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2010年7月 7日 (水曜日)

道、未だ半ばなり

過日の入院以来、すっかり「お達者倶楽部」化した当ブログだが、最近はめっきりマンガに出てくる健康マニアのような生活を送っている。

食事や運動、段階的禁煙計画については既報の通りで、食事については一回当たりの摂取量がかなり減ってきて、本日は散歩からの帰宅途中で近所の吉野屋に立ち寄って鰻丼を喰ったのだが、並盛りでも少し飯の量が多いように感じたくらいである。

運動のほうも毎日帰宅時に距離を歩く習慣がすっかり根附いて、最初は勤め先の最寄り駅から一駅歩いて電車に乗るくらいだったのが、それでは物足りなくなって二駅歩くようになり、すぐにそれでもまた物足りなくなって、ついには一駅手前で下車して自宅まで歩くようになった。まあ、一駅手前と謂っても、自宅から最寄り駅まで徒歩一五分以上掛かるのだから(笑)、実質二駅分くらい歩くことになる。

今では勤め先の玄関を出てから自宅に到着するまでに一時間半くらい歩いているのであるが、ここのところ段々慣れてくるに連れそれでもまだ足りないような気がしてきて、次は二駅手前で下車して歩こうと計画している。ポータルサイトの地図上で視ると、二駅と謂うから遠いように感じるだけで直線距離は一〇キロもないのだから、そんなに無理な運動量でもないだろう。

気が附いてみれば池袋から歩いて帰るようになったと謂うような事態には流石にならないだろうが(笑)、運動の為に歩くのであるから、普通に歩くよりちょっとだけ肉体に負荷が掛かるように歩かねばならないわけで、少し辛いと感じる程度に急ぎ足気味で、しかも或る程度疲労を感じる程度の距離と時間を歩かねばならないのだから、慣れてくるとどんどん距離が伸びてくる理屈である。

多分、今オレは生まれてこの方、最も日常的に長距離を歩いているだろう(笑)。殆ど江戸時代の人間のような暮らしぶりである。

ここのところは突発的な驟雨が頻発しているので、傘を差さねば凌げないような豪雨や雷雨の場合は危険だから歩かないのだが、普通の小雨くらいならどうせ帰り道だから多少濡れても構わないので普通に歩くことにしている。

本日は仕事が休みだったのだが、休みの日にも自宅でゴロゴロしているとついつい煙草に手が伸びて目標値の埒内に納める為の遣り繰りに苦労するだけなので、段階的禁煙計画に支障が出る。なので、何かしらの(なるべくカネの掛からない(笑))目的を定め煙草を持たずに散歩に出て二時間くらい歩くことにしているのだが、本日も小糠雨を衝いて往復三時間くらい歩き、かねてよりの懸案事項であった運転免許証の記載事項の変更手続を済ませてきた。早い話が「住所変更」である。

練馬から埼玉に転居して以来、ずっと今まで放置していたのであるが(笑)、これはあながちオレがズボラだからと謂うだけの理由ではなく、とにかく埼玉県は役所や公的機関が無闇に交通の便の悪いところにあって…と謂うより、東京二十三区内が他府県に比べて便利すぎるのだと思うが…徒歩と電車で移動手段を考えると、直線距離が近い割には何だかトラフィックが無闇に億劫な位置関係にあったので、今までズルズルと変更手続を延引してしまったと謂う次第である。

しかし、今は普通の脚力で現実的に数時間以内に踏破可能な範囲内で遠距離を歩く都合を探しているような状態であるから、願ってもない口実として利用したわけであるが、流石に今日みたいに纏い附くような蒸し暑い小雨の中を汗の小一升もかきながら三時間も急ぎ足で歩きづめだと、慣れのお陰で疲労を感じにくくなっているとは謂え帰宅する頃にはもう体力を使い果たしてフラフラになってしまった。

体感的には辛くないのだが、短時間で使える体力の底を突いて暫く動けなくなると謂う感覚である。人間、体重が減るのはこう謂うタイミングであって、楽に達成出来ることをやっているうちは容易に体重なんて減らないが、「少しだけ限界を超えた」とか「持ち合わせを使い切った」と謂うレベルに踏み込むことで、肉体が安定的に保持しているマッスとなっていた物質がエネルギーとして消費されるわけである。

昼飯を喰わずに出掛けたこともあって、前述の通り出先で外食してから帰宅して体重を量ったのだが、ちゃんと体重が一キロ減っていた。これに気をよくして、もっと精度良く重量コントロールをしようと考え、夕方少し動けるようになってから近所の家電量販店に歩いていって体脂肪率やBMIが量れるデジタル体重計を買ってきた。

しかし、取説通りに初期設定を済ませて、いざ量ってみるとどうもおかしい。

これまで使っていた機械式の体重計では入院時より五キロ減っているはずなのに、新品の電子式体重計では、一キロくらいしか減っていないと謂う結果が出た。不審を感じて元から使っている体重計で量ってみると、ちゃんと五キロ減っていると謂う結果が出るでわありませんか。

つまりですね。

古い体重計の計測結果は四キロくらい計測誤差があったと謂うことである。

漸くのことで七〇キロを切ったと安心していたのは糠喜びだったわけで、これからまだ最低でも四キロ落とす必要があるわけである。まあ、糠喜びとは謂え、これまでに流した汗や痛みが嘘を吐いたわけではなく、単に出発点の事実認定に誤謬があっただけであるから(笑)、つまり、

これまで減らした分だけさらに減らせば好いだけの話である。

少々のことでは懲りないオレも、今夜はちょっとだけ虚しい気分である。昔、何かの気の迷いで観てしまった映画「愛と青春の旅だち」で、海軍士官学校の士官候補生役のリチャード・ギアがひたすら地べたに穴を掘ってはまたそれを埋めると謂うシジュホス的な罰則を喰らう場面を想い出しちゃったりなんかしちゃったりして。

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コメント

おはようございます。

体重計は残念でしたが(ごめんなさいどうしても半笑いになってしまう)、それだけ通勤で歩かれているのでしたら間違いなく減量されるでしょうね、ちょっと結果が先送りになっただけですよ(クスクス)。
私は急に体重が減りすぎてないかなぁと心配しておりましたので、逆に安心致しました。

大学に泊まり込みすぎた挙げ句、自宅生なのに栄養失調で倒れた先輩がいました。その方それ以降過剰なまでの健康マニアになり、片道7、8㎞をジョギングで通学し始めました。でも一般の方と思考が微妙に異なっておられて、机の引き出しにごっそりカロリーメイトを買い込み「これで絶対大丈夫」と周囲に宣言され、もっと上の先輩に何やら諭されていました。
私は偶々その方と同じ会社に入社しまして、千葉の柏の寮から日本橋の会社まで自転車で通勤してきたところに出くわし吃驚したことがありました。

真性の健康マニアになられましたらお知らせ下さい。私、そっとフェードアウトさせて頂きますので(笑)。

投稿: うさぎ林檎 | 2010年7月 8日 (木曜日) 午前 10時54分

>うさぎ林檎さん

まだまだ仮性健康マニアなので、安心してお附き合いください(笑)。

>>私は急に体重が減りすぎてないかなぁと心配しておりましたので、逆に安心致しました。

ちょっとややこしい書き方になりましたが、一応誤解のないように一言申し添えておきますと、機械式の体重計はバネが固くなっていたらしくて計測結果が四キロ前後低く出るのですが、同じ体重計による半月前の計測結果との差し引きが五キロなので、五キロ前後痩せていることは事実なのです(笑)。

バネが固くなっていたのだとすると、実は五キロ以上体重を落としている可能性もあるわけなんですが、電子体重計で計測した現在の数値が基準になるわけですから、それは単に「以前の体重がそれだけ多かった」と謂うことに過ぎなくなるので、削減幅が五キロ以上だったとしてもあんまり嬉しくないですね(笑)。

ただ、医者からは「あなたの年齢ならBMIを二二程度に下げるのが理想的なので、その身長なら最低六〇キロ台に落としてください」と言われておりまして、当初は四キロ低く認識していましたから「五キロ落とせば好いだろう」と思っていたわけですが、計測誤差を考慮すると「一〇キロ弱落とす必要がある」と謂うことが判明した、つまり削減幅の目標値が二倍に上方修正されたと、こう謂う次第でございます。

まあ、医者のほうは事もなげに「次回の診察までに」みたいな言い方をしておりましてですね(笑)、「次回」って言ったら一月後なんですけど…みたいな感じですが、医者がそうしろと言うんだからそのくらい痩せても危険はないみたいです。

実は倒れる少し前から自宅で軽い筋トレなんか始めていて、倒れたのはその日の筋トレの直後だったので、ちょっと急激に運動しすぎたのかな、年寄りの冷や水だったのかなと思ったのですが、みつどんさんも仰っていたように、別段脳梗塞で倒れたからと言って運動が危ないと謂うことはないみたいですね。

医者もみつどんさん同様に「運動する分には幾らしても大丈夫ですよ、最近は高脂血症の運動療法で筋トレを勧めるケースも多いですから」と言っていましたので、「おかしなダイエット法」にでもハマらない限り健康面の危険はないようです。

むしろ心配なのは、オレは以前から体重を落とすとメンタルが不安定になって、わけもなく発作的に苛々を覚えたりすることがあったので、そっちのほうが心配です。運動や食事の改善と併せて節煙も進めていますので、苛々する要素には事欠かないですしね。

>>私は偶々その方と同じ会社に入社しまして、千葉の柏の寮から日本橋の会社まで自転車で通勤してきたところに出くわし吃驚したことがありました。

ああ、でも何かその、段々エスカレートしていって結果的に非常識な範疇に踏み外すと謂う心理は今なら理解出来ますね(笑)。自転車はとくに危ないみたいですよ、どんどん見境なく行動半径が拡がって、ついには自宅から一〇〇キロ圏内ならチャリでおkみたいな状況に陥るみたいです(笑)。

何と申しますか、どうも一度自転車にハマると脳内に「チャリンコ汁」みたいな麻薬様物質が分泌されるようになるらしくて、あれも一種の嗜癖なんでしょうね(笑)。

投稿: 黒猫亭 | 2010年7月 8日 (木曜日) 午前 11時59分

毎週日曜日には3〜5時間くらいは歩いてますけど、狭い仙台の中心部からほぼ1歩も出ないので、まるで健康的な気はしません(^^;。最近は明治屋でなにかしら輸入ビールを買って帰っちゃうし(これはみつどんさんに罪がある)。

ぼくの場合前後が逆で、メンタルに問題を抱えると体重が減る傾向があるようです。生活習慣が何も変わらないのに脈絡なく3か月で6kg減ったときは、なにごとが起きたのかびっくりしたりしました。

投稿: pooh | 2010年7月 8日 (木曜日) 午後 10時20分

>poohさん

>>毎週日曜日には3〜5時間くらいは歩いてますけど、狭い仙台の中心部からほぼ1歩も出ないので、まるで健康的な気はしません(^^;。

そうですねぇ、「運動」と謂う観点から視ると、ショッピングや娯楽の為の街歩きはあまり役に立たないみたいですよ。「痩せたい」と悩んでいるような女性でも、休日はそのくらい歩く人も多いですから、やはり普段とは歩き方を変えないと「運動」にはならないようです。

本文でも書きましたが、通常の移動の為に歩く場合よりも少し負荷が掛かるように意識して歩かないと、あまり「運動」にはならないみたいです。筋トレなんかでも、定められた動作を漫然と形だけこなしていてもいけないようで、鍛えようと思う箇所を意識して動かし負荷を掛けるようなつもりでやらないとダメみたいですね。

たとえば胸筋を鍛えようと思っていても、漫然と動作を演じていると無意識に腕の力とか全身の反動とか他の箇所を動かして何とか動作を遣り繰りしてしまうので、負荷が分散してしまうわけですね。ですから、常に特定の筋肉を動かしてその動きだけで動作を演じるのだと謂う意識を保ちながら動作を行う必要があるようです。

また、歩くようになって更めて気附いたのは、二足歩行と謂うのは人間の基本的な動作であるだけに割と効率的に出来ているな、と謂うことで、人間が普通に歩いているときは、前へ進む力の多くを重心移動に頼っていると謂うことに気附きました。

重心を前に倒すことで前向きのモーメンタムが生じて、それに合わせて足を送ることで無駄なエネルギーの消費を抑えて効率的に移動しているわけですね。ですから、負担する労力としては、体重を支えながら脚を交互に動かし足の動きで慣性力を前向きの移動の力に変えると謂うことだけで、その重量をさらに前に押し出すと謂う労力はあまり掛からないみたいです。

つまり、脚力だけで肉体の重量を前に押し出す力が生じているわけではないようで、たとえば背中に重い物を背負って歩くと「重い」と感じる以前に相当歩きにくいものですが、それは重心が後ろに引っ張られるので脚力だけでトラクションを賄っているからではないかと思います。ですから、重い荷物を背負って歩く場合は後ろに重量がある分だけうんと前屈みになってしまうわけですね。

一方、「運動」と謂うのは基本的に出来るだけエネルギー消費の大きな動作を心懸けて肉体に負荷を掛けると謂うことですから、「運動」を意図して歩く場合には、後ろから引っ張られているようなイメージで少し反り身を保って、重心移動ではなく脚力と足の蹴り出しで前向きの力が生じるような歩き方をすると好いみたいです。

それと、本文で書いたように普通より急ぎ足で歩くとか、なるべく立ち止まらずに可能な限り長時間歩行を持続するようにすると「運動」になります(笑)。総じて、普段の歩き方はかなり効率的で左程体力消費のない動作だと謂うことを念頭に置いて、出来るだけ非効率的な歩き方をするほうが好いと思います(笑)。

あと、痩せる目的で歩くのであれば、水分補給以外は出先で飲み食いしないほうが好いみたいですね。

結局ですね、「運動」と謂うのは基本的にハツカネズミの輪車みたいなもので、窮めて自己目的的且つ自虐的で馬鹿馬鹿しい行為であると謂うことになるでしょう(笑)。そのようにして「運動」を心懸けずとも、栄養が不十分で生活様態が不便窮まりない日常生活が十分以上に過酷な「運動」で、普通に生きることの負荷が高かった時代の在り様に思いを馳せると謂う手筋もありますが、流石に逸脱が過ぎるのでこの辺で。

>>ぼくの場合前後が逆で、メンタルに問題を抱えると体重が減る傾向があるようです。生活習慣が何も変わらないのに脈絡なく3か月で6kg減ったときは、なにごとが起きたのかびっくりしたりしました。

どう謂う理由なんでしょうね。食事量も運動量も変わらないのに体重だけ変化したと謂うのなら、基礎代謝が高くなったとか、栄養分の摂取が阻害されて病的に痩せたとか、考えるだけならいろいろ考えられますが(笑)、特定個人の肉体の内側で起こっていることはよくわかんないですよね。四十代の男性が何もせずに三カ月で六キロ体重を落とすと謂うのは、重病の予兆と謂う以外にはほぼ起こり得ない事態なので、たしかに驚きますね。

つか、肉体的な病気ではなかったんですよね? まあ、仮にその後体重を戻したと謂うのであれば単に体質の問題なんだろうとは思いますが。

オレの場合は、痩せるとストレスに弱くなって突発的に苛々しやすくなりますが、これが大幅な体内環境変化に伴う一過性のものなのか、それとも痩せることで体質が変わって神経ホルモンに影響が出ているのかよくわかりません。今は節煙のストレスや離脱症状も相当あるので、余計にどう謂う機序だか特定出来ない状況です(笑)。

若い頃はもっと痩せていてピリピリした性格で、加齢と共に体重が増えてから大分性格が落ち着いたと謂う経緯があるので、漠然と後者だろうと考えていましたが、それだと体重を落とした後はずっとストレスに弱く刺々しいメンタルのままと謂うことになるので、一過性のものだと思いたいです(笑)。

神経質なデブもいれば大腹中のやせっぽちもいるでしょうから、体重と性格はあまり関係ないんだろうとは思いますが。

投稿: 黒猫亭 | 2010年7月10日 (土曜日) 午前 11時33分

ううむ、なんだか思い当たる節がありすぎてどないしようかと思います(笑)。

僕は毎日筋トレやってますが、これが「今日は疲れてるな」と思っても休めないんですよね。休むと、筋肉が音を立てて崩壊していく様子が目に見えるようで(爆)。
ま、これは冗談としても「休みたくない」という心理が働くのはちょっと困った事態なのかもしれませんね。少年野球のコーチをした日でも、そのときは疲れていても、夜になったらある程度回復してるものだから、筋トレ休むつもりだったのにやっちゃったりする事はしょっちゅうですし(^^;。

しかし、最近体重が落ちないのは筋トレの動きを効率よくやるやり方を体が無意識にやれるようになってきたからかもしれませんね。僕は、腹筋をする時負荷を掛けるためにダンベルを持ってやっているんですが、ずいぶん楽にできるようになってきたなと思っていたら、こないだダンベルで反動を付けていた事に気づいて愕然とした経験があります(笑)

ああ、なんだか自分の事ばかり書いてしまった(^^;。でも、それだけとむざうさんの事が心配だと言う事でご勘弁ください。って意味がわからん(木亥火暴!!)

投稿: がん | 2010年7月14日 (水曜日) 午後 11時05分

>がんさん

>>僕は毎日筋トレやってますが、これが「今日は疲れてるな」と思っても休めないんですよね。休むと、筋肉が音を立てて崩壊していく様子が目に見えるようで(爆)。

オレが筋トレをやっていたときは、スポーツをやっていたがんさんとは大本のベースが違うので一日置きに設定していて、高い器具を買うと三日坊主に終わった場合に場所塞ぎだしカネの無駄だと思って(笑)ゴムチューブで腹直筋と腹斜筋、大胸筋だけ鍛えるようにしていましたけど、習慣附くとホントに休めないですね。

仰るような切迫感と謂う強迫的なモチベーションがあるのは勿論、筋トレに限らず運動なんてのは即効性で効果が出る「薬」ではなくじわじわ効いてくる「薬膳」みたいな感覚で、たまにちょこっとやったくらいでは意味がありませんから、一回毎に獲得出来るほんの僅かな効果を積み重ねていく楽しみと謂う前向きなモチベーションもあります。

ただ、折角二カ月くらい続けていたのに、卒中を機に怖くてやめていたらすっかり習慣が抜けてしまいました(笑)。そんなわけで退院後一カ月くらいは何も運動していなかったんですが、かねて報告の通り二回目の診察で「運動しろ」「体重を落とせ」と言われたので歩くことにしたと謂う次第です。

>>しかし、最近体重が落ちないのは筋トレの動きを効率よくやるやり方を体が無意識にやれるようになってきたからかもしれませんね。

そう謂う意味では筋トレって結構コツと謂うかスキルが要りますよね。慣れてくると身体が無意識に負荷の少ないやり方を覚えてしまったりするので「鍛える筋肉だけを動かすようにして」と謂うのも口で言うほど簡単じゃないですね。

当初は体重を落とす為に筋トレを再開しようかと考えていたんですが、筋トレってのは瞬発的な筋肉の動きの断続ですから、結構ハードにやらないと体重に影響するほどの運動量ではないので、オレのベースだと入院前の内容が限度だろうと思って、もっと継続容易でカロリー消費量の大きいウォーキングを選択したと謂う次第です。

ただこれが、遠足のエントリでも言った通りかなり耽溺性があってですね(笑)、歩くことに慣れてくるとどんどん距離と時間が増えてくるんですね。本文のほうで、

>>運動のほうも毎日帰宅時に距離を歩く習慣がすっかり根附いて、最初は勤め先の最寄り駅から一駅歩いて電車に乗るくらいだったのが、それでは物足りなくなって二駅歩くようになり、すぐにそれでもまた物足りなくなって、ついには一駅手前で下車して自宅まで歩くようになった。

これ、今では乗り換えを一本を省いて五駅歩いて電車に乗って、二駅手前で降りて歩くようになってしまいました(木亥火暴!!)。勿論朝は時間が惜しいので帰りだけの話ですが、最初は「体重を落とす」と謂う目的を果たす為に難行苦行を堪え忍ぶようなつもりで歩いていたんですが、最近では歩くこと自体が楽しくなってきて、目的と手段が完全に逆転してしまったような状況です。

退院直後は、疲れて少しフラフラする感じを覚えると倒れたときのことを想い出して恐慌に襲われたのですが、今では歩きづめに歩いていて少し眩暈を感じると「このまま死んでも好いな」と感じるのが逆に怖いです(木亥火暴!!)。

今までの人生で全然歩いていなかったわけですから、おそらく歩き方がかなり悪いはずで、こんなに急激に長距離を歩くようになると、何処かに無理が出るんじゃないかと恐れていたのですが、今のところ足や腰に故障が出るようなこともないですね。休日などは往復三時間くらい歩くので翌朝筋肉痛が出ますが、一〇時過ぎくらいになるとそれも薄れてくるので「今日も歩かないといかんな」と謂う気になってくるのが不思議です。

季節が季節なので、雨が降ったら続けられないだろうと思っていたのですが、気が附くと雨の日でも普通に歩いていますね(木亥火暴!!)。先日の日曜も雨らしい雨が降っていたんですが、雨脚が強くなったら着るつもりで近所のホームセンターでレインポンチョを買って、結局面倒なのそのまま着ることもなくしっとり濡れながら四時間くらい歩いてしまいました。

おそらく、うさぎ林檎さんのお話の自転車マニア同様脳内に変な汁が出ているんじゃないかと思いますが(笑)、自転車やウォーキングみたいに外を移動する運動の場合、心理的な楽しみも大きいみたいですね。行程上でいろいろな風景が移り変わっていくのが楽しいですし、設定した目的地がどんどん近附いて目に見えてくると不思議とわくわくするような感覚もありますね。

投稿: 黒猫亭 | 2010年7月15日 (木曜日) 午前 08時17分

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