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Act.28-4 金の髪のイゾルデ

OP明けて、ダークキングダムにはクンツァイトが独り。

一方、色味を青く飛ばされた鬱蒼の森、その奥の氷結した滝を背に負っ
て、瞑目するうさぎを膝に抱き髪を愛撫する亜美ちゃんの姿が映し出さ
れる。これは一般的にイメージされる冥界のなぞらえに見える。

しかし、亜美ちゃんの涙がはらはらと零れ落ち、その雫がうさぎの頬を
打つことで呆気なくうさぎは目を覚まし、哀しみの涙は喜びの涙、安堵
の涙となって、亜美ちゃんは慟哭の声をあげて強く堅くうさぎを抱きし
める。かくして、前回のクライマックスをかたちづくった「友の殺害」
という悲劇は、開巻わずか三分後に儚い夢に覆される。

さらに、剣の遠視によってそれを確認したクンツァイトの口から「セー
ラームーンのせいで跳び損ねた
」「マーキュリーも完全に私の手を離れ
ている
」「あの森ならばダークキングダムの庭も同然」と語られ、今回
のメインストーリーである悪魔のチェスゲームのセットポイントが明示
される。

このクンツァイトの行動をベリルに報告するジェダイトの言葉は「セー
ラー戦士と子どものような遊びを
」というもので、ジェダイトならずと
も、クンツァイトのゲームは、あまりに児戯のおふざけが過ぎるように
感じられる。

しかも、今回のクンツァイトの行動の動機は、これまでのようにプリン
セスであるセーラームーン=月野うさぎを対象とする復讐から出でたも
のではなく、かつてダーキュリーであった水野亜美を対象とした何もの
かであるように感じられる。このクンツァイトの動機に関しては、後に
詳しく触れることにして一旦閑却しようか。

この堂々巡りの森の彷徨が水野亜美の抱える迷いの象徴であることは、
オレがわざわざこの場で賢しらげに指摘するまでもないことだ。このレ
ビューの修辞的なイディオムでいえば、「亜美ちゃんは、また同じこと
で悩んでいる」とくり返してもいいだろう(笑)。

妖魔出現に際してメイクアップしようとするうさぎだが、「ダークキン
グダムの庭」であるこの森では、敵の設定した一方的なルールが力を持
ち、セーラー戦士の力は発現しない。うさぎと亜美ちゃんは、素顔の二
人の少女として敵の攻撃を躱しながら、余人を交えずに偽らざる真情を
ぶつけ合う羽目になる。

この迷いの森の彷徨を象徴するアイテムとして、先にも触れた黒いまま
ジュエリースターブレスレットがあるわけだが、ここがダークキング
ダムの支配下にある異界であるがゆえに、セーラー戦士へ変身できず、
ダーキュリーの窶しをあえかに象徴する変身ブレスも黒いままだ。

ここは、ダーキュリーとしての自身の行動が帰還の障碍となっている亜
美ちゃんの心理の象徴として、ダーキュリーへと変わる橋渡しのアイテ
ムを持ってきたのは適切なバランスだろう。しかし、視聴者の立場から
すれば、亜美ちゃんがこの森で何を悩んでいるのか、何を迷っているの
かがストレートに伝わるようなつくりではないような気がする。

例によって、逐語的にセリフを再録し、うさぎと亜美ちゃんの冥界行が
何を巡る葛藤であるのかを詳細に視ていこうと思う。

うち沈む亜美ちゃんを励まそうと、元気に振る舞ってみせるうさぎの言
葉にも、愁眉を開くことなく目を伏せる亜美ちゃんの視線の先には、殺
害の生々しい記憶を呼び起こす黒い変身ブレス。それをヒステリックに
毟り取り、投げ捨てるアクションが端緒となって、亜美ちゃんの堂々巡
りの告白が始まる。

わたしがやったんだ。わたしがうさぎちゃんを…

…覚えてるの?

(かぶりを振って)…でも、うさぎちゃんのことは、わかる。わたし、
どれくらいあんなふうだった? なにしてたの?

なにって…(亜美ちゃんから視線を逸らす)ずっと敵といっしょにいて
…(亜美ちゃんが視線を逸らし、うさぎは一度逸らした視線をまっすぐ
亜美ちゃんに向ける)…亜美ちゃんはあやつられていただけだよ、ぜん
ぜん悪くないんだから、気にすることないよ。早く帰れる道、探そう。

しかし、うさぎのもっとも至極な慰めにあっても、亜美ちゃんの悩みは
一向晴れず、「うさぎちゃんにあんなことしたくらいなんだから、きっ
とみんなにひどいことしてる…
」と内心に呟く。

ここの芝居場の呼吸は、噛み合わない二人の心の葛藤の端緒として、視
聴者にストレスを与える。うさぎの立場としては、ダーキュリーとの辛
い戦いの日々を、そのまま亜美ちゃんに伝えるに忍びない。勢い込んで
問い質す亜美ちゃんの視線をまともには受けきれない。その仕草を視た
亜美ちゃんは、行為の「具体」ではなく「程度」を察して、さらに辛い
気持ちになる。

亜美ちゃんが視線を逸らしたことで、うさぎは「もうそんなことはどう
でもいい」という大本に立ち返り、それは亜美ちゃんの責任ではないの
だということ、ここから脱出してみんなの許へ帰るのが先決であること
を強調する。これが亜美ちゃんの心を動かさないのは、うさぎと大前提
を共有していないからだ。

ここでもう一度くり返すなら、亜美ちゃんの記憶は、木馬遊園地で失神
した瞬間までで途切れている。亜美ちゃんは、他ならぬダーキュリーの
悲劇ゆえに、自身の望みがすでに叶えられていることを知らない。自身
がダーキュリーとして行った行為のゆえに、そのゆえにこそ、愛する友
が結束を新たにして亜美ちゃん奪還を一筋に願った筋道を知らない。

そして、こうした筋道は言葉でつまびらかに語り得るものではない。

オレたち視聴者は、Act.22のラストで亜美ちゃん奪還を堅く誓った仲間
たちの涙に打たれて、彼女たちと共に泣いている。奪還の希望の嬉しさ
に涙したうさぎの浄い真心を目の当たりにしている。この感動の記憶が
嘘でないからこそ、ダーキュリーがいかに悪意に盈ちた「ひどいこと」
をしても、三人の仲間たちが、ひたすらに水野亜美の奪還を望む気持ち
の真正さを疑わないのだ。

しかし、こうした感動のドラマに、独り水野亜美本人だけは立ち会って
いないのである。彼女に与えられた記憶は、意識を取り戻した瞬間に、
目の前に置き去りにされた最愛の友の屍、そしてそれがいかに夢の儚さ
を伴って露と消え失せようとも、その瞬間に味わった絶望の深さ、それ
自体のあまりにも生々しい確からしさでしかない。

この記憶が亜美ちゃんに与える酷たらしいリアリティは、うさぎが蘇生
したことでも拭い去れない。心の問題というより、「行為」の問題とし
て、さらにはその「程度」の問題として、水野亜美を巡る奪還のドラマ
から疎外された亜美ちゃんは、仲間たちの優しい赦しを期待することが
許されない。

亜美ちゃんの言う「ひどいこと」というのは、自身が生々しく幻視した
うさぎの屍がもたらす衝撃、それによって「程度」が過剰に印象附けら
れているのだ。さらに、うさぎ以外の仲間たちに関して彼女が持つ近々
の記憶とは、たとえば、色味を見てもらおうと差し出した毛糸に一顧を
も与えない背中であったり、優しく差し出したマグカップに気附かない
背中であったりするわけだ。

この冷たい背中の記憶に向かって、過剰に「程度」が誇張された記憶し
ていない「ひどいこと」の赦しを乞うのは絶望的だ。死んだはずのうさ
ぎが蘇生しても、その幻の屍が与えた絶望だけは、亜美ちゃんを呪縛し
続けるのだ。

わたし、帰れない。みんなにひどいことして。

でもそれは、あやつられていたから、しかたないって。だれもなんとも
思ってないよ。だってさ、わたしたちみんな仲間じゃん。

もう、仲間にはなれないよ。うさぎちゃん一人で行ってよ。

もう、なに言ってるの、ばか。そんなこともうどうでもいいよ。ほら、
急いで(思い余って亜美ちゃんのお尻をひっぱたく)。

痛い。ひどい。

ひどいのはそっちだよ、わたしたちのこと、仲間だと思ってないのは、
亜美ちゃんじゃん。なにがあったって亜美ちゃんのこと嫌いになるわけ
ないのに、わたしたちのこと、信用してないんだよ。

この森の彷徨が亜美ちゃんの迷いを象徴している以上、これまでのドラ
マを通じていっさいの迷いを振り捨てたうさぎが、強引に亜美ちゃんの
手を引いてリードしていくのは自然なかたちである。

しかし、うさぎたちが経験した感動のドラマを識らない亜美ちゃんは、
亜美ちゃんの悩みがまるで考慮に値しないかのように強引に手を引くう
さぎの態度に苛立ちを隠せない。ついには、子どものようにお尻を叩い
て急かされたことを契機に、自身もまた感情を爆発させる。

うさぎの後頭部に亜美ちゃんが思い切り拳を叩き附け、ハッとして立ち
止まり振り返るうさぎに、溢れる涙を拭おうともせず、亜美ちゃんが迷
いの真相を告白する。

信用、できないよ。うさぎちゃんたち、バラバラだったじゃない。ちっ
ともクラウンに集まらなくて、戦うときもバラバラで、ぜんぜん仲間み
たいじゃなかった。

わたし、いつかはもとどおりになるって信じてたけど、でも、心のどこ
かで、どこかで、もうダメかも、って…

これは、Act.27のクライマックスで交わされた「お尻叩いてだって連れ
て帰るんだから
」「できるなら」という会話を、素顔の次元で実演して
いるのだ。これが戦隊だったら血みどろの殴り合いの呼吸だろう。

…余談に渉るが、オレは、亜美ちゃんがうさぎの頭を叩いた「ぱつっ」
という湿ったような乾いたようなSEがあまりにもリアルだったんで、
危うくドラマに乗り損ねるところだった(木亥火暴!!)。

とまれ、この一連は、「互いに拳を交わすことでしかわかり合えないこ
とがある」という、いかにもすぐれてジャンプ的な命題が、少女たちの
デリケートな心の揺らぎを描くドラマにおいても真実だったことが証さ
れた瞬間であろう(木亥火暴!!)。

常にうさぎに対して優しい気遣いを示してきた亜美ちゃんが、感情の赴
くままに拳を叩き附けること。これは、亜美ちゃんがこれまでうさぎの
愛を一方的に希求する立場であったがゆえの「遠慮」をかなぐり捨てた
ということだろう。

亜美ちゃんにとってうさぎは、何がどうあれ愛してほしい存在である。
人間には、愛してほしい相手に対して、どうしても相手の気に障るよう
なことができないという弱みがある。

これまでのシリーズを通して視ても、亜美ちゃんは常にうさぎに対して
「遠慮」をしている。さらには、うさぎの自分に対する愛が疑いを容れ
ないものである以上、それが自分の気持ちと引き比べて、とても微かな
喰い違いを孕んだものであったとしても、あえて逆らうことができない
という弱みがあった。

この場面でも、うさぎが自分を労り、ダーキュリーとして行った行為を
全面的に許容していることは、すでに疑い得ない。それがたとえ、自身
の殺害という赦すべからざる大罪であったとしても、この相手は自分を
赦してしまうのだろう。

彼岸の滝の前で蘇生したうさぎが、亜美ちゃんを赦すのは、あの殺害が
実際には悪夢にすぎなかったからではない。うさぎが蘇生したことで変
わってくる事情とは、うさぎ自身の言葉によってダーキュリーとしての
亜美ちゃんの罪を赦すことが実現したという、それだけである。

つまり、うさぎがあのまま死んでいたとしても、うさぎは亜美ちゃんを
赦しただろうということだ。それは亜美ちゃんにも伝わったはずだ。こ
のうさぎの絶対の赦しと大きな愛は、これまでのドラマを識らない亜美
ちゃんにさえ疑えない。

しかし。だとしたら、その悪夢の大罪に戦く自分の悩みとは、この人に
とって無価値なのだろうか、無意味なのだろうか。愚かしい堂々巡りの
迷いを惑う自分の心の痛みは、この人にとって意味はないのだろうか。

自分が何をしようとも何を考えていようとも、この人の愛に変わりがな
いのであれば、自分の想いには何ほどの価値があるのか。自分がこのよ
うな自分であることは、この人にとってどのような意味があるのか。

今もまたこの人は、自身愚かであると弁えているような迷妄と絶望のな
か、答えのない自問自答をくり返して迷いの森を堂々巡りしている自分
を励ましながら、ずんずん先に立ってぐいぐい手を引いて歩いている。

仲間たちに顔向けならないという自分の辛さが、まったくの無意味であ
るとして、早く帰ろうと急かしている。もうそんなことはどうでもいい
とさえ言っている。

ちょっと待って。

どうでもよくないよ。

ここで亜美ちゃんが抱いている、自分がうさぎや仲間たちにしてしまっ
た行為がとても「ひどいこと」であることを認めてほしい、などという
昏い情念は、何の役にも立たない後ろ向きな情熱でしかない。

しかし、この今の亜美ちゃんは、ダーキュリーの悲劇がもたらした絶望
と罪障を、赦してほしいのではない、わかってほしいのだ。わかってさ
えもらえれば、赦しが得られなくてもかまわないのだ。無限の愛によっ
て絶対の赦しが得られ、けれどもそれをまったくわかってもらえないの
だとしたら、それがいちばん辛いのだ。

そして、うさぎの前向きさや善良さが、想像力の欠如と裏腹のものであ
ることは何度も指摘したとおりだ。この場面での亜美ちゃんのこだわり
は、だれが視たってネガティブなものでしかない。だから、そんなこと
をうさぎが想像できたはずはない。ましてうさぎは、これまで「知って
いることと知らないこと」の弁別が不自由な頭の出来であることを何度
も視聴者の前に晒している(木亥火暴!!)。

ダーキュリー登場に際して動揺し、悪美の復讐によってどん底まで突き
落とされた自分が、亜美ちゃんの辛さの万分の一でも味わったこと、さ
らには真心込めた懇願の言葉がダーキュリーによって嘲笑われた絶望、
そこから再生したあえかな一筋の希望、そうした辛い経験によって、自
分の亜美ちゃんに対する気持ちが揺るぎない地点に到達したこと、これ
はうさぎにとって自明な前提だ。

ある意味、うさぎは「知っていることと知らないこと」を取り違えてい
ただけで、わかってはいるのだ。わかったうえで赦しているのだから、
最初から亜美ちゃんは十分以上に酬われているのである。ただ、うさぎ
がわかっていることが亜美ちゃんに通じていなかっただけのことなのだ
が、この場合、そのすれ違いがいちばんの問題だったのである。

このすれ違いは、うさぎと亜美ちゃんの間の最初のすれ違いではないの
だし、最後のすれ違いでもないだろうけれど、いちばん大きなすれ違い
であることは間違いない。そして、結論からいえば、このすれ違いは、
笑い事でしかない。

うさぎは、少々おつむの出来がデリケートな人なので、取り戻した亜美
ちゃんに対して、真っ先に何を伝えねばならないかを忘れていたのだ。
これがスッポリ抜け落ちているから、うさぎと亜美ちゃんの会話はすれ
違っていたのである。

そして、何事かがすれ違っているからこそ、視聴者は亜美ちゃんの迷い
が何を巡るものなのかがピンと来なかったのだ。妖魔に襲われ、逃げ惑
う過程で二人は助け合い、いつものようにうさぎが亜美ちゃんに手を差
し伸べる。助け合う二人の姿に、うさぎのモノローグが重なる。

亜美ちゃん、わたしたち、ちょっとずつ変わってるんだと思う。

もしかすると、亜美ちゃんの期待する仲間にはなってないかもしれない
けど、亜美ちゃんを待ってた気持ちはホントだから。

…つか、最初からそれを言えよ(木亥火暴!!)。

つまり、最初の最初から、迷いの森の彷徨は水野亜美のイディオットプ
ロットとなっていて、あろうことか、そのヴェルギリウス役を演じる
さぎまでがそのことに気附かなかったからこそ、亜美ちゃんの抱える迷
いの輪郭がぼやけていたのである。

亜美ちゃんの知る今までの仲間に対して、亜美ちゃんが想像するような
とても「ひどいこと」が行われたのであれば、亜美ちゃんはそれを簡単
に赦してほしくなかったのだ。自分のしたことが「ひどいこと」なのだ
とちゃんと認めて、自分を赦さないでいてほしかったのだ。

その「ひどいこと」に釣り合うだけの重みを持って、自分のことを考え
てほしかったのだ。自身がその衝撃に打ちのめされ、絶望を味わったよ
うな「ひどいこと」を、簡単に「どうでもいいこと」と赦してほしくな
かったのだ。

迷いの森から出られないのは、亜美ちゃんがそこから出たくなかったか
らだ。帰りたくないから帰れないのである。それは、ものすごく簡単な
言い方をすれば、うさぎがばかだったからだ(木亥火暴!!)。

うさぎがあんなにも「ひどいこと」を赦せるのは、亜美ちゃんの気持ち
が「どうでもいい」からではなく、その「ひどいこと」を契機にして、
亜美ちゃんのたいせつさを自分なりに考え抜いたからだ。他の仲間たち
だって、亜美ちゃんの辛さをわが身のものとして苦しみ抜いた。だから
こそ、それがどんなに「ひどいこと」であれ、「もうどうでもいい」の
である。

なんとなく、仲間同士だから赦せてしまうという微温的な「どうでもい
い」ではなく、仲間たちがその重みを正面から受け止めることによって
ただ一途に亜美ちゃんの気持ちに想いを致し、辛く苦しい試練の果てに
辿り着いたのが「もうどうでもいい」という境地なのだ。

それがあまりにも揺るぎない自明なものであるがゆえに、亜美ちゃんが
それを知る由もないという簡単な事実を、うさぎは忘れていたのだ。

…もう、うっかり屋さん本日開店(木亥火暴!!)

うさぎのモノローグが、亜美ちゃんに対して実際に言われた言葉なのか
内心の呟きなのかはハッキリしない。ハッキリしなくていいんだ。実際
に口で言ったかどうかなどはどうでもいい、つまりこのモノローグで語
られたような内実が、亜美ちゃんに伝わったということだ。

助け合って上りきり微笑み交わした崖の上には、二人の気持ちを嘲笑う
かのように、またしても堂々巡りを象徴する黒い変身ブレスがある。

しかし、動揺するうさぎに対して、脱出策を思い附くのは迷いを振り捨
てた亜美ちゃんだ。亜美ちゃんはもう迷ってはいない。「こっちからの
出口は、ここへの入口」「同じなんだよ」「最初の場所に戻ろう」と、
知性の戦士らしい洞察力でからくりの裏を瞬時に見抜く。

亜美ちゃんの前に、いよいよ家路が開かれた瞬間だ。

さて、ここで一旦時計を巻き戻して、うさぎと亜美ちゃんの行方を気遣
うレイちゃんとまこちゃんに目を向けてみようか。

ルナの急報を受けてクラウンで作戦を練る二人だが、頼りのセラルナは
猫の本性を丸出しに居眠りをしてしまう。いくらルナでもそりゃねぇだ
ろうとはだれでも思うことだが(笑)、ここでルナが頑張っちゃったら、
美奈子とアルテミスの出番がない。

ルナを絡ませないための方便が「居眠り」というのはちょっとお茶目に
すぎると思うが、考えてみれば、前回のレイ・まこおびき出し以降、セ
ラルナは八面六臂の大活躍(しかも無力)を果たしたのだから、ノリと
しては内匠頭刃傷を国元に伝える急使が言上を終えてガックリその場に
くずおれるような呼吸なのだろう(木亥火暴!!)。

だったら、レイちゃんが一言「疲れてるのね」とでも労ってやればルナ
の面体も立ったんだが、「猫っぽいところは…」と呆れるのでは、ただ
の抜け作みたいで立場がないな(木亥火暴!!)。

そして、万已むを得ずヴィーナスとアルテミスへの協力依頼を決意する
レイちゃんに対して、「けど、ヴィーナスの居場所が…」とまこちゃん
が訝しがる。かつてのレイちゃんの仲間との乖離は、戦士の使命を巡る
美奈子との葛藤、それゆえの秘密を理由とするものだっただけに、ここ
でアッサリ美奈子の秘密を明かすのは平仄が合っている。

さらには、まこちゃんに対して「黙っていたことは謝るわ」と非を認め
るに至っては、Act. 8でまこちゃんに対して言ったセリフ、「何でも話
すのが仲間とは思ってないの
」という地点から、遥か遠くに来たものだ
と思わせる。ミーハー根性が動機で隠し事にムッとしただけのまこちゃ
んは、このレイちゃんのらしくない挙動にあって、カラリと笑ってその
変化を祝福する。

この場面で、ラジオブースからギャラリーに混じるレイ・まこの姿を認
め、密かにアルテミスに合図を送る美奈子は妙にかっこいい。後にまた
触れるが、今回のエピソードは、美奈子=ヴィーナスが抜群にヒロイッ
クなエピソードでもある。

少ない出番ながら、戦士団のリーダーとしての、また翳りを帯びた孤高
のヒーローとしての美奈子=ヴィーナスの存在感は、本来美奈子とはあ
まり関係のない亜美ちゃん奪還のエピソードにおいて、効果的に描かれ
ている。

また、この場面でヴィーナスに救援を求めたレイ・まこが、ラジオ出演
中の美奈子を措いてひとまずアルテミスを伴って現場に急行する流れと
なるのは、後半のヴィーナス登場から新必殺技炸裂までを劇的に見せる
アリバイとして効いている。

そもそも、美奈子のほうにはレイ・まこに附き合って虱潰しにロビーを
探して回らねばならない筋はない。レイ・まこの必死の探求は、この二
人だけに課された課題なのだ。その意味でも、ヴィーナスは最後におい
しいところをさらうだけでいい。

しかし、ルナに教えられた現場に駆け附けエントランスをくぐっても、
ビル内の空間はトポロジカルにねじれており、アルテミスが空間の移動
点であると指摘したかのロビーには辿り着けない。次元跳躍のトラブル
の可能性が推測され、うさ・亜美の迷いの森の彷徨と対比するかたちで
レイ・まこのねじくれた空間の探求行が描かれる。

ここで彼女たちが目指している「ロビー」とはつまり、「玄関ホール」
のことだ。向こう側の異界でも「こっちからの出口は、ここへの入口」
である以上、「出口となる入口を探す」ことが、あちらとこちらの共通
目的となる。

そして、レイ・まこは、ねじれて接合された空間の扉を片端から開いて
回るというかたちで、「ここへの入口」を探す。迷いの森のうさ・亜美
の彷徨が堂々巡りのサークルを描いていたのに対し、でたらめに接合さ
れた空間の混沌から一筋に目的地を探り当てようとひた押しに奔走する
二人の行動には、いっさいの迷いがない。ただ待つだけではなく、亜美
ちゃんを迎え入れるために、必死で走り回っているのだ。

迷いの森の彷徨が、迷いそれ自体のゆえに脱出不能であったのに対し、
レイ・まこの奔走は約束の場所にジャストタイミングで駆け附けるため
の探求だ。「早くしないと、入口が閉じてしまう」というアルテミスの
言葉が、二人の探求に時間的な制約をもたらす。

この場合、水野亜美の籠絡に「間に合わなかった」二人に課せられたの
は、「間に合うように駆け附ける」という課題なのだ。そして、倦むこ
となくひたすらに友を想い走り続けることでそれが可能なことは、最初
から約束されている。

急げ、もう時間がない」とアルテミスに急かされ、レイ・まこの探求
は加速してついにロビーへと辿り着き、迷いの森のからくりを見抜いた
うさぎたちもまた妖魔の激しい追撃を躱し、死せるうさぎが蘇生したあ
の滝の下へと辿り着く。

うさぎと亜美ちゃんが迷いの森を抜ける「最初の場所」へ立ち戻り、レ
イちゃんとまこちゃんが時間通りに「最初の場所」であるロビーを探し
当てたことで、加速度的に物語はAct.27のストーリーを遡行し、「最初
の場所」から前回の悲劇をやり直し、在るべき姿へと置き換える。

ダーキュリーがうさぎを殺害した「最初の場所」へ、そして、ダーキュ
リーの悲劇が始まる前の、四人の心が一つであった「最初の場所」へ。
レイちゃんとまこちゃんは、今度こそ「間に合った」のだ。

ぽっかりと口を開けた次元の扉を挟んで彼岸と此岸に別れ、四人の仲間
たちは見つめ合う。辿り着いたそこに、仲間たちが待っていてくれるこ
と、譲れないタイミングに間に合ってくれること、心配そうに手を差し
伸べてくれること。

うさぎは一点の曇りもない笑顔で仲間たちに微笑みかける。うさぎが亜
美ちゃんの手を引いて急いでいたのは、ここなんだ。見せたかったのは
この光景だ。会わせたかったのはこの人たちなんだ。

冷たい背中を覚えているだけの仲間たちが、君を取り戻すためにどう変
わったのかを視るがいい。うさぎが君と共に冥界へ下ったのは、君をこ
こへと連れ戻す、そのためだ。愛しい人たちの許へと君を連れ帰る、そ
のためなんだ。

魔に魅入られて魂を穢され、生きながらにして、月明かりも差さぬ昏い
冥界の底を彷徨う君を連れ戻すためにこそ、うさぎは一度死んだのだ。
それは君のせいではないという友の言葉を信じなさい。友の優しい赦し
を受け容れなさい。

君はただ、仲間たちの手の温もりに触れるだけでいい。

かくして、前回ダーキュリーがムーンを殺害した同じホールで、雌雄を
決する決戦が描かれる。Act.27においては、亜美ちゃんを取り戻すため
に、うさぎが二人の友を欺いてただ一人でダーキュリーと対峙した同じ
場所で、今度は取り戻された亜美ちゃんを交えた四人が心を一つにして
敵に立ち向かう。

この場面における技名乗りの美しいアングル、美しいカット割の冴えは
どうだ。同じような五人揃い踏みの戦闘を同じような手順で描いた悪夢
Act.18のもたつきと比べてみるがいい。

近頃入手した「美少女戦士セーラームーン ビジュアルブック」掲載の
座談会によれば、安座間美優の友人や小松彩夏の家族は、Act.18のあの
戦闘シーンを見て笑っていたそうである(木亥火暴!!)。

しかし今回、四人をとらえる俯瞰のショットで映り込むのは、バスケッ
トコートの無粋なマーキングではない、瀟洒なロビーの規則的なタイル
模様、それすらを画面の構成要素として、魔剣を一閃するクンツァイト
からの散解離脱、ムーライト・アトラクティブ・アタックのセットポイ
ントを幾何学的に美しく描いている。

先にも触れたヴィーナス・ラブミー・チェーンがカットインするタイミ
ングのかっこよさ、そこから新必殺技のムーライト・アトラクティブ・
アタックへ雪崩れ込む痛快な呼吸。纏綿たるドラマの余韻を爽快なバト
ルで引き受けるこの気持ち好さ。

Act.27において、「これ、早く亜美ちゃんに渡したいなぁ」とうさぎが
呟いたセーラースタータンバリンがその言葉通りマーキュリーの手に渡
ることで、ムーンの手にも一度は微塵に砕かれたムーンライトスティッ
クが蘇る。

強力な合同技の威力を受けて妖魔は呆気なく消滅し、クンツァイトもま
たマントを翻してその場を去る。勝利を確信し、ホッと安堵の吐息を吐
くセーラー戦士たち。

だが

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