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2009年10月24日 (土曜日)

忘れがたい味

どこそこで喰った何それの味が忘れられない、今では食べられないのが残念だ、と謂う話はよく聞くことである。美味しんぼでも、そのような味の記憶に纏わるエピソードが数え切れないほど描かれている。

オレの場合、それは新宿小田急ホテルセンチュリーサザンタワーのシェンロン東京で一時期提供していた「アボカドカニサラダ」と「ココナツプディング」である。オレがたまに喰いに行っていた頃と謂うと一〇年近く前になるが(笑)、ここはとにかく何を喰っても美味かった。

勿論、個人の好みと謂うものはあるから、自分の好みとは微妙にズレた方向性の料理もあるにはあったが、個人のバイアスを抜きにして考えれば飛び抜けて美味いものだと謂うことは十分わかる。

開業後数年間はそれほど有名店ではなかったから、長時間並ばないと入れないと謂うほどではなく、その意味でも当時は穴場的な名店だった。こんなに美味い料理店にそれほど待たずに入れると謂うだけで、何だかとても得をしたような気分であった。

主菜のほうも十分美味かったが、此処に来なければ喰えない料理として、前掲の二つの料理が挙げられた。前菜とデザートであるから、剰り主菜を評価していないようだが、そうではなくて、ここでしか喰えないものがこの二つだったと謂うことである。

「だった」と過去形で語っているのは、数年前、暫く振りに行ってみたらこの二つの料理がメニューから消えていたからである。この店に来たらこの二つは必ず注文する習慣になっていたので、これがないと他の料理が幾ら美味くてもシェンロンで喰った気がしない。それ以来、シェンロン東京は、幾ら総体的な料理の水準が高くても、オレにとって魅力的な料理店ではなくなってしまった。

なんでなくなったのか思い切って店員に聞いてみると、どうやら前菜とデザートを担当していた調理人が辞めてしまったそうで、どう謂う事情があったものか「似たようなもの」を再現しようと謂うことにもならなかったらしい。この辺は厨師渡世のリアルな事情が絡む事柄らしいので、深く突っ込んで尋ねることも出来なかった。

そう謂う次第で、もう食べることが出来なくなったことで、記憶の中で美味さが誇張されている可能性はあるが、一時期のシェンロン東京のアボカドカニサラダとココナツプディングは、オレの中で特別な美味の記憶となっている。

前者は名称そのまんまで、アボカドと茹でた蟹を和えただけのサラダであるが、独特の甘くて爽やかな後味があったから、林檎かオレンジか判然としないが果汁を和えていたのではないかと思う。アボカドのねっとりとした食感に蟹の旨味と果汁の爽やかさが加わって、前菜としてはこの上ない美味であった。

また、ココナツプディングは何処でも似たようなものを出しているが、ここのは他店が杏仁豆腐の延長上のサッパリした食感(つまりマンゴープディングのココナツ版)なのに比べて、今にして思えばおそらくハワイ料理のハウピアに近い食感だったのではないかと思う。

小振りの絹ごし豆腐のような見掛けの白い角形のプディングにミニチュアの番傘の飾りが刺さっている辺り、どうやらハワイ料理インスパイアと謂う推測が当たっているんではないかと思うのだが、硬さとねっとり感のバランスが絶妙で、口に含むと舌や口腔粘膜にみたっと貼り付くようなねっとりした食感が頗る官能的であった。

これまでの料理関係のエントリを読んで戴ければおわかりの通り、オレは料理ジャンルとしては中華料理が一番好きだから、金回りが良い時の外食を奮発したり、人の奢りで結構有名店の料理を喰っているが、手の込んだ料理よりも簡単な料理のほうが如実に料理人の腕前が出るので自宅で再現するのが難しいと思う。

雲白肉とか海鮮の炒め物とか、見た目が物凄く簡単そうに見えるものは、自宅で真似事で作ってみても似たような味にすらならないことが多い。勿論素材が全然違うと謂うこともあるんだが、似たような味にすらならないと謂うのは、やはりプロの手腕や現場の知恵が最も味を左右するのは単純な料理のほうだと謂うことだろう。

前掲のアボカドカニサラダにしろココナツプディングにしろ、道具立ては喰っただけでわかるのだが、多分オレが感動した味を自分で再現することは不可能だろう。そう謂うふうに思うと、多分、オレが生きているうちにもう一度同じ美味を味わうことは出来ないだろうから、それがなんだかとても寂しい。

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