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2009年10月11日 (日曜日)

Mecha horse

…と謂っても、機械伯爵が乗っているアレのことではなく、落語の話である。

先日のエントリでも少し触れたが、現時点で聴き応えのあるポッドキャスト落語と謂えばフジテレビのお台場寄席辺りと謂うことになるが、すでに述べた通りこちらでは寄席演芸一般を広く採り上げていて、講談や色物、芸人・業界人インタビューなど落語以外の番組の割合が多い。

先日のエントリで触れた一龍斎貞水の「江島屋怪談」に続いて先週も宝井琴桜の「豊竹呂昇の物語」と講談が二週続いたが、今週はようやく落語の番手が廻ってきて、古今亭菊之丞の「妾馬」が配信された。

菊之丞は関東の若手の中ではかなり好きな噺家で、多分同世代の噺家の中では一頭地を抜く実力を具えた存在ではないかと思う。七二年生と謂うから今年で三七歳で、まさか意識してのことではないだろうが(笑)、この配信の前日の一〇月七日生まれだそうである。真打昇進は二〇〇三年、三二歳当時であるが、高校卒業以来一二年修行した後の昇進だから現在の真打制度だと特段早いとも謂えないだろう。

風貌にぴったりの菊之丞と謂う高座名は、当人のインタビューによると、一旦は本名の亮太郎に師匠圓菊の「菊」の字を冠して「菊太郎」になりかけたのだが、近々に辞めた前座にすでに使っていた名前だったので、「こんなツラしてるから菊之丞なんてのはどうだい?」と謂うことで、誰もが想像する通り女形のような顔立ちから決まったものだと謂うことである。

因みに、圓菊門下ではその後「きくたろう」と謂う噺家が出ているが、このほうは字面が「菊太」と一文字変わっていて、しかも平成二〇年の真打昇進を機に改名しているから「随分経ったからもう好いだろう」と謂うことだと思う。字面が同じだと、前座名なのに二代目扱いも変だし、かと謂って代数を飛ばして初代に算えたりするのも面倒があるから、一文字変えておけば面倒な掛かり合いはないと謂う判断だろうと思う。

閑話休題、近年の噺家では珍しいことではないが、菊之丞も前座名から一度も改名しないまま真打になったので、この名を貰ったのは高校卒業後間もなくのことである。今は年齢相応に肉が附いてきているが、当時はもっと骨格がひょろひょろしていただろうから、まさしく女形のような風貌だったのだろう。

篠井英助系統の女形風の外見と、それとは裏腹なみのもんた張りの太くてどっしりした男性的な声質のギャップがウリの人であるが、やはり煎じ詰めれば風貌で損をしているところが相応にあると思う。

マクラの語り口なんかを聞くと、まだ若いと謂うこともあるが一種安っぽい軽薄さが鼻に附く部分もあって、それが時々薄っぺらく感じるときもあるのだが、これは多分本人が現在意識的に選択している方法論なのではないかと思う。たしかに噺家に似つかわしくない優男風の外見と女形風の芸名は、顔と名前を覚えて貰うと謂う意味では立派な個性だが、この人の芸風の潜在的な可能性から考えると、割合邪魔なんではないかと謂う気がする。

多分、こう謂う資質の噺家は、相応に貫禄が附いてきて初めて本格的な自分の芸が出来るようになるのではないかと思う。若いのに声が佳くて噺が上手く所作も巧みと謂うことになると、どうしても柄が附いていかないから厭味な芸になる。まして芸風と風貌にギャップがある場合、尚更厭味に感じられる。これが気にならないのは、やはり志ん朝や小朝のような華やかなスター性がある場合だけだろう。

しかし、この人は大御所の二世三世でもなければ、小朝や小三治のように学生時代から将来を嘱望されたエリートでもなく、普通に高校を卒業して(現在の噺家はおおむね中卒の弟子は採らず、芸人として物にならなくても最低限の潰しが効くよう高校くらいは卒業しろと諭す場合が多いらしい)普通に修行して普通に昇進した普通の芸人であるから、まだ下積みを経験した噺家らしいセコ味がある。

その意味で、三十代、四十代のうちは若さと軽薄さを表に出して修行を積むと謂うのが現実的なところだろうから、加齢に伴って風貌が附いてくる五十代以降に一回化けるのではないかと謂うふうに期待している。

前掲のインタビューによれば、圓菊を師匠に選んだ理由が古今亭のお家芸の「唐茄子屋政談」の叔父さんのセリフの情感の込め方だったと謂うのだから、調子で聞かせる方向性の落語ではなく、物語性の部分を重視する方向性の落語を目指していると謂うことではないかと思う。

古典なんですけど、ちょっとうちの師匠の場合は型破りな古典なんです。
師匠の高座を聞いてて、「あっ!」と思った瞬間があるんです。新宿の末広亭で、『唐茄子屋政談』。かぼちゃをかついで、気弱な若旦那がヨロヨロ出て行くところをね、おじさんが「気を付けて行くんだよ、いいかい」って見送るところ。その「気を付けて行くんだよ、いいかい」が、すんごく真に迫ってるって言うか、それまで「馬鹿なやろうだ」とか言ってた、その最後の姿が見えなくなっちゃうと、本当に心配してね。他の人も同じセリフでやってるんだけど、師匠が言った、その「気を付けて行くんだよ。いいかい」がね、すごくマジだったんですよ。「あぁ、すごいんだな。この人、優しいんだろうなぁ」って思っちゃったんです。

この唐茄子屋政談は、お台場寄席で珍しい志ん生の全長版(若旦那が因業大家のところに殴り込む「政談」の部分まで語っている)を配信していたのだが、流石にすでにもう配信を終了しているのが残念である。

市井の人々の温かい人情の機微をコミカルな会話劇で演じ、笑わせて泣かせる窮めて関東落語らしい落語で、遊女に入れ上げて勘当された若旦那が淪落の果てに身投げ寸前のところを奇しくも通りかかった叔父さんに止められ、厳しく説教されて翌朝担ぎ商いに送り出されるところが最初の聴かせどころである。

親戚一同からお構いになっている甥っ子を見捨ててもおけず、口ではキツいことを言いながら何とかしてやりたいと心底から思い遣る叔父さんや、甥っ子が可愛くて夕飯に魚を附けようとして「沢庵の尻尾でも囓らせておけ」と亭主に叱られる叔母さんなど、くどくどと説明せずにセリフの遣り取りで叔父夫婦の人物像や主人公に対する気持ちが浮き彫りになる。これが調子で聴かせる落語とはまた別の、一方の落語の方向性だろう。

オレは志ん生の面白さと謂うのは本当にはわかっていないところがあるが、少なくとも志ん朝の口演はこの種の落語の演劇性を端正に追求した方向性だと思うし、それが現在の古今亭の芸風に大きな影響を与えていると思う。

高校生のくせに、この噺の勘所がちゃんとわかっていて、それで師匠の芸の何処が凄いのか、何処が聴き手の胸を打つのかがちゃんと実感としてわかっている、それは落語の聴き方が至極真っ当で筋が好いと謂うことなんではないかと思う。

それに対して、たとえばお台場寄席のMCの塚越孝は、「妾馬」みたいな演劇的な噺の解説として「この噺のキモは『ちょろぎ』と謂う言葉の言い回しだ」と謂うような鼻に附く蘊蓄を垂れたりするわけで、どうもオレはこの人の落語の聴き方がスノビッシュで好きではない。

この「ちょろぎ」と謂うのは、主人公の八五郎が大名屋敷で取次の若党に名を問われて名乗る場面で「八五郎てんで…」と謂うのが、江戸前の巻き舌な早口で発音すると「はちょうろてんでぃ」と聞こえ、それが市井の職人言葉を聴き慣れない武家の耳に「ちょうろげ」と聞こえると謂うくすぐりである。

この「八五郎てんで」が「ちょうろげ」に聞こえると謂う洒落が客にストンと伝わって笑いに繋がるには、噺家の江戸弁がキチンと出来ていなければならない。これがキモだと指摘すると謂うことは、塚越孝が落語において最重視しているのは、江戸弁の鯔背な調子だと謂うことではないかと思う。

他の落語の解説でも調子を重視する嗜好ではあるのだが、やっぱりこの噺のキモは殿様から酒を振る舞われて羽目を外した八五郎の口説きと、おっとりした殿様との都々逸をネタにした掛け合いの演劇性にあるわけで、たしかに今更そんなことを指摘しても解説として面白くないとは思うのだが(笑)、唐茄子屋の叔父さんの一言のセリフの言い回しに感動して「この人」と師匠を選んだ噺家の芸の解説としては、江戸弁が達者なことなど所詮は枝葉のことだろうと思ってしまう。

とまれ、もう十数年も経って、意欲的にどんどん大ネタを物にしていけば、この人の存在感は凄いものになるだろうと期待出来る。オレには芸の善し悪しを視る目や耳がそれほどあるわけではなく、何度も言っているように映像文芸の連続上で落語を視ているに過ぎないから、これは芸の好悪の観点で言っているわけではない。

噺家には才能や努力でどうにもならないものが一つあって、それは年齢である、これは間違いなく言えるだろう。つまり、どれだけ上手くても、どれだけ芸道に精進しても、三十代の噺家は名人とは呼ばれないし、名人のように振る舞っても鼻に附く、これはどうしようもないことである。

具体的な話で言っても、たとえばどれだけ上手くても三十代の噺家が演じる年寄りには年齢的な説得力がない。そうすると、出来るネタに限定が附くことになり、多彩な登場人物が織り成す複雑で大きな噺は出来ないと謂うことになる。これは、技術的に可能でも芸として成立しないと謂うことである。

普通に考えて、三十代の若造が人生の年輪を重ねた大家の主のような重厚な役柄を巧みに演じたら、視ていて気持ちが悪いだろう。それだけで噺の虚構度が変わってしまう。謂わば、才能や技術で実年齢以上の重厚な役割を演じると謂うことは、映画で謂えば精巧な特殊メイクを使うようなものである。落語の虚構度と謂うのは、特殊メイクで若者が老人を演じることを許すようなものではなく、やはり重厚な大ネタはそれなりに人生経験を積んで円熟した世代の噺家が演じないと作り物じみてしまう。

最低限どんなネタでも演じることが出来る自由度が獲得されるのは、精々五十代か六十代で、その時期になって大ネタを演じても恥じないだけの芸の修行を積み円熟味を蓄積するのが三十代から四十代、そう謂う芸道双六になるだろう。

勿論、幾つになろうが三十代の頃と同様の若々しく軽妙な芸風を保つのも本人の自由であるから、一概に初老期を待つ必要はないだろうが、本格的な落語の王道を歩むのであれば、初老期を一旦の目安において若い時期は精進に励むのが噺家だろう。

ただ、当代の米團治なんかを視ると、長寿命化に伴って幾つになっても万年青年みたいな若々しい人も増えてきたので、芸道の円熟味を獲得するのも今は大変だなぁとも思うんだが(笑)、多分菊之丞は年をとったら好い味が出てくるのではないかと思う。

こう謂うことを言うと贔屓の引き倒しみたいだが、この軽薄さが抜けて柄がどっしりと落ち着いてくれば、志ん朝の衣鉢を継ぐのも夢ではないように思う。噂通り志ん輔が志ん生を継ぐのかどうかは識らないが、そうなってもならなくても、この人が圓菊を継ぐような筋合いでもないし、志ん生となると尚更番手は廻って来ないだろうが、三代目が大きくした志ん朝の名跡を継ぐと謂うのはどうかと想像することがある。

志ん朝と謂う名跡は実兄の馬生の二つ目時代の名前が初代で、二代目の魚屋は襲名後一年くらいで廃業したセコ志ん朝で代数を飛ばされる傾向があるから、ほぼ美濃部兄弟で完結していて実質的には三代目が名跡にしたようなものである。

林家一門で謂えば三平みたいなものだが、継いでも煌びやかな天才型の先代と比べられるだけであんまり美味しくないだろうから、菊之丞本人には志ん朝を窺う野心なんかなくて生涯菊之丞で通す腹だろうと思うのだが(笑)、何だかこの人の口演を聴いていると時々志ん朝を彷彿とさせるところがあるように思う。

で、名跡制度と謂うものを考えた場合、志ん朝ほどの名前を継がずに使い棄てると謂うのは、やっぱりまずいのではないかと思うので、古今亭一門から誰かが継ぐ必要があるとオレは考える。だとすれば、出来れば遠い将来に菊之丞に継いで貰いたいなぁと謂う勝手な希望ではあるのだが(笑)。

たとえば、圓朝の大名跡が何故止め名でなければならないのかと謂う制度上の理由については、すでに散々hietaro さんのところで語ったが、要するにそれは三遊派総帥の名跡は本来圓生だからであって、二代目圓生の一弟子に過ぎない圓朝が「落語の神様」と崇め奉られている限り、名跡制度の下で現役の噺家が圓朝を継ぐと制度全体の根幹原理を揺るがすややこしい事態に陥るからであると考える。

圓朝の名跡を持っている藤浦宗家が何故小朝に圓朝襲名を持ち掛けたのかと謂えば、それはその当時圓生の名跡が種々の事情で永久封印されていたからだろうと思う。しかしその圓生の名跡はすでに圓楽の弟子の鳳楽が襲名する方向で動いており、実質的に永久封印の約定は破綻しているのだから、名跡制度が存続する限り、現役の噺家で圓朝と圓生が同時に存在する事態は在り得ないだろうとオレは考える。

いや、あればあったで血の雨が降るような恐ろしい事態になるだろうから(笑)、間違いなく関東落語界は一旦存亡の危機に晒されるほど荒廃するだろう。芸人同士の抗争が命の遣り取りにまで発展すると謂うことは、散々実例を視てきたはずである。

実際、芸の道では圓朝と師の二代目圓生は反目し合う関係にあったわけで、圓生最晩年に至ってどうにか関係が修復された程度であるから、現代でも圓朝と圓生が同時に存在したら、おそらくその抗争の二の舞になるだろう。多分、そんなことになっても誰も得をしないので、二代目圓朝誕生の目はすでに完全に消えたと視て好いだろうと思う。

まあ、本格的に圓朝の名跡を復活させるとなると、多分採り得る選択肢としては圓朝と圓生の交代制のみである。つまり、圓朝が存在する場合は圓生が存在しないし、圓生が存在する場合は圓朝が存在しないと謂うふうに、関東落語界全体で決め事を作るしかないと思うが、これも多分反対が多いだろうし、いずれの名跡が上かと謂う信念が人それぞれで絶対的に相容れない部分があるだろう。結果的に血生臭い派閥抗争の温床と化すだろうからどっちにしろ現実味はない。

話が大分逸れたが、古今亭一門で考えると、圓生の名跡が生きているなら、その弟子筋の志ん生の名跡もまた、セコだろうが何だろうがいずれ一門から誰かが継いで後代に残さなければならないだろうし、志ん生の名跡を大きくした五代目の倅が当代一流の天才噺家として一代で確立した志ん朝の名も、誰かが継いで名跡として伝えていく必要がある。現在古今亭一門の総帥である圓菊の名跡は倅の菊生が伝えれば好い。

そんな必要はないと思えば、名跡制度なんかいっそ廃止してしまったほうが好い。芸統の関係上亭号制度くらいは残すにせよ、自分だけの独自の名前に拘るなら、昔の噺家の名前なんか継いでも本人視点のメリットはないんだから、名跡制度なんか必要ない。漫才師のように、てんでに好き勝手な芸名を名乗って活躍すれば好いだけのことである。

名跡制度と謂うのは、名前の継承によって固有の芸統が個人の限られた生の限界を超越するシステムなのであり、落語界と謂う共同体がその前近代的なイエ制度に基づくシステムの棄却を望まないのであれば、その存続の為に個人視点のデメリットを受け容れるのは構成員の義務である。

その観点で視れば、関東落語界は古今亭志ん朝と謂う不世出の大スターの貢献を無視することなど出来ないだろうし、亭号に象徴される芸統を共有する古今亭一門の共同体が責任を持ってその名を継承していく必要があるだろう。ガセかどうかは識らないが事情通の間で志ん生襲名の噂が出ていると謂うことは、その先にあるのは志ん朝の名跡をどう伝えていくかと謂う問題だろう。

二代目圓朝の誕生にはあんまりロマンを感じないオレではあるが、四代目志ん朝の誕生にはかなり思い入れがあって、誰が相応しいかと謂えば自分の識る限りでは菊之丞辺りに頑張ってほしい、そんなような話である。

演者についてはそんなところであるが、演題の「妾馬」についてはちょっと不思議に思うことがあって、これは一般的には「八五郎出世」の外題で識られている演目であるのだが、何故わざわざ「妾馬」の外題で演じているのか、その辺の真意が識りたいところである。

音源を聴いて戴ければわかるが、菊之丞はサゲで「おめでたい『妾馬』の一席でございます」と明言しているので、少なくとも演者の意識ではこの噺の外題は「妾馬」なのである。この菊之丞の演目は、以前のエントリで紹介した落語協会のインターネット寄席で動画を観ることも出来るが、そこでも外題は「妾馬」である。しかし、内容的には一般に「八五郎出世」として識られている噺とまったく変わりがない。

元々この噺はアタマから終いまで演じるとかなり長い噺で、いつも便利に使わせて戴いている千字寄席のほうでは「妾馬」の外題を採用しているが、ウィキの落語の演目一覧では「八五郎出世」を採用している。

この演目を得意としたのは六代目の圓生だが、圓生は「八五郎出世」の外題で演じているようで、大名家の設定が何処ぞ東北の小藩と謂うことになっているらしく、三太夫を始め殿様以外の武家が全員訛っていて、江戸っ子の八五郎と田舎者の堅物武士との間の頓珍漢なディスコミュニケーションのおかしみを強調している。

これは、江戸の職人言葉と商人言葉と武家言葉の使い分けは勿論のこと、大阪の下町言葉と商人言葉、それ以外の京言葉や兵庫言葉をも正確に演じ分けることが可能で、さらには何処のものだかわからないアヤシゲな田舎の方言までを自在に駆使出来た圓生の言語的な異能を存分に活かす為のアレンジだろう。

元々の演題が何故「妾馬」なのかと謂うと、妾と馬が出てくるからである(笑)。そもそも落語の外題なんてのは、歌舞伎を意識して演者自ら名付けた圓朝の創作落語以外は前座がネタ帳を附ける際に便宜上書き綴った通称だから、どの噺か区別が附けばそれで好いのであってそんな捻ったタイトルなんてのは存在しない。この噺も、妾と馬が出てくる噺だから「妾馬(めかんま)」で十分用が足りたわけである。

六代目圓生が得意としたからと謂って「莫迦馬」にならない辺りが(ry …いや、これは言わないほうが好かったな(笑)。

ところが現在では馬が出てくるこの後のくだりが省略されているので妾しか出てこない噺になり、看板に偽りありと謂うことになってしまった。何故省略されているのかと謂えば、それはおそらく全部通すと長くなって寄席の番組にそぐわないのと、もっと大きな理由としては「つまらない」からだろう。

関東落語に顕著な傾向だが、あんまりウケない部分は物語性が犠牲になっても摘むことがあって、不自然なところで終わる噺は大概続きがつまらなかったり、時代性に合わなくなって意味が通じなくなっているものである。この噺で謂えば、八五郎の口説きと殿様との遣り取りが山場で、そこでスパッと終わったほうが、後半で冴えない冗長な失敗談を入れるよりは効果的な噺になるから省略されているのだと思う。

長々時間をとって演じてもウケない噺は思い切って摘むと謂うのが関東落語のパターンで、「野ざらし」なんてのも一般的な口演では後半が端折られていて何だか意味のわからない噺になっている。これは芝居と同様のパターンで、美味しいところだけをみっちりとやって「後は皆さんご存じでしょう」と省略すると謂う伝統があるわけである。

そこで現在は妹の「お鶴の方様」の「ツルの一声」で兄の八五郎が武家に取り立てられて出世すると謂うおめでたいサゲを新たに附け、その関係から「八五郎出世」と謂うこれまた即物的な外題が主流となっている。

であるから、演者が意志的に「妾馬」と謂う外題を採用するのであれば、この後の馬のくだりまで演じるのかと思いきや、やっぱり八五郎が出世するところで噺を終えるのであるから、なんでわざわざ「妾馬」と謂う表向きのマスコミでは採用しずらい外題に拘るのかがよくわからない(笑)。

少なくとも関東落語に関しては、近代の創作落語である圓朝の作物以外、古典落語の演目には「正式タイトル」と謂う概念はなく、他の噺と区別する為の便宜的な通称しか存在しないものであるから、つまり「妾馬」でも「八五郎出世」でもどちらが正しいと謂うことはないのである。後半を語ったかどうかでこの二つの外題を使い分けると謂うならともかく、馬のくだりを語らないのであればどちらでも構わない。

これは逆に謂えば、別段演者が「この噺のタイトルは○○だ」と言明出来るようなものでもないと謂うことで、その時代性においてその噺が何と通称されているかに依拠するのが普通である。そう謂う意味ではこの演目は現在主流の「八五郎出世」と謂う外題で括られるのが相応なのだが、演者自らこの演目は「妾馬」だと指定していると謂う、割合珍しいことが行われているわけである。

馬が出てくるくだりを省略して型通りの「八五郎出世」を演じているにも関わらず、菊之丞があえて「妾馬」と謂う外題に拘っているのは何故なのか、これは是非とも本人に聞いてみたいところであるが、案内役の塚越孝は「ちょろぎ」なんてつまんない蘊蓄は語るけれど、一番聞きたいその辺の話はしてくれない。

お台場寄席も落語通の案内役が附いている割にはイマイチだと思うのは、そう謂うところもあるんだよなぁ。

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