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2010年8月19日 (木曜日)

「お医者さんごっこ」の代償

このところホメオパシー関連のエントリが続くが、kikulog poohさん経由で「あかつき問題」なる事件の存在を識った。

勿論、特ヲタ的には「あかつき」で「事件」と来れば「あかつき号事件」だったりするのだが、事はそんな笑い事では済まない…いや、poohさんのところでコメントさせて戴いた通り、或る意味では極端にヴィザールで醜悪な「笑い話」ではあるのだが。

この一件は、山口の事件とも共通する「代替医療の施術者は自らの『医療行為』に対して通常医療の医師と同レベルの責任を負うことが出来るのか」と謂う設問に対する実例となり得るものだが、「あかつき問題」の当事者であるホメオパス(現在詳しい経緯の公表は控えているようなので、一応個人名は伏せることにする)は、「彼女は何の病気によって亡くなられたと認識しておられますか」と謂う問い掛けに対して、

「私は医師ではないので医学的所見は述べられない。検査をできるわけではないので、体の中で起きていることはわからない。私はただ、患者さんの望んだテルミーとホメオパシーの治療をしてさしあげるものなのだ」

…と答えたそうな。つまり、通常医療においては診察で患者の病状を診断確定して最も適切な治療を実施しているわけだが、少なくともこのホメオパスは「検査をできるわけではないので、体の中で起きていることはわからない」にも関わらず、通常医療よりも優れた治療が可能だと考えていたようである。

その前提で、患者が「こうして欲しい」と望んだ治療法を実施するのがホメオパシーの治療なのだと謂う意味のことを仰っていることになる。これは通常医療の常識から考えるととても奇妙な考え方で、たとえばわれわれが心身の不調を感じて病院に行った場合に、「どうも鳩尾の辺りがしくしく痛むので、十二指腸潰瘍の手術をして一週間入院させてください」と謂うような依頼をするだろうか

先般脳梗塞で倒れた際のエントリでも少し触れたが、病院と謂うところは、少なくとも自身の病気の治療についてはカネを出す側が具体的な注文を出すのではなく、病気を診断確定して治療法の選択肢を提示するのは飽くまで医師の側である。

患者は自身の自覚している症状を報告し診察を受けるのみで、「体の中で起きていること」が何であるかを確認し、それに対する最適な選択肢を患者に提案し実施するのが医師の仕事であり、患者に出来ることは、医師の提案した最善の選択肢を受け容れるのみである(次善の選択肢を選ぶことはよくよくの事情でもない限りない)。

提案権も決定権も実際には専門家の医師の側にあって、患者は医師の提案を適切に理解した上で受け容れるか拒否するか、また転院乃至セカンドオピニオンを求めるかを選択する権利しかない。

つまり、通常医療の考え方では、まず医師が患者の「体の中で起こっていること」が何であるかを精密に検査し確認してから、それに対処すべき最適な方策を検討するのが当たり前の段取りで、患者が何か具体的な治療法を最初に要求するわけではない。患者が最初から具体的な要求を抱いているのであれば、別段専門家による診療行為は要らないわけで、早い話が一般的な市販薬を買う場面と同列である。

このホメオパスの発言を元に考えるなら、ホメオパスと謂うのは一般的なドラッグストアの薬剤師みたいな存在であって、患者が「頭が痛いので頭痛薬をください」と相談した場合、一応患者に「どの辺がどう痛いのか」を聞いた上で向いていそうな薬を奨めると謂うような、それに類した業務内容だと謂うことになる。薬剤師による対面販売が義務附けられていない普通の市販薬であれば、別段薬剤師ではなくとも普通の販売員が販売することが出来るわけである。

だとすれば、ドラッグストアの薬剤師が如何なる意味でも「治療者」ではないようにホメオパスも「治療者」ではないことになる。たしかに薬剤師は薬の専門家で、その薬がどのような成分で出来ていてどのような効能と副作用を持っているのか、どのような症状に対してどのような薬が適切なのかを熟知しているだろうけれど、個々の病人の「体の中で起きていること」が何であるかを検査する資格も病気を診断確定する職能も与えられていないのであるから、特定の病人の個別の病気については専門家では全くない

たとえば自己判断で風邪だろうと思ってドラッグストアに行き、薬剤師のアドバイスで自分の症状に向いていそうな感冒薬を買った客が、その薬を服用しても症状の軽快がみられず症状が重篤化した場合、感冒薬を買ったドラッグストアの薬剤師に「これこれの症状が出ていますがどうしたら好いですか」などと聞いたりはしないだろう。

そんなことを相談されても、普通の薬剤師には「病院に行きなさい」としか答えられないのが当たり前である。

しかし、たとえばここでその薬剤師が「この感冒薬を服用してから病院で治療を受けるとショック死する可能性がある」と病人を脅して「これこれの薬を服用しなさい」と別の薬を奨めたらどうだろうか。これはとてもおかしな話で、そもそもこの薬剤師は病人の体の中で何が起こっているのか識らないのだし、病人の自己申告の愁訴に応じてそれに適した市販薬を奨めるだけの権限しかないはずで、飽くまで病人の自己申告に基づく「一般論」を前提としたアドバイスしか出来ないはずである。

この種の「一般論を前提としたアドバイス」は如何なる意味においても「治療行為」ではあり得ないわけで、病人の自己判断に沿う形で必要な薬の選択・購入を専門的に補助するだけのことであって、病状が「治療行為」の必要な段階であると判断されれば「病院に行け」と謂う話になるのが当たり前である。

一般論の範疇を超えて特定の病人の個別の病気に対処する為には、特定の病人の体の中で何が起こっているのかを精査し確認する必要があるはずだが、薬剤師にはそんな権限も職能も存在しないのだから、そもそも「病院の治療に切り替えるとショック死する」ような危険な薬を販売すること自体無責任で筋が通らない。

喩え話から現実の話に戻すと、もしもこのホメオパスが患者に対して「ホメオパシーを始めてから途中で病院に行くとショック死する」と口にしていたのであれば、おそらく何らかの違法行為に該当するのではないかと思われるが、どうせ「そんなことは言っていない」「いや言った」と謂う水掛論になるのだろうし、オレは格別それを断定し得るだけの材料を持っているわけではない。

だからこれは飽くまで「仮にもし」と謂う話であるが、これが「仮にもし」裁判沙汰になった場合、ホメオパスが患者に本当にそんなことを言っていて、それを直接の理由としてこの患者が通常医療を受診することに恐怖を感じたと裁判所が判断すれば、患者の死に対して相当大きな法的責任を問われるのではないかと思う。

これは人間の疾患の「治療」を謳って有償のサーヴィスを行っている以上当たり前に問われる職業的責任であるが、ホメオパシーの信奉者の掲示板などを読むと、どうもそれらの人々は「善意でやっているなら結果に対する責任を取らなくても好い」と本気で考えている節がある。

つまり、たとえば通行人が街頭募金に応じて何某かの金銭を寄附する場合にその管理や使途にまで責任を取る必要がないように、善意の行為はそれが善意に基づいていさえすれば結果責任は問われないと、本気で考えているらしいのである。

日本的な「一日一善」の発想で考えれば、たとえばその親切が本当に相手の為になっていなくても、その善意自体に意味があるから無碍に「迷惑だ」と言えないし、まあ言うべきでもないだろう、と謂う感覚がある。多分日本人以外ならハッキリ「迷惑だからやめてくれ」と怒り出すんだろうが(笑)、本来他者に善意から何かをしてあげたいと思うなら、どんな小さなことであれ結果にまで責任を持つべきであるし、責任が持てないなら下手に関わるべきではない。

個人的な話なので詳しくは説明しないが(笑)、先般倒れた際にオレは本来赤の他人であるはずの友人知己の「善意」の有り難さを痛感した一方、一部の肉親の身勝手で自己中心的な「善意」の故に大変迷惑を蒙って、ちょっとした家庭争議に発展した。

一応「善意」からやっていることだろうと思ったので堪えようかとも思ったのだが、病気で弱っているときに履き違えた「善意」を振り翳してあれやこれや掻き回されると、こちらも通常の体調ではないのだから気を遣いきれない。

そもそもなんで病気をした人間が、肉親にこれほど負担になる気の遣い方をせねばならんのかとその理不尽さに猛烈に腹が立ってきて、滅多にマジで怒らないオレも流石にキレてしまったのだが、自己満足だけの善意ほど迷惑なものは他にないし、しかもそれを病気のときに圧し附けられるとこれ以上ないほどに迷惑である。

善意の行使と謂うのは本来結果責任を伴うもので、道端に座っている乞食にワンコイン抛ってやるような「やりっぱなし」のものでは本来ない。「責任が取れないから何もしてあげられない」と謂うのも善意の本来的な在り方である。

ましてホメオパスは職業的な有償サーヴィスとして患者の病症に対処しているのであるから、善意の有無なんか関係ない。過失や悪意によって患者の健康が損なわれれば勿論責任を取る必要があるのだし、この事件のように過失が患者の死亡に直結した場合は大きな責任を問われることになる。

その場合に適用される判断基準は「ホメオパシーと謂う魔法が存在する物語世界」の世界律ではなく、あなたとわたしが共有可能な客観的基準であるから、その客観的基準に照らしてホメオパシーに何ら医学的な効果がないことが証明されている以上、ホメオパシー自体が裁かれることになるのは当然である。

何故なら、ホメオパシーには客観的に認め得る効果が何もないのだし、患者の個別の病症について適切に判断する能力が原理的に存在しないにもかかわらず悪性リンパ腫の病人の治療を行うことは、普通に考えて患者を殺すことに外ならないからであり、ホメオパスがこの患者の治療を請け合うことそれ自体が重大な過失であり得るからである。

そして、この件でホメオパス自身の口から明らかになったことは、「ホメオパスは患者の体の中で何が起こっているのかまったく識らない」と謂う当然の事実であり、小学生が考えても「患者の体の中で何が起こっているのかまったく識らない」者に病気の治療が出来るはずはない。

次に明らかになったことは、ホメオパシーサイドは常日頃「必要があれば通常医療の受診を奨めるようにしている」と公言しておきながら、実態としてはまったくその逆であることであるが、まあ、これは「言った」「言わない」「一部の療術者の心得違い」と言い抜けられる範疇の事柄であるから、実態の全貌が判明するまで詳しい判断は出来ないだろう。

しかし、論理的に考えて「患者の体の中で何が起こっているのかまったく識らない」人間には、今現在の患者の病症がホメオパシーの手に負えるものなのか、それとも手に余るものなのか、適切に判断する能力が一切ないと謂うことの実例にはなる。随分以前から指摘されていた「進行性疾患の早期発見・早期治療のチャンスを奪う」と謂う危惧がこれ以上ない形で現実のものとなったわけである。

素人が見ても一目瞭然のはずの激烈な症状を前にしても「凄い好転反応」としか思わない上に、さらに「検査が出来ないので体の中で起こっていることを何も識らない」人間に、患者の状態について適切な判断が可能である「はずがない」…好いですか、論理的に謂って不可能と謂うレベルで出来ないはずなのである。

上記の条件で「判断出来る」と言うのであれば、何を基準にしてそれを量るのか、普通に考えてもわからない。非常に進行の早い疾患であれば、あれよあれよと謂う間に重症化するのであるから、ホメオパスの治療を受けるのは時間の無駄と謂う以上に自ら不必要な苦痛を引き受けた上での自殺行為ですらあるだろう。

ホメオパスに縋っても、もがき苦しんで死ぬまで砂糖玉に染み込んだ水っぽくて虚しい希望を与える以外に何もしてくれないのはこの件でハッキリ判明した。

オレも最近病気をしたから、病人には何よりも希望が必要だと謂うことくらい痛いほど実感しているけれど、藁しべのような細くて頼りない無根拠の希望を贖う為に、これほどの苦痛と恐怖と惨めな死を代償として差し出すことは、果たして引き合う取引なのかどうか、それは考えるまでもなくハッキリしているだろうと思う。

そして、この件は特定の療術者の不心得が招いた一回的な不測の事態ではなく、ホメオパシーと謂う虚構のセオリーが原理的に抱えている問題性の顕在化に過ぎない。確率論的にいつかは必ず起こるはずのことが起こったと謂う散文的な事態である。そして、その予測される事態がまさに実現した場合に、彼らにどのような責任が取れるのかと謂う事前の問い掛けに対して、事実として「一切何の責任も取らない」「全力を挙げて責任回避に奔走する」と謂う結果が判明したわけである。

であるから、今現在のホメオパシーにどんなささやかな利点があるとしても、潜在的には重大な社会悪となり得る可能性が大きく、その程度の利点では引き合わないと考えるのが妥当なのだし、一連の事件はその潜在的可能性が顕在化しただけの話であるから、名実共に社会悪として確定されたと視て好いだろう。

因みに、「代償」繋がりで、ホメオパスがその「技術」を習得するのにどの程度のコストを払うのかを通常医療の医師と比べてみると、これはNATROM先生の「ホメオパスになるためのコスト」と謂うエントリで、三七五万円と謂う金銭的なコストが計上されているのだが、これがどの程度のコストかと謂うと、国立大学の医学部六年間の学費が総額で三五〇万円程度だと謂うから、国大経由で医者になるよりも高く附くことになる。

ただし、私立大学経由だとこれがいきなり二千数百万円に高騰するそうなので、私立と謂う水準で比べると医者になる為の学費よりは安いとは謂えるだろう(笑)。同じ出典からそのカリキュラムがどんな内容のものか、つまり時間や労力としてのコストがどの程度かを視てみよう。

【入学時期】毎年4月(2010年5月開講)
【修学期間】年間
【年間授業日数】・月2回、土日の週末(年間約45日程度)の通学授業
        ・通学授業に加え、eラーニングによる自宅学習(年間延べ約10日程度)
【授業時間】9:30〜17:10(予定)

月二回の土日で年間四五日、授業が九時半から五時一〇分、つまり四年間土日の日中を丸々学習に費やす必要がある。これだけ視ると社会人には相当のコストであるが、医者になる為には大学で六年間週日みっちり教育を受ける必要があり、卒業した後も独力で医療行為が可能な医師になる為の経験を積む為になんやかんやと面倒くさい労力を払う必要があって、四年制で週末みっちりとは謂え、専門学校レベルのホメオパシー教育とは比べものにならないほどの労力が必要である。

しかも、大学時代の六年間とその後一本立ちするまでの間だけコストが懸かるわけではなく、多くの医師志望者は子供の頃から難関の医学部に合格する為に多大な教育のコストを掛けているわけで、国公立なら合格率のハードルが上がるから過酷な受験勉強にコストを費やす必要があるし、私立なら国公立よりは若干ハードルは低いが、学費が篦棒に高いと謂う経済的コストを費やす必要がある。

しかも、どうやら倍率や合格率だけ考えてハードルの低い学校を選ぶと、それが一生ついてまわる世界だと謂うことであるから、かなり高いコストを掛けないと有望な医師にはなれない。これは形骸的に設けられているハードルではなく、そのくらい教育にコストを掛けないと一人前の医師としての知識や技術は身に付かないわけである。

つまり、日本や日本と同程度の先進国においては、人間の健康について責任ある医療行為を行い得ると国家が認定する為には、そのくらい高い教育・訓練のコストを費やす必要があると考えられているわけである。

それに比べると、ホメオパスになるのは格段に簡単である。書いてある字面だけ読むと専門学校にしては割合厳しいような印象を覚えるが、学費を負担出来て四年間真面目に土日を潰す覚悟があるのなら、多分普通の知力の人間なら誰でもなれる。卒業とホメオパスの有資格を認定するのは教育を実施している同じ私企業でしかないのだから、国家資格と比較するだけ莫迦らしいと言えるだろう。

これを視るだけで、医師や看護師に比べて、格段に低いコストしか掛けていないことがわかるだろう。この程度のコストで習得可能な技術で、通常医療よりももっと効果的な治療行為が可能だと嘯くなど、ちゃんちゃら可笑しくて臍が茶を沸かすレベルである。

…で、四年間土日を潰して何を学ぶのかと謂えば、医師や看護師とは違って通常医学を学ぶわけではなく、「ホメオパシーを学ぶ」わけである。まあ、普通に考えれば、ホメオパシーを学ぶのに四五日×四年=一八〇日前後掛かる理由はわかるだろう。普通の職業教育でも二年程度は掛かるわけだが、ホメオパシーの場合は、現実にはまったく無意味な法則性やそれに基づいた膨大なレメディーの体系と使用法を学ぶのであるから、そのくらい掛かるのも当然である。

これは、逆に謂えばホメオパシーの専門教育では通常医療の知識や技術は一切教わらないと謂うことで、それはつまり、二合徳利にはどうしたって一升の酒は入らないのであるから、教育に掛かる単位時間当たりの労力の単純計算だけでもわかる当たり前の推測である。

ならば、ホメオパシーだけ学んで一廉の医術者のような顔をするのは、たとえば格好いい改造車に乗りたいと思う奴が通信販売でちょっとアレなセンスのエアロパーツだけを買うようなものである…いや、物凄い変な喩えだが的外れではないはずだ(笑)。

であるから、ホメオパスが通常医療の医師や看護師と同格で自身を専門の治療技術者であると称することは、幾らなんでも図々しいにも程があると謂うもので、これで本職の医者と同格になれるなら、誰も莫迦らしくて大金を払って必死に勉強して奴隷のようなお礼奉公までして医者になろうなんて思わないだろう。

結局、ホメオパシーが馬鹿馬鹿しい「お医者さんごっこ」だと謂うのはこう謂う側面で視てもハッキリしているわけで、数百万払って四年間週末のお楽しみを我慢して真面目に勉強すれば概ね誰でもなれる程度の代物が、ほぼ青春時代の大半をその為に費やした医者と同格になどなれるはずがない。もっと謂うなら、医師志望者の掛けるコストにはそれなりの必然性と有用性があるが、ホメオパス志望者の掛けるコストには客観的な必然性も根拠も存在しない。まるっきりの無駄骨折りである。

今はもう、ホメオパシーに何の根拠もないと科学的に判明しているのであるから、少し調べればそんな無駄なカネと労力を掛ける必要などさらさらないことは幾らでもわかるはずなのであるが、すでに情報が存在するのにそれを無視して騙される人々が後を絶たないのがニセ科学商売のボロい部分である。

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コメント

こんばんは。

読んでしまった(笑)。このままだと眠れないので、思いついたことを書かせて下さい。原因は後回しと謂ったのはどの口だ、で本当に申し訳ないデス。
他者を自分の思惑通りにすることはできない。
現代のホメオパシーの罪深さは、入り口は医療や健康問題でも、出口は人生のコントロールに行き着くことであり、そしてそれらが全てただの思い込みである、その無残さだと思います。

投稿: うさぎ林檎 | 2010年8月19日 (木曜日) 午後 09時55分

診断、と云う一面だけ取り出しても(誰かが書いてましたが)「通常医療なめんな」ですよね。

投稿: pooh | 2010年8月19日 (木曜日) 午後 10時20分

>うさぎ林檎さん

>>現代のホメオパシーの罪深さは、入り口は医療や健康問題でも、出口は人生のコントロールに行き着くことであり、そしてそれらが全てただの思い込みである、その無残さだと思います。

これはうさぎ林檎さんにお答え出来る最も端的なメッセージと思うんですが、結局ですね、嘘で人生の価値を贖うことは誰にも出来ないのです。

投稿: 黒猫亭 | 2010年8月19日 (木曜日) 午後 10時44分

>poohさん

>>診断、と云う一面だけ取り出しても(誰かが書いてましたが)「通常医療なめんな」ですよね。

もっと具体的に謂えば、「自分以外の人間は全員莫迦だと思ってる奴が一番莫迦だ」と謂うことですね。

投稿: 黒猫亭 | 2010年8月19日 (木曜日) 午後 10時48分

> 自分以外の人間は全員莫迦だと思ってる

これは例えば陰謀論者に見られる傾向ですね。
最近ホメオパシー・ジャパンが船瀬俊介氏の活用を図ろうとしている様子なのも、そもそもそう云うあたりで親和性があるからなのかも。

投稿: pooh | 2010年8月20日 (金曜日) 午前 07時33分

おはようございます。
黒猫亭さんの考察に着想を得た文章(パロディ?)をとらねこ日誌に書こうと考えているのですが、承諾いただきたくコメントいたしました。
ヨロシクお願いします。

投稿: どらねこ | 2010年8月20日 (金曜日) 午前 07時45分

>どらねこ さん、
先日は、野暮なツッコミをして、申し訳ありませんでした。
もう少しは、おとなしく拝見しますので、ご活躍を期待いたします。

投稿: mimon | 2010年8月20日 (金曜日) 午後 11時03分

>poohさん

>>これは例えば陰謀論者に見られる傾向ですね。

陰謀論者にとっては、これほど自明な真実に気附かなかったり信じなかったりするような凡夫はみんな莫迦に見えるのでしょうね。真実が見えているのは自分だけだと謂うのは、本人的には悲愴でもあり快感でもあるのでしょう。

ホメジャが陰謀論者に接近していると謂うことは、いよいよ「無理解な世間から石もて追われる真実の使徒」を気取って先鋭化する前布令ですかね(笑)。まあ、ホメオパシーがカルト化する分にはテロには結び附きそうもないですが。

投稿: 黒猫亭 | 2010年8月20日 (金曜日) 午後 11時19分

>どらねこさん

>>黒猫亭さんの考察に着想を得た文章(パロディ?)をとらねこ日誌に書こうと考えているのですが、承諾いただきたくコメントいたしました。

精々孤高を気取っていても、猫ハンドルだけに本音の部分では人から構ってもらうのが大好きな人間ですから、勿論大歓迎でございます(笑)。どらねこさんがどのように料理してくださるのか楽しみに待たせて戴きます。

投稿: 黒猫亭 | 2010年8月20日 (金曜日) 午後 11時19分

>早い話が一般的な市販薬を買う場面と同列である。

まあ、ホメオパシー団体は、二枚舌なので、首尾一貫した態度を期待しても無駄ですが、責任逃れの場合は市販薬というスタンスになるようです。

日本ホメオパシー医学協会のHPの記事(長野記者の取材に対する,由井学長の発言)による由井学長の発言を要約すると,

風邪やちょっとばかりの熱,下痢,湿疹なら,患者が自分で判断して風邪薬を使うように,ホメオパシーのレメディもつかうものであり,肺炎や交通事故みたいなものは病院の管轄である。

(http://jphma.org/About_homoe/jphmh_answer_20100817.html の 2010年8月6日 21:45(メール)の部分)

当然,悪性リンパ腫は病院の管轄と思われますが,悪性リンパ腫かどうかの診断はホメオパスはしないので責任はないということかと。

投稿: zorori | 2010年8月21日 (土曜日) 午前 06時56分

おはようございます。

ホメジャは前から例えばワクチン接種否定の証拠に"ワールド・ブロガー協会"とか"阿修羅"をソースとして持ち出してます。
アノ、ベンベニスト(ノーベル賞とイグ・ノーベル賞を勘違いしてる臭い)は
>ホメオパシー懐疑論者で手品師でもあるジェイムズ・ランディーなどに
>よるデッチ上げ検証
で失脚させられたとかゆうてますしね。

結局は陰謀論、それをを持ち出すしかないんでしょう。

投稿: うさぎ林檎 | 2010年8月21日 (土曜日) 午前 10時03分

>zororiさん

>>まあ、ホメオパシー団体は、二枚舌なので、首尾一貫した態度を期待しても無駄ですが、責任逃れの場合は市販薬というスタンスになるようです。

>>当然,悪性リンパ腫は病院の管轄と思われますが,悪性リンパ腫かどうかの診断はホメオパスはしないので責任はないということかと。

現在は引っ込められているのであんまり言及するのもアレですが、zororiさんもおそらく「憂慮する会」HPにリンクされていたPDFは読んでおられますよね。その文書中に挙げられている「憂慮する会」事務局の荒瀬氏とホメオパスの会話や死亡した女性とホメオパスのメールの遣り取りを読む限りでは、完全に診療行為や医者よりも強硬な医療指導を行っていたとしか思えない記述になっていますね。

まあ、このホメオパスはイトオテルミー療術師としては一五年の活動歴があっても、ホメオパスとして認定されたのは二〇〇九年のことで極最近ですから、ホメジャからすれば「初心者の心得違い」と謂うことなんでしょうね(笑)。

ご紹介戴いたページはオレもちょこっと目にしてはいましたが、こんな口調で喋る人が病人の相談に対して薬剤師が市販薬を紹介するようなスタンスでレメディーを処方するだけとは思えませんよねぇ(笑)。

とりあえず、個々のホメオパスが、病人に対してどのような態度で接してどのような言動を行ったかは一切関係なく、一朝事あらばホメジャもホメオパスも「絶対に責任は取らない」と謂うことだけはハッキリしましたね。

完全に心酔している人なら「自分が望んだことだから」と謂うことで聞く耳を持たないのでしょうけれど、これからやってみようかと思っている程度の人なら、「絶対責任は取らない」と謂う前提でホメオパスの言動を判断すれば、かなり強い違和感を抱くと謂う効果くらいはあるのかな、と期待したいです。と謂うか、説得の糸口はそこにあるのかな、と。

実態として、個々のホメオパスは相当「指導的」な態度で「患者」に接しているだろうし、病気を完全に把握しているような言動を取っていると思われますが、それで病気が悪化しても責任を取らないし「病気については素人なので何もわからない」「こちらからは何ら指導も強制もしていない」と言い抜けると謂うのは、普通に考えて腹が立つでしょうからね。

投稿: 黒猫亭 | 2010年8月21日 (土曜日) 午前 11時26分

>うさぎ林檎さん

>>ホメジャは前から例えばワクチン接種否定の証拠に"ワールド・ブロガー協会"とか"阿修羅"をソースとして持ち出してます。

アタマ悪いっすね(笑)。そこまでして天下の物笑いになりたいですかねぇ。

>>結局は陰謀論、それをを持ち出すしかないんでしょう。

陰謀論を言い出す人ってのはまた別のメンタリティの持ち主なんでしょうけれど、出発点には「自分たちは真実を識らされていない」「情報操作によって騙されている」と謂うような一種の被害妄想があるでしょうし、その被害妄想的な部分が、たとえば極真っ当な理由で社会から批判されている集団や人物の被害者意識にアピールする、もしくは被害者性の主張にとって便利なんでしょうなぁ。

また、由井寅子と謂う個人のメンタリティが陰謀論に親和性が高そうだと謂うこともありそうですねぇ(笑)。視るからに、自分が責められると「自分は絶対悪くない」と謂う大前提を狂信しそれを主張する為なら何にでも飛び付きそうな人物ですし、それ以前に他人が自分を陥れようとしていると謂う強迫観念を持っていそうですね。

投稿: 黒猫亭 | 2010年8月21日 (土曜日) 午前 11時42分

ちょっと愚痴っても良いですかw
なんかもう、「悪のスクツ」呼ばわりされている製薬アンドワクチンメーカーの勤め人としては、こお…ね。
「自然派」の方々に言われんでも、お上の目も世間の目もそりゃ厳しいもんです。私の勤務先でも、ベネフィットを上回るリスクありと市販後判定された薬剤の製造承認取り下げを、欧州と米国で去年やりました。大型製品になる期待をされてましたが、反面、十分な危惧要因もあったため、得られた事実に基づき割とすんなりと当局とは合意、国内では治験の最終段階でしたが開発中止になりました。

一方、はっきりとした副作用リスクが知られていて開発を断念したある薬剤が、ある病気には「最後の切り札」であるとして、学会、患者団体、そして当局からの開発継続要請を受けてたりします。悩ましいところです。病気の深刻さに比べたら許容できる副作用なのか、というとそれにも議論が多々あり、企業としては容認できないという結論が一度は出た薬剤ですから。来年からその薬剤の副作用担当になりそうで、気が重いです。

「副作用が無い安全なレメディ」とかね…どんな寝言かと思う訳です。しかも、「薬剤ではない」の言い張りの元でどんな検証も拒んでいる。
今の薬剤が普通に備える「有効性と副作用のプロファイル」や「市場にある限り永遠に続く監視(ファーマコビジランス)」は一体どうなってるんでしょうね。

危険を常に監視する体制の元にある人間にとっては、ホメオパシーの曖昧さ、責任逃れの醜悪さはまさに「ごっこ」以外の何者でもなく、それが被害を及ぼす現実を法律が止められないことに、大きな矛盾を感じます。

投稿: shof | 2010年8月21日 (土曜日) 午後 01時57分

>読む限りでは、完全に診療行為や医者よりも強硬な医療指導を行っていたとしか思えない記述になっていますね。

記憶に強く残っているのは、件のホメオパスが「あなたは病気じゃないのだから、がんばりましょう」というような言い方をしていたことです。
「病気ではない」という診断は医療行為以外の何物でもないにもかかわらず。

ホメオパシーを批判している人でも、医者に罹るほどではない症状に気休めとして使うのはあるかもと言ったりします。確かに、適用範囲を適正に判断出来ればそうかもしれませんが、ホメオパスは悪性リンパ腫で数日後に死に至るような状態も、「医者に罹るほどではない。病気ではない」と判断するということですね。

ちょっとした健康法でヨガでもやろうかというのが、オウム信者になるきっかけだったという例を思い出します。入口は安全そうで気軽に使えそうに見えても、本質的なところがデタラメとウソで固められているようなものに手を出すのは危険ですね。

投稿: zorori | 2010年8月21日 (土曜日) 午後 02時42分

>shofさん

>>「悪のスクツ」呼ばわりされている製薬アンドワクチンメーカーの勤め人

をを、これはこれは「社会にありとあらゆる毒性物質を垂れ流し、人々の安全・健康を損なうべく情報操作や政治介入の限りを尽くし、その一方でマクロビオティックやホメオパシーやその他人間が天然自然に具えている免疫力に基づく真正な健康法・治療法を壊滅させる為にヒレツな陰謀を次々に企んで日夜暗躍している巨大カルテル」に属しておられる方のご登場ですね(木亥火暴!!)。

一体陰謀論者の脳内では、製薬メーカーってのはどんだけロマンチックな悪の組織としてイメージされているのか、なかなか微笑ましいところですね。多分、研究所の研究員は白衣の下に真っ黒な全身タイツを着ていたり、ク・クラックス・クランみたいな繻子の三角頭巾を被っていると思っているんですよ。

工場で働いている人々は戦闘員に誘拐された善良な市民で足首に鎖で鉄球が繋がっているし、CEOとか現地法人のトップは映画版の世界大統領みたいな奇っ怪な覆面を被っていたり、いざとなると最強怪人に変身するとか思っていそうです。

>>「自然派」の方々に言われんでも、お上の目も世間の目もそりゃ厳しいもんです。

shofさんのお話を聞くと、農薬の置かれた状況を連想しますね。たとえば今は無農薬野菜なんてのが持て囃されていますが、「農薬ではない」と謂うことは要するに「農薬であれば避けられない世界一厳しい法的制約」からフリーであると謂うことで、今はどうか識りませんが、農薬ではないからと謂って「発ガン物質の塊」である木酢酸を使うなんてのは正気の沙汰ではありませんね。

まあ、どうせ木酢酸だって農薬だって抛っておけば分解されて出荷後の健康被害なんてのは殆どないんでしょうけれど、農薬を怖がって農薬ではないからと謂う理由で農薬よりも毒性の強い物質を使うと謂うのが愚か過ぎて笑うに笑えません。

甚だしきに至っては、畝山先生のところのエントリで紹介された事例で「農薬ではないから」と謂って殺虫剤として「ストリキニーネ」を使っているとか謂うような本末転倒の怖い話もありましたが(笑)、「薬ではない」と謂うことは薬としての厳しい法的制約や監視とは無縁だと謂うことを忘れてはいけませんね。

>>危険を常に監視する体制の元にある人間にとっては、ホメオパシーの曖昧さ、責任逃れの醜悪さはまさに「ごっこ」以外の何者でもなく、それが被害を及ぼす現実を法律が止められないことに、大きな矛盾を感じます。

世間から危険視されている対象には厳しい法的制約が課せられ監視の目が光っているけれど、それ以外の代替品はどんな危険なものが使われていてもほぼ野放しと謂うのはたしかに大きな矛盾です。レメディーなんてのは、唯の砂糖玉で元の物質がまず一分子たりとも残っていない以上、何のレメディーであれ食品安全法ですら取り締まるべき筋合いのものではないわけですが、ただの砂糖玉でも使いようによっては人を殺すことが出来ると謂うのは恐ろしい話です。

岩塩やつららで人を殺すことが出来ると謂うならミステリのネタですが(笑)、砂糖玉による人殺しは散文的な愚昧の表出に過ぎないですから、そろそろ社会から排除される必要がありますね。

投稿: 黒猫亭 | 2010年8月21日 (土曜日) 午後 05時17分

>zororiさん

>>記憶に強く残っているのは、件のホメオパスが「あなたは病気じゃないのだから、がんばりましょう」というような言い方をしていたことです。

その返信を書いた動機と謂うのが、このホメオパスの心酔しているカウンセラーのコンサートに瀕死の病人を行かせる為と謂うのがさらに醜悪です。「あんたは病人じゃないんだから、行こうと思えば行けるからね」と謂う。

>>「病気ではない」という診断は医療行為以外の何物でもないにもかかわらず。

それ以前に、激しい苦痛を訴える病人に対して「こうすれば治る」「こうしなさい」と謂う指示を出すこと自体、「薬剤師」の仕事の範囲ではないですよね。ただ、少し事情が複雑なのは、このホメオパスはベテランのテルミー療術師でもあるので、「診療行為をしたのはホメオパシーとは無関係」と言えば言えるところですかねぇ。

>>確かに、適用範囲を適正に判断出来ればそうかもしれませんが、ホメオパスは悪性リンパ腫で数日後に死に至るような状態も、「医者に罹るほどではない。病気ではない」と判断するということですね。

そう謂うことになるでしょうね。どんな非道い症状が出ていても「治療師的な直感」で「好転反応」と解釈するわけですから、病人の主観に基づく愁訴はおろか客観的な症状の観察でも「体の中で起こっていること」の片鱗なりとも理解することは到底不可能と謂うべきでしょう。

ですから、ホメオパシーサイドで「このまま放っておいたら病気と闘う症状によって死んでしまう」ような病気については通常医療に任せる、と言っていても、それは実質的にはまったく意味がないと謂うことです。ホメオパスにはそれが判別出来ないのですから、そう謂うことになります。

例のPDFのメールの遣り取りに書かれた症状は、普通の知性を持った人間なら間違いなく「このまま抛っておいたら間違いなくこの人は死んでしまう」と理解することは容易いはずですが、このホメオパスは「治療師的な直感で好転反応と見ていた」そうで、「頂上から見える景色はとても綺麗だよ」とか暢気な戯言を言っていたわけですから。

>>入口は安全そうで気軽に使えそうに見えても、本質的なところがデタラメとウソで固められているようなものに手を出すのは危険ですね。

ひえたろうさんのところで申し上げたことと重複しますが、たとえばホメオパシーの偽薬効果とかカウンセリング手法みたいな利点と謂うのは、他に幾らでも代替可能なわけですから、敢えてホメオパシーを選ぶ必要はないわけです。

ホメジャサイドがどんなに口先で通常医療との平和共存みたいな寝言を標榜していたとしても、ホメオパシーには原理的に通常医療と相互排除的な性格があって、しかも前述の通り職能の性格的に通常医療との適切な連携が「不可能」ですから、リスクに比べてメリットが低すぎます。

たしかに「お呪い」と割り切って使える人が存在するのは理解出来るのですが、一歩間違えればその同じ人が地滑り的にビリーバーに傾斜して医療拒否に趨る可能性だって少なくないのが怖いところですし、そもそも特殊な心の置き方を必要とするような対象を社会的に容認するのは、そのような心のスキルを持たない人の被害を最初から織り込むことになるので、オレとしては妥当だとは思えません。

世界レベルで視ればかなり大勢の職業ホメオパスが存在するわけで、ホメオパシーを社会から排除するなら、別段悪意的な動機もなく普通の職業選択としてホメオパスを選んだ人々の生活をどうするのか、と謂う問題もありますが、以前うさぎ林檎さんのお話にあったように、それはもっと後で考えるべき事柄だろうと思います。

投稿: 黒猫亭 | 2010年8月21日 (土曜日) 午後 05時17分

医師法違反や薬事法違反の適用で、なんとか致命的被害を減らせないものでしょうか...
小ずるい逃げ道を防ぐ法改正が必要かもしれませんけど。

投稿: Poisonous_Radio | 2010年8月22日 (日曜日) 午後 01時21分

>Poisonous_Radioさん

>>医師法違反や薬事法違反の適用で、なんとか致命的被害を減らせないものでしょうか...

法律と謂うものは、起こり得るすべての事態を想定して決定されているわけではないですから、新たに出来した事態に対しては法の精神に則った「運用」や「解釈」で対処し得る可能性もたしかにありますね。法律において重要なのは、具体的な文言の定義ではなく、法の精神や法が想定する目的性だと思いますし、具体的な条文はその精神や目的性を可能な限り網羅的に実現する為に規定されているわけで。

本来、人が生きる巷には煩雑な決め事など少ないに越したことはないわけで、可能な限り法律が少なくて、人々の常識や公徳心で自律的に平穏が維持される社会が営まれている状況が理想的なのですが、それだけではカバー出来ない悪意や愚昧の及ぼす悪影響と謂うものがどうしても生起してくるのが社会のダイナミズムでもあります。

現状のホメオパシーの問題については、公権力サイドが「好ましからず」と判断すれば幾らでも既存の法律で対処し得る可能性はあると思いますが、ミスター年金の長妻厚労相も代替医療の問題についてはまだ脇が甘すぎるように思いますし、トンデモに親和的なファーストレディの鳩山政権から始まった民主党政権自体に代替医療の問題に甘い性格があって、医療分野に割くべき予算的なリソースを代替医療で何とか節約しようと謂う好ましからざる思惑があるし、他方では法律の拡大解釈に基づいた運用それ自体の抱える手続面での問題や限界もありますよね。

ホメオパシーの用いるレメディーと謂う「ブツ」それ自体には医薬品としても食品としても法律で規制しにくい側面がありますから、法的に規制するならホメオパスの診療行為そのものにターゲットを絞る必要があると思いますが、問題は政権サイドの意欲の部分ですね。代替医療を本気で善用するつもりなら、「代替医療なら十把一絡げにおk」的な検証のユルさを何とかする必要がありそうです。

少なくとも、漢方や鍼灸や柔道整体とホメオパシーやマクロビを同列に扱うのは、どう考えても「科学的な」姿勢ではないわけで、政権サイドが自然科学に信を置かなくてどうするのかと危惧します。

投稿: 黒猫亭 | 2010年8月22日 (日曜日) 午後 04時40分

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