2011年10月 7日 (金曜日)

「エア御用」考

近頃twitter界隈で御用wikiに関する話題が活発に交わされているので、この際纏まった意見を言おうかと思ったが、あんまりtwitterにばかり書いていても流れてしまうので、久しぶりにブログで書こうかと思い立った。最初はTWのつもりだったので、ちょっと日頃と文体が違うし内容も粗いが、まあ短時間で書いたものだからこんなもので(笑)。

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2011年5月 5日 (木曜日)

牛を巡る冒険

気が附けば一カ月半くらいブログを放置していたが、twitter をやっていると大体自分のブログの読まれ方も見当が附いてくるので、まあ、あんまり手を掛けても読まれないもんだな、と改めて実感すると、どうも労力を掛ける気力が湧かなかった(笑)。

震災以外で最近ホットな話題と謂えば勿論牛肉の生食による死亡事故の件で、腸管出血性大腸菌のリスクを巡る議論がtwitter でも盛んに交わされている。この問題については、食の安全について或る程度の知識をお持ちの方でも割合最近まで識らなかった方のほうが大部分で、勿論オレなんかはtwitter を始めてから生肉の危険性を訴えておられる方のツイートを拝読して「へぇ、そうなんだ」と思っていた程度である。

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2011年3月 1日 (火曜日)

ホメオパシーに関する私的総括(4) 許容は可能か

前回の総括から実に一月半も間隔が空いてしまったが、これはその後オレがTwitter を始めて、物珍しさからブログのほうがお留守になっていたせいであることは、改めて言うまでもないだろう(笑)。

今回は前回の予告通りホメオパシーの許容可能性を考察する次第であるが、無用な紛糾を招いてもいけないから最初に結論を述べておくと、オレはトラコパシーのみならずホメオパシー一般は複数の観点で許容不能だと考える。医療現場で用いられることは論外として、それ以外の場面でも社会に存在の余地はないだろう。

その第一の理由は、原理的に内在する強い有害性の故である。これはすでに国内で多数起こっている事例からすでに明らかであり、そしてそれらの事例を巡る数多の議論を踏まえて考えれば、ホメオパシーが許容不能であることは明らかな結論である。

であるから、以下に述べるのは、予め結論の決まった事柄について複数の観点からその理由を説明すると謂う、書く側にとっても読む側にとってもあまり気乗りのしない論旨であることを予めお断りしておく。

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2011年1月11日 (火曜日)

ホメオパシーに関する私的総括(3) 非実在医学理論問題

総括を始めて間もなく山口の訴訟が和解に至ると謂う大きな動きがあって、当面はそちらのほうに注力していたのだが、正月気分も三連休でオシマイなので、そろそろ続きを再開しよう。

ホメオパシー自体に関しては、日本独自の奇怪な新宗教であるトラコパシーの総括まで辿り着いたので一段落であるが、では、代替医療一般の観点で視た場合、ホメオパシーにはどんな問題があるのか、今回はこれを総括してみよう。

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2011年1月 9日 (日曜日)

今日の社会的責任履行

早川由起夫は人種差別が何であるかと謂う基本的な議論の枠組みも識らずに堂々と人種差別をする莫迦である。

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2011年1月 2日 (日曜日)

壁新聞とやらかし続ける人々と逆張りの法則

オレだってオーズは観ているんだぜ、ただしサブタイトルオンリーだけどな…と謂うことを言いたいだけのタイトルであるが(笑)、中身は結局ホメオパシー問題である。

識ってる人は識っての通り、年末間際になってJPHMAの壁新聞が更新されたのであるが、中身は相変わらずと謂うか、何処を切っても寅子節全開である。ミクシで我が式神とこれについて話してみたんだが、どうやら由井寅子がアピタルのプリントアウト片手に散々毒突いたものを手下がテキストに起こして適当に刈り込んだものじゃないかと謂う辺りで見解が一致した。

そう考えると、報道内容の全文引用とか全体の文章構造や論理性が緩くてダラダラ長いと謂う特徴について説明が附く。どうもあの文章の性格からして、書き言葉ではなく話し言葉が元になっているように思えるし、部分部分で論理がまったく一貫していない辺り、テキストで作成して推敲したらそうはならないような気がする。

いずれにせよ、文章全体から漂ってくる強烈な寅子臭からして、あの文章の「作者」が由井寅子自身であることはほぼ間違いないだろう。そうだとすれば、そもそも話し言葉だろうが書き言葉だろうがこの人の場合は全然違いがないだろうから、上記のような推測そのものが虚しいわけだが(笑)。

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2010年12月29日 (水曜日)

論座論争、改めて整理しよう

最近俄然ツィッターからのアクセスが増えているので、オレ自身はまだ始めていないのだが、識り合いのツィートを覗く習慣が出来た。見た感じではチャット感覚で楽しそうだとは思うのだが、これを始めるとこればっかり気になって纏まったブログの記事を書く気にならないだろうなぁとちょっと思う(笑)。

ツィッターを始めたネットの知人のブログが仲々更新されなくなるのは、なるほどこう謂う理由だったのかと更めて理解したのだが(笑)、朝から晩まで定期的にツィートしているどらねこさんが、ちゃんと頻繁に更新しているのは結構凄いことだなと感心した。

そうやってツィッターを覗いていて得た情報も多く、殊にここ数日間は山口の訴訟の件で活発な議論が交わされていて益するところも多かったのだが、ホメオパシー関係の情報としては、asahi.com のWEBRONZAがやらかした件がホットな話題と言えるだろうか。

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2010年12月25日 (土曜日)

喩え話

たとえば、と或る家族がクリスマスで賑わう街に出掛けて食事を楽しんだとする。その帰り道で、屈強な大男が搦んできて果てには殴り掛かってきたとする。父親は家族を護ろうと格闘したが、その大男は体格が優れているばかりか格闘技の心得もあり、必死に防戦する父親を殴り倒し、あろうことか無力な妻子も傷附けたとする。

後日父親はこのことを悔やんで「俺の力不足だった。俺がもっと強ければ妻子を護れたのに」と吐露したとする。それに対して赤の他人が「そうだ、あんたが常日頃からもっと身体を鍛えて誰にも負けないくらい強くなっていれば、妻子に危害が及ぶのを防げたはずなのだから、あんたはそのことを反省すべきだ」と言ったとする。

普通、誰もこんな言い分が正しいなんて思わない。この父親がどれだけ身体を鍛えていて格闘に強かったとしても、世界一強くなったのでない限り、もっと強い人間に暴力を揮われたら意味がない

問題の所在は、父親が格闘に強いかどうかではない。われわれが生きているこの社会においては私的な暴力を揮うことが禁止されているにもかかわらず、何の罪科もない他人に対して理不尽な暴力を揮ったことが問題なのである。社会は個人に対して私的な暴力の行使を禁じると同時に、そのような暴力から個人を防衛し損害を回復する責任を持っていて、それを信頼しない限りこの社会を生きることは出来ない。

そして、この父親の悔恨とは、そのようにして生きる以外に術はないとしても、自分が身を挺してでも妻子の安全を護りたかったと謂う意味であって、そのような悔恨に対して赤の他人が「護れなかったあんたが悪い」と言えた筋合いはない。

社会に対する信頼は、それを裏切ることが間違っていると謂うだけで、裏切られることを予期して備えておかなかったことが間違っているわけではない。殊に医療分野のような高度に専門的な領域に関しては、専門家への信頼がなかったら、誰もが医者に匹敵するくらい勉強する以外には自身の安全を防衛すべき術がない。

同様に、欺罔の悪意を持って近附く者は、相手が「識らないこと」を探してその弱みに附け込むのであるから、原理的にこの世のすべての知識を知悉していない限り誰でも必ず誰かに騙される可能性を持っている

騙された人間はそのことによって損害を被るのであるから、その損害を惜しんで「それを識ってさえいたら」と悔やむだろうが、それはつまり「詮ない繰り言」である。その当事者的立場における切ない自責に、真顔で乗っかって赤の他人が「識らなかったおまえが悪い」と責め立てるのは愚か者のすることである。

勿論これは、早川由起夫は愚かであると暗に当てこすっているのであるが。

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2010年12月23日 (木曜日)

失地

前回のエントリのコメント欄でmimon さんが報告してくださったJPHMAの声明文であるが、この声明文が悪質な情報操作を意図したダブルトークだと謂うオレの見解は同エントリのコメント欄に書き込んだ通りである。

ただし、この声明文の最大の泣き所は、NATROM先生が「ホメオパシー訴訟の和解がもたらした最大の成果」で指摘されているように、

ホメオパシーのレメディーは、ビタミンK2のシロップの代用にはなりません。

…と認めている部分である。「策士策に溺れる」とでも謂うか、「肉を切らせてホメを断つ」とでも謂うのか(笑)、これを認めざるを得なくなったと謂うことは相当追い詰められていると謂うことなのだろう。

オレの解釈では、くだんの声明文は比較的関心の薄い野次馬層に向けて「カネ目当ての強請訴訟」と謂う悪質なデマを流布すると同時に、「末端のホメオパスの名誉を団体のトップが堂々と擁護」と謂う、某国の将軍様賛美紛いのストーリーをでっち上げることで「宗団」の結束を図ったものだと考えるが、その情報戦略の中に僅かに入った小さなヒビ割れがこの記述だろう。

NATROMさんのエントリを読んで戴けばわかるが、これまで該団体は散々K2シロップの代わりにK2レメディを摂ることを推奨してきたわけで、最高責任者である由井寅子自身がそのようにしか解釈出来ないことを述べている。

そして、ホメオパシーが専ら助産院を発信基地として勢力を伸ばしてきたと謂う経緯を考えれば、その信奉者のかなりの部分が母親層だと謂うことが考えられる。であれば、その母親たちは自身の出産時にK2シロップを忌避してK2レメディを摂っていたわけで、その際にはホメオパスから「これはK2シロップの代わりだから」と謂う説明を受けていたはずである。

ところが、この声明文においては掌を返したように「K2レメディはK2シロップの代用にはなりません」と謂う説明が為されているわけで、だとすれば、自分たちの出産時に為されたあの説明は何だったのか、と謂う疑問を感じる母親だって少なからずいるはずである。

現場の末端ホメオパスが理論を誤解してそう謂っただけならともかく、トップの由井寅子自身が著書において「ホメオパシーにもビタミンKのレメディー(Vitamin-K )はありますから、それを使っていただきたいと思います」と語っているが、それはどう謂う意味なのか、と謂う疑問もあるだろう。

それが他人事ならば、信頼すべきカリスマの言うことだからと見て見ぬフリをしてしまうことも考えられるが、ことは自分と子供に関わる問題である。まあ、大部分の信奉者にはそこまでの想像力はないのかもしれないが(笑)、普通なら「自分もこの母親と同じ目に遭っていたかもしれない」と想像するだろう。そう感じた人もゼロではないかもしれないし、今後信奉者を説得する有力な材料にもなる。

自己犠牲すら厭わぬカリスマに対する盲目的狂信と雖も、それはそのカリスマが自身を裏切らないと謂う絶対的信頼に依拠するものであり、その信頼関係において僅かでも自身を切り捨て裏切るような言動は禁物である。由井寅子と謂うカリスマは、今回このような発言を余儀なくされることで、自身の崇拝者の多くの割合の人々に対して裏切りの切り捨てを行った。

これは決して簡単に水に流せる些事ではない。おそらく相応の「現場補正」が為されるだろうが、それだけではカバーし尽くせない不信の種が残るだろう。

これまで由井寅子は、散々常識的な事実と整合しない嘘や誤解をこき混ぜて自説内部の論理的一貫性を保とうと図ってきたわけであるが、事此処に至ってついに自身の過去の言動や理論とも整合しない出鱈目を口にするようになったわけである。一見して小さなヒビ割れに過ぎないが、この失地は後々意外に大きなものになるだろう。

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2010年12月22日 (水曜日)

和解成る

某所経由で識ったのだが、山口の事件の民事裁判が和解の方向で纏まったそうだ。

「ホメオパシーで長女死亡」助産師と母親和解 山口地裁

この結果については、いろいろと憶測は可能である。第一回、第二回の口頭弁論ともに原告と争う意志を示しながら被告から具体的な反論がなかったと謂うことは、訴追内容について有力な反論の材料は持っていないが、五六〇〇万円の賠償請求をそのまま呑むことが出来ないと謂うだけで、おそらく「何処か」から金策する目途が立ったので和解に至ったと謂うことではないだろうか。

「『内容を口外しない』との条件」が附くと謂う辺りで、「お察しください」と謂うことなのだろうが、差し当たって被告が数千万円の支払に応じ、それに原告が納得しているのであるから、この件についてはそれまでの話である。

原告は別段裁判を通じてホメオパシーの有害性を広く世間に知らしめる為に提訴に踏み切ったわけではなく、飽くまで個人間の問題を法的手段によって解決する道を選んだだけであるから、実質勝訴と謂う結末については外野がとやかく論評することではない。

と謂うか、民事裁判である以上、被告が賠償金を支払うと言っているのにこれ以上争うべき理由がない。原告の代理人も「満額」は想定していないはずなので、実質的に想定していた金額がそのまま支払われると謂うことだろう。

だとすれば、ワケのわからない「迷信」で理不尽に愛児を奪われた親御さんに、長期に亘る泥沼の法廷闘争をこれ以上戦えと強いる権利は誰にもない。

ただ、この「『内容を口外しない』との条件」と謂うのは飽くまで「和解に至った理由や金額」についてのことで、当事者間の和解条件であるに過ぎないのであるから、「非当事者」の由井寅子は相変わらず手前勝手な理屈を広言し続けるだろうし、この人物のダブスタ体質からすれば、逆の事態に対しては大騒ぎをして恫喝するだろう。

また、この人物の「自己正当化の為なら平気で出鱈目な嘘を吐く」と謂うこれまでの傾向からして、恰もこの事件全体について公に論評することが法に抵触するかのような印象操作に努める可能性もあるだろう。

この件については、「和解に至った事情」をとやかく詮索しなくても事件に関する事実関係だけで十分に批判の足掛かりとすることが可能であるし、別段第三者が事件について言及することに何らかの法的拘束力が働くわけではないし、朝日アピタルの継続取材がその意味で強みになる。それを今後どう謂うふうにホメジャが恫喝や自己正当化の為に歪曲して利用するのか、この辺が今後のツッコミどころだろう。

差し当たってオレが予想するのは、原告の心情を踏みにじる「勝手に勝利宣言」辺りが臭いと思うのだが、この人物の鋼鉄の無神経から考えると、われわれ凡人の予想のかなり斜め上を行くかもしれない。今から想像して腹を立てても仕方がないが、どの道遠からず今以上に腹を立てる羽目になるのは間違いないだろう。

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