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2009年4月26日 (日曜日)

Shaolingirl

カネがないので、久々に地上波の映画なんかを観た。日頃は「劇場で観る」「DVDで観る」最低でも「CSで観る」からの三択で、地上波で観てもしょうがないと考えているのだが、この映画に関してはあんまり評判が悪いので地上波でいいか、と。とにかく面白いと謂う意見を一度たりとも目にしたことがない。

一応、ざっと一通り観てみたが、これはもう世間の皆さんの仰る通りで、何も附け加えることなどはない。単純な足し算の理屈で企画をひねくり回しすぎると、物語の基本軸がブレてろくな映画にならないと謂う見本のようなものだ。巷では脚本が悪いと謂うことになっているようだが、脚本の書きよう以前の問題だろう。

このプロットがダメな理由は誰が視ても一目瞭然で、後半の「死亡遊戯」なシーケンスが丸々要らない。そう謂う要らないシーケンスで山場を作っているから、本来描かなければならない要素が駆け足になって、どちらも中途半端な出来になっている。

本編では一〇分かそこらで片附けられているラクロス部員と凛の交流みたいなところが物語本来のキモだろうし、そこで幾らでもドラマは作れるはずである。また、部員たちが凛を認めて受け容れたことをビジュアリックに見せているのが、道着スタイルのユニフォームと謂うことになるだろうが、普通ならみんながそれを着て心を一つに合わせて強敵に勝つと謂う流れにならないと、それは「ラクロス関係ないじゃん」になるのは当たり前の話である。それをEDの数分しか見せないと謂うのは、どう謂う尺の配分だと謂う話になる。

普通、誰が考えてもこの材料なら「少林ラクロス」で押し通すのが当たり前で、物語全体の決着はラクロスの勝負で附けるのが常道だろうが、そう謂う当たり前のことを考えないのが亀Pの素晴らしいところだな(笑)。どうも映画の描写を視ると、多分女子ラクロスと謂うスポーツは少林拳の達人が超人的な絶技を披露してもあんまり華々しい見せ場にならないと謂うことなんではないかと思うが、そう謂うことはもっと早い段階で気附いておけよ(笑)。

本家の「少林サッカー」や「カンフーハッスル」のように、武侠片に対するマニアックな知識やアクションのアイディアがあるならそれなりに面白く出来るんだろうが、邦画でそこまでマニア寄りに振っても客を選ぶだろうから、これはもう、もう少し小さい映画として「スウィング・ガールズ」的な青春映画にしたほうがよかったんだろうな。

オレは不出来な映画を観てもあんまり怒るほうではないが、これはまあ、怒られても仕方ない出来だろうと思う。何故かと言うと、この映画は現場に降りる前の段階でダメになったことがあまりにも見え見えだからである。厭味な言い方をすれば、会議室のふんわりした莫迦話に振り回されてダメになったのだろうから、失敗の仕方に真面目さが感じられない。

公平な言い方をするなら、面白いことの並列的な足し算でどこから観ても面白い総花的に面白い娯楽を作ろうとするのがTVマンの発想だと謂うことかもしれないが、他のことをしながら横目で観るTV番組と違って、映画館では映画を観る以外のことは出来ないのだから、自ずと作り方が変わってくると謂うことである。

この辺はCXの映画全般に謂えることで、「踊る」や「HERO」なんてのは、一応本筋があってそこに要らん要素を載せると謂う組み立てになっていて、結局全体の尺もそれを反映した長尺になっているわけだが、この「少林少女」は全部で一〇七分だそうだから一本筋の話をちゃんとやって恰好が附く程度の尺である。尺が短いのにこれだけ贅肉だらけな辺り、失敗するのが当たり前だろう。

サブヒロインの張雨綺をはじめ、折角可愛い女の子がたくさん出ているんだから、女の子を見せる映画で通せば好かったのに、何とも勿体ない話である。

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