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2010年6月28日 (月曜日)

歳をとったと感じるとき

若い頃は一日二食で一食当たり米を二合炊いて喰っていた。

四十代になって流石にそこまで喰えなくなり、三合炊いて二食に分けて喰っていた。

ここ二、三年は流石にそれでも多いなと感じて、一食当たり一合の飯を喰っていた。

先日倒れてからは、医者から高脂血症の改善の為に三、四キロ痩せろと言われ、血糖値の急激な高下を抑える意味でも、米を二合炊いて三食に分けて喰っている。

何だか、しみじみ歳をとったなぁと感じる今日この頃である(笑)。

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コメント

ちなみに、医者から言われた減量の件に関しては、食事量を減らして毎日意識的に歩くようにしてから、一〇日足らずで最低限の目標は達成した。

本来なら六〇キロ台の半ばくらいに減らしてBMIを二二前後にするのが望ましいとのことであるが、そこまで痩せるとメンタルに影響が出てくることが経験上わかっているので、七〇キロ台を少し割るくらいが最終的な目標値である。これも多分、あと一週間くらいで達成出来るだろうと思う。

実は、これまで痩せようと思わなかっただけで、基礎代謝が異常に高い無駄の多い体質なので、痩せる為にそれほど苦労した経験は一度もないのである。

投稿: 黒猫亭 | 2010年6月28日 (月曜日) 午前 01時03分

>>これも多分、あと一週間くらいで達成出来るだろうと思う。

晩飯前ではあるのだが、今日ちょっと忙しく働いてゲッソリしながら帰ってきて、最前計ってみたらすでに目標値を達成してしまっていた。勿論、飯を喰えば少しは針を戻すだろうが、これまでの経験から言うと、一日二日でこの数字を定着させることが出来るだろう。すでに、自分にはわかる程度に体型が変わってきたしなぁ。まあ、五キロも体重が落ちたのだから当然だが。

もう少し手前で下げ止まるかリバウンドが来る予定だったので、これには弱った。ついでにもう一、二キロ落として他人から視てもわかる程度に痩せるにしても、それ以上は体重を落としたくないので、今後は何を目標に頑張れば好いのだろうか(笑)。

投稿: 黒猫亭 | 2010年6月29日 (火曜日) 午後 10時19分

>基礎代謝が異常に高い

二十歳前後でさえ、1食1合以上は食べられませんでした。ええ、マルシンハンバーグとかで(爆)
黒猫亭さん、すごいっす。

投稿: 山形ミクラス | 2010年7月 1日 (木曜日) 午後 10時01分

Wikipediaの「雨ニモマケズ」の項目に
  一日ニ玄米四合ト
  味噌ト少シノ野菜ヲタベ
の解釈が書かれてますが、あれでいいのか。
玄米って栄養価が高いそうですしね。

投稿: Leo16 | 2010年7月 5日 (月曜日) 午後 10時55分

>山形ミクラスさん

お返事が遅くなって申し訳ありませんでした。

>>二十歳前後でさえ、1食1合以上は食べられませんでした。ええ、マルシンハンバーグとかで(爆)

え、そうなんですか、小食なんですね。オレの二十代前後と謂えば、一食三合喰ったこともありますが(木亥火暴!!)。

なんか、子供の頃は食が細かった記憶があるんですが、高校くらいからとにかく白飯を大量に喰うようになって、学生時代は常に腹を空かせていた覚えがあります。そんなに極端に貧乏だったわけではないんですが、バイトを始めて多少金回りが良くなるまであんまり腹一杯喰ってなかったですね(笑)。

今現在でも、よく考えてみたら普通の家庭よりもエンゲル係数が高いです。一回当たりの米飯摂取量は減っていますが、それは単に二食分を三回に分けて喰っているだけのことで、米代の総額は変わっていませんしね(笑)。

投稿: 黒猫亭 | 2010年7月 7日 (水曜日) 午前 08時11分

>Leo 16さん

>>Wikipediaの「雨ニモマケズ」の項目

昔の大人は一日に米六合喰ってたんですねぇ(笑)。落語を聴いていても、普通の食事は漬け物や鮭の焼き冷ましでとにかく飯を喰うと謂うふうになっているし、弁当なんかになると単に「米飯を持ち歩けるようにしたもの」で、梅干しとか沢庵しか添えられていないのが当たり前だったみたいですね。握り飯になると、塩で味附けした米飯ですから、昔はあれが当たり前の携帯食だったわけですね。

そう謂う認識はありましたが、量までは想定していなかったですね。米六合炊いた飯と謂うと、相当大量ですもんね。現代の感覚だと、三合炊き炊飯器の二回炊きと謂うとかなり大量な印象になりますが、たしかに昔は薪代の都合もあって一升炊きの羽釜で一回炊いた飯を櫃に移して何回かに分けて喰っていたわけです。

ウィキの記述では「当時の日本の副食物の水準では一日に米飯を六合摂取しないと肉体労働に必要なカロリーを供給できない」と書いてあるので、たとえば農家と商家では必要な食事量も違うでしょうし、必ずしも必要な量を確保していたと謂うわけでもないでしょうね。

ただ、米朝が師の米團治から聞いた話によると、昔の大阪の商家では、勿論使用人の食事は汁や目刺し程度の魚が附いたり附かなかったりするような質素な内容なものではありましたが、漬け物と飯は喰い放題だったそうですので、基本的には米飯を大量に喰うことですべての栄養を賄っていたみたいです。

投稿: 黒猫亭 | 2010年7月 7日 (水曜日) 午前 08時12分

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