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2010年7月19日 (月曜日)

(ほぼ)1日中山道

突然だが、皆さんに哀しいお報せです。

人間は炎天下の山道を二五キロ歩いても七、八〇〇gしか体重が減らない。

これを読んで「今回も『お達者倶楽部ネタ』か」とウンザリしたあなた、正解です。薄鬼魅悪い健康マニアと化した黒猫亭は、最早平地では飽きたらず、昨日は東武東上線で小川町くんだりまで遠征して、この糞暑い最中に一日ハイキングを楽しんだ。

……今嗤った奴…そう、おまえだ、おまえ。

一歩前に出ろ、そして歯を喰い縛れ。

オレがハイキングを楽しんで何が悪い、たとえ季節外れだろうがオレ以外誰も徒歩でそんなコースを歩いていなかろうが、後先考えずに今頃「山歩きを楽しみたい」と思い附いちゃったオレの穢れなき純粋な気持ちを嗤うことは誰にも許さんぞ(笑)。

そう謂う次第で、埼玉の少し奥の方なら手頃なコースに事欠かないだろうと思って検索してみたところ、ウチから一本で行ける範囲では小川町から東武竹沢に掛けて「地べたの面皰」みたいな低い山が連なる地域にオレのようなビギナー向けの低山コースが幾つかあることが判った。

そうは謂っても、国道が通っているような平地なら道に迷ったり途中でへたばっても何とか交通機関を乗り継いで生還出来る見込みもあるが、本格的な山道の途中で道に迷ったり体力が限界を迎えたら、それはすなはち「遭難」である。出来れば他人様から救助を受けるような羽目に陥るのは避けたいと思って、路程のどのポイントからでも多少頑張って歩けば何とか国道に出られるようなコースを選ぶことにした。

東武鉄道のホームページにコースマップがあったので、それを落としてみていろいろ検討した結果、幾ら平地を歩き慣れてきたからと謂っても、山道を登るのは使う筋肉が全然違うわけであるから、用心に越したことはないだろう、ならば「小学低学年でも歩ける低山コース」と謂うレベルが相応だろうと思い、小川町を基点とするほぼ平地ばかりの寺巡りコースを歩くことにした。

流石に山歩きとなると無理は効かないので、ダイエットのことは考えないことにして朝から弁当を用意し、九時頃に家を出て電車に乗り、一〇時過ぎくらいに現地に着いた。

こんな季節であるから、なるべく涼しい時刻に出発したかったのだが、それなりに長時間電車に揺られていくのであるから、まあこのくらいが限界である。上京以来三〇年近く経っているとは謂え、一応田舎の育ちではあるから自然地形のわかりにくさはそれなりに識っているつもりなので、事前にヤフーの地図をプリントアウトしてはいたが、念の為に駅前の土産物屋でパンフレットを貰って、すぐに歩き出した。

地図を視れば容易に想像の附くことだが、オレが選んだコースは殆ど主要な動線上に等高線がなく、要所要所で目的地に向かう為にちょっと山道に分け入る程度のコースなのであるが、山に近いと謂うことは「山じゃないけど高いところ」がゴロゴロあると謂うことで、地図を睨んでいても判らなかった糞長い坂が矢鱈に多かった。

「山じゃないけど高いところ」と謂うのは、平たく謂えば「単なる田舎の丘陵地帯」なのであるから、何も観光資源のない実家周辺の田舎道を歩いているような錯覚を覚えたくらい、見事に何もない。立派な名前の附いた池沼は「単なる大きな水溜まり」にしか見えないし、コース上のお寺さんは急峻な勾配上にあって参詣するのに体力が必要な割には、どれも中途半端に近代の普請の手が入っていてどう視ても古刹の名に値するものではなく、堂宇の佇まいは「単なる在所の檀那寺」にしか見えない。見掛けや敷地面積だけならウチの田舎の菩提寺のほうがナンボか立派である。

おそらく現在は普通の田舎寺に過ぎなくても、関東の要衝に位置するロケーションの故に歴史的な曰わく因縁故事来歴はあるのだろうが、寺の縁起譚などは眉に唾を附けて話半分に聞いておくのが相応であるから、ぶっちゃけ、体力を消耗した割には「観光」としての旨味は殆ど感じなかった(笑)。

これだったら中途半端に人里が混ざるコースよりも、ぐぅの音も出ないくらい山らしい山の中を歩くコースのほうがいっそ面白かったのではないかと思ったが、舗装された緩い坂道を数十分歩くだけでも心臓が苦しくなるのであるから、本格的な山道となるともう少し体質改造を経てからでないと思束ないだろう。目的地によっては文句の附けようがない爪先上がりの「山道」もあったのであるが、足に来るまえに心臓が苦しくなってしまったのだから、あまり大きな口も利けないだろう。

加えて、当日の三〇度を超える猛烈な酷暑と強烈な直射日光が滝のような大量の汗と共に容赦なく体力を奪っていき、行程の三分の二を過ぎた辺りでもう一歩も歩けないと謂うくらいの疲労と筋肉痛を感じた。この日は前日に買った歩数計を装着して行ったのだが、それで大凡の換算距離を視ると、この時点ですでに山道を一七、八キロくらい歩いていることになるでわありませんか。であるから、単純計算で謂うと全行程で二五キロくらいになる計算である。

あのさあ。

これの何処が「小学低学年でも歩けるコース」なんでしょうか?

それはたしかに、コース上の勾配はガキでも歩ける程度には緩やかだし、クルマの通行にさえ気を附けていればさしたる危険もないだろうが、幾ら休み休みとは謂えイマドキの小学低学年が遠足で一日二五キロも歩くのか? これだと、多分引率の教師が下見で歩いた時点でへたばったんではないかと思うぞ。

もう少し涼しい季節ならまだしも歩きやすかったと思うが、町育ちのガキがいきなり学校行事で二〇キロ以上山坂を歩かされたら、イマドキのご時世では多分PTAで問題になると思う(笑)。

さらには最後のほうの路程が矢鱈にわかりにくく込み入って、殆ど「上を見ろ」「下を見ろ」「左を見ろ」「バーカ」みたいな人を舐めたようなせせこましい隘路続きになっていて、二回ほど道に迷って余計な体力を消耗してしまった。これがオレの独行なら苦笑いで済む話だが、小学生の引率で大の大人が道を踏み外したら、教師の面子が丸潰れとなるだろう(笑)。

であるから、この日このコースを歩いていたのがオレ独りであったのは、何もしなくても熱中症で倒れるような糞暑い日だったからと謂うだけではなく、ビギナーや小学生が歩くには結構距離が長くて過酷な上にわかりにくいコース設定である割には、全コース踏破しても大して面白くないからではないかと思ったりした(笑)。

「寺巡り」と謂えばゆかしく聞こえるが、散々田舎道を歩いて田舎の普通のお寺さんと大きな水溜まりしか見るものがないのでは、苦労して歩くだけの魅力がない。それでも一応は寺巡りの名目であるから、行く先々でしみったれたお賽銭を払ってお詣りだけは欠かさないようにはした。

しかし、これはオレだけがそう思ったわけではなくて、地元の人にとってもコース上のお寺さんは「普通のお寺さん」だったらしく、時々通りすがりの土地の人に道を尋ねると「この人は余所の人みたいだけど、あんなところに何の用があるのかしら」と謂う訝しげな気持ちが言葉の端々に漂っていた。

…ダメじゃん、東武鉄道並びに埼玉県(笑)。

そう謂う次第で、コースの最後は国道に出て埼玉伝統工芸会館でトイレ休憩した後にバスで元来た駅に引き返すことになっているのであるが、田舎の路線バスなんていつ来るか知れたものではないから、国道をひたすらテクって駅まで歩いた。歩き始めた時点では大丈夫だと謂う感触があったのだが、下肢から足裏に掛けて満遍なく何処も彼処も痛い上に、梅雨明け直後の午後の強烈な日差しとアスファルトの照り返しで体温が上昇しまくって、油断していると眩暈がして倒れそうになる。

筋肉の疲労や局所の痛みはともかく、意識が薄れ掛けてくるのは脱水症状と謂うことでぶっちゃけ熱中症で倒れかかっているわけであるが(笑)、かねて用意の冷水筒に詰めた冷茶で水分補給しながら、何とか国道から小川町の駅前通りに辿り着いた。ここまでがもう嘘も隠しもなく体力の限界で、日陰を選んで歩きながら、駅舎まであと数十メートルと謂う辺りで力尽きて動けなくなってしまった(笑)。

歩道に設置されていた日陰のベンチにへたばって一〇分くらい休んでいたら、何とかカラカラに絞り切った雑巾からもう一滴捻り出すことが出来て、無事に電車に乗って最寄り駅まで辿り着くことが出来た。もう、電車に乗った時点では「今度こそ絶対に歩けない」と感じて、駅から自宅までタクシーに乗ろうかと思っていたのだが、電車で小一時間ほども揺られているうちに若干回復して、何とかウチまで歩いて帰ることが出来た。

これで一kgも減らなかったのだから、人体を一定の状態に保つ仕組みは相当強固なものだと言えるだろう(笑)。ただまあ、ビールを呑んで晩飯を喰って寝て、翌朝あらためて計量してみても体重を戻していなかったから、これだけ歩けば水分摂取の多寡や誤差の範囲を超えて定常的に体重を落とすことが可能なのはたしかである。

それを確かめる為に、今日は歩いて所沢航空記念公園まで行ってみたのだが、流石に昨日の今日だから相当辛かったことはたしかである(笑)。当初は片道八キロくらいだろうと踏んでいたのだが、歩数計や道路標識で確かめたところ自宅からたっぷり一〇キロ以上あることがわかった(笑)。しかも、地図上で調べてアテにしていたルートが徒歩きに全然適さない自動車道で、目的地までずっと緩い登り勾配の上に、ところどころ歩道が消失しているものだから、行く道すがらすでに帰路はどうしようかと心配になった。

結局目的地に着いた時点で消耗しきっていたのだが、何とか一渡り公園を散策し航空発祥記念館も見学し終えたは好いが、昨日よりも早めに限界が来て、帰路を歩いて帰るなどとんでもないと謂う状態に陥った。そもそも、公園を一回りした時点で一五キロくらい歩いているのだから、これをもう一回繰り返したら幾ら平地とは謂え昨日よりも距離が出てしまう。

不本意ではあったが已むなく航空公園駅で電車に乗って、いつも通勤時に降りている二駅向こうの駅で降りて、そこから自宅へ歩く程度に留めることにした。同じことをくどくど繰り返しても無意味なので省略するが、自宅の玄関を踏むまでに何度も挫けそうになってしまったが、途中でへばっても独りでに自宅に着くわけではないから、何とか夕方までに自宅に帰り着いた。

これだけ辛い思いをして、数字の上ではやっぱり五〇〇gくらいしか落ちていないのであるから、ちょっと余計に飲み食いしたらあっと謂う間に戻してしまう程度の貯金でしかない。まあ、はっきり謂って人間の体重なんて底なしに落ちていくわけではないからすでに短期間に六キロも落としているのにそう簡単に落ちるわけがない。

かねて報告の通り、ダイエットを意識して生活を変えてから最初の五キロまでは簡単に落ちた。このくらいまでは、食事の内容を変え、量を減らし、適度な運動を心懸けただけで面白いように落ちていったのであるが、そこから体重を戻さずにさらに減らす為には昨日より今日、今日より明日、どんどん運動量を増やしていくことになり、しかも何だかそれが楽しくなってきてしまった(笑)。

ただ、流石にこれが限界なので、一旦体重を落とすことは忘れて、毎日の食事や運動をこのくらいのペースに保ち奢侈や怠惰に趨らないように心懸けようかと思う。

多分、「一カ月ちょっとで七キロ体重を落とした」と謂う結果だけ聞かされたら、誰でも「えっ、そんな効果的なダイエットがあるの?」と興味を抱くと思うのだが、その状態で安定している人間の肉体の重量がそうそう簡単に変わるわけがないのであって、オレが紹介出来る「効果的なダイエット法」とは、「摂取するカロリーよりも消費するカロリーを多くして、しかもその状態で安定しないようにどんどん消費量を増やしていくこと」と謂う、至極真っ当な理屈でしかない。

普通の意味で健康な人間の体重が減るにはそれ以外の理由はないのであって、そうではないのにどんどん体重が落ちていくのは一種の病的状態である。何も苦しいことをしないで健康に痩せられる処方箋などこの世には存在しない。体重が落ちると謂うのは、人体の仕組みから考えて異常な事態なのだから、異常なことをしない限り体重が減り続けるなんてことはないのである。

であるから、ウチのブログで「おかダ」と謂ったら、「おかしなダイエット」のことではなく「そろしくこくなイエット」の略であるからお間違えのないよう。

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コメント

おはようございます。

綿密な分析力が負の方向に働いた時に何が起こるのか?渾身のノンフィクションレポート、ご苦労様です。
「もうお好きなように」が本音でございますが、特に名を秘す某うさぎ林檎としては突っ込んで差し上げないと可哀想、おっと失礼な気が致します。と謂うことで、

………駄目じゃん(笑)。

投稿: うさぎ林檎 | 2010年7月20日 (火曜日) 午前 09時43分

たぶん、作り話だと思いますが、どこかのアナウンサーが「旧中山道(きゅうなかせんどう)」と書かれた原稿を「1日中山道(いちにちじゅうやまみち)」と、読み間違えたという話を聞いた事があります。

投稿: mimon | 2010年7月20日 (火曜日) 午後 08時51分

お疲れ様でした。
梅雨明け後の酷暑の中、よくお出かけになられましたね。ご無事で何よりですが、くれぐれも無茶をなさらぬよう。

歩行距離の飛躍的な伸びが凄い(というか怖い)これは絶対「歩くの大好き物質」が脳から出てますね!

減量目的で歩き出したら止まらなくなり、都心の会社から神奈川の自宅まで歩いて帰宅、休日も無駄に歩いている従兄がおりまして。徒歩ルートと各所で撮影した写真を地図上に記録するのも楽しみな様子

さてあるところから体重が落ちなくなるのは、ただの停滞なのか体が最適化されたのか。運動量が増え過ぎると食べるだけでは追いつかず、自分の筋肉までもエネルギー源として消費するので痩せていく、などという話も聞いたことがありますが…まさかそこまではなさらないですよね。

ともあれ、「至高のダイエット」「究極のハイキング」の行方を固唾を呑んで見守る所存でございます。

投稿: 604 | 2010年7月21日 (水曜日) 午前 01時43分

>うさぎ林檎さん

>>………駄目じゃん(笑)。

真心の籠もったツッコミ有り難うございます。いや、うさぎ林檎さんにまでスルーされたらどうしようかと心配してしまいました(笑)。そう謂う次第で、うさぎ林檎さんならどんなにウンザリするような長話でも聞いて戴けるだろうと謂う甘い料簡で「ダイエット」を中核に据えてつらつらとお話をさせて戴きますね(笑)。

>>渾身のノンフィクションレポート、ご苦労様です。

実際、何だか最近は自身の肉体で人体実験を繰り返す黎明期の科学者とか、記事のネタを捻り出す為に自ら無茶なトライを実行するイエロージャーナリズムの三文記者のような心境でございます(笑)。

何だか病気自慢の身辺雑記みたいな記事ですが、一応これでも自分自身の「ダイエット体験」を刻銘に報告することで何か他人様にとって有益なネタにならないかな、と謂う気持ちもないではないです(笑)。

実際、ニセ科学問題ではダイエットネタがメジャーなジャンルの一つで、オレも何度か言及したことがありますが、これまでは「現状の体重で安定しているのだから痩せる必要はない」と思っていたので、正直他人事のような立場で論じていました。

まあ、数値的にはぐぅの音も出ないくらいメタボ寄りだったわけですから(笑)、今回のようにベタな三大疾病で倒れたりしようものなら「それ見たことか」となって即減量と謂う事態に陥るわけですが、これまでの言動を考えれば、いざ我が身にとって当事者的関心事となったとしても、藁にも縋るような思いで変なダイエット法にハマるわけにもいかんじゃないですか(笑)。

それは「好き放題に呑んで喰って、運動もせずに痩せられるはずがないじゃん」と口先で「正論」を言うのは簡単ですが、そうは謂ってもそう謂う「虫の好い話」を望むのが人情と謂うものではあるよな、とは思っていて、そう謂う姿勢でダイエット周辺のニセ科学問題に言及してきたつもりではあります。

ただ、前にも言ったように、オレはこれまで体重を落とすのにさほど苦労した記憶がなくて、これは、「痩せようと思ったことがあまりない」と謂うのと「痩せようと思えば普通の人より確実に痩せられる」と謂う両方の意味です。

ですから、真剣に痩せたいと思ってプログラム通り減量を実行しているのに思うように効果が出ないとか、どうしても運動が続かない、食欲を抑えられない、何か楽で効果的なダイエット法があるなら眉唾なものでも試してみたい、と謂う人の気持ちは本当にはわからないところがあります。まあ、根本的な要因は体質の相違ですから、単なる偶然の問題にすぎなくて、詰まるところ「オレはおまえじゃないからおまえの気持ちなんか本当にはわからん」と謂う話ではあるんですが(笑)。

これまで食関連のエントリで語ってきたように、オレはいい歳をしてかなり大量に喰うほうなので、まず一番わかりやすいツッコミは「そんなに喰わなきゃ好いじゃん」と謂うことです(笑)。そもそも最初の最初から、そこまでたくさん飯を喰わなければならない絶対的な必然性なんかまったくなく、単にそれくらい喰うと満足感があって気持ち好いから喰っていたわけです。

ですから、その満足感を奢侈として切り捨てれば入るほうの問題は支障なくクリア出来ますし、現状の体重を維持している主因がハッキリしていてそれがかなり非常識なのですから対処は容易です。最初のうちはこれまで二食で喰っていた分を三食に割って喰っていたのですが、結局現在は朝食を喰う頻度が落ちていますから、一回当たりの食事量と一日の食事量の両方を減らすことが出来ています。

二食分を三回に分けて喰っても全体量は変わらないので、従来より少し一回当たりの食事量を物足りなく感じるだけで殆ど飢餓感は覚えませんが、血糖値の急激な高下が抑えられますし、食事量に感じる物足りなさは慣れてくると感じなくなります。その段階で一食減らせば元々消費量に比べて摂取量が多かったわけですから、殆ど飢餓感を感じることなく食事量を三割程度減らすことが出来ます。

内容に関しても、以前は毎食ガッツリ大量に肉や加工肉を喰っていましたが、これは肉も魚も美味いけれど肉のほうが好きだから肉を喰っていたわけで、これを魚に変えても「好きなものが喰えない」と謂うだけで「不味くはない」わけです。「好きなもの」を喰う機会や量は大幅に減らしましたが、別段「不味いもの」を嫌々喰っているわけではないので、これだって全然不満足な状況ではありません。

さらに野菜のほうですが、これは元々かなり大量に摂っていたので、バランスが問題なのではなく絶対量が問題ですね(笑)。肉を大量に喰う関係上野菜を大量に喰っていたわけで、さらに野菜の種類を増やしたいと謂う欲があったので全体的に副食の量がかなり大量になっていたわけです(笑)。

主食を減らしたのと副食の主菜を魚にシフトしたことの兼ね合いで、野菜は種類を確保して量を減らす方向で考えていますから、減塩・減脂肪と併せて総体で考えると食事の面で打てる手は打ち尽くしたと謂うところですね。量は少ないですが、たまに甘いものや脂っこいものなどの嗜好品(その両者の条件を兼ね備えたドーナツが大好物なので)も喰っていますし、こう謂う内容に変えても食事の面でさしたる苦痛を感じたことはありません。

で、一般的に人間は三キロくらいまでは割合簡単に落ちるらしいので、それくらいでも普通なら三、四キロ落とせるはずですね。さらに入るほうを減らすだけではなく出るほうを増やしてやれば…と謂ってもセンナみたいな下剤の類を服用したところで尿や便として排出されるマッスなど知れたもので、定常的に身に着いている肉を削ってまで便の量が増えているわけではないですから(笑)、消費カロリーのほうですが、これは日常動作を超えた運動を習慣化すると謂うことで、簡単ではないですね。

この場合の「運動」と謂うのは、筋肉の機能性を向上させたり筋肉量を増やすと謂うアスリート的な意味合いの目的ではなく、無駄なマッスをエネルギーとして消費するのが目的なので、「可能な限り長時間連続的に動作を持続する反復的全身運動」が望ましいと謂うことになります。

それならスイミングや筋トレが最も効果が高いわけですが、普通に考えてスポーツの基礎訓練を継続していない一般人が、たとえば一時間も二時間もそれを持続出来るかと謂えば、これはまず無理ですね。

もっとハードルが低くてカジュアルなのはジョギングですが、「走る」と謂う動きは日常動作の一つとは謂え、よく考えるとイマドキの普通の大人は日常生活の上でまず滅多に走らない(一分以上走る場面と謂うのがまず思い附きません)ですから、最初は結構負担に感じます。また、肥満気味のコンディションで走るのは痩せている人が走るよりもさらに辛く不快なものです。加えて、走ると謂うレベルの激しい運動は、慣れないうちは膝や足を痛めたり心肺機能が追い着かない可能性も高い、季節によっては熱中症や突然死の危険もありますから、リスクが少し高いと謂う面もあります。

ですから、一番手っ取り早くて習慣附けしやすいのがウォーキングと謂うことになるわけで、普通の生活をしていれば歩かない人などいないですし、それを少しずつ長くしてやれば好いわけで、考え附く限りで最もハードルの低い全身運動ですね。医者から即減量を命じられるような大兵肥満の人でも結構普通に歩いていますから、これが一番習慣化しやすいでしょう。

ただ、走ったり歩いたりする運動はつまり「徒歩で移動する」と謂うことですから、当然その運動をすることで「A地点からB地点に動いちゃう」わけですね(笑)。一時間歩いたら一時間分だけ何処か他の場所に移動しちゃうわけです。トラック競技や水泳のようなクローズドサーキットの運動とか筋トレなどと一番違うのはそこで、これはつまり「移動する行程と目的地を設定する必要がある」と謂うことと「一旦始めたら途中で止められない」と謂うことでもあります。

さらに謂えば、目的地に移動するだけなら徒歩と謂う手段は最も非効率的な選択肢ですから、最初から「運動する為に非効率的な移動手段を選択する」と謂う「目的と手段の転倒」が起こっているわけですね(笑)。さらにこの下位のレイヤーにも「減量の為に運動する」と謂う目的と手段の序列が存在するわけですが、これも容易に転倒して「運動した結果減量する」と謂う形に逆転してしまいます。

前述の通りウォーキングには「目的地に辿り着かないとかなり困る」と謂う形で「一旦始めたら途中で止められない」と謂う目的達成の為の負圧が掛かっているので、たとえば「今日は何処其処から何処其処まで歩く」と決めた場合、現実的に可能な範囲のコース設定なら、途中で厭になっても達成出来る確率がかなり高いわけです。

体力的には達成可能なのにメンタルが挫けて挫折するのは、「途中で止めることで継続するよりも肉体的・精神的に楽な選択肢が存在する」からですが、ウォーキングの場合は、何処か途中で挫折したら見ず知らずの不案内な土地で移動手段を確認して交通機関を乗り継ぐと謂う割合面倒くさい選択肢しかないですから、そのくらいなら最後まで歩き通したほうが精神的に楽なわけですね(笑)。

で、この種の行動は当初の設定メニューやスケジュールを達成出来た場合の満足感が窮めて高いですから、歩くと決めて歩けたことそれ自体が楽しくなってきてしまい、さらに「これだけ歩くことが出来たのだから、もう少し歩けるに違いない」と謂う欲が出てくるわけですね(笑)。加えて、始めの頃は体重が落ちやすいので、減量目的で歩いていると「もっと歩こう、もっと減らそう」と謂う欲が出ます。

これが簡単に落とせる限界に衝き当たると、まあそこで諦めると謂う人もいるにはいるのでしょうが、一度体重を落とせたと謂う成功体験がありますから「歩き方が足りないからだろう」「もっとたくさん歩けば少しずつでも落ちるに違いない」と謂う死のスパイラルに突入してしまいます(笑)。

そんな泥沼にハマり込むと、徐々にもう減量なんかどうでも好くなってきて、歩くこと自体が目的化したりするのですね。体重が減ろうが減るまいが、苦しい思いをして歩き続けることそれ自体が面白くなってきてしまうわけです。何のことはない、ビギナーズラックで儲かった為に賭け事にどっぷりハマる人と大して変わらない心理機序だったりするのですね(笑)。

そして、それがオレのように中高年になってからの体験だと、これに年齢的な要件が加わります。

つまり、人間は四〇を超えると「昨日出来たことが今日出来ない」と謂う実感のほうが増えてきて、若い頃のように「昨日出来なかったことが今日出来るようになる」と謂う嬉しい実感なんて殆どなくなってくるわけです。

経験の蓄積で若い頃よりもっと上手く出来るようになってくることも多いですが、肉体的な可能性と謂う意味では、身体能力はもとより経験の蓄積を活用すべき精神や思考の力だって衰えてくるわけで、その衰えを受け容れることが「歳をとる」と謂うことなのだと思います。

しかし、多分今のオレは、生まれてこの方嘗てないくらい自分の二本の脚を酷使して活発に動き回っているわけで、間違いなくこれは「昨日出来なかったことが今日出来るようになる」と謂う体験で、そう謂う体験は多分これからどんどん少なくなってくることでしょう。これは裏を返せば、今よりも肉体的ポテンシャルが高かったはずの若い頃をどれだけ怠惰に過ごしてきたかと謂う意味でもありますが(笑)、そんなことはこの際どうでも好いのです(笑)。

ただまあ、皆さんが思っておられる通り、ちょっと何でもかんでも短期間でいっぺんにやろうとしすぎていると謂う反省はありますね。ちょっとここ数日の酷暑は身体に応えるので、八月一杯くらいは少しペースを落として、秋口の季節の好い頃合いにもう少しステップアップすることを考えたいと思います。

投稿: 黒猫亭 | 2010年7月21日 (水曜日) 午後 07時59分

>mimon さん

>>たぶん、作り話だと思いますが

いや、これが何とも微妙な話でして、一般的に「旧中山道」を「いちにちぢゅうやまみち」と誤読したのは、元CXアナウンサーである有賀さつきであると認識されているのですが、これは実は事実ではありません。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E8%B3%80%E3%81%95%E3%81%A4%E3%81%8D#.E9.96.93.E9.81.95.E3.81.A3.E3.81.9F.E3.82.A8.E3.83.94.E3.82.BD.E3.83.BC.E3.83.89

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E5%B2%A1%E9%BE%8D%E5%A4%AA%E9%83%8E%E3%81%AB%E3%81%AF%E3%83%80%E3%83%9E%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%9E!#.E3.82.A8.E3.83.94.E3.82.BD.E3.83.BC.E3.83.89

窮めてアバウトに生きている中山秀征や高田文夫のお陰で、有賀さつきは目出度く都市伝説の主人公として語り継がれることとなったわけです(笑)。ウィキで紹介されている場面はオレも観た記憶がありまして、たしかに日テレと思しき女子アナの失敗談を紹介すると謂う体の話だったと記憶しておりますが、「いちにちぢゅうやまみち」の件自体は実名を出していないふわっとした話し方だったので、有賀さつきが番組を盛り上げる為に考えた作話なのかそれとも事実なのかがハッキリしません。

ネットで検索しても、「これは○○局の○○アナのことである」と謂う指摘が出てきませんから、この件については「窮めて作話に近い噂話」と解するのが妥当だろうと思います。有賀さつき本人が考えたのでなくても、同局のアナウンス室に伝わっていたソース不詳の噂話かもしれませんし、基本的にCXと日テレは仲が悪く、この当時は日テレがCXを追い落として視聴率四冠を奪取していた時期ですので、そのくらいの悪意的な噂が流れていても不思議ではないと思います。

流石に録画が残っていないのであやふやな記憶ですが、たしか「フジの女子アナはアイドル気取りのアホばかりだ」と謂う話の流れで「他局のアナだってこんな失敗をしている」と謂う形で出てきた話だったかと思います。で「キミは読めるのか」と謂うふうに問われて「きゅうちゅうさんどう」と答えた、と。まあ、「アホなのは自分たちばかりではない」と他人様を巻き添えにしようとして逆にアホを晒してしまうと謂う、お手本のような自爆ネタですね(笑)。

投稿: 黒猫亭 | 2010年7月21日 (水曜日) 午後 08時00分

>604 さん

>>これは絶対「歩くの大好き物質」が脳から出てますね!

脳内に何か変な汁が出ているのは確かだと思います(笑)。今日は仕事が休みで天気が良いので、また何処ぞへ遠出したくなって足がムズムズするのですが、連休中の遠出の疲労が残っているにも関わらず昨日も帰宅時に一〇キロくらい歩いているので、流石に本日は休養日に充てることにしました(笑)。

>>減量目的で歩き出したら止まらなくなり、都心の会社から神奈川の自宅まで歩いて帰宅、休日も無駄に歩いている従兄がおりまして。

こう謂う病的状態に陥る心理機序についてはうさぎ林檎さんへのお返事でくどくどと説明していますが(笑)、語り残したこととして別の観点のお話をすると、たとえば都心から神奈川へ歩く場合、仮に片道一五キロくらいあると仮定しますわね。神奈川も広うございますから、場所によっては二〇キロ以上あるでしょうが、ひとまず一五キロくらいと仮定して。

何度か実測したところ、大体人間は普通に歩いている通行人をどんどん追い抜くようなペースで急ぎ足で歩いても、歩きでは時速五キロくらいが関の山なんですね。走ればこれが倍以上になるわけで、フルマラソンの平均タイムが男性で四時間半前後だそうですから時速一〇キロも出れば速いほうですね。世界記録が二時間ちょっとですからさらにその倍以上になりますが、まあ、普通の成人男性が一五キロ走るとすると一時間半、歩くとおおむね三時間くらい潰れるわけです。

一時間半走ると謂うのは、まだわからないでもないですね。たとえば六時で会社が退けるとしたら、すぐに着替えて走り出したとして自宅に着いた時点で七時半過ぎ、これなら電車通勤でも片道そのくらい掛かる人はたくさんいますから(と他人事のように書いていますが、オレは電車通勤でも二時間以上掛かるわけでして(笑))、ランニングで消耗する体力を考慮しなければそんなにわからないでもありません。

しかし、これが歩きとなると自宅に着くのが九時過ぎですから、寝るまでに三時間くらいしかないわけです。片道が三時間以上となると、やっぱりそれだけ通勤に費やすのは時間が勿体ないと謂う価値観があり得ますよね。仕事前(つまり起床から玄関を出るまで)と仕事を終えてからの一時間半の違いはかなり大きいわけで、人間が時間を無駄にするのは「仕事中」が圧倒的に多いのは当たり前の話ですね(笑)。

帰宅時に三時間歩くかどうかと謂うのは、たとえば電車に乗れば一時間程度で収まる通勤に三倍の時間を割くかどうかの違いでもあります。さらにそれは、歩くことが通勤と謂う機械的な移動手段と謂う以上の意味を持つかどうか、と謂う価値観の違いでもあるでしょう。

単なる移動手段に過ぎない行為に三時間も費やすのは明らかに無意味な時間の空費で誰だって厭ですが(笑)、それ自体が一種の目的性として成立するのであれば、普通なら本を読んだり音楽を聴くことでヒマを潰し退屈や人混みのストレスを我慢しながら電車に揺られているはずの時間をも積極的な娯楽に変えることが出来るわけですね。

で、退社後の一時間半の違いがかなり大きいとは謂っても、普通その浮いた時間で何をするのかと謂えば、晩酌を嗜みながらボーッとTVを漫然視聴していたりするわけで、一言で謂って受動的に時間を潰していることが多いでしょう。だったら積極的に娯楽と見做し得る体験に充てたほうが遙かに有意義な時間の使用法である、これも一つの価値観ではあるでしょうね。

件の604 さんの従兄やうさぎ林檎さんの自転車マニアな同僚は、世間並みの価値観から謂えば大変不幸にして(笑)その間の機微を実感しちゃったことで真っ当な常識を踏み外してしまったんでしょうねぇ(笑)。おそらく、本人はハタから見るより遙かに楽しいのでしょうから、出来るだけそっとしておいてあげてください(笑)。

>>さてあるところから体重が落ちなくなるのは、ただの停滞なのか体が最適化されたのか。

オレが考えているのは、極一般的な人体の重量と謂うのは、或る内的な状態を維持する為に肉体の仕組みが維持している重量+三キロくらいの余分な重量で出来ていて、肥満した人でも「肥満気味で安定した状態」を維持するように仕組みが働いており、さらにそれより数キロ余分な重量が乗っているんだと思います。つまり、人体には大体三キロくらいのプラス分の余裕を持って、或る重量を維持するような仕組みが働いているわけですね。

その分の三キロは謂わば肉体の仕組みが許容している誤差の範疇ですから、肥った人でもちょっと頑張れば三キロくらいは簡単に落ちるのだろうとは思うのですが、「肥満気味で安定している状態」において肥満から脱却する為に違う状態に変えようと思うと、意外に強固な抵抗があるのではないかと思います。

一種のホメオスタシスなんでしょうけれど、たとえばオレはダイエットを開始してから一月半を経過するまでに七キロくらい落としましたが、これは大体平均して一週間で一キロ落ちていると謂うことで、このペースで際限なく痩せ続けるならこの先七〇週間、つまり一年半くらいでほぼ「体重がゼロになる」と謂うことです。

幾ら頑張っても、このままの生活を続けていれば一年半後に体重がゼロになると謂うわけがありませんので(笑)、体重が減るに従って、防衛上どんどんそれ以上落ちにくくなる傾向が強くなってくるのではないかと思います。まあ、体重ゼロがあり得ないことは直観的に誰にでもわかりますが、三〇週でも三〇キロ落ちるのですから、半年剰りで体重七〇キロ以上のオッサンが四〇キロになってしまうわけで、病気でもない限り普通そんなことはまず起こらないでしょう(笑)。

>>運動量が増え過ぎると食べるだけでは追いつかず、自分の筋肉までもエネルギー源として消費するので痩せていく、などという話も聞いたことがありますが…まさかそこまではなさらないですよね。

そんなことはないと思いますが(笑)、仰る通り、あんまり急に体重を落とすと骨や筋肉に影響が出てきますから、一応気を附けてはいます。

実際、歩いた直後に体重計で計測すると、体重は減るけれど、体脂肪率や内臓脂肪率が却って増加する半面骨や筋肉の割合が減少していることになっていて、涼しい日より暑い日のほうが体重の減少幅が大きいので、歩いているそばから脂肪が消費されるわけではなく、まず基本的に水分が抜けて重量が減るのではないかと思います。仰るように、筋肉や骨を消費している部分もあるのかもしれません。

脂肪は最後の最後、歩いた後の安息時に分解されて全体的な帳尻が合うように出来ているのだろうと思いますから、脂肪だけを短時間で効率的に減らすのはなかなか難しいのだろうと思います。

投稿: 黒猫亭 | 2010年7月21日 (水曜日) 午後 08時00分

お早うございます。
…遂に体重減少に取り組まれたと思ったら、色んな事を詰めながらどんどん行ってますねえ…
(やっぱり体重オーバー気味だったんですね…10年前より見た目一回り大きくなってたのは気のせいじゃなかったのかw)

ウォーキングが効率が良いのはとにかく途中で止めても帰りの算段が面倒だったり、というのは激しく同意です。私は通勤ウォーカーですが、歩いて帰ると決めると、途中でバスや電車に乗るのが面倒なルートを選んだりしますw
あと、暑いからとか、雨だからとかで会社休めないし、というのも続ける動機になりますね。ジョギングなどは基本着替えないとできませんが、歩くのは普段着でもOKですし(ただし、靴と帽子は選びますがw)。

つまり、イベントではなく習慣、しかもやればやる程効果になって現われるとなると、「止められない」感は強いです。休日も都内の移動は行きは電車でも帰りは新宿までは歩く、それに昼飯のカロリー調整を加えて、1年半で15Kg減という感じでしたから、とむざうさんよりはかなり緩いペースですけどw 

それでも歩いて身体を壊すのは本末転倒ですから、暑い時は無茶せずでw

投稿: shof | 2010年7月22日 (木曜日) 午前 07時41分

>shofさん

お久しぶりです。一年半で一五キロも落とされたと聞いたときは少し心配だったのですが、お元気でお過ごしのようで何よりです。この前そのお話を伺ったときは自分が心配していたのに、今では他人様から心配されるようになってしまいました(笑)。

>>やっぱり体重オーバー気味だったんですね…10年前より見た目一回り大きくなってたのは気のせいじゃなかったのかw

いや、「一回り」はオーバーですって(笑)。体重計の誤差は四キロ程度ですから、実重量で謂えばそのくらいしか増えていません。寧ろ、仕事がなかった時期に体組成が変化して体脂肪率が増えたのが、緩んで見えた一番の原因じゃないですかね。自分で鏡を見ても一〇年前よりかなり緩い体型になったと謂う自覚がありました(笑)。

倒れたときには筋トレを二カ月くらい続けていましたから、体重は変わらなくても体型は大分マシになっていたんですけどね。それ以前が大分ひどくて、一時期は全身の筋肉が痩せて結構ユルユルな体型になってしまいました。万已むを得ずゴロゴロしていたわけではありますが、やはり人間、懶惰は一番の大敵ですよ(笑)。

>>ウォーキングが効率が良いのはとにかく途中で止めても帰りの算段が面倒だったり、というのは激しく同意です。

今はケータイなんて便利なものがありますから、一応路線検索すれば何処からでも帰れることは帰れるんですけどね。仰るように、駅へ行くのに或る程度歩く必要があったり乗り継ぎが面倒だったり遠回りだったりすると、「このまま歩いたほうが楽じゃん」と謂う気になりますよね。

都心だと出鱈目に歩いても何処かの駅に着いてしまいますし、各路線の相互乗り入れが進んでいるとは謂え、やっぱり心理的にはかなり面倒臭いですね。

>>あと、暑いからとか、雨だからとかで会社休めないし、というのも続ける動機になりますね。

もう勤め先に来ちゃっている時点で、たとえばスイミングに例えればプールに来ているようなものですからね(笑)。着替えてプールサイドに立っているのに、「面倒臭いから今日は止めよう」って気にはならないですね。仕事が終わったら何の躊躇もなく歩こうと謂う気になります。

>>ジョギングなどは基本着替えないとできませんが、歩くのは普段着でもOKですし(ただし、靴と帽子は選びますがw)。

一番敷居が低いのはそこですかね。ジョギングだと冬でも汗みずくになりますから専用ウェアを持ち歩いたり着替えスペースが必要ですが、歩きは玄関口を出たそのままの格好で出来ると謂うのが面倒がないです。

通勤の場合は日が暮れてから歩くので帽子はいつも通りですが、休みの日は日中歩きますから、普通より鍔が広くて通気性の良い帽子を被ります。ぶっちゃけ通勤で被っているような高級品だと汗で傷むのが勿体ないので、安物の麦藁帽子ですが(笑)。以前書いたように、頭からタオルを被ってその上に帽子を被ると謂う「お百姓さんスタイル」です。通勤時には流石にそこまで胡乱な格好は出来ませんけどね(笑)。

で、肝心なのは靴で、やっぱり歩きやすいものでないといけませんね。ここで唐突に買い物自慢なんですが(笑)、オレがウォーキングを続けられているのは退院後に買った靴が当たりだったと謂うことも大きいです。

ここ一〇年くらい雨の日に愛用してきたトレッキングブーツがハードなヘビロテで剥げちょろけのかなり見窄らしい見掛けになってしまい、以前からその後継となるゴアテックスを装備した雨用の靴が欲しかったのですが、ゴアテックスの有無で一万円くらい値段が違うし、ちゃんとしたトレッキングブーツとなると四万円くらいするのでどうしたものかと思っていました。

まあ、その条件で手頃な価格帯だとミリタリー用のタクティカルブーツが候補になるんですが、タクティカルブーツってアディダスからも出ていますが基本的に輸入品で欧米人向けの足の形に出来ていて、意外とそんなに履き心地が好くないのでどうしたものかと迷っていました。どう謂うわけか、「スリップレジスタントソール」を謳っていても濡れたタイル面や金属面で矢鱈滑るのも考え物ですし。

踏ん切りが附かないので、五月末くらいに東武の紳士用靴売場を覗いてみたら、リーガルから同社の通常の製品とほぼ同価格帯でゴアテックス内蔵の革靴が出ていて、スタイルも同社製品にしてはカジュアルでスポーティーなラインでジーンズにも合いそうなデザインだったので、一日考えてから後日購入しました。

これがかなり大当たりで、リーガルならではのフィット感もさりながら、重みで蹴り出しの力を稼ぐのが基本のリーガル製品なのに、ほぼ重みを感じないくらい軽くて歩きやすく、その上ゴアテックス装備で完全防水ですから、購入後通勤時はずっとこれを履いています。

通常ゴアテックス内蔵だと、表革と内張の間の層にゴアテックスを挟み込む形になるので厚ぼったくて丸っこい印象になるんですが、これはどう謂う仕組みになっているのか殆ど通常の革靴と厚みが変わらないんですね。それで見た目がかなりシャープでスッキリしたシルエットなのもポイントが高いです。雨の日に履いてみてもしっかりゴアテックスの防水が効いていますから、素材の技術だと思うんですが。

近年、靴の買い物は外れが多かったので、久々に当たりを引いて得した気分です(笑)。

>>つまり、イベントではなく習慣、しかもやればやる程効果になって現われるとなると、「止められない」感は強いです。

一〇〇グラム単位まで量れて、体脂肪率や内臓脂肪率も計測出来る体重計があると、体重増減の仕組みが段々わかってきますね。これなら減っているだろうと思って量ると意外とそうでもなくて、変なタイミングで減っていたり、これをやったら増えるだろうと思っても逆に減っていたり、そこで得られたデータをフィードバックして試してみると思惑通りだったりすると、体重をコントロールすること自体が面白くなってきますね。

今では、歩くことと体重を減らすことが目的と手段の関係ではなく、別立ての関心事みたいな感じになっています。ですから、体重を減らすことに追われて強迫的に歩いていると謂う感じでもないんですよね。どっちも別立てで楽しいです(笑)。医者も、次回の血液検査を予定している九月くらいまでに目標を達成していれば十分だと言ってますから、明らかにペースが早すぎるんですよね(笑)。

>>休日も都内の移動は行きは電車でも帰りは新宿までは歩く、それに昼飯のカロリー調整を加えて、1年半で15Kg減という感じでしたから、とむざうさんよりはかなり緩いペースですけどw

オレも同じような体制ですね。昼飯は弁当と決めていて、退院後二カ月くらいになりますが、仕事先で外食したことがないですね。外食だと量の調整が効かないですし、それまで利用していた店がハイカロリーで味の濃い料理ばかりでしたから(笑)。

弁当の副食は流石に魚と謂うのも億劫なので、昼飯だけは主菜で肉を喰うのですが、冷食のメンチカツやハンバーグなので量は知れたものですね(笑)。後は減塩・減脂肪の野菜料理が数種類ですから、以前に比べると大分脂っ気の抜けた食生活です(笑)。

まあ、これだけ頑張れているのも、以前shofさんから体重を落とした話を伺って、ああオレくらいの年齢域の人でも頑張ればそのくらい落とせるんだ、と思ったことも励みになりました。

>>それでも歩いて身体を壊すのは本末転倒ですから、暑い時は無茶せずでw

お気遣いありがとうございます。いやホント、先週くらいまでとは違って梅雨明け以降の猛烈な暑さは真剣にアブナイので、今後一カ月くらいは少しペースを落とそうと思っています。

投稿: 黒猫亭 | 2010年7月22日 (木曜日) 午後 12時01分

こんにちは。
>「このまま歩いたほうが楽じゃん」
これがハマるかどうかの分岐点かも。どんな所に出かけても、「ココからココまでは歩けるなあ」とか考えるようになると完璧ですな。電車などでは分らない地形や街角の様子を楽しみつつ歩くようになっちゃうと、もう後戻りはできません。何処でもウォーカーの世界にようこそw
(類似人種に何処でもサイクリストあり。100km圏はチャリでおkという高千穂遥な人々ですな)
私はiPod touchとPocket Wi-Fiでグーグルマップを見ながら歩くのも良くやります。

>歩きは玄関口を出たそのままの格好で出来ると謂うのが面倒がないです。
スポーツウェアに着替えて、大きく腕を振りながらウォーキング、と考えると何か違うんですよね…早歩きを30分以上でないとダメというのも最近の研究では否定的で、10分x3の細切れでもちゃんと運動効果は出るんですと。
通勤経路を徐々に歩きに変更して、が私の場合「街中は歩くもの」に変化した次第。中山道は近くに無いのでw これが嵩じてくると、お江戸を舞台にした小説のルートを潰してみたくなったり。品川台町から浅草ってどのくらい時間がかかるかな、とか。

>ここで唐突に買い物自慢なんですが(笑)、オレがウォーキングを続けられているのは退院後に買っ
>た靴が当たりだったと謂うことも大きいです。
そう来ると思ってました。良い靴を求めるのは難しいですが、歩きに適したものを手に入れられたんだろうなあと。じゃなければ「歩くと脛が痛む」とか言ってたヒトがこんなことにはなってないだろうw 今のとむざうさんのウォーカー生活、私は結構驚いています。
婦人靴だと、見た目がそれなりで歩きにも適しているというのは、なかなか見つかりません。試し履きしただけでは「3時間ぐらい歩いても大丈夫か」というのが分らないこともありますし。見るからに「絶対無理」というデザインは多いですが、「ウォーキング用」を謳っていても油断は禁物だし、夏場のサンダルもまた罠が多くて…年がら年中ハイカットスニーカーやブーツというわけにもいかないので、悩みます。何でちょっと歩いただけで足が痛くなる靴を作るんだ、現代の纏足か?とかつくづく思いますw

>まあ、これだけ頑張れているのも、以前shofさんから体重を落とした話を伺って、ああオレくらいの年
>齢域の人でも頑張ればそのくらい落とせるんだ、と思ったことも励みになりました。
社員の生活習慣病有病率の上昇に業を煮やした健康保険組合が「全社員に万歩計(消費カロリー計算機能付きで、ネット上でグラフ記録も可能)をタダで配布、ポイントラリーを導入」という手段に訴えたというw
目に見えるものがあると頑張っちゃうタイプが多かったせいか、ウォーキングを中心とした減量に成功した人間(私と同年代以上)はかなり存在します、はい。1日1万歩というのが初期の糖尿病の運動指導なんかで良く言われる数字ですが、通勤ウォーカーなら結構楽にクリアできます。で、そのうち歩くこと自体が楽しくなっちゃって続けているうちに、体重維持にも良い影響が、と。
社員の心血管系疾患や糖尿病の有病率を下げるのは、企業健康保険組合にとっては財政上の大きなメリットですし、同業他社からの問い合わせも多いようです。
(「踏み外す」人間をどんどん生産しているような気もしますw)

>いやホント、先週くらいまでとは違って梅雨明け以降の猛烈な暑さは真剣にアブナイので、今後一カ
>月くらいは少しペースを落とそうと思っています。
朝8時には既に30℃オーバーですからねえ…私は、午前7時までに出社というのがいいかもと考えていますw

投稿: shof | 2010年7月22日 (木曜日) 午後 05時20分

>shofさん

こんばんわ。昨日は一日休養日に充てたし、本日も仕事が休みだったので、今さっき近所の河の土手道を往復一六キロ歩いてきました(木亥火暴!!)。

>>これがハマるかどうかの分岐点かも。どんな所に出かけても、「ココからココまでは歩けるなあ」とか考えるようになると完璧ですな。電車などでは分らない地形や街角の様子を楽しみつつ歩くようになっちゃうと、もう後戻りはできません。何処でもウォーカーの世界にようこそw

そんな大層な世界にハマり込んでいたのか、オレは(笑)。たしかに、仰る通り最近は自宅や職場の周辺の地図をネットで精査するのが楽しみになっていて、歩いて行けそうなところならすぐにプリントアウトして歩いてしまいますね。

電車を利用している間は点と点の形でしか認識していなかった街並を、連続的な線として認識出来ると謂うのは、ウォーキングの最大の魅力ですね。バイクや自転車でも同じようなことが謂えますが、徒歩の好いところは幹線道路から外れた場所にも気が向けば思い立ってすぐに入って行けるところです。

オレは一二年前までバイクに乗っていて、初めて自分のバイクを持って以来行動半径が格段に拡がったように感じていましたが、何だかんだでやっぱり車道上から視る景色以上のものは視ていなかったように思います。バイクや自転車に比べれば徒歩の移動半径は小さいですが、その分細かいところまで目が行くように思います。

>>類似人種に何処でもサイクリストあり。100km圏はチャリでおkという高千穂遥な人々ですな

チャリって動力が人力ですが、舐めたモンじゃないですね。殊に最近の先進技術の粋を凝らした機体なら、意外に距離当たりに費やす体力がそんなでもないので、距離だけ聞くとびっくりするくらい移動範囲が広大ですね。まあ、本来は軽車両としてそれなりに交通ルールで縛られているはずの乗り物ですので、歩行者と混在して通行していると不快な乗り物ではありますが、単位距離当たりの移動に掛かる実時間は実は動力を具えた車輌と殆ど変わらなかったりしますね。

たとえば徒歩で一〇キロ歩くだけの体力をチャリを漕ぐ力に換算すると、かなりとんでもない距離になってしまうのではないかと思います。流石にそこまで行動半径が拡がってしまうと収拾が附かないので、今のところチャリの購入は思い留まっているところですが(笑)、もう少し歳を取ったら自転車を始めることを考えても好いかな、と思っています(笑)。

>>スポーツウェアに着替えて、大きく腕を振りながらウォーキング、と考えると何か違うんですよね…

何か、「やるぞ」と思ってやるものではないように思いますね。会社を出て最寄り駅まで歩くのとまったく同じようなフィーリングで歩き出して、距離だけが際限なく伸びていくと謂う感じですね。その辺りのカジュアルさが魅力でもあります。

>>これが嵩じてくると、お江戸を舞台にした小説のルートを潰してみたくなったり。品川台町から浅草ってどのくらい時間がかかるかな、とか。

かなり大雑把な言い方ですが、江戸城、つまり今の皇居を基点にすると四宿まで歩くのに大体男の足で二時間以内じゃないかと思います。品川台町から浅草だと、一時間半とかそんなモンじゃないでしょうか。そう謂うふうに考えると、幾ら昔の主要な移動手段が徒歩だったとは謂え意外と狭い範囲に一〇〇万人もの人口が犇めいていたんですね。

まあ、今の東京の町並みは殆ど江戸時代の俤なんてカケラも残っていませんし、銀座辺りから品川近辺までの大規模な埋立事業で大分地形が変わっていますから、たとえば浅草と謂っても今の浅草と昔の浅草は「地球上の同じ座標上にある」と謂う以上の意味は感じませんが(笑)、昔の人はこのくらいの距離を徒歩で移動していたんだな、と謂う感慨はありますね。

半七老人の隠居所があった赤坂がその当時は東京市の郊外だったことを考えると、今で謂う「東京」と幕末・明治の「東京」ですら全然地理的概念が違いますよね。

>>良い靴を求めるのは難しいですが、歩きに適したものを手に入れられたんだろうなあと。じゃなければ「歩くと脛が痛む」とか言ってたヒトがこんなことにはなってないだろうw 今のとむざうさんのウォーカー生活、私は結構驚いています。

自分でも「こんなに歩くんだなぁ」と驚いています(笑)。つい最近までは、マイクロフト・ホームズかネロ・ウルフか、はたまた鬼警部アイアンサイドか(こらこら)と謂うくらい歩きと縁のないインドア生活が主体でしたからね(笑)。

不謹慎なネタはともかく(笑)、ホントに履きやすい靴ってなかなか当たらないものですよね。幾ら作りが良くても自分の足に合わなかったら意味がないですし、ましてデザインの好みと歩きやすさを両立させようと思ったら、かなり投資が必要です。形だけ好みに合っていても歩きにくかったら自然に履かなくなりますし、幾ら履きやすくても形が気に入らなかったら楽しくないですし。

基本的にオレは靴に対する注文は煩瑣いほうでして(笑)、細身でシャープなデザインでありながら柔弱な印象ではなくどことなく男臭い性格があって、それでいて重くて厚いのは嫌いだけれど軽くて薄すぎると衝撃が直に伝わって足が疲れるし(笑)、あんまり固いのは足が擦れて痛くなるけれど、柔らかすぎるのも足の裏が伸びすぎて痛くなる、或る程度の装飾性は欲しいけれどゴテゴテしていたり厭らしく装飾過多なデザインは願い下げ…と謂う具合に、何だか「ニュルンベルグのマイスタージンガー」のハンス・ザックスのアリアみたいな文句ばかりが出てきます(笑)。

見た目的にはウェスタンブーツみたいなシルエットが良いんだけれど、そもそもウェスタンブーツってのは乗馬を想定したブーツだから歩くのには向いていないし、最近はなかなかこれぞと謂う靴に当たらなくて困っていたところです(笑)。そもそもは雨用の靴を探していたのですが、凄く気に入ったので晴雨兼用で毎日履いています。

まあ、休みの日にお百姓ルックで近所を歩き回るときは、舗装道路ならナイキのジョギングシューズだし、土手道や山道のような未整地が混じるような場合なら剥げちょろけのトレッキングブーツのまんまですが(笑)。

>>婦人靴だと、見た目がそれなりで歩きにも適しているというのは、なかなか見つかりません。

まあ、老舗のブランドでも女性が好き好んでそんなに長い距離を歩く状況を想定していないと謂うのが本当のところでしょうね。現代の纏足とまでは行かなくても、女性の行動様式のマジョリティが循環的にそう謂う不便をもたらしているのでしょう。

ただ、レインシューズなんかだと女性用の靴はバリエーションが豊富で羨ましいと思いますよ。いろいろ探してみたんですが、紳士用の雨靴って基本的に「ゴム長」しか存在しないんですよねぇ(笑)。後は、防水仕様のダサいクラリーノ通勤靴くらいしかないと謂うのが実情です。

雨の日に、電車の中で女の子がオシャレなレインシューズやブーツを履いているのを視ると、女の子ばっかりずるいなぁとか思ったりします(笑)。

>>社員の生活習慣病有病率の上昇に業を煮やした健康保険組合が「全社員に万歩計(消費カロリー計算機能付きで、ネット上でグラフ記録も可能)をタダで配布、ポイントラリーを導入」という手段に訴えたというw

まあ、そちらのお仕事柄「医者の不養生」みたいな状況になったら商売にも関わってきますからねぇ(笑)。全社挙げてのウォーキングブームと謂うのでは、取っ掛かりがさらに容易ですね。ただ、そちらの会社の引け時になるとオサレなオフィスビルから歩く気マソマソの会社員が各年齢域の男女を取り混ぜて鼻息も荒く大挙して吐き出されるのかと思うと、ちょっと怖いです(笑)。

業種的に考えると、営業職相当の職域には「理系で尚かつ体育会系」と謂うこの世で一番非常識な人種もゴロゴロいるでしょうから、「日曜の朝、歯を磨いていたら窓から富士山が見えたので歩いて登って帰ってきた」とか「ふと美味いうどんが喰いたくなったので本場の稲庭うどんを喰ってきた」とか、殆ど大昔の忍者伝説とか役の行者伝説みたいな自慢話に花が咲いているのかと思うとゾッとしますね(笑)。

投稿: 黒猫亭 | 2010年7月22日 (木曜日) 午後 09時27分

おはようございます。

ちょっと見ないうちにコメント欄がものすごい事になってますね(^^;。それだけ皆さん関心があり、またとむざうさんも語るべき事がたくさんあると言う事でしょうか。

まぁ、うちの方なんかになると最寄り駅で5~6kmくらい(しかもほとんどずっと坂道)と公共交通機関そのものがほとんどありませんし(爆)、一日中山道には最適の環境ではあります。
雨の少ない土地柄故、巨大な水たまりも腐るほどありますし、水と緑と青空には事欠きません(笑)。しかしそれだけに各家庭には複数台の自動車があり、都会の人に比べて却って歩く事が少ないというのはちまたで言われているとおりです。

だったら、僕も筋トレなんかではなく散歩でもしたらいいんでしょうが、うちの裏山はまむしやイノシシが出没して危なくて夜に出歩けたものではありません。というのは半分冗談ですが、歩くとよく見ていたはずの景色でも新しい発見が多くて楽しいというのはよくわかります。
自分の住んでいる住宅街の中だけでも違った角度からの景色に驚いて感動したりというのは昔犬を飼っていた頃の散歩でよく経験しました。

で、靴ですがホンマにこれは当たりはずれが大きいですね。ウォーキングシューズを謳っていて値が張るものならいいかというとそう言うわけでもない。僕は仕事では結構歩く事があるので、仕事用の靴というのは結構大事なんですが、僕の場合はアシックスのハダシウォーカーというのがベストでした。これは価格が1万円前後ですが、自分の足にはフィット感が最高で、底は薄いんですが、クッションもちょうど心地よく、一番疲れにくかったですね。ハダシで歩いている感覚という看板に偽りなしでした。
って過去形なのは、今使っているのはリーボックのレインウォーカーという靴だからです(笑)。仕事柄、水気の多い田畑にも足を踏み入れる事が多く、防水のウォーキングシューズが必要だったからです。
これは、名前の通り防水性能に文句はなく、靴底も凝った構造になっているんですが、エアーによるクッションが効きすぎ、親指による踏ん張りが効きにくいのが最大の欠点でしょうか。
つまり、運動としてのウォーキングにはいいけど、不整地なども含めた普段歩きや山歩きにはもう一つというのが僕の見解です。というわけで、高い金を出した割には「はずれ」と言うほどではなかったものの、「当たり」でもなかったのでちょっと悔しいと言う感じなワケです(笑)。

結局何が言いたいのかよくわからないコメントになってしまいました(爆)。とりあえずお互い健康には気をつけて、できる限り長生きしましょう。
・・ってやっぱりお達者倶楽部みたいですな(木亥火暴!!)

投稿: がん | 2010年7月24日 (土曜日) 午前 10時41分

>がんさん

昨日は流石に暑すぎてちょっと歩くのが辛かったですねぇ(笑)。ここ数日の経験で謂うと、やっぱり酷暑の最中に歩くのは、もう少し涼しかった頃に比べて肉体的負担が大きいですね。水分補給しながらでも、夥しい発汗や体温の上昇で体力の消耗も激しいですし、筋肉や関節の痛みもかなり早い段階で覚えて疲労も長引きます。

>>ちょっと見ないうちにコメント欄がものすごい事になってますね(^^;。それだけ皆さん関心があり、またとむざうさんも語るべき事がたくさんあると言う事でしょうか。

オレに関しては仰る通りですが、コメントを下さった皆さんとしては、「病人」を労るような親切気のほうが強いでしょう(笑)。すでにその道に足を踏み入れているshofさんは例外として、もっと気候の好い季節ならまだしも、この糞暑い最中に嬉しがって汗みずくで歩いている奴を見ても、普通「自分もやってみようか」と謂う気には一ミリもならないですよね(笑)。

>>雨の少ない土地柄故、巨大な水たまりも腐るほどありますし、水と緑と青空には事欠きません(笑)。しかしそれだけに各家庭には複数台の自動車があり、都会の人に比べて却って歩く事が少ないというのはちまたで言われているとおりです。

都心に比べるとオレが住んでいる町は大概田舎ですが、それでも一応都心からの通勤圏の範疇ですので歩いて数分のところにコンビニが二軒ありますし、一五分も歩けばスーパーやショッピングセンターがありますから、「買い物難民」と謂うほどでもありませんし、公共機関へのアクセスが不便だと謂っても、それも飽くまで都内と比べての話ですからね。

こちらに越して来た当座のエントリでそんな話をしましたが、地方のほうでは悠長に歩いていたら殆ど日常生活が不可能と謂うレベルでしょうね。基本、現代生活において移動手段として「歩く」と謂う非効率的な選択肢を取るのは、実用的な意味は一切なく一種の「趣味」か「療養」と謂う意味しかないと思います。

>>だったら、僕も筋トレなんかではなく散歩でもしたらいいんでしょうが、うちの裏山はまむしやイノシシが出没して危なくて夜に出歩けたものではありません。というのは半分冗談ですが、歩くとよく見ていたはずの景色でも新しい発見が多くて楽しいというのはよくわかります。

このエントリで語った山歩きの際にも、「マムシ注意」の立て札を見てびびったことがあります(笑)。好き好んで誰も出歩かないような炎天下に、一日に一人くらいしか通らないような山道でマムシに咬まれたら洒落にならんですよねぇ(笑)。嘘も隠しもない田舎育ちではありますが、子供時代から徹底したインドア派だったので、アオダイショウかヤマカガシくらいしか見たことはないんですよ。マムシなんかに咬まれたら、処置に困ってしまいます。

しかし、順序から謂えば男性の場合は、まず筋トレで筋肉を作ってから脂肪を落とすのが、理想的なカラダの作り方ですよね(笑)。倒れる前は体重を落とす必要を感じなかったので、同じ体重で筋肉の比重を少し増やそうと思って筋トレをやっていたんですが、今は「運動療法」としてLDL値を下げる為に筋肉量が落ちたまま体重を落としているので、カラダの出来から謂うとあんまり望ましい感じでもないです。

だから、今現在筋トレをしているがんさんの場合は、これからウォーキングなりジョギングなりで体重を落とせば好いと謂うことになります(木亥火暴!!)。

徒歩移動の際に出発点から目的地までついつい脇目もふらずに歩いてしまうのは、無駄な体力と時間を消耗するのは厭だと謂う心理が働くからだと思いますが、距離を歩ける自信が附いて、歩きを趣味として楽しむ気持ちが出てくれば、今まで歩いていた道も違うふうに見えると思いますし、道草を楽しむ余裕も出てくると思いますよ。

>>で、靴ですがホンマにこれは当たりはずれが大きいですね。ウォーキングシューズを謳っていて値が張るものならいいかというとそう言うわけでもない。

人間の動作の中で一番コストが大きいのが二足歩行で、その際に肉体の全重量と接地の衝撃を受け止めるのが足ですから、靴ってのは大事ですね。若い頃は体重も軽いし運動機能も充実していますから、スポーツでもやっていない限り靴の機能性の善し悪しなんかあんまり気にしませんが、歳を取ってくると見た目だけで選んで臍を噛む経験が増えてきますね。

>>これは、名前の通り防水性能に文句はなく、靴底も凝った構造になっているんですが、エアーによるクッションが効きすぎ、親指による踏ん張りが効きにくいのが最大の欠点でしょうか。

その辺の設計バランスとか難しいですね。接地の際の踵や膝に掛かるインパクトを吸収するのは大事ですが、クッション機能が柔らかすぎると足裏や指の動きを蹴り出しに変える動きにロスが出て疲れやすくなりますし、踏ん張りが効かないと足首を捻りやすくなりますね。

しかもそれが誰にでも当てはまるわけではなく、がんさんが仰るような個別の靴に求める用途によっても違うし、個々人の癖や好みや体質にも左右されますから、自分に合う靴を探すのは結構難しい。

基本的に安物で当たりを引く確率は限りなく低いですから、安価で提供可能な尤もな理由でもない限りは或る程度良い物を買ったほうが好い、となると外れを引いたときのダメージも大きいですが(笑)、質の悪い靴を使用し続けるデメリットは、積もり積もって歳を取った後に出てきますから、必要な投資ではありますね。

>>結局何が言いたいのかよくわからないコメントになってしまいました(爆)。とりあえずお互い健康には気をつけて、できる限り長生きしましょう。

長生きはしたいですねぇ。ピンピンコロリじゃないですが、なるべく最後まで他人様の世話になることなく元気で少しでも長く人生を楽しみたいものです。中高年になると誰でも三大疾病や生活習慣病のリスクが高くなってきますが、それは裏を返せば大多数の人間が晒されているリスクなのだから、科学的な裏附けのあるしっかりした対処のセオリーが出来ていると謂うことで、そのセオリーに則って気を附けていれば好いと謂うことです。

無病息災で長生きするのは殆どの人間の夢でしょうけれど、まあ、自分の年齢域に好発する健康リスクに気を附けるくらいのことしか出来ないわけで、それも仕事を抱えているとそればっかり気にして生きているわけにもいきません。精々何かしらの疾病が発覚してから真剣に考える羽目になるわけですが、無病息災と謂う一方で一病息災とも謂いますから、それはそれで好いようにも思います。

投稿: 黒猫亭 | 2010年7月25日 (日曜日) 午前 05時33分

黒猫亭さん、ご返信ありがとうございます。
> ウィキで紹介されている場面はオレも観た記憶がありまして、
You Tubeに残っている、この場面ですね。
http://www.youtube.com/watch?v=uYTv4qVTV2I
1分30秒から2分5秒のあたりです。
有賀さつきは、「いちにちじゅうやまみち」ではありませんけれども、「きゅうちゅうさんどう」に関しては、クロです。
しかし、こんなくだらない場面まで、証拠が残る時代なのですね。

投稿: mimon | 2010年7月25日 (日曜日) 午後 06時51分

>mimon さん

>>You Tubeに残っている、この場面ですね。

おお、これこれ。なるほど、NG珍場面集として放映されたものですか。(1)の冒頭に入っている番組の告知(二〇〇一年元日放映の特番)や「20世紀」と謂うタイトルの附け方を見ると、二〇〇〇年末に放映されたもののようですね。動画がアップされたのが二〇〇八年。ちょっと画面が粗くて視認しづらいのですが、件の上ダマの放映年は「'91 」とテロップが出ているように見えます。

つまり、NG珍場面集が放映された時点では九年前の事件で、それを八年後に動画に起こしてアップしているわけですから、自然な時間経過ですね。ウチにある録画物の状況を考えても、流石に九一年当時のビデオはないですが、九〇年代後半から〇〇年代にかけての録画ならかなりビデオカセットが残っています。

>>有賀さつきは、「いちにちじゅうやまみち」ではありませんけれども、「きゅうちゅうさんどう」に関しては、クロです。

内容を視ると、「やまみち」のほうはフリップになっていますから、放送作家の書いたネタで有賀さつきはMCとしてそれを紹介しただけ、フリートークではなかったわけですね。流石に一九年前の記憶だとその間の経緯がうろでした(笑)。

「N局美人アナ(28)」とありますから、普通に考えれば日テレの女子アナを当てこすっているわけで、日テレの女子アナには詳しくないので(笑)調べてみました。

当時二八歳の「日テレ美人アナ」と謂うと、鷹西美佳、大杉君枝、斉木かおりと謂う辺りになるようですが、「人気女子アナ」とかではなく「美人アナ」と表現されているところを視ると、まあ想定されているのは美人度の高い鷹西アナですかね。

ただ、放送作家が書いたイニシャルトークだと尚更実否が判定しづらいですね。そう謂うNG場面を目撃している可能性も高いですが、真偽不明のイニシャルトークなら平気で嘘や事実無根の噂話を書きますしね。結局、実際に誤読した場面の映像が確認されない限り、「やまみち」の真偽は不明ですね。

投稿: 黒猫亭 | 2010年7月26日 (月曜日) 午前 12時26分

ああ、しばらく拝見しないうちになんと過酷なことを…。

一歩前に出て、歯を食いしばっております。
黒猫亭さんのお越しをお待ち申し上げます。
どうぞ歩いて(爆)

投稿: 山形ミクラス | 2010年7月31日 (土曜日) 午後 09時29分

>山形ミクラスさん

>>一歩前に出て、歯を食いしばっております。

…嗤ったな?…今、俺のハイキングを嗤ったな? …嗤えよ、どうせ俺なんか…

そう謂う次第で、山形ミクラスさんの処遇としては、後ろから容赦ないライダーキックで蹴り殺すことにします(木亥火暴!!)。

投稿: 黒猫亭 | 2010年7月31日 (土曜日) 午後 10時59分

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