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2009年7月13日 (月曜日)

単純所持禁止で一本化へ

めざましテレビでそのように報じられていたので、急いでネット検索してみた。トップでヒットしたのが以下の記事である。

児童ポルノの単純所持禁止 与党、民主が一致

この見出しだけを視ると「単純所持禁止」と謂う文言が目を惹くので、与党案が全面的に通ったような印象を受けるが、記事を読む限りはそうではない。

 ただ単純所持禁止に関連し、改正法施行前に入手した場合は罰則の対象としない方向で検討が進んでいることに対し与党内に異論があるため、最終調整している。3党は今国会での成立を目指すが、民主党が13日にも内閣不信任案を提出する方針を固めている上に、衆院解散も取りざたされており、成立は不透明だ。

 原案では、所持規制に関し一方的にメールで送り付けられた場合などを考慮し、本人の意思で取得したことの十分な立証を捜査機関に求めることを規定した。児童ポルノの定義に「性器や臀部が強調されている」などの表現を加え明確化。インターネットのプロバイダー(接続業者)に児童ポルノの拡散防止や捜査機関に協力する努力義務を盛り込んだ。(強調は黒猫亭による)

この記述では若干意味が取りにくいが、与党案そのままではなくかなり民主党案の主張が盛り込まれていると推定出来る。法の不遡及の原則の遵守と定義の明確化、「本人の意思で取得したことの十分な立証を捜査機関に求める」と謂うことは、民主党案の要諦であるから、少なくとも最悪の形ではないだろう。

殊に定義の面では、「性器や臀部が強調されている」の「強調」と謂う文言は、一連の国会討議によれば、「性器が映っている」と謂う意味ではなく「殊更に性器を見せ附ける意図が明らか」と謂う意味であると謂う説明だから、三号定義の問題についても一定の改善がみられる可能性が高いだろう。

一方、ISPによる努力義務と謂うのがどのようなものか、これは詳しい情報が開示された上で専門的な判断が可能な方々の検討を待たないと安易には評価出来ない。また、二次元の創作物や「未成年に見える対象」への適用範囲の拡大がどうなったのかも触れられていない。

都議選の大敗を受けて政局の先行きがますます不透明になっている現在、これがどう転ぶかはまさに予断を許さないわけで、ここまで固まった上で一旦時間切れで成立を持ち越し、社会の議論を俟つと謂うのが理想的なシナリオかもしれない。おそらくどう転んでもこれより悪く改訂すべきだと謂う意見が多数派を占めることはないだろうから。

まずは最悪の事態だけは回避されたと視るべきかもしれないが、これだけではまだ何とも言えないので、続報を待ちたい。

【追記】
少し誤解を招く書き方だったかもしれないので念の為に。

これは民主党側の購入・反復取得のみを罰する案が通ったと謂う意味ではなく、飽くまで与党側の単純所持規制案に注文を附ける形で合意が為されたと謂う意味である。従って、懸案事項の遡及的適用が通ってしまえば、やっぱり「サンタフェ」を廃棄しなければならなくなる可能性は依然残されている。

いや、オレは持ってないから「サンタフェ」に拘る意味はないんだが(笑)。

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コメント

この一報によれば、「単純所持」が当初案のような野蛮な形ではなく欧米的な水準で法案化されたと謂うことになると思うのだが、これは寧ろECPATや日本ユニセフ協会にとっては不満足な方向性だろうと思うので、今後も熱心なロビー活動やキャンペーンを展開していくことだろう。

しかし、九九年の児童ポルノ法制定に至る流れでこの種の非合理な圧力団体の跳梁を許し、「ありもしない権威や見識」を認めたことが、今回の改正法案を不当な方向にねじ曲げる流れに繋がっているのであるから、今回の経緯を根拠としてこの種の団体の「反社会性」を訴えていくことは可能だろうと思う。

児ポ法制定の段階では、山本弘さんの謂う「悪貨は良貨を駆逐する」の原理で市場に安直な少女ヌードが氾濫しており、そのような状況を鑑みるなら児童ポルノ規制の流れに正面から反撥しづらい風潮があったのだが、今回の経緯を経ることで冷静且つ客観的にこれらの団体の主張の「反社会性」を論ずることが可能となったと考える。

所詮、これらの団体は自分たちの独善的な性道徳を実現する為なら、国民の人権が不当に制限されることや、別種の人権被害の大量発生の危険性など何とも思っていないと謂うことが明らかになったのだから、正面きってその主張の非合理性を訴えていくことが出来ると思う。

殊に日本ユニセフ協会などは、「児童の人権を保護する団体」ではなく、「児童の人権保護の為に募金活動を行う団体」なのであるから、この団体が児童の人権保護と謂う理念において社会に尊重さるべき見識や権威を具えていないことが明らかになった以上、遠慮なくどんどん叩いていくべきだろうと思う。

またECPATも、その主張に合理的な筋道や根拠を提示出来ないにも関わらず、なおも強硬な活動を行うなら、特定宗教の倫理観の強制にすぎないのであるから、社会問題として扱うことすら可能である。

勿論、日本ECPATは日本キリスト教矯風会そのものでは「ない」。しかし、アジアの児童売春を防止し児童の人権を保護すると謂う主旨の団体でありながら、その主旨に対して合理的に関係があるとは見做し得ないし科学的根拠も認められない主張を強硬に繰り返すのであれば、代表者の宮本氏が宗教的慈善団体の幹部である以上は宗教的主張であると見做すことに一定の合理的妥当性がある。そうではないとするなら、これらの主張の合理的根拠を明示すべきであるし、根拠を提示出来ないなら主張を取り下げるべきである。

そして、今回の一連の立法府における議論を通じて、ECPATの主張を実現するには重大な法的・人権的な問題が存在することが明らかになったのであるから、その経緯を踏まえた上で尚も同様の主張を繰り返すのであれば、それは普通の意味では「反社会的活動」と見做すことが可能である。

投稿: 黒猫亭 | 2009年7月13日 (月曜日) 午前 06時51分

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