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Act.25-2 復讐鬼対白髪鬼

それでは、具体的な現場事情の問題はこの辺で切り上げて、これからは
竹光ローテの二話分まるまるサボった大筋の流れを視ていくとしよう。

そういう事情でかなり過去に遡った話になるが、前回いちばんの大ネタ
は、やはりクンツァイトを中心とするダークキングダム四天王の相克と
いうことになるだろう。

ついにその一端が明かされたクンツァイトの不可解な行動の動機、それ
復讐だった。しかもその復讐の対象は、ベリル一個、プリンセス一個
などという生やさしいものではなく、現在の地球の滅亡をも含む「すべ
て」に対するものであった。

これまで常に小面憎い余裕の笑みを口辺に漂わせ、冷笑的な態度を崩さ
なかったクンツァイトだが、Act.24では一貫して余裕の欠片もない真顔
を通し、これまでの謀略も策謀も嘲弄も、すべてはこの憎しみを晴らす
ための方便であったことが明かされた。

わたしはすべてに対して復讐する。

この言葉に込められた憎しみには、これまで決して本心を明かさなかっ
たクンツァイトの、偽らざる真情が顕れていると視るべきだろう。視聴
者にとっては明白である、ムーンに対するダーキュリーの悪因縁に割っ
て入り、プリンセス・セレニティであるその正体を見越したうえで自ら
の獲物と宣言するからには、その憎しみを疑いようがない。

さらに、その復讐の一手として、いとも無造作にかつての主君であるマ
スター・エンディミオン抹殺に乗り出すからには、クンツァイトが果た
そうとしている復讐の源として、過去の地球王国の滅亡に絡んで取り返
しの附かない悲劇が演じられたこと
が仄めかされる。

それはこの不敵なクンツァイトをして、一個の武人として最も恃むべき
エンディミオンとの主従関係も、四天王の同僚たちとの交誼をも犠牲に
して顧みないほどの絶望に陥れるものであったのか。

その悲劇を根に持つ恨み憎しみを晴らすためには、自身を含めて六〇億
の地球人類すべてが滅んでもかまわない。大いなる邪悪の力であるクイ
ン・メタリアの復活を望むのは、己の憎むすべてを抹殺するために恰好
の力であるからだ。

月と地球のいにしえの両神聖王国が、たとえ星々の間の虚空に漂う塵と
なって消え失せようとも、一人の男がその滅亡に際して抱いた大いなる
憎しみの念は決して消えはしないのか。

この復讐鬼クンツァイトの前に立ちはだかるのは、増大するメタリアの
邪悪の力によって復活した、白髪鬼ゾイサイトだ。無論、ソード・アン
ド・ソーサリー
をもろともに体現する、練達の武人であり強力な妖術師
でもあるクンツァイトの前に、変奇な孤高の楽人ゾイサイトの力はあま
りにも非力ではある。

とはいえ、現世のマスターである衛当人に拒まれても一筋にかつての主
君を信じ抜くゾイサイトの真情にあっては、非情の復讐鬼といえども無
碍に力押しを通せない。そして、破滅に向かおうとするクンツァイトを
断固阻止するというゾイサイトの決意がはっきりと語られたとき、この
会話によって初めて明らかにされたかに見えるクンツァイトの本心に、
オレはかえって疑問を感じた

すなわち、かつての両王国滅亡の悲劇に立ち会ったゾイサイトが、この
現世において再来しようとしている同様の危機を未然に防ぎたい、主君
の覚醒を促したい、今度こそ敬愛する主君には正道に立ち還りその大い
なる滅亡を阻止してほしいと望む気持ちなら理解できる。

しかし、いにしえの悲劇に端を発する復讐を動機として動くクンツァイ
トが、われからその悲劇の再現を仕組む筋道は、どこかねじくれていて
理解に苦しむ

そもそも、大いなる滅亡を自らの手で招来するのがクンツァイトの計画
であるのなら、クンツァイトの抱く憎しみは、かつての滅亡の悲劇それ
自体を対象としたものではない
ということになる。そして、ゾイサイト
が覚醒を呼びかけなければ、破滅の日まで放置するつもりだったという
からには、マスター・エンディミオンを抹殺することや苦しめることそ
れ自体が主目的ともいえない
ことになる。

ならば、これまでプリンセスの炙り出しに執心していたように、主君を
誑かしたプリンセスを苦しめ抹殺することがその復讐の骨子なのか。こ
れもまた違う。ゾイサイトとの会話によれば、クンツァイト自身の見方
としては、かつての滅亡の主原因は、プリンセスが主君を恋に誘ったこ
とよりも、エンディミオンの裏切りによるものであると語られている。

しかし、実際のクンツァイトの行動は、セーラー戦士たちを卑劣な謀略
によって追い詰めることでプリンセスを炙り出すことがメインであり、
それもまたプリンセス当人の抹殺が目的というより、メタリア復活に大
きな影響を持つ銀水晶の発現を目的としたものである。エンディミオン
=地場衛に対しては、積極的に関わろうとさえしていない。かつて彼自
身がクイン・ベリルの下問に応えたとおり「クイン・メタリアの復活」
とそれによる破滅こそが彼の目指す復讐の主要な筋書き
だ。

そして、マスターやプリンセス、ベリルはおろか、地球人類六〇億を含
めたこの現世における「すべて」が復讐の対象であるというのなら、
つての破滅を乗り越えて再生したこの現世の繁栄それ自体を否定するこ
こそが、クンツァイトの最終目的であるということになる。

この複雑に縺れたアヤを解き明かすのは、少し骨が折れる。

コミックスやアニメ、ミュージカルにおいて描かれた過去の滅亡劇を総
覧しても、大いなる滅亡の直接的な責任はメタリアとそれに使嗾された
ベリルにあり、ほぼエンディミオンやセレニティに責任はない。

たしかに月人と地球人の恋愛は一種の緩い禁忌とされてはいたが、明確
に掟として禁じられていたわけではない。コミックスによれば、それは
古人による一種の思い遣りの部類に属する不文律であって、両王国人の
交わりが神の怒りに触れ衰亡を招くという類の、超越存在との違約とい
う意味での禁忌ではなかった。

しかし、クンツァイトが滅亡の主因を「マスターの裏切り」と表現し、
ゾイサイトが「プリンセスのせいだ」と表現するからには、エンディミ
オンとセレニティの悲恋に絡んで、少なくともクンツァイトにとっては
エンディミオンが四天王を裏切ったととれるような状況
が演じられ、
なくとも四天王にとってはそれが滅亡の主因と視られるような何か
が起
こったことになるだろう。

だとすれば、最大限クンツァイトの見地に立つなら、エンディミオンが
セレニティを愛したことで、彼が四天王もしくは地球王国を裏切る結果
となり、そのために月と地球の両王国が滅亡した
、こういう因縁が想定
されており、それに対する復讐が現世におけるクンツァイトの行動の主
要な動機なのだということになる。

一方、その復讐を果たすためにクンツァイトが目指しているのは、第一
にクイン・メタリアの復活とそれに伴う現世の地球人類の滅亡、第二に
プリンセスへの血讐であって、第三にベリル、同等程度にエンディミオ
ン=地場衛の抹殺という順序になって、ゾイサイト介入以前はエンディ
ミオン抹殺は予定外だった
ということになる。

さらに、ゾイサイトの介入がエンディミオンとしての覚醒を促すもので
あり、クンツァイトがそれを阻もうとするからには、直接抹殺しないま
でも、破滅の悲劇を再演することで裏切り者に生き地獄の苦悩を見させ
ようという目論見でもなかった
ことになる。

なぜなら、前世のマスター・エンディミオンが地場衛として未覚醒のま
まであれば、過去世同様の破滅を前にしたエンディミオンとしての衛の
苦悩は、本当の意味では実現しないからだ。単に一個の無力な市井人と
して、自身とは無関係な世界全体の危機としての滅亡に巻き込まれて滅
ぶのでは、前世の裏切りに相応しい苦悩を味わうことにはならない。

さらにいうなら、クンツァイトの言葉を整合的に解釈すれば、彼は滅亡
それ自体よりも滅亡をもたらしたマスターの裏切りが許せなかった
とい
うことになるが、それならばマスター一個の現世での人格である地場衛
を目指して憎しみを燃やすべきであり、現世における地球の滅亡それ自
体に関心はないはずだ。

そして、すでにこの現在においては、月に憎むべき仇敵の裔が住まう王
国は存在しない。地球はかつての彼のふるさとであり、旧王国の滅亡後
に再生した現世の繁栄は、非命に斃れた自らの血脈の力強い復興であっ
て、普通の道筋なら言祝ぐべき事柄のはずだ。それなのに、現世での彼
の関心の在り方はそのまったく逆になっている。

復讐として「すべて」の滅びを主要な目的とするからには、この現世そ
れ自体が復讐の対象であり憎しみの源であるということになる。過去に
何があったにせよ、それによって抱かれたクンツァイト一個人の憎しみ
が晴れないうちに再生し、過去世の悲劇をなかったこととして繁栄を謳
歌するこの現世が許せないとクンツァイトが考えていることになる。

こうした個人の情念の世界大のインフレーションは、たとえば「ジャイ
アントロボ THE ANIMATION
」で幻夜が語る「人は汚れた過去はすぐに忘
れてしまう
」という動機に近縁だが、幻夜の父フォーグラー博士の悲劇
は、曲がりなりにも世界対個人という図式上で演じられた因縁であり、
世界の幸福のために殉じた男を巡る哀しい誤解のドラマだった。

しかし、クンツァイトの場合を考えると、たしかに天秤の一方に載せら
れているのは世界の破滅だが、彼の動機そのものはエンディミオン個人
の裏切りという個人対個人の問題に決着する。それなのに、その復讐の
対象は個人をすり抜けて世界大にインフレーションを起こしている。

この縺れ合った筋道が整合するためには、過去世の因縁がもたらした憎
しみと現世における行動の間に横たわる大きなギャップをつなぐべき何
かが、今後あらためて語られる必要があるだろう。今回のクンツァイト
の言葉がいかに真正なものであれ、彼の言行は大いに矛盾している。

オレたちは、それをよく覚えておくべきだ。今回のクンツァイトの告白
をもってして、何某かの謎が解かれたように思うのは錯覚だ。かえって
謎は混迷の度合いを深めたのであり、このレビューのタームでいうなら
それもやはり小林靖子に課せられた大いなる「宿題」だ。

次回予告で、斃れ伏した四天王たちを前に剣に縋って鬼哭するクンツァ
イトは、何を思って咆吼するのか。かつてゾイサイトが知っていたクン
ツァイトを今の姿に変えたのは、いかなる悪因縁なのか。「花とか自然
とか海とかが好き
」なクンツァイトが、かつての仲間に本気で刃を向け
られるように「変わった」のは何故か。

翻ってAct.13の描写に思いを致せば、シンという「最初からいなかった
男」の繊細な優しさは虚構ではなく、今のように「変わ」ってしまう以
前のクンツァイトの人格を何某か反映したものであり、復讐鬼と化した
非情のクンツァイトは、あのとき初めて生み出されたものなのかもしれ
ないとさえ思える。

次回予告の映像によれば、いにしえの悲劇の際には、仲間たちが斃れ伏
した後までクンツァイトは命の息を長らえ、その最期に復讐を誓ったよ
うだが、その後、ダークキングダムの現世における再興の事情、四天王
籠絡からクンツァイト放逐に至るまでの実際が語られていない以上、こ
の謀略の復讐鬼には未だ多くの謎が残されているのだ。

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