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Act.20-2 過ぎ去りし、少女の日々

それでは、そのまこちゃん描写の回収に絡めて、またしても舞原ローテ
のヒロインの座を射止めた
亜美ちゃんを視ていこう。ただのエピソード
主役ではない、おそらく亜美ちゃんの奪還を巡る次回のエピソードはさ
らに次回へと持ち越されるだろうから、ここ数話の流れの真の主役は亜
美ちゃんだったという恐ろしい真実が明かされたわけだ(木亥火暴!!)。

以前予想したとおり、亜美ちゃんがクラウンで編み続けたのは、四戦士
の友情を標す四色に色分けされた四双の手袋だった。おまけに、ルナに
は余った毛糸で編んだ四色のマフラーを巻いてやるという具合で、亜美
ちゃんがクンツァイトに籠絡された一連のあとに、こうしたカットが訴
える嫋々たる余韻はただ事ではない。

一方では、うさぎの恋も新たな局面を迎えたことで、同性の友人を顧み
る余裕がないことにも同情の余地が生まれてきたし、そのうさぎを気遣
うまこちゃんの気持ちや、独行の同志である美奈子への共感によって動
くレイちゃんの気持ちも、別段に否定さるべき事柄ではない。

四人がバラバラであることを嘆く亜美ちゃんの気持ちもわからないでは
ないが、ある意味、それは亜美ちゃんの問題が一段落したあと、それ以
外の三人が各々に課せられた課題を見出し始めたから
で、それはそれで
別々の人と人とのつながりである以上、仕方のない事情だ。

ただ、人がいつまでも同じ状態に留まってはいられないという事情のゆ
えに、いつかは気持ちが離れていってしまうこと、これはたまらなく淋
しい現実だ。何かのきっかけで仲違いしたのであれば、それはただ、素
直な気持ちをぶつけ合って仲直りすれば済むことだ。しかし、前に進み
続けることでそれぞれの道が別れていったのであれば、必ずしも以前の
関係が取り戻される保証はない

決して今現在の戦士たちが、非本来的な状態に頽落していて、本来的な
状態への回復が期待されているという、単純な予定調和の筋道ではない
ということだな。

先ほどレイちゃんとまこちゃんについて視てきたように、また、これま
で亜美ちゃんをめぐる物語がそうであったように、智慧によってもたら
されたドラマが何かを力強く前進させるとき、作劇上必要だからという
だけの理由で、その何かが後戻りするという成り行きは、少なくとも小
林靖子の最良の作物においてはあり得ない。

この時点で四人の心がバラバラになっているのは、決して彼女たちが仲
間として認め合うに至った時点の立ち位置から、何某かの障碍によって
後退したためではない。

むしろ、そこからさらに個々人が個々人の課題を認識したうえで前進し
ているからこそ、一旦四人の間の関係性がプラトーに達したAct.14の新
年会のような、相調和した幸福な関係ではいられないのだ。そうした幸
福さに甘んじることが許されないのだ。

人は、永遠に更新され続ける現在という特権的な時制を永遠の出発点と
して、寸刻のいとまもなしに前進し続ける。それが小林靖子の紡ぎ出す
ドラマの本来的な基調だ。

Act.14の新年会が幸福な夢であるのは、そのひとときがいつかの現在に
すぎないゆえにいつかは過去となる
からこそ、永遠に続くものではない
からだ。そして、永遠に続くことがないからこそ、あの一瞬が何よりも
大切な瞬間として永遠の記憶のなかに刻み置かれるのだ。

そうした機微は、すでにAct.14のなかですら表されていたのではなかっ
たか。幸福な夢の絶頂において、愛に盈ちた仲間たちの交流の中心にあ
るうさぎがクンツァイトの妖術に斃れ、ほんの一瞬にすぎなかった幸福
を贖うための辛く長い戦いを描くことに残りの時間が費やされた。

亜美ちゃんが四人の輪がふたたび戻ることを願うのは、Act.16を踏まえ
て視れば、Act.14の幸福の再現を望むばかりの動機ではない。かけがえ
のない大事な仲間たちが一つのテーブルを囲んで見つめ合えること、そ
の交わされる眼差しの大切さを知った亜美ちゃんだからこそ、今この時
点におけるその願いは切なく愛おしいものとなる。

たとえば亜美ちゃんがまこちゃんを想って選んだ毛糸を、まこちゃんに
見てもらおうとする気持ちにまこちゃんが気附いてやれなかったこと、
これはけっこう、どうでもいいといえばどうでもいいすれ違いだ。

前回のまこちゃんが、どうとも想っていない元基に手編みのマフラーを
くれてやったのは、毛糸の色味が気に食わなかったからで、亜美ちゃん
はそれを気遣って毛糸の色味を見てもらおうと思ったのだが、この場面
の流れでいえば、たしかにうさぎを想うまこちゃんの気持ちのほうが余
程重要な話ではある。

一方、Act.16で亜美ちゃんとの間にあれだけのシリアスなドラマがあっ
たレイちゃんが、力む気持ちを和ませようと差し出されたマグカップに
気附かなかったこと、こちらのほうがすれ違いとしては辛い。あれだけ
力強い言葉で一人の少女の孤独を埋め合わせた同じ人物が、その言葉の
重みを全うする余裕もないほど余所事に気を取られている。

かつて「ここに来るのが癖になってる」と口にした当の亜美ちゃんに対
して、「ここにいてもしょうがないわ」という身も蓋もない一言をぶつ
けて、背を向けたまま、亜美ちゃんを顧みることなくレイちゃんはクラ
ウンを出ていく。まさにレイちゃんは、「ここにいてもしょうがない」
と思える立ち位置に進んだからこそ、いつも優しく見守り続けてきた亜
美ちゃんを気遣う余裕をなくしてしまったのだ。

かつて亜美ちゃんが自分自身の悩みを見つめるあまり、他者の眼差しの
優しさに気附けなかったのと同様に、大切な仲間たちに注ぐ亜美ちゃん
の優しい眼差しは、だれにも気附いてもらえない。亜美ちゃんは、どれ
だけ成長しても必ず辛い壁に衝き当たる

ただ、うさぎと衛のドラマが今回ローテでこれだけの深化を果たした現
状においては、それを見守るまこちゃんの動機もまた、亜美ちゃんの優
しい眼差しと等価で尊重されねばならない。

一方では、己一個の全人格を賭けて肯った言葉の重みを全うできないレ
イちゃんの動機もまた、先に視てきたような美奈子の側の鮮烈な事情が
天秤にかけられている以上、亜美ちゃんの淋しさよりも尊重されねばな
らない。

まこちゃんもレイちゃんも、四人の輪を惜しむ亜美ちゃんとは、他者を
想うという動機の種類は同じ
であり、対象がすれ違っているだけだ。

また、物語の最初の最初から他者のために己を顧みることなく突っ走り
続けてきたうさぎが、ここに来てどうにもならない恋心に身も世もなく
掻き乱されていることを、だれが責めることができるだろうか。自分の
ことしか考えないことと、自分のことで手一杯なことは、自ずから別の
問題だ。

己の不全がもたらす孤独に悩んできた少女たちは、今や、だれかを想う
気持ちのゆえに周囲を顧みる余裕もなく懸命に動いており、ただひたす
らに他者のために動くことで物語を前に進めてきた少女は、己一身の問
題が解決できず、一歩も動けなくなっている。

これもまた、美しい物語の具となる対称のひとつだ。

亜美ちゃんが、うさぎばかりではなく四人全体の関係性を慮っているの
は、Act.16を踏まえた亜美ちゃんの成長を示すものであると同時に、そ
れがさらに新たな問題をも提起している。揺れ動く人間同士の関係にお
いては、真摯に注がれた眼差しと眼差しが必ずしも最良のタイミングで
絡み合うとは限らない。

悲劇のドラマに不可欠な要素は、こうしたタイミングのズレであり、今
回亜美ちゃんが易々とクンツァイトに籠絡されたのは、クンツァイトの
策謀が奏功したというより、戦士たちがそれぞれの物語を生き、より良
く変わるための過渡期の離反の最中にあって、たまたま亜美ちゃんがそ
の真空地帯に居合わせたから
だ。

これまでの物語をとおして亜美ちゃんが学んできたこと、それだけでは
回避できない悲劇の犠牲者となるのは、やっぱり当の亜美ちゃんだった
りするわけだ。

…もう、いい加減勘弁してやれよ、小林靖子(木亥火暴!!)。

次回予告で亜美ちゃんが弄する不審な言動の数々は、セラミュではすっ
かり定番のネタである「洗脳亜美ちゃん」の実写版的再現となるのか…
いや、つか、考えてみりゃそのまんまだな(木亥火暴!!)。

そして、クンツァイトが目を附けるのが亜美ちゃんであることは、これ
まで番組を見守り続けてきた視聴者にとっては、当然窮まりない自然な
成り行きである。Act.14のクライマックスにおいて、うさぎを奪還する
ために実力以上の戦いを演じた亜美ちゃんならば、妖術で悪の手駒にし
てしまえば、戦士たちに与える動揺は一際大きなものとなる。

マーキュリーの必殺技を、抜き身を納めた鞘で軽々と凌いでしまうクン
ツァイトの余裕が憎い。いうならば、これもAct.14のあの戦いのエコー
である。あのときも、やはりマーキュリーの攻撃をあっさりと退けたク
ンツァイトは、弱敵と視て一撃の許にマーキュリーを斬り捨てようとし
たが、洞穴に滴る水の力を籍りた予想外の粘りに目を見張った。

あのときは、己の窶しであるシンが記憶を取り戻せるよう懸命に奔走で
きる優しさを持ったうさぎをわが物にしようとしたクンツァイトだが、
今度は、そのときうさぎを取り戻すために侮りがたい底力を発揮した亜
美ちゃんを、邪悪な手中に納めようと目論んでいる。

しかも、護るべき何ものをも持たない亜美ちゃんは、おそらくセーラー
戦士のなかで最も非力な存在だ。孤立した亜美ちゃんを、四天王随一の
剣技と強力な妖術で籠絡することなど、クンツァイトにとっては赤子の
手を捻るようなものだ。

予告を観る限りでは、次回の亜美ちゃんは、妖魔になりかけただけで事
なきを得たうさぎとは違って、身も心も悪の手に墜ちて意のままに操ら
れているようだ。だれかがだれかを思い遣ることでバラバラにはぐれた
セーラー戦士たちの心の真空地帯にたまたま居合わせた亜美ちゃんが、
敵の手の内に取り込まれて自分たちに牙を剥くこと、これ以上に戦士た
ちの動揺を誘う手管もあるまい。

ここまでしてセーラー戦士を苦しめることに、何の意味があるんだ、ク
ンツァイト。石に戻ったゾイサイトを除けば、おまえ一人だけは、クイ
ン・ベリルの空々しい二枚舌に褒められてチョンマゲ頭を撫でられるこ
とになど、いっさい興味がないはずではなかったのか。それとも、セー
ラー戦士の殲滅が、やがて訪れるクイン・メタリア復活の地均しになる
とでもいうのか。

いや。

オレは、ここでこいつの行動の型が何に似ているのか、多少なりともわ
かったような気がする。自身の属する組織の敵を攻撃することはもとよ
り躊躇わず、剰え本来的には自身を支配する権利を持つ相手にまで、自
身の野望に基づいてギラギラした刃を向ける独立独行の男。これは、要
するにスーパー戦隊における「六人目」のバリエーションだ。

少し前なら「第三勢力」と表現された役どころだが、近年における戦隊
のパターンでは、敵組織内においてどちらにも与せず自身の動機にのみ
忠実に行動する男は、「六人目」として戦隊サイドの人脈に位置附けら
れることが多い。

そして、原作コミックスから逆算すれば、まさにクンツァイトは地球国
四天王の随一であり、王子エンディミオンの極々の側近だ。本質的には
味方に属するはずの人間が、何らかの事情により敵組織に身を寄せ、敵
味方どちらにも積極的に与せずに自身の動機を貫こうとする、これはま
さに近年の戦隊における「六人目」の代表的パターンに符合する。

ならば、しんじつクンツァイトがダークキングダムの手先としてのまや
かしの記憶ではなく、地球国時代の真実の記憶を取り戻していると仮定
して、なにゆえに自身の真の君主であるエンディミオンの意に反する形
でセーラー戦士たちを過剰なまでに残酷に陥れるのか。

これは一〇〇%オレの憶測にすぎないが、おそらくクンツァイトは、ク
イン・ベリルその人と、前世において何らかの因縁を持っているのでは
ないか。以前少しだけ触れたように、クンツァイトの傍若無人な言動は
なにゆえかクイン・ベリル個人を指向する悪意に盈ちている。そして、
ベリル自身もセーラー戦士の脅威が本格化するまでクンツァイトを人間
社会に放逐しており、呼び戻すことになぜか消極的であった。

そういう視点に立つならば、かつてシンとして人間社会に埋もれていた
クンツァイトが、真実の記憶はおろか、まやかしの記憶すら持っていな
かったことがいかにも意味ありげに見えてくる。クンツァイト以外の四
天王たちは、真実の記憶を封印されたうえでまやかしの記憶を植え附け
られているわけだが、クンツァイトの場合は、真実の記憶を封印した段
階で止まっている。

Act.13の時点でクイン・ベリルが施した妖術は、ダークキングダム四天
王としてのクンツァイトを召喚するためのものではなく、かつて成功し
なかった妖術の繰り返しだったのではないのか。つまり、なにゆえかク
イン・ベリルは、地球国四天王のうち、ただ一人クンツァイトの記憶の
み、思い通りに操ることに失敗した
ために、彼の記憶を封じて人間社会
に放逐するに留まったのではないのか。

そこまでの強い因縁とはいったいどんなものなのか。クンツァイトをめ
ぐる物語は、おそらくベリルとの確執に基づくものとなるだろう。そし
て、そうしたクンツァイトの動機は、地球国王子エンディミオンはとも
かく、月世界人であるセーラー戦士たちなど、犠牲にして顧みないほど
のものらしい。少なくともクンツァイトは、ベリルの敵ではあっても、
現時点ではだれの味方でもないように見える。

果たして、クンツァイトを交えた四天王たちがエンディミオンとしての
衛に「マスター」と呼びかけて微笑むときは来るのか
、それをも含んだ
月王国滅亡にまつわる前世の悲劇の記憶は、実写版においてはどのよう
なアダプテーションを施されているのか。

それは、いかにもファンタジックな少女コミックスや、それを原作とし
たアニメを下敷きにしつつ、ここまで先鋭に突出した異様な相貌を見せ
始めているこの物語においては、原作やアニメの予備知識がまったく役
に立たない未知の領域の事柄ではある。

とまれ、この番組を戦隊的な類型論で視るならば、敵味方のいずれにも
異なる類型の「六人目」が存在するということになり、一方の美奈子と
レイちゃんの間には戦士のリーダーシップをめぐる継承劇があり、他方
のクンツァイトの側には敵味方両組織の内訌を煽るアジテイター的な役
割が振られている。

戦隊の例で視れば、一人いるだけで十分に物語を紛糾させるトリックス
ターである「六人目」が、敵味方の両方に一人ずつ存在するのだから、
彼と彼女の活躍がますます本格化していけば、たださえ複雑なこの物語
がどれだけ入り組んだアラベスクを紡ぎ出すか、知れたものではない。

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