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2009年10月21日 (水曜日)

らくだの災難

オレが落語を聴くようになったきっかけを作ってくださったのはhietaro さんで、就中上方落語の大ネタである「らくだ」を論じたエントリの影響が大きかったのだが、オレは残念ながらこのネタがそんなに好きではない。それについて、最近またあちらで話題になったので、今回はちょっとウチでも引き取って語ってみよう。

最初のエントリの日附を視たら今年の二月だったので、よく考えてみるとオレの本格的な落語歴って八カ月くらいなんだよなぁ(笑)。あれから集中的にいろいろ音源や動画を収集して聴き比べたり、いろいろ情報を調べてみたりしたので、自分でも何だか随分前から落語に親しんできたかのように錯覚していたのだが(笑)、本格的に聴き始めてからまだ半年ちょっとくらいなのである。

その短い間にいろいろ聴き込むうちに結構落語観の変遷もあったのだが、現状の嗜好としては、ネタの性格は上方落語のほうが好きだが、米朝一門以外はあまり聴く機会がなく、その分江戸落語は演者の層が厚いので大体半々くらいの割合で聴いている。

何故上方噺のほうが好きかと謂えば、物語構造が合理的だからである。筋運びに無理がなく状況設定が自然になるように工夫があって、その分説明要素をきっちり語っているのでこってりした印象がある。一方江戸落語のほうは、上方ダネを江戸に移植したネタに顕著な性格だが、原話の説明要素をかなり省略する傾向があって、とにかく短く詰めることに意を砕いている印象がある。

では、短い噺が好まれるのかと謂えば、圓朝作の人情噺なんかはかなり長い。圓朝の創作落語は元々性格が講談に近いから、講談の続き読みのような大長編もあるが、今も演じられる機会の多い文七元結なんかでも全部語れば一時間近くなる大作である。そう謂う笑いの少ないシリアスな噺は長くても好まれるわけだが、要するに落とし噺的な性格の強い滑稽噺は出来るだけ短く詰める傾向があるわけである。

この辺は、hietaro さんのところでもお話が出た「時そば」と「時うどん」を聞き比べてみればわかるが、江戸落語の「時そば」は、「そばう〜ぃ」と謂う風情のある売り声を聴かせたりそばを啜る所作を見せる芸と謂う印象で、とくに爆笑するようなネタではなく、小さんがそばを啜ると「そばが見える」ような名人芸で客席から手が来たりするわけだが(笑)、細かい部分を視ると幾つか不自然な設定が目立つ。

その辺を説明すると長いので端折るが(笑)、これが原話の時うどんでは合理的に解消されていて、その分説明要素が増え長い噺になっている。これはつまり、上方落語は噺を聴かせる為に芸があるが、江戸落語は噺が芸そのものになっていると謂うことではないかと考えている。上方落語では、芸を見せる為に噺の構造を崩したりはしないが、江戸落語では芸として洗練させる為に噺の構造を犠牲にする場面が多々あるわけである。

そう謂う意味で、江戸落語には歌い調子の名人芸と謂うものがあって、柳好や柳橋のようなメロディーとして耳に心地好い語り口の芸風がある。勿論、歌い調子で聴かせる芸風が主流だと言い得るほど江戸落語は薄っぺらなものではなく、一人芝居のドラマとしてしっかり聴かせる芸風だってあるわけで、それとこれの二元論と謂うわけでもない辺りが江戸落語の層の厚さである。

小さんだって、その芸論から謂えば仕方噺の名人芸を見せるつもりで時そばを演じているわけではないだろう。語られた物語が真に迫っていれば自ずと滑稽味が出て客に感応すると謂う芸観なのだから、「真に迫る」プロセスにおいて「そばが見える」ような所作があると謂う順番になるだろう。つまり、狸を演じるのに狸の料簡になってみるのと同じことである。

上方落語と江戸落語には大雑把に言ってそのような違いがある、少なくとも江戸落語に移植された上方ダネの滑稽噺には原話との間でそのような性格の違いがある、と謂う前提で話を進めるが、本題の「らくだ」については、いつものように千字寄席さんで筋立てを確認して戴こう。

ご覧の通りかなりブラックな筋立てで、タイトルロールが物語の開始時点ですでに死んでいて、その死体を巡るドタバタと謂う意味ではヒチコックの「ハリーの災難」に通じるようなネタだが、筋立ての面でハリーの災難にもっとよく似ている「算段の平兵衛」と謂う噺があって、こちらのほうもかなりブラックでえげつない噺である。

算段の平兵衛なら、故殺をきっかけとして錯誤が錯誤を呼んで小悪党の平兵衛が懐を肥やすと謂う筋立てだから、これはクライム・ストーリーと呼んでも差し支えないだろうし、滑稽噺としての性格もあるからブラック・ユーモア的な性格が強いのも当然だが、寧ろらくだはブラック・ユーモアと謂うよりもバッドテイストと表現したほうがしっくりくる部分があって、落語にありがちな人情味のカケラもない、徹底して悪趣味な笑いで引っ張る噺である。

主人公のらくだ自身が頗る附きの乱暴者で、漬け物屋に因縁を附けてただでおかずを強請り取ったり、督促に来た大家を刃物を持って追いかけ回して家賃を踏み倒したりと、洒落にならない粗暴な振る舞いを繰り返し、斬ったはったで何人ぶち殺しているかわからないと謂う凶暴なやくざ者である。

この男が天罰覿面でフグの毒に中たって死んで、そこへたまたま弟分に輪を掛けて凶暴な兄貴分が訪ねてきて小心者の屑屋がこき使われると謂う筋立てで、鼻つまみ者が死んでくれたと思ったら似たような仲間が訪ねてきてごろついて堅気の衆に迷惑を掛けると謂うのだから、最初からかなり厭な状況設定である。

生前のらくだも強請たかりで世渡りをしていたわけだが、その葬礼の用意も兄貴分が強請たかりで済ませる腹であると謂う図々しさで、その強請の使いに屑屋がこき使われるわけである。

らくだが近所隣に評判の好い善人だったら、因業大家はカネなんか出さなくとも親切な隣人が簡単な葬礼くらいは出してくれただろう。落語に出てくる長屋の人情と謂うのは大概そう謂うものだが、この噺の主人公は嫌われ者のやくざで、誰も葬礼を出してやろうとは思わない。みんな「いい気味だ」「やっと死んでくれた」と嘲笑う、そこがまず落語としては異色の設定である。

hietaro さんのところのエントリは、この屑屋が町内に使いに廻った場面を各演者ごとに書き起こしたもので、東西のさまざまな演者の解釈が垣間見れる労作であるが、なかでも談志の解釈を支持しておられて、町内の人々がらくだの死を素直に信じないと謂う形に演出したことを高く評価しておられる。

オレとしては、すでにらくだのキャラや生前の所行が洒落にならない粗暴なものなのだから、長屋の連中がらくだを恐れていることを過剰に強調すると後味が悪いのではないかと謂う意見なのだが、そこに摸捫窩さんがコメントされて「頭を潰しておけ」と謂うのは蛇になぞらえたものではないかと謂う意見を出され、hietaro さんがこの噺の核心に死人の蘇りと謂うイメージの連鎖があると謂う意味のことを仰った。

それでパッと閃いたことがあるのだが、それはつまり、この噺は死体を弄んで恐喝すると謂う表面上見えている不謹慎なグロテスクさよりもよほど不気味な本質が内在する噺なのではないかと謂うアイディアである。

その思い附きに基づくなら、hietaro さんが談志の演出を評価しておられるのも考え方次第の部分があって、どうもそれが佳いとも悪いともオレには判断が附かない。

この噺は元々上方ダネで、ウィキによれば、

本題は「駱駝の葬礼(そうれん)」。上方落語の4代目桂文吾が完成させ、大正時代に3代目柳家小さんが東京へ移植した。当時、小さんが本郷の若竹亭という寄席でよくかけていたため(3代目桂米朝は茅場町の宮松亭であっただろうと述べている[1])、「若竹(宮松)へ行けばらくだの尾まで聞け」という、川柳ができるほど流行した。

(中略)

東京では5代目古今亭志ん生、8代目三笑亭可楽、上方では戦中、戦後は4代目桂文團治、4代目桂米團治、6代目笑福亭松鶴が得意としたが、その中でも、6代目笑福亭松鶴の「らくだ」は特に評価が高い。3代目古今亭志ん朝は、若き日に、7代目立川談志とともに来阪した際に、松鶴の『らくだ』を見て、そのあまりの完成度の高さに、しばらく二人とも口がきけなかったと述懐している。桂米朝も「らくだ」を演じているが、松鶴存命中はあえて演じなかった。

…と謂う記述があるから、かなり流行した演目である。らくだを関東に移植した三代目小さんと謂うのは夏目漱石が激賞したことで有名な大正の大名人だが、これらの記述を視る限り関東でも関西でも人気のあったネタだと謂うことになる。

続く記述を視ると、関東でも関西でも二人がらくだの死体を焼き場に運ぶくだりまで語られることは稀で、死体を早桶に押し込んで伊勢音頭を歌う辺りで切るのが一般的なようで、クライマックスを酔っ払った屑屋と兄貴分の立場の逆転と謂うところに置いているようである。尤も、「らくだの尾まで聞け」と川柳に歌われているなら、小さんは最後まで演じたのかもしれないが。

オレが聴いたのは六代目松鶴と三代目米朝の口演だが、前掲の記事によれば米朝は松鶴の生前はらくだを演じることはなかったと謂うから、松鶴没後にこの噺を後代に伝える意味もあって自身が演じるようになったと視て好いだろう。であるから、松鶴と米朝の口演は解釈にさほどの違いはない。

晩年の松鶴は脳溢血で呂律が回らなくなったが、口舌の良かった若い頃から酔漢の演技は抜群だったようで、そう謂う意味では呂律が回らなくても不都合がない酔っ払いの噺は晩年の音源で聴いてもかなりリアルである(笑)。

松鶴も米朝も、序盤から中盤に掛けては段取り好く語っていて、いよいよ屑屋と兄貴分が差し向かいで飲み始める辺りを山場にしてじっくり語っている。語りの技巧もこの場面に凝らされているから、普通一般に、この噺は屑屋と兄貴分の立場が逆転するくだりが聴き所として認識されているだろう。志ん生の口演などは、思い切って前半を省略することもあったそうだから、要するにこの噺はやくざと酔っ払いの噺なのである。

ただこの辺り、オレも摸捫窩さんも、やくざの理不尽さに酔っ払いの理不尽さで対抗すると謂う図式が、ネガティブにネガティブで応じる構図だから不快感を感じるわけで、その辺が今ひとつこの噺を好きになれない部分である。摸捫窩さんが例に挙げておられる「一人酒」も松鶴の得意演目で、一人芝居でねっとりと酔っ払いの理不尽さを強調して笑わせる噺だが、酔っ払いの酔態が嫌いな人間にはかなり不愉快な性格の噺である。

しかし、ちょっとお二人のお話を聴いたことで思い附いたのは、多分元々この噺はやくざと酔っ払いの立場が逆転するのが聴かせ所の噺ではなかったのではないか、と謂うことである。そうは謂っても、米朝は「現在のらくだは文吾の型だ」とハッキリ明言しているわけで、三代目小さんも文吾以降のネタを翻案したのだから、おそらくは辿れる限り遡っても、文吾が完成させる以前の噺の形は確認出来ないのではないかと思う。

であるから、これは思い附きに基づく推測にすぎないのだが、文吾以前の型のらくだはもっとグロテスクな怪談じみた噺だったのではないかと思う。つまり、みんながらくだの死体を怖がると謂うのが骨子の噺だったのではないかと謂うことである。

近代医学による死亡確認が義務附けられる以前は、仮死状態の者を死んだと誤認する例が多々あって、したがって死者の蘇生と謂う事態がよくあったことは洋の東西を問わず多くの事例が伝えられている。東欧の吸血鬼伝説なんかもこの種の「蘇る死体」に関係した迷信で、吸血鬼を退治するのに首を切り落として心臓を杭で棺桶に打ち附けると謂うのは、死体が蘇らないように念入りに殺しておくことと解釈されている。

映画「ハイランダー」でも描かれているが、一旦死んで墓場から蘇った者は最早元の人物ではなく、死体に悪魔が入り込んだものだと解釈する地域もあったようだ。早すぎた埋葬と謂うのは土葬が主流だった時代や地域の定番の怪談の一つだが、墓穴から運良く出られても化け物扱いされた時代もあったわけである。

岡本綺堂の「半七捕物帳」でも、死んだと思われた者が途中で息を吹き返すと謂うネタが結構あったりするが、近代以前にはよくあったことだったのだろう。俗信でも猫が屍を跨ぐと起き上がるとか走り出すと謂う言い伝えがあって、杉浦日向子の「百日紅」でも「走屍」として採り上げられているが、これは「子不語」の怪談に材を採った挿話らしく、「走屍」とは「キョウ屍(キョンシー)」の一種である。

であるから、この噺の大本の形では、長屋の連中はらくだが死んだことを信じないのではなく、らくだが生き返ることを恐れていたと謂う解釈はどうだろうか。現在の型では冗談めかして「アタマ潰しておけ」と謂うふうに触れられているに過ぎないが、これは元々らくだが生き返る、もしくは化けて出ることがないように焼き場で死体を焼くから銭を出せ、と謂う噺だったんではないかと謂う想像である。

だとすれば、死人にかんかんのうを踊らせるのが何故脅迫のネタになり得るのかと謂えば、死体が気味悪いからと謂うよりも、それが粗暴な嫌われ者で殺しても死なないようならくだの死体だったから、と謂うことになる。

そのように解釈するなら、らくだがフグの毒に中たって死んだと謂う設定も見過ごしには出来ないわけで、フグの毒に中毒して仮死状態に陥ってから正気を喪って蘇生した例も多々あるようである。フグ毒のテトロドキシンの中毒症状は、ウィキによると以下のようなものである。

症状 [編集]

摂食後の20分程度から数時間で症状が現れる。意識が明瞭なまま麻痺は急速に進行し24時間以内に死亡する場合が多い。

第1段階
指先や口唇部および舌端に軽い痺れ。目眩により歩行困難。頭痛や腹痛の場合も有り。

第2段階
運動麻痺が進行、嘔吐、知覚麻痺、言語障害、呼吸困難、血圧降下。

第3段階
全身の麻痺症状、骨格筋の弛緩、呼吸困難及び血圧降下が進行。

第4段階
意識の消失、呼吸停止。死亡。


処置方法 [編集]

拮抗薬や特異療法が存在しない為、最も有効な処置は毒を口から吐き出させることで、次に人工呼吸などを行う。これは呼吸系の障害が起きるためである。2007年現在、解毒方法は見つかっていない。ただし、処置さえ間違わなければ救命率は高いとされる[要出典]。経口摂取の場合は全身に毒が回るまでに時間を要するので、適切な応急処置を施せば助かる可能性は高い。しかし血液中に直接毒が入った場合、全身に毒が回る速さが経口の場合の最大100倍になるといわれる。

この説明によれば、フグを喰うことによるテトロドトキシンの経口摂取は比較的緩やかで、毒を吐かせることが割合有効で、中毒の第二段階では嘔吐があるわけだから、状況によっては命が助かる場合もあるわけだが、その一方で二〇〇七年現在においても解毒方法がないのだから、運が悪ければ助ける術はない。

つまり、夕べの晩にらくだがフグを提げていた姿が目撃されていたのであれば、らくだの「死体」を屑屋が発見した時点では仮死状態だった可能性もあるわけである。また、たしか記憶では、フグは俗に「鉄砲」と呼ばれ「あたったら命取り」と言われてはいたが、毒に中たっても無事に峠を越えれば助かる率が高いことは、日本では昔から識られていたように思う。

…とすると、これは結構厭な話になるわけで、長屋の連中は「フグの毒に中たったのなら、もしかしたら息を吹き返すかもしれない」と内心思いつつも、生き返らないうちに早く焼き場で焼いてしまえと思っていたと謂うことにならないだろうか。

つまり、この噺は一種のゾンビネタで、フグに中たって死んだらくだが何だかわからない化け物になって蘇生することへの恐れが中心的なアイディアだったのではないかと謂う想像である。そもそも、ブードゥーの呪術で使うゾンビパウダーの主成分もテトロドトキシンだと謂う説がある。ウィキのゾンビの項目から抜き出すと、

ゾンビパウダー [編集]

ゾンビを作るにはゾンビ・パウダーというものが使用される。この主成分はフグの毒の成分であるテトロドトキシンであり、この毒素を傷口より浸透させる事により仮死状態を作り出す。毒素の希釈が丁度よければ、薬と施術により蘇生することが出来る。毒が多量であれば死に至る。仮死状態であると、酸欠により脳(前頭葉)にダメージが残ってしまう。自発的意思のない人間——つまり、ゾンビを作り出すことが出来る。こうして言い成りになったゾンビは奴隷として農園で使役され続けた。

この説明はちょっと眉唾だと思うが(笑)、「この毒素を傷口より浸透させる事により仮死状態を作り出す」と謂う説明は、ブードゥー文化圏では致死毒を持つフグを喰うなんて酔狂な習慣はないから、フグ毒を傷口に擦り込むと謂う速効性のある方法をとると謂うことだろうが、前掲のフグ毒の記事では「血液中に直接毒が入った場合、全身に毒が回る速さが経口の場合の最大100倍になるといわれる」と説明されているから、フグ調理が公許制になる以前のフグ毒の中毒で蘇生する率はゾンビよりも高いことになる。

であれば、フグに中たって仮死状態になり、脳に障害が残って蘇生した死者と謂う事例は、ひょっとして伝聞レベルでは本邦にもあったのかもしれない。だとすると、それは近世の庶民の無意識レベルのイメージからすれば、最早「病人」ではなく得体の知れない「化け物」である。

長屋の鼻つまみ者が仕合わせにもフグに中たって死んでくれたけれど、そこに兄貴分がやってきて、フグ中毒だと万が一にも息を吹き返すかもしれないから早いところ焼き場で焼いてしまおう、ついては俺が焼き場に運んでやるから葬礼の銭を出せ、そう謂う筋立ての噺だったんではないだろうか。

また、ウィキの「かんかんのう」の項目によると、歌詞は以下の通りである。

かんかんのう きうれんす
きゅうはきゅうれんす
さんしょならえ さあいほう
にいかんさんいんぴんたい
やめあんろ
めんこんふほうて
しいかんさん
もえもんとわえ
ぴいほう ぴいほう

…意味不明である。

これは同解説によると「江戸から明治にかけて、「かんかんのう」を唱っていた庶民の大半は、この元歌が中国伝来の歌であることは認識していたが、歌詞の意味は把握しておらず、一種のナンセンス・ソングとして、意味不明ながら語呂の響きを楽しんだのである。」とあるから、中国語の音写で一応意味はあるが、飴屋の売り声として流行した時期にはすでに意味不明語として認識されていたわけである。例としては少し古いが、以前流行した「のまのま」のようなものだろう。

意味不明な唄に合わせて死体を踊らされたらたしかに不気味だろうし、昔の人が死人を気味悪がったのも事実だろうが、因業大家が勘弁してくれと恐れ入るほど「怖い」かと謂えばどうも腑に落ちないところがある。気味が悪いとは謂え、所詮は死体なのだから気味が悪いと謂う以上の脅威はない。ならば何故そんなに怖いのか。

それはらくだの死体が意味不明なことを叫びながら踊り出すと謂う事態が本当に在り得ると思い込んでいて、それが堪らないほど怖いことだと認識されていたからではないかと考えればどうだろうか。そして何故それが在り得ると思い込んでいたのかと謂えば、誰もが皆らくだが本当には死んでいないかもしれないと思っているからだし、何故それが堪らなく怖いことだと認識されていたのかと謂えば、それが疚しかったからだとすればどうだろう。

つまり、得体の知れない化け物になって生き返るかもしれないから早く焼いてしまおうと謂う算段になっている死体を持ち込んで踊らされたら、誰だっていろんな意味で怖いのが当たり前だと謂うことである。

だとすれば、元々これはもっと悪趣味でおどろおどろしい噺で、暗黙裏か明示的かは不明ながら、誰もが皆「息を吹き返すかもしれない」つまり「生きているかもしれない」と感じている「死者」をその前に火葬に付して面倒事を片附けてしまおうと謂う乱暴な料簡で、その役目を引き受けたやくざ者が死体をタネに強請りを働くと謂う、一種のクライム・サスペンス的な性格の噺だったと謂うことになる。

そうすると、この噺の中で屑屋が果たす役割とは何なのだろう。

現状の形だと、やくざ者に顎でコキ使われて厭な役目を圧し附けられた被害者だが、酒乱の気があってそれで身を持ち崩したと謂う過去がある「らしい」、それを識らずに酒を勧めた兄貴分が逆に搦まれて…と謂う流れになっている。

今の演者は大体ここで噺を切り上げているから、横暴なやくざ者がそれまで虐げていた弱者に逆に搦まれて辟易する辺りで溜飲が下がる仕掛けになっているが、そう謂う構造の噺にしたのは、それこそ文吾の手柄なのではないかと思う。

現在の聴き手は、命知らずのならず者が何故小心者の屑屋に搦まれて主客転倒するのかと謂う理由を、その場の勢いのような「ノリ」に求めているだろうと思う。全方位から搦んでくるしつこい酔っ払いには、流石の強面も調子が狂って気を呑まれてしまう、そんなように感じているのではないかと思う。

しかも、今ではこの後の展開を省略して演じることが多いのだから、この立場の逆転と謂うシチュエーションがオチのような役割を担わされているわけだが、このストーリーの構造を考えてみると、なんでこんな状況が設けられているのか、叙述の必然性の観点ではサッパリ理解出来ない流れになっている。

ここで切るなら、別段こんなシチュエーションには絶対的必然がない。ただ、意外で面白い流れになったと謂うだけのことである。兄貴分に用事を言いつけて、「向こうが厭だと謂ったらかんかんのうを踊らせろ」と言うのも、立場の逆転が強調されている為に酔余の増長と意味附けられている。

しかし、本来この続きが演じられるならどうだろう。ウィキのほうでは、この続きをこのように解説している。

上方では、酔っ払った二人が死骸の入った桶を担いで「葬礼(ソウレン)や葬礼や。らくだの葬礼やア」と奇声を上げながら街中を練り歩き、来かかった店に因縁をふっかけて、金をせしめる件ののち、千日前の火屋に着くという形をとっている。

具体的な書き起こしは、いつもの世紀末亭さんのところでご確認戴こう。

つまり、兄貴分は葬礼代をせびり取ってこの辺が潮時と感じているのを、泥酔した屑屋が承知せずにどんどんエスカレートさせるわけである。その意味で、相手が断るなら死体で強請れと屑屋のほうから言い出すのは、後半の展開に繋がるわけである。

これはたしかに屑屋が酒乱だったから、と謂う理由でも好いのだが、では、この逆転に至るまでに、呑むほどに酔うほどに屑屋が兄貴分を相手にくどくどと昔語りをする場面にはどう謂う意味があるのか。現状の型だと、ほぼ意味がわからない。

米朝が言う「文吾の型」と謂うのは、直接にはこの場面で屑屋が泥酔していくプロセスをちょっとした所作の変化で表現する演じ方の手法を指すわけだから、そうだとすればすでに文吾の時点でこの場面がクライマックスとして重点を掛けられていたことがわかるだろう。何故なら、屑屋が酔っ払うプロセスを文吾の手法で演出するには、一定の時間が必要だからである。

現状の型では、屑屋の昔語りはこのプロセスを時間的に保たせる為の意味のない繰り言のように聞こえる。屑屋の来し方がわかったところで、この場面で切ってしまうのであれば、その過去は叙述上の意味を持たないからである。精々この屑屋は人生を誤るほどに酒癖が悪いのだと謂うことが、まさしく酒を呑みながら語られると謂う一種のサスペンスが現出されるだけである。

まあ、それは「精々〜だけである」と斬って棄てるほど無意味なわけではない。物凄く酒癖が悪い奴が「酒でこんなに苦労したんだ」と酒を呑みながら語ったら、何かヤヴァいことが目の前で進行していることが誰にでもわかるだろう。その昔語りを聴かされる兄貴分のリアクションは客の想像に任せているわけだから、窮めて落語らしい滑稽味になっていることは事実である。

しかし、多分それ以前の型の噺では、この昔語りにも意味があったんだろうと思う。

この屑屋は昔は船場の商家で旦那の格で収まっていたが、剰りに酒癖が悪い為に身を持ち崩してアッサリ裏長屋の屑屋に落ちる。先の女房は育ちの好い商家の娘だから、慣れない貧乏暮らしで身体を毀し、三つの幼子を残して死んでしまう。

そこに親戚の世話で後添いが来て、なさぬ仲の義理の子に水くさい遠慮をする、それがホンマの親子になったのはこれこれの経緯で…と謂うような泣かせる口説きがあって、兄貴分が真に受けて感動すると「これみんな嘘でんねん」と謂うオチが附く。

そこから本格的に屑屋が豹変して横暴な口を利くようになるわけだが、多分この昔語りは事実であると大概の聴き手は感じるだろう。酔っ払いの昔話の常でかなり脚色はあるのだろうが、大筋このような転落人生を辿って屑屋にまで落ちぶれた人物だと謂うのは事実であると感じるだろう。語るだけ語って気が差したものだから「嘘だ」と言い繕ったと謂うのが実際のところだろう。

だとすれば、この屑屋は現在只今の自分が屑屋ぃお払いと長屋の貧乏人にまでぺこぺこして廻るのが相応の渡世だなんて本心のところでは思っていないわけで、横柄な扱いをされれば内心ではこの野郎と不満を抱えていると想像することが可能である。

つまり、それはこのらくだが死んだ日の出来事そのものである。兄貴分には顎でコキ使われ、応対に出た長屋の連中にはけんもほろろの扱いを受け、板挟みになって商売にも出られず、理不尽に虐げられたこの一日の心理そのままである。屑屋は内心では兄貴分にも長屋の連中にも「この野郎」と不満を募らせていたのだし、酒を呑まねば自分がそんなことを感じていたことすら意識の上に上らない人間なのである。

であるから、兄貴分がらくだの死体をネタに小銭や酒食を強請り取って、まあこんなところが潮時だろうと満足していると、小心者だと侮っていた屑屋が、酒の力で兄貴分や長屋の連中に対する不満を爆発させ、「まだまだこんなモンじゃねえだろう」とエスカレートする、これはもうクライム・サスペンスの呼吸である。

であるから、屑屋がここで兄貴分より横暴な振る舞いに出るのは、泥酔して日頃の鬱憤を爆発させたこの時点の屑屋は、命知らずのやくざよりも或る種暴力的で怖い存在だったと謂うことではないかと思う。やくざと謂うのは、勿論実際に暴力を揮う存在ではあるのだが、一々暴力自体を行使して他者を屈服させるわけではなく、暴力に及ぶと謂う選択肢を臭わせることで相手を脅迫して言うことを聞かせるわけである。

しかし、この時点の屑屋には恫喝が通じないし、多分喧嘩沙汰になって殺されても屁とも思わないような前後不覚の状態になっている。やくざにとってはそんな常識の通じない異常な人間が怖い。その意味で、泥酔して抑圧された悪意を解放した屑屋はやくざよりも怖くて始末に終えない存在となり、素面のやくざなら「ここが潮時」と感じるようなタイミングでさらに事態をエスカレートさせようとする。

全長版の書き起こしでサラッと触れられているが、屑屋に強要されて酒を呑まされ泥酔した兄貴分は最早屑屋の「弟分」になっていて、屑屋は砂糖屋の丁稚が「えらい穢い葬礼」と口にしたことを聞き咎めて、それに怒るどころか寧ろ「どぉやら、まだ呑めそぉなぞ」と賤しいことを口走っている。この時点の屑屋は最早酔っ払いと謂うより無軌道なやくざ者と変わりがない。

語り口から察するに、この砂糖屋は別段同町内の贔屓筋ではなく赤の他人である。しかも砂糖のような高価な商品を商っているのだから羽振りは良い。屑屋の悪意はすでに自分を虐げた者にだけ向けられているのではなく、自分よりもマシな暮らしをしている世間全体に向けられていて、別段らくだの死体が「怖い」わけではない赤の他人の砂糖屋に因縁を吹っ掛けて香典をせびり取っている。

最早正気を喪ったこの二人組は、河原で大事な死体を取り落として、その辺に寝ていた願人坊主と取り違えてしまい、そのまま焼き場に放り込んで帰ってしまうのだが、焼き場の係は翌日起きて仕事をするのが面倒だからすぐさま残り火に投じてしまう。この場合、願人坊主は喰らい酔って寝ていただけだから当然「生き返る」。

そこで願人坊主の一言でオチになるわけだが、オレはこの死体と願人坊主を取り違えると謂う流れは文吾かそれに近い演者が改変した筋立てで、本来はらくだ自身が蘇る結末だったのではないかと推測している。

あぁ、ヒヤか……、ヒヤでもえぇさかい、もぉ一杯くれ。

これは多分、フグに中たって仮死状態になっていたらくだが蘇って、これまでのドタバタ劇をまったく識らずにこう言うからオチになっていたんだと思う。当然蘇ったらくだは千日前の焼き場から歩いて長屋に帰って、そこでまた一頻りドタバタがあるだろうと言う含みを持たせて噺は終わると謂うことだが、そう謂う想定でこれまでの流れを振り返るなら、どう謂う印象の噺になるだろうか。

現状の型も相当ブラックでバッドテイストだが、こうなるともう、厭な奴しか出て来ない相当不愉快な噺になる。最後にらくだが蘇るのであれば、やっぱり長屋の連中はらくだを生きたまま火葬にしようとしたことになるし、間に立ったやくざ者は弟分を焼き殺すことで小銭や酒食を巻き上げようとしたのだし、それに巻き込まれた屑屋は社会に対する筋の通らぬ逆恨みの悪意を酔余の暴走でぶちまける。

前掲の「算段の平兵衛」も、自身が嫉妬と欲から犯した故殺の結果である一個の死体をネタに関係者を詐欺にかけ何度も何度も別の相手を強請って小金を貯め込み、さらにそれを嗅ぎ附けた按摩に強請られると謂う犯罪の連鎖になる不愉快な噺であるが、このらくだもまた、底辺の貧乏人の長屋連中が、迷惑な鼻つまみ者を始末する為にまだ生きているかもしれない人間の火葬をやくざ者に依頼すると謂う構造の噺だったとすれば、相当不愉快な性格の話である。

それ故に、この話が人気のある大ネタになったのは、文吾が現在の形に改変したからだと謂うことになるのかもしれない。つまり、本来は悪意に悪意が連なるかなりシニカルでグロテスクなクライム・ストーリーだったものを、或る程度俤を残しながらやくざと酔っ払いの逆転劇に重点を置いて意図的に原話の性格を曖昧にした、そう謂うことなのかもしれない。願人坊主との取り違えも、このプロセスで加えられた改変なのだろう。

そう考える根拠は、この噺が上方噺には珍しく不自然で破綻した物語構造になっていると謂うことが挙げられる。全体の物語構造を視るなら、兄貴分と屑屋が酒を呑む場面は単なるお景物であってクライマックスではない。そこに重点を置くなら、何の為に前半のグロテスクな道具立てがあるのかよくわからない。本来、物語上の一展開要素にすぎなかった部分を膨らませ、本来の物語を後景に退かせることで、らくだと謂う噺は人気のあるネタになった、そう謂うふうに想定すると納得が行く。

これが「五光」のような途端オチなら話はわかるのだが、原話ではその先があって、単にそこまで語っても長い割に面白くないから摘まれているだけである。しかし、冒頭で語ったように、上方落語では松鶴や米朝クラスの名人級の大物が、長くてつまらないからと謂う理由だけで噺を途中で切り上げると謂うのは考えにくい。つまらないなら可能な限り芸で面白く聴かせると謂うのが名人だろう。

全部語ると明らかに長い「骨つり」や「こぶ弁慶」なんかも最初から最後まで語っている米朝が、如何に松鶴の芸を受け継ぐ気持ちがあったからと謂って、理由もなく途中で切るとは考えにくい。であるから、おそらくらくだと謂う噺は、現状のように何だか不自然に破綻していて途中で切れているのが、落語としてはちょうど好いバランスなんではないかと謂う気がするのである。

米朝は算段の平兵衛も按摩の強請のくだりは省略して語っているが、やっぱり噺がここまであくどいと、語りの芸だけではどうしても後味が悪くなることを避けられないのではないかと思う。

なので、多分この噺が上方噺には珍しく何だかぼんやりした曖昧な骨格の噺になっているのは、おそらくいろいろ考えてみてもこれ以外のやり方だとバランスが悪くなるからではないかと思う。物語構造自体にフォーカスして上方噺らしく合理的に語るのであれば、どうしても凡人や小人物や小悪党が抱えるちっぽけで賤しい悪意が剥き出しになってしまって後味が悪い、そう謂うことなのかな、と思う。

であるから、hietaro さんが評価しておられる談志の演出と謂うのは、この噺の本来の性格に思いを致すなら、当然出てくる観点の解釈なのかもしれないが、それが好いことなのか好くないことなのか、正直言ってどうとも判断が附かない。ただ、東西を問わず立川流以外でその種の解釈に基づく演じ方がないのは、おそらく理由がないことではないだろうと考えると謂う程度であるし、オレが小さんや志ん生の演じ方程度がバランスが好いと判断する理由もおおむねそこにある。

おそらく、この噺はあんまり理詰めに突き詰めて考えると、結構多くの聴き手にとって不愉快な性格が滲み出てくるんじゃないかと思うのである。で、多分寄席芸能と謂うのは聴き手を笑わせて楽しませるのが本道であって、シリアスな文学とは違って聴き手を不愉快にしても特定の内実を語るべきものでもないと考える芸人が多い、そう謂うことなんではないだろうか。

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コメント

これまた、えらい大胆な仮説ですねえ。(^^;

>長屋の鼻つまみ者が仕合わせにもフグに中たって死んでくれたけれど、そこに兄貴分がやってきて、フグ中毒だと万が一にも息を吹き返すかもしれないから早いところ焼き場で焼いてしまおう、ついては俺が焼き場に運んでやるから葬礼の銭を出せ、そう謂う筋立ての噺だったんではないだろうか。
 
ここまでの解釈というのはさすがに……どうでしょう。(^^;
兄貴分が弟分をわずかなカネのためにわざわざ殺す(とどめを刺す)というのもちょっと、というのもありますし、もしその兄貴分が弟分までもシノギのネタにするほどのワルだったとしても、それを長屋の連中が望むならその実行役をヤクザが引き受けてくれるのはむしろ好都合のはずで、わずかなカネを出し渋る理由もなくなる気がします。
 
むしろ全体にわたって兄貴分が長屋に対して脅しのネタにするのは、かんかんのうに象徴される「生き返らせるぞ!」というものだったのではないかと、ちょっと穏当に、そう思います。(^O^)
 
ただ、全員がらくだが仮死状態であると「知っていて」それでも全員が知らないふりで通夜⇒葬式をやって火葬まで持っていこうとしていたのだとすれば、それぞれの行動は皆、儀式めいた色合いを帯びますね。その場合は供養(カネを出す)を一旦断るのは無実のアピールであり、各人の語る生前のらくだの悪行は、閻魔への告発であるとからくだの死へのダメ押し(このようなものだから、死ぬのが当然だ⇒死んだのだ)という役割になるでしょうか。
……というような話であれば、この話は文吾以前には笑い話ではなく、当時には滅多になかったほどのシュールな怪談であるか、あるいはもっと宗教的な、鎮魂……というよりは呪術的な意味合いを持つ話だったはずで、確かにもしそうなら、黒猫亭さんが仰るようにかな~~りイヤな話になりますね。さすがにちょっと支持しがたいですけど。(^^;

で、まあその仮説の真偽がどうであれ、そこから文吾が落語的なネタに置き換えたのであれば、それはそれとして、落語的世界の合理性はやっぱりあった方がいいわけで、「なかなか信じない」という部分は、いずれにせよ話をスムーズに聞き手に判らせるための合理性としては、問題ない……というか、ある方がいいと思いますけどもぉ。

 しかしこのイヤーな解釈(^O^)で再構築したらくだを誰か演じてくれるといいのになあ。

投稿: hietaro | 2009年10月22日 (木曜日) 午前 01時15分

>hietaro さん

>>ここまでの解釈というのはさすがに……どうでしょう。(^^;

いやあ、やっぱりそう思われますか(笑)。この話も先日のパン枠の話同様、推論に推論を重ねていますから、オレも流石にこのままで正しいだろうなんて図々しいことは考えていません(笑)。

本文で「文吾以前の型を遡るのは無理だろう」みたいに書きましたが、多分一番最初の原話がどんな形だったかは何かの笑話集に記録があるのではないかと思います。かなり古くからある噺であれば、最初の頃の、創作小咄の出版と口演が連動していた時代なら文献上の記録が辿れるかもしれません。ただ、それが何百年かの間にどんな形に変形していったのか、それがよくわからないと謂うことになるでしょう。

上方噺一般の傾向からすると、普通はかなり合理的に設定面が詰められていくはずなんですが、文吾以後の形だとどうも不自然なところが目立つと思いますし、それ以前はどんな形だったのか、単なる推測で復元することはちょっと不可能でしょう。

なので、まあ無理筋は承知ですが、何故こう謂う不自然な形で落ち着いているのかと謂うことを考えるのが眼目の推理です。

>>兄貴分が弟分をわずかなカネのためにわざわざ殺す(とどめを刺す)というのもちょっと、というのもありますし、もしその兄貴分が弟分までもシノギのネタにするほどのワルだったとしても、それを長屋の連中が望むならその実行役をヤクザが引き受けてくれるのはむしろ好都合のはずで、わずかなカネを出し渋る理由もなくなる気がします。

これも仰る通り、細かく考えていくと不自然なところは残ります。ただ、現行の形のままでも、らくだの葬礼に長屋のみんながカネや酒食を提供するのを厭がると謂うのは不自然なんですね。カネも出さない、葬礼も出してやらない、であればらくだの死体はどうするつもりだったんだ、と謂う根本的な疑問があります。

リアルに考えると、幾ら鼻つまみのやくざ者でも、人一人食中毒で死んでいるわけですから、奉行所が検死をするのが当然なんですね。役人と手先が来て、まあ多分そんなに本格的にはやらんでしょうが、「こらあ間違いない、フグ中毒だ」と謂うことを確認して「どこそこ無宿の通称らくだ何某がフグ中毒で死亡」と記録に残してから、町役人と大家に死体が下げ渡され、然るべく処置すべし、と謂う段取りになります。

ですから、現行の形だと、らくだが死んだと聞いて、誰も彼も知らん顔をしていると謂うのがまず設定的に不自然ではあるんですね。食中毒でも変死扱いですから、長屋全体掛かり合いは免れないわけですし、大家なんかとくに、らくだが死んで店が空いたんだからもっとマシな住人に貸せるわけだし、店子の管理についてお上から責任を問われる立場ですから、死体を引き取ると謂う係累が現れたら、カネで済ませようとするのが自然なんです。

しかも、兄貴分が無心しているのは、長屋の共済費と大家や店子からの香典、それに酒と煮染めくらいのものですから、らくだが日頃払うべきものをすべて踏み倒していたとしても、それで死体をどうにかしてくれるなら、そんなに吹っ掛けられたわけでもないわけですね。兄貴分と謂ったところで、血縁上は赤の他人ですから、らくだが踏み倒していた費用を兄貴分に請求する筋合いがあるわけでもありません。

兄貴分がらくだの葬礼をしてやろうと考える動機も、まあ普通に弟分を不憫に思うからと謂うのが現行の解釈ですが、散々らくだの悪辣さを強調しているんですから、その兄貴分が悪党同士の連帯感みたいな動機で骨折りをすると謂うのも、ちょっと行儀が良すぎないかと謂う気がします。

全体的に考えると、状況設定のひどさの割にはこの兄貴分の言い分ってのは、そんなに間違っていないんですね。長屋の衆が、自ら葬礼を出すのも厭だし、死体を然るべく処置するのも気が進まないなら、誰かに頼んでそれを引き受けてもらうしかないんです。江戸時代の慣習だと、これは理不尽でも掛かり合いと謂うもので、無縁仏の処置は長屋の連中や大家の連帯責任と謂うことになります。

そこに親戚でも何でもないが仲間が現れて、自分がそれをやるから費用を負担しろ、と要求するのはそんなに筋は違わないし、それまで出し渋ると謂うことになると、死体を放置して腐るに任せるつもりだったのか、と謂うことになります。そんなことがお上に知れたらそれこそ大目玉を食らいます。

では、この噺は細部の詰めが甘い不自然な噺なのかと謂うと、多分もっと筋の通ったプロットが存在したんではないか、それが何らかの理由で現在はかなり曖昧にされているので不自然な部分が目立つままに伝わってきたのではないか、と謂うのがこの考察の眼目ですね。

この噺が何とか成立しているのは、まずらくだの変死体を外部の人間である屑屋が最初に発見し、その直後にこれまた外部の人間である兄貴分が現れて、自発的に葬礼を出すと言い出すから、本来内部の人間である長屋の連中が負わなければならない連帯責任の部分が有耶無耶になっているわけで、これはこれで一種の合理化なんですが、それは不自然さを糊塗する方向の合理性なので、後附けの作為性が残ります。

たとえば「らくだが生き返る」と謂うアイディアから離れて考えても、やくざ渡世の嫌われ者が、村八分にされても残る二分のうちの一つであるはずの葬礼すらも出してもらえない、犬猫も同然に人間扱いされないことで、同じやくざ者の兄貴分が常民の冷淡さに対して逆恨み的な憤りを動機としてカネや酒食をせびり取る噺として演出することも可能だと思うんですね。そうすると、主人公の通称が「らくだの馬」と謂う動物名が二つ重なった変な名前であることにも説明が附きます。要するに、でかい動物の死体扱いされているわけですね。

で、屑屋のほうだって談志が「裏へ廻れ、身分を弁えろ」と演出を附けたように、常民から差別的な扱いを受ける賤業者ですから、底辺の一般庶民からも差別を受ける無宿者と屑屋と謂う最底辺の階層の二人組が、葬祭を口実として常民に対して厭がらせの暴挙に及ぶ噺なんだと解釈することも可能です。これはこれで「被差別階層の逆ギレ」と謂う意味で窮めて関西的な性格の物語構造ではないかと思います。

ただ、やっぱり落語を聴きに来る聴客と謂うのは、仕返しを受ける一般庶民の人々が大多数なわけで、これは要するに昼メロで本妻が愛人に仕返しされる話をやるようなもので、対象層と物語構造が合っていないわけです。ここで摸捫窩さんが仰る差別される側としての噺家の問題を絡めると、またえらく長い話になるわけですが(笑)。

そして、これはこれで、やっぱり根拠がない想像に過ぎません。

ただ、hietaro さんが「この噺を最初に聴いたとき、ここに不自然さを感じた」と仰るような感覚は理解出来ますし、それは聴く人によってはそこだけではない、もしくはそこではない、と謂うことなんですね。

hietaro さんは「長屋の連中がらくだの死をアッサリ信じること」を不自然に感じられたわけですが、人によってはその部分は「人は自分にとって都合の好い事実を無批判に信じたがるもの」と謂う一般則で不自然に感じないことは在り得るわけです。

一方オレがこの噺を聴いて不自然に感じたのは、「長屋の連中はらくだの死体をどうするつもりだったのか」と謂う部分と、「何故死体にかんかんのうを踊らせることがそんなに怖かったのか」と謂う部分だったのですね。これだって「最初に兄貴分が葬礼を出すと言い出したから」と言えば言えますし、「誰だって死体を担ぎ込まれたら気味悪いのは当然だ」と言えば言えます。

しかし、前段で指摘したような手続論から言えば、兄貴分のほうが葬礼を出すと言い出したのは設定面の不自然さを糊塗する為の後附け臭いですし、江戸時代の庶民の感覚で言えば、死体が気味悪かったと謂うのはたしかにその通りでも、現代人よりも死体は見慣れていたとも言えるわけです。

その意味で、それまで散々威勢の好い啖呵を切っていた因業大家まで、らくだの死体を踊らされて「うへぇ、勘弁してくれぇ」と泣きを入れるほど怖がると謂うのはかなり不自然なんですね。迷惑だから折れた、と謂うなら話はわかるのですが、ここは誰でも怖がっていると謂うふうに演じていますね。

つまり、どうとでも言えてしまうけれども、どうもこの噺は上方噺にしては明晰さに欠け、すんなり自然に受け容れられない不自然な部分が目立つわけです。さらに、一般に聴き所と見做されている兄貴分と屑屋の主客転倒も、それが噺の眼目なら、こんなグロテスクで悪趣味な状況設定でなくても好いわけですね。

ですから、多分ここを山場として演出したのが文吾と謂うことになるだろうし、その工夫のお陰でこの噺が人気のある大ネタとして命脈を保ったと謂うことになるんだろうけれど、多分その過程でそれ以前の噺が持っていた性格が大分変わったと謂うか、不都合な部分が改変されたのではないか、と謂うのがオレの考えです。

また、その関係で気になるのは、普通なら談志のような方向性の改変は上方落語のほうで起こるのがこれまでの定石だったのに、まず志ん生が軽く触れたニュアンスを五代目小さんが採り入れ、それを談志が発展させると謂う形で、関東落語で起こった、これが異色だと思うんですね。本文の前段で語ったように、上方ダネの噺が関東に移植される場合、通常はこれと逆のプロセスが進行します。ですから、或る意味やくざと酔っ払いのくだりに極端にフォーカスして短縮した志ん生版みたいな方向で落ち着くのが定石なわけですね。

この噺で、酔っ払った屑屋がらくだを剃髪する際に剃刀ではなく歯で噛み切ると謂うような凄惨な描写は「上方落語のリアリズム」と表現される場合が多いですが、寧ろ上方落語のリアリズムは構造上の明晰さや合理性に支えられてディテールがあるわけで、この種の猟奇性が本質ではない。その大本の合理性は何故か曖昧なのに、猟奇的な細部だけが痕跡的に残っているわけで、構造上の合理性の補完が寧ろ関東落語の流れで起こったと謂うのは、結構異例の事態だなと感じます。

>>で、まあその仮説の真偽がどうであれ、そこから文吾が落語的なネタに置き換えたのであれば、それはそれとして、落語的世界の合理性はやっぱりあった方がいいわけで、「なかなか信じない」という部分は、いずれにせよ話をスムーズに聞き手に判らせるための合理性としては、問題ない……というか、ある方がいいと思いますけどもぉ。

いや、別段hietaro さんがそうお考えになることに対する黒猫亭固有の立場からの反論と謂うことではないんです。だから最初に「好いとも悪いとも言えない」と断っているわけで、ここで考えているのは、何故この噺は上方落語界の歴史上で珍しく合理的説明の洗練が放擲され不自然なまま伝わっているのか、と謂う固有事情に対する考察です。

これが落語と謂う芸能のデリケートなところなんですが、「ある方がいい」と謂う感じ方もあれば、「あると厭味だ」と謂う感じ方もあって、最終的には「どちらが多数派なのか」と謂うことで判断するしかないわけですね。如何に「ある方がいい」と考えていても、そう謂う感覚が少数派だったら寄席芸能としてはウケないわけです。

で、多分昔の感覚では、演者のほうで「それではちょっと厭味に感じられるんじゃないか」と考えるほうが多数派だったから、談志の方向性の演出が出て来なかったんではないかと思うんですね。ですから、立川流のほうでとくにその方向性の演出が発展したのは、談志個人の芸風のブラックさが確立されているからで、聴客のほうでも談志の口演にその種の毒を期待する部分があるから成立するのかな、と思います。

志ん生の口演にすでにその萌芽があって、小さんもそれを若干採り入れているくらいであれば、松鶴や米朝がまったくそこを考慮しなかったと謂うのも考えにくいと思うんですね。まあ、米朝は割合、伝わっている通りに演じるよう心懸けているみたいですし、松鶴のほうは若き談志が恐れ入ったと謂うくらいの十八番ですから、上方勢のほうには上方版のほうが正統なんだと謂うプライドもあったかもしれませんが。

ただ、そう考えても、たとえばこの種の悪趣味なスラップスティックの感覚は筒井康隆なんかに受け継がれていると思うんですが、前段でちょっと触れたように、関西文化圏では「最底辺階層の逆ギレ」的な物語構造を受け容れる嗜好はあるはずなので、やはり何故そこを曖昧なままに放置していたのか、筋の通った説明が思い附かないのですね。

だとすれば、多分それは文吾以前の原話が具えていた性格に何か極端に不愉快な部分があったのではないか、そう謂う想定なんですが、すでにそれが記録に残っていないのだとすれば、それを推測で復元するには創作的な才能も必要ですし、まあ限界があると謂うことでしょう。

hietaro さんが仰ることも理解出来るのですが、この噺の具えている不自然さはそこだけではないですし、他の不自然な部分を「物語の嘘」と割り切るなら、hietaro さんが指摘された部分も同様に「物語の嘘」でも構わないはずで、どうもこの噺には不可解な部分が多いのですね。

それはおそらく、本来の物語性とは違う部分にフォーカスすることで聴き手の注意を逸らしているからではないか、そこに関心が向くと現状以上に薄気味の悪い部分が出てくるのではないか、そう謂う趣旨の考察です。

投稿: 黒猫亭 | 2009年10月22日 (木曜日) 午前 07時34分

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