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Act.20-1 目覚めの鐘、未だ響かず

…やっぱ、踏み附けにされていたヴィーナスは本物だったか。ネットで
は、あれがヴィーナスに化けたジェダとネフとの猿芝居で、四戦士を分
断して個別撃破する目論見なのではないかという声もあったが、その読
みはAパートの分だけ早飲み込みだったようだな。

所詮、隙っ歯小僧のジェダ風情にできるのは、変なブルゾンと地味な茶
髪からの早変わりが関の山で、美少女戦士のヴィーナスへの「変身」な
んぞはとても無理なのだろう。

そこからの流れで、お待ちかねのレイ・美奈対決の第二ラウンドに突入
するわけだが、一言で言って、今回のOP明けのレイ・美奈の遣り取り
が、Act.18のラストにあるべきだったんだな。あるいは、Act.18冒頭の
対決の「あなたは追える人でなくちゃ」というセリフに直結して、今回
の遣り取りが持たれるのでもよかった。

そのままでつながるものではもちろんないが、そのような流れを前提に
段取りを組むのが理想的な形だった
だろうと、今回のエピソードを観て
あらためて思った次第だ。

ここの美奈子のセリフは、前回の小娘の口喧嘩のダイアログの不調が嘘
だったかのように、稠密な意味性を具えていて無駄がない。つかもう、
執筆者自らレビューを書きながらすでにダダ泣き状態だ(木亥火暴!!)。
例によって、逐語的にダイアログを再録し、いの一番にここから視てい
くことにしよう。

わたしのことを追う必要はないって言ったでしょ。

自分で想い出すのよ。自分自身の力で戦士として目覚めたとき、すべて
を理解することができるの。わたしはそれを待ってる。

わたしを追うなんて、無駄なことはやめて。戦士のリーダーになれるの
はあなたなのよ。戦士としてやるべきことぐらい、わかっているでしょ
う。

レイちゃんのほうは受け一方の芝居に徹しているので、セリフの再録は
省く。対決とはいったものの、今回のニュアンスは、佐藤ローテのとき
のようなヴィーナスVSマーズの構図ではなく、変身を解除したレイ・
美奈の姿で、戦士としての運命の最中にある少女たちの遣り取り、それ
美奈子からレイちゃんに手渡す真実の想いの形として描かれている。

その立ち位置の混淆は、美奈子のセリフの性格が、戦士だ少女だと区別
を附けるにはあまりにもデリケートなものになっているためであって、
Act.18のときのような作者の見誤りに基づく混乱ではない。

繰り返しになるが、この遣り取りがAct.18の落とし所であったなら、そ
れがベストのなかのベストだった。今回のタイミングでこのような遣り
取りが描かれたのは、あくまで次善のフォローにすぎない。

今の時点で顧みすれば、四戦士の心の乖離を描く大筋の流れとの兼ね合
いで、佐藤ローテのレイ・美奈対決の中身が大幅に水増しされ薄められ
わけだから、シリーズ構成上の都合でシリーズ構成上重要な描写がベ
ストのタイミングを逸したことになる。

ここはたしかに難しい判断ではあっただろうが、オレ個人の感覚では、
佐藤ローテでレイ・美奈対決の山場が決していても、そんなに大筋の段
取りが狂ったとは思えない。多少全体の流れが不徹底な筋道となっても
ここにこそ注力するのが筋だったのではないかと思う。

とまれ、死んだ子の歳をいつまで算えていてもキリがない。たとえベス
トのタイミングは逸していても、この美奈子のセリフの持つ劇的内実そ
れ自体の迫力は変わらない。

まず、ここまであからさまに描かれている以上、セリフのうえで具体的
な説明がないとはいえ、美奈子の命があと半年しか残されていないこと
は今や視聴者にも明らかだ。美奈子のドラマの大前提はその事情に基づ
くものとなる。その前提において、レイちゃんを見込んで後事を託する
気持ちになったというのが、美奈子視点に立ったレイちゃんとのドラマ
の真相だ。

そして、原作を知っている視聴者なら、ヴィーナス=美奈子がプリンセ
スの影武者として陽動を買って出たのは、彼女が先覚者であると同時に
前世では四戦士のリーダーだったという設定のゆえであることをも想い
出すだろう。

そして、表向きレイちゃんは美奈子の秘密を探るために独自行動をとっ
ていたことになっているが、ではなぜその行動を秘密にしていたのか
いうことも、今回のドラマによって見えてくるだろう。

レイちゃんが美奈子に対する探索行動を秘密にしていたのは、レイちゃ
んが美奈子=ヴィーナスの秘密を知るに至ったのは、一種の不測の事態
であって、美奈子にはまだ開示の意志がなかったからだ。

美奈子の側からそれを禁じるアクションがなかった以上、それを仲間に
話すかどうかは、レイちゃん一個に判断が委ねられている。こうした条
件下においては、レイちゃんの行動原理では、美奈子の意志に反する形
で仲間に事情を話すことはできない

そして、美奈子が「私のことを追う『必要』はないわ」「私を追うなん
て、『無駄なこと』はやめて
」と口にするとき、それがレイちゃんの心
情を言い当てた…要するに噛み合った会話であるのなら、レイちゃんの
行動は、美奈子が秘めるプリンセス=ヴィーナスにまつわる謎の真相そ
れ自体を探り当てるための探索ではなかった
ということになる。

よし最初の動機がそれであったにせよ、ヴィーナスの自ら危険を招くよ
うな行動を意識するに連れて、一人の仲間として美奈子個人を気遣う動
機に変わってきている。それは、美奈子=ヴィーナスの言辞があまりに
苛烈であり、自ら望んで危険を引き受けながら、一貫して己への気遣い
を頑なに拒むような不可解な態度であるからだ。

そして、美奈子が自分を追う「必要」はないとレイちゃんに言うのは、
自分がもうすぐ死んでしまうからだ。もうすぐ死んでしまう自分を気遣
うような「無駄なこと」をするのではなく、自分のことを本当に想って
くれるなら、自分の遺志をあなたが引き継いでほしい、というのがこの
場面の美奈子の言葉の真実だ。

さらには、戦士としての戦いの全貌を、すでに覚醒した自分の口から明
かすのでは意味がない、それはあなたの記憶のなかに封印されている、
あなたがあなた自身の力で想い出すのでなければ、それを知ることに意
味はない。自分の秘密を探ったところで、自分の辛さを気遣ってくれた
ところで、あなたには何一つ得るところはない。

それはまったく「必要」のない「無駄なこと」なんだから——

——わたしのことを追う必要はないって言ったでしょ。

——わたしを追うなんて無駄なことはやめて。

そのような流れのなかで解釈するなら、美奈子の言う「戦士としてやる
べきこと」の実相は明快だ。手向けの涙を一筋流すいとまもなく、友の
屍を踏み越えてでもあくまで前に進むこと
、これ以外ではあり得ない。

それは、今現在のレイちゃんにとっては喩え話でしかないが、それを口
にした美奈子にとっては、疑い得ないほんの少し先の未来であり、掛け
値のない具体的な現実である。

まだまだ戦士として未熟なあなたには、他人を心配して構っている余裕
なんてないんじゃないの?…という、甘さの欠片もない厳しい使命感、
そして差し伸べられた温かい手を、さまざまな意味においてきっぱり撥
ね附けざるを得ない冷たい孤独が、この場面の美奈子の短く簡潔なセリ
フの間に漲っている。こうした峻烈な内実を、必要最低限の数語のセリ
フでまざまざと言い顕わしているのだ。

Act.18のコメントで、オレが小林脚本に望んだのは、こういう耐え難い
までの緊張に盈ちた簡潔なダイアログだったんだよ。

最低限、この芝居場から遡って、小娘同士の他愛ない意地の張り合いや
子供じみた口喧嘩が、すべての秘密を呑み込んだ美奈子にとって、たっ
た一つだけ許された形の、たまらなく愛おしい貴重な時間に感じられる
ような芝居の組み立てになっていたら、佐藤ローテのAct.1718にも、
相応の存在理由があっただろう。

今回のエピソードで顕わされている「半年後には愛野美奈子という一人
の少女は最早この世にいない
」という事実の、剥き出しのリアリティの
強さには、大人の視聴者もたじろがざるを得ない。遡って、この物語に
おいて、この少女がこの世に生きた証しとなるすべての映像は、そのよ
うな内実を前提に描かれなければならない愛おしい生の瞬間だ。

しかし、片意地なようだが、このエピソードの落とし所を知ったうえで
観ても、Act.18のレイ・美奈対決の気の抜け方は、まったく印象が変わ
らない。努めて先入観を排するようにしても…いや、あの時点での先入
観をこの今から遡った後知恵の先入観に引き替えててでも、美しい物語
を観たいと望む視点においても、ただ結論を先送りするためだけの膨ら
ませ方
にしか見えないのがつくづく惜しまれる。

考えてもみろ。愛野美奈子が一人の少女として生きた証しとなるエピソ
ードをこれまで手がけてきたのは…高丸雅隆と佐藤健光だったんだぜ?

愛野美奈子は、不必要なまでに可哀想な少女だ。

あらゆる意味において。

一方、「戦士として強くならなければいけないとわかった」レイちゃん
は、おそらくもう美奈子を追うことはない。

もちろん、美奈子が死病に取り憑かれて余命幾許もないなどと、細かい
事情をレイちゃんが感附いたというわけではないだろう。レイちゃんの
前で美奈子がそういう素振りを見せたことはないし、いかに霊感のある
レイちゃんでも、そこまで気取ってしまうのでは万能の超能力になって
しまう。何でもわかってしまう人物を使ってしまったら、すれ違いの情
感のドラマなど成立し得ない。

しかし、美奈子の言葉に込められた気迫が、唯ならぬ事情に基づくもの
であることは、霊感なんぞなくてもわかることだ。先ほどは「遺志」と
表記したが、レイちゃんにとっては未だ「意志」の範疇の事柄であるだ
ろう。

ただ、もうそこは気にしてくれるなと当の本人が言うのであれば、そこ
を呑み込んでしまうのがレイちゃんだ。そこまでの唯ならぬものを秘め
た願いであれば、事情をいっさい聞かずとも、聞き届けずにいられるレ
イちゃんではない。

理や筋道を離れては成立し得ないレイちゃんのキャラクターが活きるの
は、こういう機微なんだと思う。

そのためにも、できる限り一人の力で戦っていかなきゃ」と言うレイ
ちゃんに対して、ルナが「協力したから戦ってこれたのよ」と言うと、
それ『だけ』じゃダメだったのよ。プリンセスだって一人で戦ってい
るわ
」と応じるのは、美奈子の立ち位置をレイちゃんが引き受ける決意
を示す言葉だ。

美奈子がそう望むとおり、もうレイちゃんは美奈子を追うことはない。
もうこれ以上、彼女の個人的な事情を気遣うことはない。探索行動はも
う終わりだ。

しかし、美奈子との接触で、レイちゃんは「戦士団のリーダー」として
成長すべきだという、己一個に課せられた特別な使命を認識した。美奈
子の今ある現状を心配するのではなく、美奈子が本当に望むことに応え
ようと決意したわけだ。

本人がそこまで頑なに自分に構うなと主張するのであれば、それ以上踏
み込んだお節介はできない。ぶつかり合いを通じて、互いに互いを認め
合ったレイちゃんなら、美奈子が自分に構うなと主張する以上、それに
はそれ相応の理由があるはずだと考える。

これは実にレイちゃんらしい考え方だ。

こうした手続によって、レイちゃんは「仲間に隠すべき理由があるため
の単独行動
」から、「独力の戦いを決意すること」にシフトして、事情
の然らしめるゆえではなく、確信的に仲間と距離を持つことになる。

Act.16において、亜美ちゃんとの関係がもたらした飛越は、美奈子との
邂逅によって奇妙な方向に揺り戻されることになる。亜美ちゃんとの関
係性で成立した間合いは、美奈子に対しては適切ではなかった。しかし
動機において、亜美ちゃんとの交流以前のようなクールなもののままで
あったなら、美奈子の気持ちの真実さは伝わらなかった。

もうレイちゃんは美奈子を追うことはないだろう。しかし、美奈子への
気持ちは残している。今回の遣り取りが、筋合いだけの問題ではなく、
気持ちの問題でもある
ことは、物語の端々に顕れている。

半年の後には、愛野美奈子という一人の少女は死すべき運命にある。だ
が、レイちゃんは最早それを知ろうとすることを、己に許すことはでき
ない。ただ、何も聞かず何も知ることのないまま、美奈子の託した想い
に応えようとするばかりのことだ。

物語の神様の気まぐれが、たとえ美奈子の運命に奇跡をもたらすことが
なかったとしても、レイちゃんには慟哭が許されない。峻烈な宿命を生
きる一人の少女から手渡された厳しい想いを、その宿命と対等に対峙し
得る来し方を強いられた少女が、粛然と果たすまでのことだ。

そして、レイちゃんが、戦士団のリーダーとして相応しい自分であるた
めに独力の戦いを決意したのは、もしかして小林靖子に、それによって
例の佐藤ローテにおけるレイちゃんの戦いに、仲間が駆け附けなかった
ことを回収するつもりがあったのだろうか…いや、んなこたあねぇだろ
うよ。少なくとも、一介の視聴者としては、んなこたあねぇだろうと受
け流しておくのが筋道ってもんだ(笑)。

さて、レイ・美奈の宿題がひとまず果たされたのを視てきたあとは、さ
らなる懸案となっていたまこちゃんのほうを視てみよう。今回の脚本で
は、これまで数度に亘って触れてきたまこちゃんの人物造形の問題を、
なんとかすり合わせようとする努力が視られる。

たとえば、まこちゃんが婚約者のことをうさぎに打ち明けようと考える
のは「婚約してる人を好きになっちゃいけないわけじゃないけど、やっ
ぱり知っておいたほうがよくない?」という動機に基づくものだ。

フォローとしては後知恵の事後処理には違いないのだけれど、陽菜が婚
約者だと知った段階でも、うさぎが気持ちを抑える必要を感じていない
が、最低限、その事情を知ったうえで想いを貫くべきだというまこちゃ
んの考え方を強調している。

デートを尾行することは、アニメ的な定石ではあるが、Act.8 で誘拐さ
れたレイちゃんの後を追った行動の型と一致している。そして、タキへ
の接近を禁じていたまこちゃんが、そのツケを払うために最初にタキ=
衛の秘密を知らされる
のは、当然すぎるくらい当然の成り行きである。

これによって、従来のまこちゃん像を揺らがせていた「泥棒は泥棒」と
「ぶつかってみろ」が正面からかち合うわけだが、その調整はいったい
どうなるのか? これはもう、次回以降の成り行きを見守るしかない。

東映の公式サイトによると、今回の引きの直接の連続上の芝居として、
まこちゃんが衛に怒りの鉄拳をお見舞いする成り行きになるようだが、
先走っていうなら、これもまたAct.6 のまこちゃん登場エピソードのな
ぞらえになるだろう。女心の純情を嘲笑った妖魔に怒りの鉄拳を叩き込
んだのと同じように、タキと衛を使い分けてうさぎの心を弄んだ地場衛
を「最低だ」と罵って殴り倒す。

今回のまこちゃんの描写は、意識的にか自然な直観によってかはさてお
くとして、従来の描写を一旦繰り返してなぞるような形で、一貫した人
物として映るように意味附けが補強されている。それはやはり、小林靖
子自身に混乱の自覚があるということだろう。

これまで混乱した視点のなかで木野まこととして描いてきた一人の人物
の行動の型を、新たな流れにおいてもう一度並べ置き、そこに一貫した
意味性が立ち上がるかどうかを、小林靖子自身が見つめている。同じ一
人の人物の振れ幅として、こうした過去の総体が無矛盾で成立し得るの
かどうかを検証しているように、オレには見える。

そのうえで何かが求められるのだとしたら、これら過去の描写総体を意
味的に統一し得る、新たな描写の型だろう。過去を整理して、統一的な
意味性に則って並べ直すだけでは足りないのだと思う。

そうした視座においては、たとえば次回、妖術に苦しむ亜美ちゃんを看
病するのがまこちゃんであり、クンツァイトに挑むのはなぜかという疑
問が注目されるだろう。当たり前に考えれば、舞原ローテにおいてだれ
かがだれかを看病し、クンツァイトの手から友人を取り戻そうと戦うの
であれば、それがAct.14の変奏であることはだれにだってわかる。

小林靖子が、その作劇作法において、対称と対照を基調としてドラマを
組み立てる作家であることも、これまで再三に亘って指摘してきた。だ
とすれば、クンツァイトの妖術に陥った亜美ちゃんを取り戻すのは、直
接にはうさぎ、そうでなければ、レイちゃんに求められるべき行為のは
ずだ。

そこで対称に綻びを設けて物語を転がすのも、小林靖子の定石ではある
のだが、それがなぜまこちゃんなのか。今現在の筋立てでは、亜美ちゃ
んの危急を救うべき筋合いから最も遠いのがまこちゃん
のはずだ。

うさぎには、Act.14において同じような危難から身を挺して自らを救っ
てもらったという懸かり合いがある。その流れにおいて、Act.16で亜美
ちゃんを追い詰めたのは他ならぬうさぎであり、このドラマで亜美ちゃ
んを救う役割は果たしたのはうさぎではなくレイちゃんだった。あれ以
降のうさぎは、自身の恋愛に悩むばかりで、亜美ちゃんの一身を賭けた
戦いに何も酬いてはいない。

そして、レイちゃんには、Act.16で全人格を賭けて亜美ちゃんに保証し
た友情の言葉の重みがある。たとえば今回のクラウンにおけるすれ違い
が、最も効いているのはレイちゃんだろう。レイちゃんは、同じ孤独を
抱える亜美ちゃんへの共感と等価で、戦士として同じ立ち位置に立つ美
奈子への共感も覚えている。そして、美奈子の託した想いに応えようと
することで、今は気持ちがいっぱいだ。

亜美ちゃんの危難に際して、この二人のどちらかに、Act.14の対称とし
て亜美ちゃんを救うための劇的なアティテュードが求められるという筋
道なら、素人のオレにだって考え附く。

ところが、まこちゃんには、直接には亜美ちゃんとの過去の懸かり合い
がいっさいない。まこちゃんが懸かり合いを持っているのは、主に被保
護者であるうさぎであり、同格の存在であるレイちゃんであって、亜美
ちゃんとは奇妙なくらい何のつながりも描かれてこなかった

一方、まこちゃんの人格面での特徴を最大限抽象するならば、対人関係
の間合いが最もうさぎに近い。うさぎよりも積極性に欠けるというだけ
で、接触しただれとでも、善意に基づいて屈託なく心を通い合わせられ
る陽性の資質を持っている。

だから、うさぎのアティテュードによって、亜美ちゃんの心の窓がほん
の少し開いたのであれば、うさぎと同じくらい、まこちゃんとの間に通
い合うものがあってもよかったはずだ。しかし、うさぎ以外では主にレ
イちゃんとの関係を強調されるに留まり、亜美・まこの直接の関係性が
描かれることはなかった。

これは、亜美・まこが直接組んで共闘したAct.9 においても、結局実現
されなかった成り行きだ。皮肉にも、このエピソードで描かれているの
は、亜美ちゃんと現場にいなかったレイちゃんとの友情であり、その描
写のゆえにまこちゃんが、彼女の人物像が揺らぐ大きなきっかけとなっ
「禁止」の言葉を言わされる羽目となった。

小林靖子は今、そのツケを払うために四苦八苦している。この辺の事情
については再三強調してきた。そして、今回のまこちゃん描写において
は、一応過去の描写を統一的な意味性に基づいて配列し直すことによっ
て、何とか整合を持たせることに成功している。

デリケートな機微ではあるが、後附けで過去の描写それ総体を統一的に
解釈できるよう意味附けるのではなく、型として用い新たに語り直すこ
とによって整合的な意味性を附与すること、これにはひとまず成功して
いるように思える。

そして、オレの考えではこのあとに要求されると思われる「新たな描写
の型」、それが亜美ちゃんとの関係性において語られるのであれば、そ
れはどんなものであるべきなのか、まこちゃん描写の成否のすべてはそ
こにかかっているような気がする。これまでの連続上で類推不能な事柄
であるからには、それは新たな智慧でなければならない。

亜美ちゃんがクラウンで独り編み続けた手袋はその布石なのか、直接手
袋に絡めてすれ違いを描かれたのがまこちゃんであることに、何某かの
意味はあるのか。ルナにそれを見守らせたのはアリバイなのか、この亜
美ちゃんの想いに「気附いてやれなかったこと」を悔やむのが、これま
で最も関係性の薄かったまこちゃんの役割となることが、果たしてどう
いう結末を迎えるのか。

ここ数週間に亘って見守ってきたまこちゃん描写の回収劇、その決算が
次回のエピソードによってもたらされるのであれば、Act.21は本当の意
味で最初のまこちゃんエピソードとなり得るだろう。木野まことという
人物がこのドラマをリアルに生き始めるのは、これからの話だ。

ああそれから、今回も律儀に元基の勘違いによる片想いというルーティ
ンが描かれていたが、こうしたネタがネタのままに終わるまいという予
感が、いよいよ強くなってきたな。

そのためには、現状の頼りない元基の想いにまこちゃんが応えると考え
るのも難しいので、元基の側にまこちゃんへの想いを証すアクションが
求められる
だろうが、現状のまこちゃんを巡る物語が予断を許さないだ
けに、まこちゃんと元基の未来は、曖昧に揺らいでいる状態だといえる
だろうね。

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