしも呉蜀の対立までを描く必要はないが、最初に指摘したこの映画のダブルトークは「史実を枉げる」と謂うほどのものではない。劇中で描かれないとしても、やはりこの映画の世界観においてもやがて三国は鼎立し互いに互いを牽制しつつ天下を争う関係に至ることは事実なのである。

それをどのように処理しこの映画独自のテーマ性と整合させるのか、これがPart 2の見どころではあるだろう。元々は一本の映画として構想されていたわけだから、この映画で描かれたドラマを踏まえた上で後段が描かれるわけで、最終的に呉宇森の構想した全体的なドラマがどのようなものになるのか、これを期待して待ちたい。

最後に余談めいたヒマネタだが、この息をも吐かせぬ緊密なテンポで語られる映画の唯一のダレ場が、前哨戦の勝利後から終劇までのくだりであることは衆目の一致するところだろう。これはもう、制作中に長くなったから仕方なく前後編に分けた映画なので、ダレ場で切らないと後編の冒頭がダレ場になってしまうからしょうがないとは謂え、折角の盛り上がりに水を差されて何だか微妙な後味に繋がっている(笑)。

曹操軍の先遣隊を斥けて感動のプラトーがもたらされた後、尚香と劉備のその後の伏線となる祝宴の場面がダラダラ描かれたり、周瑜と諸葛亮、尚香と諸葛亮と謂う組み合わせで、望楼から対岸を眺望する似たような絵面の会話劇が繰り返され、いささか以上にテンポがダレて雑然とした印象のまま対岸に視点が飛んで、さして強い印象も残さないまま映画が終わってしまう。

就中評判が宜しくないのは、呉宇森映画のトレードマークとも謂える白鳩がCGで長江上空を横断し、曹操軍の幕営地をパノラミックに鳥瞰する一連のシーンで、この状況説明的な場面が「謎のサカー」で締め括られることである(笑)。

これ絶対嘘だろ、どうせ民明書房の『スポーツ起源異聞』が出典の「殺呵亜」と謂う殺人球技なんじゃねえかと思って調べてみたら、何とホントに古代中国の蹴鞠はこんな形の競技だったそうで、時代考証としても正しいらしい。いや、こりわびつくり。

絶対嘘だと思ったもんだから、

現代のフットボールの起源となった「殺呵亜」のルーツは秦末期に遡り、楚漢戦争に敗れた項羽が絶望して自刃した際に、追っ手の間に旧知の間柄の呂馬童がいたのを見出して「我が首をとって勲とせよ」と言い遺して自ら首を刎ねた。

ところが、呂馬童がその首を取ろうとしたとき、彼の隊とは別の一隊が来合わせて賞金首の取り合いになり、両者が抜剣して激しく争った。戦闘が激しくなってくると敵に奪われないように味方内で首を投げ合って廻していたが、遂に片手では攻撃を支えきれず皆足で蹴って廻すようになった。最終的に呂馬童側が首を網に蹴り込んで勝利したが、判定を巡ってまた揉めたので結局その場の全員で報奨を分け合った。

「殺呵亜」はこの故事から生まれた競技で、軍事教練の一環として二隊に別れ生首に見立てた毬を蹴りながら激しく戦い、毬を網に蹴り込むまでに一人でも多く相手を倒した隊が勝者とされたと伝えられている。さらに時代が下ると奴隷を使った貴族階級の見世物となり、相手チームの首を刎ねて自軍の陣地に蹴り込むと加点され、制限時間内の点数で判定し、勝利チームの生き残りが奴隷身分から解放される一方、敗軍の生き残りは虎の餌にされると謂う恐るべきデスマッチに変わっていった。

…と謂う嘘ルーツの与汰話を考えていたのだが、全部無駄になった。

まあ、生首球技と謂うネタ自体は多数ネタなので面白くもおかしくもないが(笑)。と謂うか、これは半分くらい史実そのまんまであんまり芸がない。

これは、ウィキの書き手が民明書房の廻し者でなければホントにこんな競技だったんだから文句の附けようがないし、これも元々は敵の生首を蹴り合っていたと謂う説があるくらいなので、誰でも似たようなことは考えると謂うことだな(笑)。ただ、中国の蹴鞠は時代と共に姿を変えて、最終的には日本に伝わっているような形の遊戯に変化したと謂うくだりは覚えておく必要があるだろう。

たとえば水滸伝の悪玉の高キュウ(にんべん)は元は「高毬」と謂う通り名で、本名は高二だと謂うから「高家の次男坊」程度の意味だろうが、蹴鞠が得意なことから高毬と綽名された。得意の蹴鞠が微宗の目に留まって出世したが、名前が「毬」ではあんまりだから文字を変えたわけである。この高キュウの頃の蹴鞠は、北宋末と謂う時代性から考えるとすでに団体競技ではなく、今のフリースタイルサッカーみたいな個人競技に変わった頃だと謂うことになる。

と謂うわけで、長いレビューの最後を「民明書房が全部嘘話だと言い切れない」と謂う結論で締め括るのは不本意ではあるが、とりあえず今回はこの辺で。まあ、この程度の散漫な与汰話で締め括るのが、散漫なダレ場で終わった映画を語るレビューに相応のバランスと謂うものだろう(笑)。

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コメント

超大作お疲れ様でした。

計っていないので145分要したかどうかは分かりませんが、映画を観ながら実況解説を聞いているようで(歌舞伎座のイヤホンガイドみたいな感じですね)、もう観たも同然な気分です。
物語の流れも映画技法の読み解き方も整然と平易に述べられていて、私のような者でもたいへん理解しやすく、楽しく読ませて頂きました。

元ネタを知っている観客とそうでない観客用に、映画が二重構造になっているという分析はなるほどでございました。いわゆるハリウッド映画の妙に明快で説明っぽい作りは単純で趣きがありませんが、異なる文化圏の観客も視野に入れた場合はある意味必要悪(?)でしょうし、そのへんをハリウッドで学んだ監督の編み出した世界戦略なのかもしれませんね。

そして呉宇森は「三国志」でもA Better Tomorrowですか……燃えるなあ。やはり観に行かねば。

また、梁朝傑と金城武の役柄が私の抱いている役者本人のイメージと真逆(役を演じているのだから当然ですが)なのがおかしく、そのあたりも含めて観る楽しみになりそうです。

さて赤壁に関して私の知っている事といえば「赤壁の戦いの時に炎で崖が赤く染まったから赤壁と言われるようになったんで、それ以前に赤壁という場所はなかったんだよーん」という北方先生のお話だったりするのですが、今そこの地名が赤壁市になっていて、しかも崖に赤い字で「赤壁」と書いてある(これもお話で聞きました)のには「サカー」並に笑える気がします。

4日連続更新後皆勤を狙ったのですが昨夜は知恵熱(?)でヘタれました。すみません。

投稿: 604 | 2009年2月 6日 (金曜日) 午前 11時38分

>604さん

労いのお言葉、有り難うございます。

>>計っていないので145分要したかどうかは分かりませんが、映画を観ながら実況解説を聞いているようで(歌舞伎座のイヤホンガイドみたいな感じですね)、もう観たも同然な気分です。

どうもオレのレビューと謂うのは「全部言っちゃう」性格のものですから、未鑑賞だと鑑賞意欲を削がれると感じる方も多いと思いますので、なるべくロングラン公開の末期くらいのタイミングか、DVD発売くらいのタイミングで語ることが多いんですが、中には「観に行きたくなった」と仰る方もいらっしゃるのが救いです(笑)。

これは何度も同じことを繰り返しているオレの持論なんですが、知恵のある映像作品は幾らでも語ることが出来るんです。ほんのちょっと画面の隅に映ったショットから映画全体の構造に至るまで、さまざまなレベルで凝らされた作り手の知恵は、一冊の本が出来るくらい語ることが出来るものだと信じています。映画を観る最大の喜びの一つが、そのような知恵を語り合うことだと思うんですよ。

>>元ネタを知っている観客とそうでない観客用に、映画が二重構造になっているという分析はなるほどでございました。

これはもう、そう作らざるを得なかったんでしょうね。三国志をよく識らないとわからない映画だったら、観て面白いと思っても人に勧めにくいですし、このくらいの規模の映画を極限られた三国志通向けに作るのでは、収益の多寡が知れてしまうんですよね。

別エントリのコメントでshofさんが触れておられますけど、この映画は中国人や中華映画ファン、三国志マニアのみならず一般観客に受け容れられたのがヒットの要因だと思うのです。オレが観に行ったときも、レイトショーにも関わらずかなり高年齢のリピーターと思しき団体さんが券を買っていましたから、たとえば三国無双辺りからドハマりしたコアなマニアと謂うのではなくても、極普通に大河小説としての三国志に親しみを持つ世代がまだ残っていたと謂うことも大きいでしょうね。

そのくらいの世代の人でも、ああ謂う複雑な物語を全部覚えているわけではないですから、興味を持って観に来てくれる観客に「三国志を識らないなら、わからなくても結構ですよ」と嘯くような突っ慳貪な作りにするわけにはいきません。

>>そして呉宇森は「三国志」でもA Better Tomorrowですか……燃えるなあ。やはり観に行かねば。

勿論、「John Woo's Red Cliff」ですから、ただの歴史絵巻ではありません。是非観に行ってください。そして劇場で漢の生き様に泣け(笑)。

いや、「漢」と謂うよりは「漢人」か(笑)。

>>また、梁朝傑と金城武の役柄が私の抱いている役者本人のイメージと真逆(役を演じているのだから当然ですが)なのがおかしく

…あなたが仰っているのは「美周郎」の件でしょうか?(木亥火暴!!)

いや、何というか梁朝偉の容貌については、中華圏では「美男子」として通っているようで、それには格別の異論もないんですが、オレの年来の持論によれば「ゴリー中井進化論」の途上にある存在かと。

つまりですね、まずガレッジセールのゴリが遠祖として存在し、中井貴一がその遠い進化の延長上に存在すると仮定します(この仮定に異論は認めません)。そうすると梁朝偉はその進化の途上をフラフラしている存在に見えるわけです(木亥火暴!!)。

ゴリと中井貴一は全然似ていないけれど、ゴリと梁朝偉は似ているし、梁朝偉と中井貴一は似ていると思いますので、ゴリから中井貴一への進化途上におけるミッシングリンクが梁朝偉なのではないかと(木亥火暴!!)。

「花様年華」辺りのビシッと決めた彼は中井貴一寄りですし、「東邪西毒」の彼もたとえば「どろろ」辺りの中井貴一に近いと謂えませう。しかし、「大英雄」の梁朝偉は過剰なコントメイクのせいもあって明らかにゴリ寄りだな、と。

で、この映画を観たお陰でちょっと中華映画づいてしまい、何だか無性に「大英雄」が観たくて仕方なくなってしまったんですが、そうしたら多分レッドクリフの詳細な記憶がスポーンと脳裡から弾き飛ばされてしまうような気がしたものですから、辛くも自重した次第です。

周瑜が蝦蟇功でゲコゲコしたりデカ耳になったりタラコ唇になったりするレッドクリフと謂う、この世に存在しないものを語ってしまいそうでしたので(木亥火暴!!)。

>>「赤壁の戦いの時に炎で崖が赤く染まったから赤壁と言われるようになったんで、それ以前に赤壁という場所はなかったんだよーん」

…すいません、実はそうなので、今の赤壁はホントは赤くないです(木亥火暴!!)。

ノリで附けたタイトルだったので、何とかこれでスカした結語にしようと色気を出したんですが、これだと一般名詞の赤壁みたいに酸化鉄質でホントに赤いと誤解されるかなと思って、後でこっそり落ち穂を拾っておくつもりでした(木亥火暴!!)。

実際、劇中では長江の幕営地に「赤壁」と謂うクレジットは出ますけど、軍議の場面の地図では当然「赤壁」なんて地名は出てませんよね。ですから、これも三国の名称同様にちょっと文中でどう表現したものか迷うところでした。

それから、「赤壁」と謂う文字の件ですが、これはもう本邦における「元祖・本家」争いみたいなもんで、史上の古戦場としての観光価値を狙って「書いちゃえばわかりやすいだろ」的な動機で書いたみたいです(木亥火暴!!)。しかも、これが物凄く中途半端な大きさで、現地に行って肉眼で見ると、あまりのしょっぱさにびつくりするそうです。

>>4日連続更新後皆勤を狙ったのですが昨夜は知恵熱(?)でヘタれました。すみません。

いやいや、ご無理をなさらずに。今のところ、どなたも更新時にリアルタイムで全編通読出来た方はおられないようですので、これは無茶なボリュームで書いたこちらの責任でございます(笑)。

投稿: 黒猫亭 | 2009年2月 6日 (金曜日) 午後 07時06分

最終回の落ち穂拾いは、本文ではまったくオミットしちゃった曹操サイドの話を。

基本的にオレは、驪姫のくだりはそんなに必要ないんじゃないかと謂う気がしているのだが、曹操の側にも女性のドラマを設けておいて、劉備と尚香、周瑜と小喬のそれとの対比を設けると謂う配慮から挿入されたものだろうと思う。

ただ、ここはかなり端折って語られているので、この程度を残すくらいならいっそなくもがなとも思わないでもない。おそらく元々はもう少しだけ大きな扱いにする予定だったのではないかと思う。たとえばそれは、曹操が驪姫を見初めるくだりの大仰な撮り方や、諸葛亮が周瑜邸で合奏する場面で、さりげなく小喬が茶を点てる仕草を見せておいて、それを曹操が驪姫に再現させると謂う描写上の呼応が設けられているところに名残が垣間見えると思う。

驪姫のファーストアピアランスは、その後の扱いを視るなら明らかに技法的に過剰である。これは原典にはないオリジナルの人物らしいが、ロングで捉えた集団舞踊の中心にいる驪姫に段階的にカメラが寄って行って、その接近を観音開きのワイプで割って繋いでいる辺り、かなり強い映像表現だと謂えるだろう。

ワイプと謂う編集技法は、直前のカットを押し退けて次のカットが現れると言う視覚的効果を伴う繋ぎ方なので、たとえば矢継ぎ早に進展する一連のシーンを息も吐かせぬような呼吸で見せたいような場合に用いる。或るカットを押し退ける形で次のカットが現れることで、動的なスピード感が生じるわけである。

ただ、これは技法上の清潔さを求める映画作家は好まない。理屈の上ではダイナミックなスピード感が生じることになっているが、同様の効果は単なるカット繋ぎでも実現出来るからで、ワイプと謂うのは絶対的な必要性のある繋ぎ方ではないからカット繋ぎで十分である、と考える映画作家は多い。おそらく、現在では剰り頻繁に目にする編集技法ではないはずである。

また、この映画のこの場面のように、観音開きで少し寄った絵が現れるようなワイプの場合は、距離のある絵を押し退けてより近附いた絵が現れると謂う効果の繰り返しで、中心的な叙述対象が強い視覚的関心を伴って力強く接近してくる、と謂う表現になる。

これはたしか、再々引き合いに出している黒澤明の映画で同じような描写があったような記憶があって、おそらくこれもまた一種の映画的引用の一つだろうとは思うのだが、多分「用心棒」で女郎が踊る場面だろうと当たりを附けて確認してみたら、そう謂う描写はなかった。初期の黒澤はワイプのスピード感を愛好していたから、何かで似たような技法を使っているとは思うのだが、ちょっと確認出来なかった。ただ、これもまた呉宇森の黒澤リスペクトの動機から出て来た技法であることは間違いないところなのではないかと思う。

この場合、驪姫を見詰めているのは曹操なので、曹操の主観において驪姫が強い関心を惹きつつ視線を独占していると謂う見え方を狙ったものになる。これほど強い表現は他の場面では視られないので、この技法では曹操がかなり強く驪姫に惹かれていると謂う表現になるのだが、このシーン以後に驪姫が現れるのは一回だけなので、なんでこれほど強い視覚的表現でファーストアピアランスを印象附けたのか、理解出来ない組み立てになっている。

そして、これは決定的な問題なのだが、驪姫を演じた宋佳は小喬を演じた林志玲に何処も似ていない。パッと視て観客が見間違うほど雰囲気が似ていれば、曹操が惹かれたのが驪姫の美貌ではなく、そこに重なる小喬の俤であることが瞭然だが、全然似ていないので、小喬との因縁に絡む描写としてはそれほど効いているわけではない。

林志玲と少しでもタイプの共通している女優であれば、あれくらいの化粧をすれば雰囲気を似せることは可能だっただろうが、まったくタイプの違う容貌なので、曹操が戦陣に在っても行きずりの女色を楽しむ余裕を持つ大権力者だと謂う描写にしか見えない。

後に茶を点てる一連でとって附けたように出て来て、さらにとって附けたように華陀の独語で「女の為に戦を起こしたのか」と言わせることで、漸く曹操の最終目的が小喬であることがハッキリするわけだが、ここはキャスティングも含めてもっと何とかならなかったのかと悔やまれるところである。

驪姫が小喬の俤を宿していることがもっと視覚的に明瞭であれば、伏線としても段取りが好いのだが、驪姫が登場する舞踊だけ視るとなんでこんな悠長なことを描いているのかよくわからない。小喬に似ているから興味を持ったと謂うことを、後々まで隠しておく必然性もないはずなので、ここは剰り上手く行っていない部分だろう。

話に出た序でに華陀についても触れておくと、何だかこの映画だけ視ると曹操の主治医みたいだし、晩年は実際に曹操の典医を務めたようだが、演義では謎の天才名医と謂うことになっている(笑)。これはまあ、曹操に仕える前の名医伝説をいろいろこき混ぜて脚色したものだろう。

伝説的な名医であることは間違いなく、嘘臭い名医伝説が山ほど残っている神秘的な人物だが、正史でも演義でも最後は曹操に殺されたと伝えている。正史では曹操の扱いが悪かったので逃亡を図ったところを連れ戻されて殺されたことになっており、演義では曹操の持病の頭痛を治す為に開頭手術を勧めたところ、暗殺の疑念を招いて殺されたことになっている。

この映画で描かれたように曹操が頭痛持ちであったことは史実のようで、その頭痛の治療の為に華陀との因縁が出来ているわけである。わざわざ華陀を出しているのだから、史実通りならPart 2で殺されてしまう予定であるが(笑)、Part 1だけ視ると曹操の頭痛を持ち出す序でに出て来ているような印象なので、最終的にどう謂うふうにこの持病や華陀の役どころを使うつもりなのか、これは観てのお楽しみと謂うところである。

投稿: 黒猫亭 | 2009年2月13日 (金曜日) 午前 11時38分

ようやく読み終わりました・・・。

今日、私用で昼から休んでいなければ、いつ読み終わったことか・・・(爆)。

で、締めくくりが民明書房ですか。そうですか。あの、古代中国のトリビアの固まりみたいな民明書房ですか(木亥火暴!!)。

それはともかく、僕は1回だけしか見てなくて、しかも細かいところを覚えてなかったので、「おお、そうやったんか」の連続でしたわ・・・。

なんせ、「大決戦 超ウルトラ8兄弟」ですら1回しか見ていなかったら、結構細かいところを忘れていて、後日Blu-rayを購入して確認したら、結構勘違いして覚えていたことが多くて愕然としたもんです(爆)。

とにかく、パート2に向けていい予習になりました。

僕の三国志に関する知識は、ほとんど「真・三國無双」とPC版「三国志(光栄)」から得ているので、ずいぶん偏ってるんですよね(笑)。
で、映画を見たとき、孫尚香ってこういうキャラクターだったのね、と納得しかかったんですが、実はそうではなかったかもしれないと言うことで、ちょっとがっかりしたようなしてないような(笑)。
しかし、パート2では、きっと丸い刀のような武器をブーメランのように投げて大量の敵をどんどんなぎ倒す活躍をきっと見せてくれるんでしょうね(木亥火暴!!)。

このコメント、なんだか話題が偏っているような気がしますが、それはそれとしてパート2でも黒猫亭さんのレビュー期待しております(笑)。

投稿: がん | 2009年2月20日 (金曜日) 午後 04時39分

>がんさん

お疲れ様でした(笑)。さすがに今回はちょっと書きすぎましたねぇ。コメントの落ち穂拾いまで含めたら、かなりの文字量になるんじゃないでしょうか。まだ拾ってないところもあるんですが、もうこれはこれで開き直るしかないかな、と。

>>で、映画を見たとき、孫尚香ってこういうキャラクターだったのね、と納得しかかったんですが、実はそうではなかったかもしれないと言うことで、ちょっとがっかりしたようなしてないような(笑)。
>>しかし、パート2では、きっと丸い刀のような武器をブーメランのように投げて大量の敵をどんどんなぎ倒す活躍をきっと見せてくれるんでしょうね(木亥火暴!!)。

http://game.watch.impress.co.jp/docs/20070921/koei10.jpg

ああ、なるほどこれはエロい(木亥火暴!!)。数少ない女性キャラだけに思いっきり露出してますねぇ。これを映画に期待しても無理だとは思いますが(笑)、弓腰姫と謂う綽名があるだけにちゃんと弓を持っているんですね。丸い刀のような武器と謂うと、多分中華の古武術で謂う「圏」と謂うやつでしょうね。

http://www.gaopu.com/5555.html#04

ロゼッタのガサールシェーントもこの類の武器ですね。これはなんかインド古代武器のチャクラムが起源らしいと聞いたことがありますが、ロゼッタの武器はこっちのほうが見た目が近いですね。

http://store.shopping.yahoo.co.jp/tenpodo/ms080320b1.html

まあ、幾ら孫尚香がお転婆なお嬢さんでも、古代中国の女性が脚を剥き出しにしてこんな武器を持って戦闘するわけはありませんが、戦って欲しいですねぇ(笑)。中国では近代くらいまで脚を見せるのは下層民だけでしたから、良いとこのお嬢さんはお転婆だろうが大人しかろうが下郎に脚なんか拝ませちゃくれません(笑)。

まあ、三国無双では、演義で「美女連環の計」を演じる非戦闘員のはずの貂蝉までこんな有様で戦闘していますから、もう何でもアリではありますね(笑)。

http://kakaku.com/images/article/game/report/0710/sangokumusou5/ch05.jpg

とまれ、尚香については、Part 1では途中からの登場ですが、Part 2ではかなり出番が増えるみたいで、映画全体のテーマに纏わるエピソードを演じるようですね。勿論劉備との絡みも増えるらしいですが、劉備には是非ともラブリーな前掛けを掛けて尚香の為に達人粥を作って欲しいものです←作品を混ぜてみた(木亥火暴!!)。

そう謂えば、孫尚香と謂うのは京劇の名前らしくて、正史でも演義でも孫仁や孫夫人と記述されていて、本名はどうやら「孫仁」らしいんですが、これだとあんまり可愛くないですねぇ。なんだか男だか女だかもわかんないし。

>>それはそれとしてパート2でも黒猫亭さんのレビュー期待しております(笑)。

まあ、観たら何かしらは書くとは思いますが、一方ではこんなしんどいのはもうやめとこうかと謂う気もしています(笑)。

投稿: 黒猫亭 | 2009年2月21日 (土曜日) 午後 12時34分

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