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2010年3月24日 (水曜日)

月九に林さんが

今朝のめざましを観ていてちょっと驚いたのだが、標題通り四月期の月九キムタクドラマ(蔑称)林志玲が出演するそうな。キムタクを巡る三人のヒロインの内の一人と謂う役どころで、顔ぶれから視ると篠原涼子が一番手、林志玲が二番手で北川景子が三番手と謂う辺りではないかと思う。

日本語が話せない外国人を本命に据えたラブロマンスと謂うのも流石にリアリティがないし、おそらく篠原涼子がドラマを引っ張る本命役で、北川景子は近年の月九との縁から嘗ての矢田亜希子的な当て馬役で華を添えると謂うところではないかと思う。

まあ、毎週林さんの美貌が拝めるのは大変結構なことではあるが、CXの連ドラで中国人女優のヒロインと謂えば、誰でも連想するのが伝説的な超駄作の「ウソコイ」だろうと思う(笑)。厳密に謂えば、CXの制作ではなく関テレ火一〇枠であるが、今のCXのドラマ制作力は関テレと選ぶところがないので大した違いではない(笑)。

そもそも言葉の通じない男女の間でワンクールのドラマチックなラブロマンスが保つかと謂えば大変難しいだろうし、林さんは「ウソコイ」の王菲ほどやる気のない仕事はしないと思うのだが(笑)、それでもキャリア的に視て本業の女優さんではないのだから、演技力を云々するのも野暮である。精々あのロリ声で片言の日本語を時々喋ってその筋の人々を萌え死にさせるくらいが関の山ではないかと予想している(笑)。

また、主演がキムタクと謂うことなら期首を外して他のドラマのご祝儀景気が一段落した頃に勿体振ってスタートするのが最近のパターンであるし、大体、四月期スタートのドラマで今頃タイトルが報じられると謂うのも暢気な話であるから、半月から一カ月くらい遅れてスタートさせる腹ではないかと思う。

そうすると、次期番組との兼ね合いでお尻自体はそうそう動かせないから、多くても全九話くらいの短い話数に落ち着いて、結局ストーリー的には窮めて消化不良な感じで幕を閉じる「いつものパターン」に陥るのではないかと思われる。

どうもですね、今のTV局のドラマ制作の構成セオリーは歴史的に全一一話を前提に成立しているところがあるので、二話も短いとどうしても山場に持っていくまでの呼吸の醸成に失敗して舌足らずな出来になってしまうのが避けられないのではないかと思う。

短い話数で成功した例と謂えば、TBSの「パパとムスメの七日間」や「セーラー服と機関銃」などの全七話の「間繋ぎドラマ」が挙げられるが、これは最初から意識的に短いスパンを前提に考えた綿密な構成の妙が活きているわけで、キムタクドラマのように制作それ自体に流動的な印象があって「どのくらいで切るかは状況次第」と謂う行き当たりばったり感のある緩い構成ではダメだろう。

近頃のキムタクドラマは、制作側の「キムタクで外したら後がない」と謂う危機感ばかりが伝わってきて、力瘤の入れ具合の割にはろくなものがないと謂う印象だが、メインヒロインに鉄板人気の篠涼を配し、さらに今話題のアジアンビューティーを連れてきて国際色をアピールした上に、何となく「いつもの月九の顔」になった印象の北川景子もオマケに附けると謂う豪華さは、いつも通りの無駄にカネの掛かったキムタクドラマなんだろうと謂う予想を裏付ける。

福山雅治の「ガリレオ」とかキムタクの「MR.BRAIN」など、主役を張れるポジションのゲスト俳優を連れてきて、まさに「役不足」としか言い様のない軽い役を振ると変にバランスが悪くて気持ち悪いものだが、今回もつまんないチョイ役に人気俳優をキャストして気持ちの悪いバランスになるのではないかと予想。「豪華さ」を履き違えているとはまさにこのことである。

ただまあ「ゲツク(蔑称)」だと割り切って観れば、お目当ての女優さんが毎週観られるわけだからそこそこ楽しめるんじゃないかと思う。殊に林さんはコアな中華迷になって熱心に情報を追うのでもない限り、「レッドクリフ」以外にそんなに日本のメディアで露出のなかった女優さんであるから、その彼女の姿を毎週観られると謂うのはオレのような薄いファンにとっては有り難い。

で、実を謂うとオレは別段キムタク自体のキャラはそんなに嫌いではないから、キムタク主演のドラマを観ることに左程の苦痛や苛立ちは感じない。何と謂うか、日本では伝統的にこの種の「何を演じても本人の柄のほうが目立つ俳優」がトップ人気を獲得することになっているんじゃないかとオレは考えている。そう謂う意味では、窮めて日本的なポジションのTVアクターだと思うし、それはそれで好いと思う。

そう謂う次第で、多分お目当ての俳優が出ていないと謂う人はわざわざ時間を工面してまで観る必要がないだろうし、どうせ学校や職場で話題を席巻すると謂うわけでもないレベルのどうでも好い出来になるだろうと思うが(笑)、林さんの薄いファンであるオレはちょっとだけ期待している。

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コメント

こんばんは。

キムタクのドラマはTBSで常盤貴子とやっていたのをぽちぽちと何回か見た事がある程度です。そこには良くも悪くもいつもの”キムタク”がいるだけで、私には常盤さんて綺麗だなぁ、の印象が強かったですね。

最近、愚妹が「キムタクは年を取った、若作りし過ぎだ」とことある毎に腐します。そりゃそうだろうと相づちを打ったら、なんか逆ギレに近い反応をされたので思わずドン引きです。愚妹は少年隊ファンだった(青山に毎年ミュージカルを観に行ってた)ので、スマップの存在は今のスマップファンにとっての嵐みたいなもんみたいな感じなんでしょうか、愛憎半ばと謂うか(笑)。

なんて謂うかスマップの皆さんの芝居は、私にはどうしてもスマスマのコントに見えて苦手なんです。全部しっかり見たわけではないので、こんなこと謂う資格はないんですけど、稲垣クンの明智とか金田一はヒドカッタし、中居クンもそんな人(天才指揮者、天才外科医)にどうしても見えなかった。全員が器用なのは判るんですけどね。

キムタクは田村正和レベルまでいければ成功だと思うんですヨ、私は。

投稿: うさぎ林檎 | 2010年3月27日 (土曜日) 午後 06時17分

>うさぎ林檎さん

>>そこには良くも悪くもいつもの”キムタク”がいるだけで

まさしく「良くも悪くも」と謂うところで、逆に言うと、悪い一方でもないよな、と謂うのがオレの意見ですね。うさぎ林檎さんは田村正和を挙げられましたが、たとえば石原裕次郎や小林旭だって、観客は役柄としてではなく「裕ちゃん」や「アキラ」その人を視ているのだし、それを期待しているわけですよね。それはそれで、娯楽作品の在り方として在って好いんだろうと思います。

基本的にオレは、魅力的なスターやアイドルを見せると謂う目的で作られた作品には寛容で、くだらないアイドル映画なんかでも割合好きだったりするんですが(笑)、その種の作品はそのような性格の故に、出演者にまったく興味のない観客にとっては窮めてどうでも好い代物になると謂うことは仕方のないことです。

ですから、たとえばキムタクの「華麗なる一族」なんかも、「ああ、『文芸大作』とか謳いながら松田聖子で『野菊の墓』を撮るようなノリね」と解していて(笑)、まああれはあんなモンだろうと思うんですが、あのドラマのPである福沢諭吉の孫のセンスのアレさで失笑ポイントが盛りだくさんだったのがツッコミどころでした。

>>スマップの存在は今のスマップファンにとっての嵐みたいなもんみたいな感じなんでしょうか、愛憎半ばと謂うか(笑)。

ああ、なるほど。往時の少年隊ファンにしてみれば、錦織は何だか若作りな高田純次みたいなポジションだわ克ちゃんはアレだわで独りヒガシだけがジャニの大御所みたいなポジションでたまに「喰いタン」とかで露出するくらいと謂う現状で、SMAPの各メンバーがトップアイドルの位置を長らく席巻していたわけですから、愛憎相半ばすと謂う心境はわからないでもないです。

憎らしいとは思うけど、ハナからジャニに興味のない「イッパンジン」に腐されたくもない、と謂う気持ちは何となくわかりますねぇ(笑)。こう、嘗て何かに入れ込んだことのある人間にしてみれば、そうではない一般人目線の冷淡さが我慢ならないと謂うところがあるんでしょうけれど、まあそれが世間並みの感じ方と謂うもので(笑)。

嵐は昨年盛大にプッシュされて人気の幅を拡げたような印象で、オレも「vs嵐」をたまに観るんですが、従来あの手のゲームバラエティ番組だと、ゲームに慣れているホスト側が圧倒的に有利でディフェンディングチャンピオンのポジションに立ち、ゲストがそれに果敢にチャレンジすると謂う構図になりがちなんですが、毎回毎回ホスト側の嵐チームがゲストチームにボロ負けすると謂うルーティンが確立されているのが何とも斬新だなぁと思いました(笑)。

これがSMAPだと、ゴロちゃんやツヨポンがヘタレなポカをやって、香取が意外なところで見せ場を作って、中居が悪ふざけで茶化して、最後にスターのキムタクがここ一番の見せ場で奇跡的な逆転劇とか演じたりするじゃないですか(笑)。嵐ってそう謂うのがないですね、全員何処か頼りなくて満遍なくポカをやって普通に勝ったり負けたりする、結構カジュアルな性格のグループですね。

メンバーの中では、これまで一人だけ出遅れていて「嵐の残りの一人」だった相葉雅紀の好感度がオレの周囲では上がってますねぇ(笑)。勿論「マイガール」効果と謂うことなんですが、オレの周囲であのドラマを観ていた人は、残らず相葉雅紀自身にも好感を覚えてますね。

>>なんて謂うかスマップの皆さんの芝居は、私にはどうしてもスマスマのコントに見えて苦手なんです。

その昔、まさにこんなタイトルのエントリを書いたことがあります(笑)。

「スマスマの一コーナー終了に寄せて」
http://kuronekotei.way-nifty.com/nichijou/2006/03/post_ef62.html

SMAPで謂うと、個人的にキムタクは割と嫌いじゃないですね。路線としては、オレのイメージでは松田優作みたいな線を狙っているのかな、と思わないでもないですね。勿論、存命のロールモデルとしては、田村正和辺りを最も意識しているんだろうと思いますが。

草なぎ剛も、ルックスが「かなり特殊」なんでどうしても草なぎ剛にしか見えない嫌いはありますが、役柄を考えて芝居している朴訥さが嫌いではないです。火一〇枠の意欲的なシリアスドラマで上手く使ってもらっていると謂う強みがありますね。

稲メンはデビュー当初最も役者としての活躍が多かった割にはヒットに恵まれてませんし、今はTV俳優ではない方向性を模索しているんではないでしょうか。明智役はたしかに稲メンの柄ではないですね、元々明智小五郎と謂うキャラは本木雅弘や陣内孝則のようなマッシブでスマートな二枚目か、イメチェン以前の畸人キャラとしてなら嶋田久作みたいな異相の役者がやる役なので、線の細いオサレなハンサム青年の稲垣吾郎では少し無理があります。ただ、佐藤嗣麻子が入れ込んで造形した稲垣版金田一耕助は古参の金田一ファンの間でも評判が好いですし、本人の柄にもマッチしていると思います。

この稲垣吾郎による明智シリーズと金田一シリーズの関係はちょっとややこしくて、明智シリーズ二作がテレ朝制作で長坂秀佳脚本・佐藤嗣麻子演出で、同時期にフジテレビ系では陣内孝則主演の明智シリーズを佐伯俊道脚本・星護演出で放映していましたが、フジテレビ系の明智シリーズの後を襲うような形で、佐藤嗣麻子脚本・星護演出による稲垣版金田一シリーズがスタートして、ほぼ毎年一作の割で放映しているのですね。

こう謂うややこしい関係になっているのは、両シリーズにタッチしている佐藤嗣麻子が最初は映画監督として注目されながら、近年は主に脚本家として活躍していたと謂う事情によるもので、両方佐藤嗣麻子と稲垣吾郎が絡んでいるのでこの二つのシリーズはフジテレビ系だと誤解されやすいんですが、星護演出によるフジのレトロディテクティブものの流れに、テレ朝の明智シリーズから稲垣吾郎と佐藤嗣麻子がぶっこ抜かれたと解釈するのが妥当でしょう。

佐藤嗣麻子は、テレ朝では演出、フジでは脚本を担当しているんですが、同じジャンルの作品で主演俳優も同じなのに、同じスタッフの役割が演出だったり脚本だったりすると見え方がややこしくなりますね(笑)。

金田一シリーズの評判が好いのは、元々星護のレトロディテクティブもののベースが陣内版明智シリーズでしっかり確立されていたからで、稲垣サイドが牛を馬に乗り換えてこちらに合流したと謂うことでしょうね。このシリーズの「女王蜂」なんか個人的には市川崑の劇場版よりも出来が良いと思います。まあ、「女王蜂」の頃の市川崑はすっかり金田一シリーズにやる気をなくしてはいましたけど。

で、前掲のエントリで腐した香取慎吾が一番問題で、役者としての天性の勘は好いんですが、勘だけで芝居をしているような粗雑なところがあって、しかもここ一〇年くらい惰性で仕事をしているような厭味なところが鼻に附いて好きではないですね。

今は香取主演と謂うだけでダメフラグになってますが、そうは謂っても、「薔薇のない花屋」なんてのは、相変わらず香取の芝居は気持ち悪いし設定も穴だらけ(香取を誑し込むのに竹内結子が何の必然性もなく盲人のフリをするとか失笑ものです)にもかかわらず、意外に面白かったりしたんで油断出来ませんが。

中居クンについてはとくにコメントはありません(笑)。本人も役者はダメだと思っているんだろうから、そっとしておいてあげましょう(笑)。

投稿: 黒猫亭 | 2010年3月27日 (土曜日) 午後 08時51分

おはようございます。

>魅力的なスターやアイドルを見せると謂う目的で作られた作品には寛容で、くだらないアイドル映画なんかでも割合好きだったりするんです

百恵ちゃんの映画は見ましたヨ。松田聖子ぐらいまでは所謂『文芸大作』の映画を作るのがアイドルのステータスだったように思います。伊豆の踊子にしろ潮騒にしろこの手の企画が成立したのは、まだ(辛うじて)ある年代になると原作を読むもんだったからでしょうが、今はもう無理でしょうねぇ。
「アイドルを見せると謂う目的で作られた」では『文芸大作』が無難だと思います、オリジナルと違って少なくともストーリーを突っ込まれたりしませんもの。その昔愚妹の付き添いで見たマッチと明菜ちゃんの映画は凄かったですねぇ。確か明菜ちゃんが不治の病設定で、死んでは生き返るの繰り返しで目が点になった記憶があります。

金田一はですねぇ、私はどうしても点が辛くなってしまうんです(笑)。元々ホームズ・ルパンのジュブナイル愛読だったためか、当時角川に見事乗せられて小遣いはたいて金田一をむさぼり読んでいるのですヨ。角川は外連味をプッシュした売り方でしたが、芯は推理部分のかっちりした所謂”本格”の再評価でした。
金田一耕助は横溝正史がルックスと癖を作り込んだせいで、特異な人物像に思われがちですが、私の印象では極々平凡な人で作品中では目立たないんです。
皆さん薄々ご存知でしょうが、彼は推理小説における探偵の役割に忠実なためにとっても無能で、全てが(犯人が必要な人間を殺し)終わった後で説明をするための存在でして、犯罪そのものはほとんど防げない(大抵はそれで呼ばれているのに)んですよね。

金田一は実に色々な人が演じていて(渥美清もやりましたよね)、もう何でもありなんですけど。
……ゴローちゃんは演り過ぎで目立ちすぎなんデスよ(私の目には)。あんまり騒ぎすぎると、途中で結果が出せないのが不自然に見えて探偵としての(実は)無能さが強調されちゃうと思うんですヨね。

>本人も役者はダメだと思っているんだろうから
えっと………歌も?(ヒソヒソ)
中居クンは学歴が高い役は引き受けない方が良いと思います。

>勿論「マイガール」効果
愚妹はドラマを全部見て、原作も大人買いしました(笑)。

投稿: うさぎ林檎 | 2010年3月28日 (日曜日) 午前 10時23分

>うさぎ林檎さん

>>百恵ちゃんの映画は見ましたヨ。松田聖子ぐらいまでは所謂『文芸大作』の映画を作るのがアイドルのステータスだったように思います。伊豆の踊子にしろ潮騒にしろこの手の企画が成立したのは、まだ(辛うじて)ある年代になると原作を読むもんだったからでしょうが、今はもう無理でしょうねぇ。

アイドル「文芸大作」と謂えば、裕次郎や吉永小百合、高橋英樹の時代から延々アイドル俳優主演の文芸映画を撮り続けてきた西河克己監督の名前を漏らすわけにはいかないですね。この人は邦画黄金期からの人材ですから、演技力に難のあるアイドル女優を起用した文芸映画に、映画としての貫禄を添えていたと思います。

>>その昔愚妹の付き添いで見たマッチと明菜ちゃんの映画は凄かったですねぇ。確か明菜ちゃんが不治の病設定で、死んでは生き返るの繰り返しで目が点になった記憶があります。

ああ、トンデモオカルト映画として有名な「愛・旅立ち」ですね(笑)。これはもう伝説的「ケッサク」でして、たとえばgoo映画のあらすじは以下の通りなんですが…

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD17536/story.html

…どうです、一通り読んでもサッパリ意味がわからないでしょ?(笑) オレも一度だけ観たんですが、実際に観ても何が何だかサッパリわからない映画でした。中川信夫や神代辰巳監督の「地獄」と同ジャンルの映画だろうと思います(笑)。

>>金田一はですねぇ、私はどうしても点が辛くなってしまうんです(笑)。元々ホームズ・ルパンのジュブナイル愛読だったためか、当時角川に見事乗せられて小遣いはたいて金田一をむさぼり読んでいるのですヨ。

オレもオレも(笑)。角川文庫版は背文字が緑色のは全部読んで黄色いやつとかピンクのやつまで買いましたかねぇ。まんまと角川商法に乗せられてしまいました。今では全部手放してしまって、手許にあるのは古本で買い直したマスターピースが数冊しかありませんが、中高生時代はどっぷりハマりましたね。

>>角川は外連味をプッシュした売り方でしたが、芯は推理部分のかっちりした所謂”本格”の再評価でした。

横溝自身がカーの諸作を挙げて一見怪奇趣味な道具立てを知的なロジックで解明する本格推理の妙味を称揚していましたが、横溝作品の醍醐味は怪奇な不可能犯罪の謎解きと謂うより、とっちらかった複雑なプロットの連続殺人を金田一耕助の語りでロジカルに開示するプロセスにあることは間違いないですね。

金田一耕助自身の推理は直感型としか言い様がない総合的な洞察力によるもので、パズラー的な興奮はない…つまり、たとえばクイーンの「エジプト十字架の謎」のように読者が論理的な理詰めの推論で真相を看破し得る保証がなく、飽くまで探偵役による真相のロジカルな開示と謂う「物語化」の面白さが勝っているわけですが、その物語の構成力が凄いですね。

>>皆さん薄々ご存知でしょうが、彼は推理小説における探偵の役割に忠実なためにとっても無能で、全てが(犯人が必要な人間を殺し)終わった後で説明をするための存在でして、犯罪そのものはほとんど防げない(大抵はそれで呼ばれているのに)んですよね。

その昔、「名探偵の犯罪防御率」と謂う企画を何処かで読んだ記憶がありますが、断然金田一耕助の成績が悪かったですねぇ(笑)。金田一ものは一般的なミステリと比べて大長編がかなり多いですし、連続殺人で殺される人間の数も一人二人ではないですから、どうしても金田一耕助が不利になるのは仕方がないですね。

映画でも大概大詰めでは油断して犯人の自殺を許し、「しまった!」とか大騒ぎするのがルーティンになっていますから、人命を救うと謂う観点では無能も好いところではあるんですが(笑)、被害者はもとより真犯人の悲痛な事情や已むに已まれぬ心情にすら深い同情を寄せる耕助の優しい人間性があるからこそ、陰惨な連続殺人の終幕に一抹の清涼感があり、真相の開示に鎮魂のニュアンスが出る、そう謂う役割ではあります。

>>……ゴローちゃんは演り過ぎで目立ちすぎなんデスよ(私の目には)。あんまり騒ぎすぎると、途中で結果が出せないのが不自然に見えて探偵としての(実は)無能さが強調されちゃうと思うんですヨね。

稲垣版金田一の特徴は、役者の柄に引き寄せた「自分大好き」ぶりですかねぇ(笑)。作中の横溝正史が書いた過去の事件の本を名刺代わりに配ったりして、「名探偵である自分が大好き」みたいな部分が強調されていて、原作に比べると天然で自己愛が強そうなところが特徴と言えます。そうすると、「名探偵とか言って、おまえ全然殺人を防げなかったじゃんか」とツッコミを入れたくなるわけで、そこが鼻に附くと謂う人もたしかにおられるだろうとは思います(笑)。

ただまあ、これもまた金田一耕助像の振れ幅の一つとは言えるわけで、オレの友人で金田一マニアの小説家は「金田一耕助の本質はその『若さ』である」と喝破しているんですが、幾つになっても万年青年的な瑞々しい心性を喪わないところや、天才型名探偵のような威圧感がなく誰の懐にでもポンと飛び込んでいける人懐こさ、孤独な独り者なのに基本的に人間を愛している温かみが金田一耕助の芯にある魅力ですね。

稲垣吾郎版もそこは外していないわけで、目立ちたがり屋のお調子者と謂う性格が強調されていますが、殺人事件をただの知的娯楽の対象と視るのではなく、他者の運命の残酷さに痍附いたり痛みを共有出来るだけの「青年ぽさ」は出ているし、お調子者で少しナルシストな部分も「憎めない人懐こさ」のバリエーションと視られるので、まあこれもアリはアリだろうと思うわけですね。

うさぎ林檎さんが仰る通り、金田一耕助はもう数え切れない俳優が演じていて、今ではかなり融通無碍な器になっていますが、だから逆に「外してはいけない金田一耕助の本質は何か」と謂う部分に対する制作側の認識が問われる部分がありますね。

たとえば、相当原作を脚色しているので際物だと思われがちな片岡千恵蔵の「三本指の男」や「女王蜂」なんてのを東映チャンネルで観たんですが、たしかにセルの単衣に袴姿ではないしヒロインとの淡いロマンスなんかあったりして随分脚色はしていますが、キャラ的には千恵蔵が演じられる範囲でちゃんと金田一耕助なんですね。

では、金田一ファンの間で最も評価の高い金田一役者は誰かと謂うと、これが実は田辺誠一だそうでして(笑)、一本も彼の主演でドラマや映画として映像化はされておらず、単にリメイク版の「犬神家」とのタイアップで制作された野村證券のTVCMで一度演じただけなんですが、貧相な小男のはずの金田一にしては上背が高すぎるのを瑕にするくらいで、筋金入りのファンから視ると最も金田一耕助らしい金田一耕助だと謂うことになるそうです。

これはもう、言われてみれば納得するしかないですね。たとえば石坂浩二のノーブルな貫禄、古谷一行のワイルドな男臭さ、西田敏行の優しい温かみ、片岡鶴太郎の少し野卑なエネルギッシュさ、鹿賀丈史の威圧的迫力、トヨエツの薄気味悪いまでの怜悧さ、そう謂うふうにそれぞれの金田一像には演者固有の柄による振れ幅と謂うものはあるわけですが、田辺誠一は本人の柄が浮くことなく原作の耕助に最もイメージが近い、そう謂うことなんだろうと思います。

で、たしかに最近の「小公女セイラ」の演技なんか視ると、「基本的に善人で善意で行動しているんだけど腹に一物ありそう」と謂う不思議な印象があって(笑)、そこが悲劇が完遂されるまでなかなか推理を開示しない(言ってりゃ人が死なずに済んだ場合でも言わない(笑))耕助とダブる部分があるなぁとか思ったりしますね(笑)。

金田一シリーズを読んでいると、耕助が勿体振って自分の推理を隠しているのを不自然に感じる(つか、それが「名探偵の掟」なんだろうと謂うメタ的なツッコミを入れたくなる)場合が結構あったりするんですが(笑)、田辺誠一を想定すると「こう謂う人間だからなかなか言わないんだろうな」と謂うのが直観的に納得出来るし、そのように肉体性で人物像の辻褄を合わせるのが役者の仕事だと謂う言い方も出来ますね。

>>えっと………歌も?(ヒソヒソ)

…しーっ!(笑) お互い大人なんですから、思い遣りを持ちましょう(笑)。そう謂えば最近無闇にマツコ・デラックスがTVに出ていますが、先日「デブにデブって言うのは小学生並よ!」と気の利いたことを言っていました(笑)。

本人的にはMC業を想定しているんですかねぇ。ただ、彼のMCは時々しつこい悪ふざけが鼻に附いて不愉快に感じることも多々あるので、そっち方面でもあんまり芽が出ないように思うんですが、まあ中居クン自体に興味がないので好いです(笑)。

>>愚妹はドラマを全部見て、原作も大人買いしました(笑)。

うさぎ林檎さんは全部観てないんでしたっけ? 是非妹さんと一緒に更めて観てみてください。

原作も、バンチのサイトで立ち読みした限りでは、絵柄が綺麗だし描写が繊細で好いですね。立ち回り先の書店に売っていなかったんで未読なんですが、この際オレも尼で大人買いして読んでみようかと思います。

投稿: 黒猫亭 | 2010年3月28日 (日曜日) 午後 01時20分

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